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青年未満
MISSION-5 蜜月
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 ウータイとの終戦を迎え、神羅と東大陸政府は全世界に戦闘終結宣言を発令した。
 この年の三月末のことだ。
 ウースウ村殲滅の事実と経緯は極秘とされていたが、どこからか自然と広がったその噂に、ウータイの人民は神羅に対する最後の抵抗力を剥ぎ取られ、小さな抵抗勢力の力も弱まりつつあった。
 世界中が平和を賛美するようになり、それまで戦いで勢力を誇示していた神羅も、自らの体質を変えねばならない傾向にあった。
 一時は五万人を越すと言われた神羅軍の編成は見直され、解雇者が続出し、新兵募集の張り紙やパンフレットは形を潜めた。
 戦いの場が減る一方で、神羅軍は本来の仕事である治安維持の機動力を示すことが多くなる。特に最近激増しているというモンスター退治は、神羅軍の仕事の大部分を占めるようになると思われた。
 その性質上、今まではミッドガルに結集していた戦力は各地に分散し、中には遠征というより転勤といった感の、年単位の任務に出かけていく部隊もあった。
 クラウドも所属する軽装歩兵師団は、第二師団がジュノン、第三師団はウータイ、第四師団は北大陸、第五師団は西大陸に常勤する配置になっている。一個師団の編成も以前と変わったが、クラウドの第一師団は幸いミッドガルから離れるなかった。
 そうやって何かが少しずつ変わっていく瞬間を、クラウドは兵舎で相変わらず日々の生活を送りながら見守っている。
 終戦後の昇進式や人員の大移動が完了し、人心地ついた時には四月も半ばを過ぎ、ミッドガルは制服の衣替えも終わり、すっかり春になっていた。
 気候の変化を目にし難い都心部でも、気温が和らぎだすと街路樹が新芽を出し、ほんの少し花を咲かせる木もある。兵舎の敷地内、屋内演習場の窓の外にある木もそうだった。
 二時間休みもなく素振りを続けていたクラウドは、荒い息を整えながら、夜の闇に白く浮かぶそれを見上げた。花の名前は思い出せない。
 ウータイで咲くというサクラは結局見損ねてしまった。開花を前に帰還したからだ。
 故郷では野や木に咲く花は珍しくない。今はすっかり雪解けも終わって、あちこちで蕾がほころんでいる頃だろう。それが酷く懐かしいようにも思えた。
 クラウドは演習場の床に寝転がり、仰向いた顔を窓に向ける。
 先週頭からのミッションで、ザックスやいつもの演習場常連メンバーは北大陸に出かけて不在だった。部隊長はセフィロス、つまり彼も先週からミッドガルを離れている。
 同じ演習場内でトレーニングをしているのはみな一般兵、同じ第一師団でもクラウドには馴染みのない面子ばかりだ。
 無性に寂しかった。
 こんな風に故郷を思い出すのは独りだからだろうとクラウドは思う。
 ウータイ遠征からひと月近く、セフィロスとは会っていない。最後に顔を見たのは二週間以上前の昇進式の時だった。
 ウータイから帰還する直前、クラウドはセフィロスに自分の思いを告げた。彼もそれを受け止めたように思えたのに、態度はそれ以前と変わらずそっけないものだった。
 告白に対し返答を貰った訳ではないし、クラウドにはどんなに意味深に思えても、彼の方は全くの遊びのつもりだったのかもしれない。今回の北大陸遠征の部隊長がセフィロスだということも、ザックスから聞かねば知らなかったことだ。
 とにかくウータイ遠征の時の状況から一変して、セフィロスは遠い存在に逆戻りしてしまった。戦争が終わり、それまで遠征にも借り出されていた一般兵は殆どが都市部近郊の警備ばかりで、ソルジャーたちは危険なモンスター相手の治安維持、セフィロスはその筆頭である。
 そもそも『神羅の英雄』と『二等兵』の間には、なんの繋がりも見い出せない。
 クラウドは自分の思考が悲観的になって行くのを止めることが出来なかった。
 そしていつも、早くソルジャーになれば、という気持ちに落ち着く。ソルジャーになって、彼と一緒にミッションに赴けば彼の近くに居られる時間があるはずだと。
 だが練習に戻る気力もないまま、クラウドは呼吸が整ってもそうして寝転がっていた。
 練習用の木製の剣を、練習用の標的にぶつける音が断続的に響いている。これまで余り演習場に姿を見せることのなかったクラウド以外の一般兵も、夏の終わりのソルジャー採用試験に向けて自主練習に現れるようになった。こうやってのんびりしていれば、ライバルとなる彼らに追い越されてしまうと思いながらも、この時クラウドの気持ちは沈む一方だった。
 セフィロスとあんなことになってから、自分はおかしくなっている。
「あんたのせいだ。馬鹿」
 瞼の裏に浮かぶ無表情に恨み言を吐いて、クラウドは溜息をついた。
 自分は悪くない、悪いのは全部セフィロスだと心の中で罵声を吐いていると、
「誰が何だと?」
 突然覚えのある声に返答され、クラウドは固まった。
 十分に驚いていたが目を開けることが出来なかった。
 彼がここにいる可能性は特に今は限りなく低い。クラウドの夢であるほうがずっと納得がいく。目を開けてからがっかりするのは嫌だった。
「練習しないのか、クラウド」
「…独りで練習してもつまらない」
「ザックスも帰って来たぞ。それともオレが相手をするか」
「あなたじゃ、きっと強すぎて練習にならない」
 肩をすくめる気配に、クラウドは意を決して目を開けた。クラウドの頭の上に立つ、背の高い男が逆さまに見下ろしている。
 先程まで響いていた剣と標的のぶつかる音が止んでいる。
「練習する気がないなら、立て」
「…それは命令ですか」
 クラウドの顔に影を作る男が微笑んだように見えた。
「勤務時間中ではないんだろう」
「セフィロス、あなたなんでここに?」
 問いに答える前に彼は屈み込み、クラウドの腕を引いて立ち上がらせる。
 正面に立った彼のコートは白く乾いた泥に汚れ、所々に返り血のような黒っぽい染みを散らしていた。左手には刀も携えている。
 ウータイで見慣れていなければ、それだけでぎょっとするような姿だった。
「一緒にミッションに行くってザックスから聞きました」
「さっき帰って来た」
 ミッドガルに居たなら、水溜りにでも転がらない限りそんな様子にはならない。
「終わったんですか?」
「ああ。休暇を取った」
 彼の言葉は脈絡が掴めず、クラウドは自分が酷く混乱しているのを自覚しながら、彼のコートの襟元に触れた。夜気を帯びて冷たい感触は、確かに夢ではないようだ。
「お前も時間を作れ」
 彼の襟に触れていた指を握り取られる。
「これから大隊長の所に行って休暇届を出してこい」
「きゅ、休暇って…いつまで」
「取れるだけ」
 まったく訳が分からない。
 何とか自分を落ち着かせようと周囲を見渡すと、演習場にいる兵士たちが手を止め、突然現れた英雄の姿に注視している。それに気付いた途端、妙な緊張感にクラウドは余計に混乱する羽目になった。
「オレが直接掛け合ってもいいが」
 セフィロスの言葉にはっと我に返って、クラウドは慌てて両手で押し留める。
「いやだ」
「休暇が、か?」
「そうじゃなくて、自分で行く」
 そう言った時、セフィロスが意地の悪い笑いを浮かべていることに気付く。
 彼のペースにすっかり嵌められている気がして、クラウドは見下ろす男を上目遣いに睨み返していた。
「早く、お前のその顔が見たかった」
 思いもよらない言葉が、クラウドの視線から一瞬でその威力を奪った。
「ゲート前の駐車場にいる。三十分で来い」
 言い置いてさっさと身を翻す彼の背を見送る。演習場の兵士たちも一様に彼を見送っていた。
 時計を見ると八時を少し過ぎたところ。
「三十分だって…?」
 一方的な言い様に憤りを感じながらも、演習場を走り出るクラウドの顔には、こらえ切れない笑みが浮かんでいた。


 神羅に入隊して九ヶ月、これまで休みなど取ろうとも思わなかったクラウドは、無論、長期休暇申請などしたこともない。休暇理由の欄を埋めることが出来ずにそのまま提出すると、大隊長は口頭でそれを確認してきた。
「知り合いのソルジャーに誘われました」
 二十個小隊を束ねる大隊長は、ササキ小隊長などに比べると官僚主義の、頭の固い男であることで有名なのだ。それでもクラウドは嘘の理由を述べる気にはならず、正直にそう言った。
「ソルジャー? ソルジャーの知り合いなんかいたのか、お前」
 怒りを誘う言葉だったが、ここで彼に下手ないいがかりをつけられれば、セフィロスは駐車場で待ちぼうけを食うことになる。
「ああ、お前の同室はソルジャーだったな、そういえば」
「イエッサー」
「そのソルジャーは誰だ」
 まったく個人的なことを答える必要はないはずで、クラウドは更に怒りを煽られる。こればかりはたとえ正直に告げても信じはしないだろう。
「申し訳ありませんがお答えできません。ですが同室のソルジャーザックスと同じファーストの方です」
 そういうとあからさまに相好を崩した大隊長は、書類の端にサインを書き込みながら言った。
「まあ、ソルジャーと交流を深めるのは悪いことじゃない。七日間だけ許可する。これからはもっと前もって提出しろよ。こちらにも色々と都合があるんだ」
「アイアイサー。今後は気をつけます。ありがとうございます」
「私が不肖の部下をよろしく頼むといっていたと、そのソルジャーに伝えてくれ」
 書類の控えを受け取り、敬礼をして静かに扉を閉め、途端にクラウドは走り出した。
 大隊長への憤りを当り散らしたいのはやまやまだが、セフィロスとの約束までもう五分しかない。休暇が必要などと、一体どこへ行くつもりなのか知らないが、せめて制服だけでも着替えなければと、クラウドは駐車場までの最短ルートを思い浮かべながら、寮の部屋へとひた走った。
 部屋に飛び込み、とにかく私服に着替えて、Tシャツと下着を二枚ずつとソルジャー試験用のテキストをリュックに詰め込み、ブーツを履いて部屋を出ようとした。
 そこで突然思い至って靴をはいたまま室内に駆け戻り、適当な紙にルームメイトへの伝言を走り書きする。一瞬悩んで、悩む暇のないことを思い至り『知人と出かけてくる。数日戻りません』とだけ書き込んだ。
 最後に署名をしながらザックスを思う。
 彼にはセフィロスのことを告げていない。もちろん彼以外の誰にも。帰ってきたらきっと出掛けた相手を問われるだろうし、問われれば隠し通せる自信などクラウドにはなかった。
 彼はなんと言うだろうか。同性の、それも上官との関係を、唯一の友人に知られたくないのが本音だった。
 その不安を振り切るように部屋を出る。
 今はとにかくも、一分でも遅れないように駐車場に辿り着かねばならない。

 「三分遅刻だ」
 駐車場に到着したクラウドが、オープンの四輪駆動車の前に立つセフィロスを見つけ、息を切らせて走り寄った第一声がそれである。
「三十分なんて…オレを、殺す気ですか」
「そんなもので殺さなくても、寝室で幾らでも殺してやれる」
 不覚にも一瞬で赤面したクラウドを見下ろす彼は上機嫌だ。
「また、子供扱いする…」
「単なる子供にはそんなことは言わない。それより、休暇の許可は下りたのか」
「えっと…七日、それに非番合わせて八日間ですけど」
 クラウドは走りながら握り締めてしまった届けの控えを広げて見せた。
「何か言われたか」
 セフィロスは書類を受け取って眺めながら問う。
「なんで、そう思うんです」
「バカンスには早いし、お前が休暇を取るとなれば勘繰りたくなるだろう」
 意味が分からず、クラウドは首を傾げてセフィロスを見た。
「大隊長が、オレをよろしく頼むとソルジャーに伝えろって」
「大隊長とは長いのか」
「いえ全然。ササキ小隊長ならともかく、大隊長はこの間の編成で重装部隊から来た人だから」
「…なるほどな。まあいい。機会があったら、お前に頼まれるまでもなく面倒見てやると言っていたと、伝えておけ」
 セフィロスの指がクラウドの顎に掛かり、持ち上げた。間近で彼の顔を見ようとすると首が疲れるほど仰向かねばならないが、その角度は嫌いではない。
「そんなこと、オレが言える訳ない」
「…むくれるな」
 セフィロスは低く笑いを洩らしてから、クラウドを顎で促した。
「乗れ」
 彼の笑い声が心地良いと思うようになったのは、何時からだったろうか。


 故郷から持ってきた一枚きりの厚手のジャケットは、オープン車で走っても何とか寒く感じない程度には風をしのいでくれる。横で運転するセフィロスは戦闘服一枚で、大きく開いた襟元は殆ど素肌であるのに、寒さなど感じていないように見えた。
 クラウドは乗り物には弱いが、こうして屋根のない車であればさほど気にならない。揺れ以上に閉鎖された空間が駄目なのだ。今はきちんと舗装された道を走行して、揺れも気にならない程度だった。
 セフィロスは運転を始めてから、先程の機嫌の良さが嘘のように押し黙っている。別段機嫌を損ねたつもりもないが、彼の機嫌のありどころは只でさえよく分からない。
 それでもクラウドには聞いておかねばならないことがあり、意を決して口を開いた時、車は零番外から壱番街へさしかかった辺りだった。
「どこへ行くんです」
「決めてない。お前が幾日休暇を取れるかで決めようと思っていた」
「って…セフィロスは何日休暇取ったんです」
「ひと月」
 クラウドは絶句した。
 それが本当なら今頃軍の上層部はパニックだろう。
「本当は、軍を辞めてやろうかと思ったんだがな。クリスに泣きつかれた」
 クリスはよく彼の副官を務めるソルジャーファーストだ。
「辞める代わりにひと月休むと言ったら、誰も止めなかった」
「なにか……あったんですか」
 正面を向いて運転を続けるセフィロスは無表情のまま黙っていた。その横顔を見つめ続けるクラウドに気付いて微笑したが、それきりだ。
「それはいずれ、な。ただお前の顔が見たかった」
 はぐらかされたような気になりながらも、クラウドはその率直な言い様に恐らく赤面していたのだろう。横目でクラウドの方を見たセフィロスの笑いが深くなる。
「そんな素直に反応されると、ここで車を止めたくなるからよせ」
「こんなとこで止められる訳ない」
 精一杯の反抗で言い切ったが、クラウドは後悔した。彼なら、例え今走っているこのハイウェイのど真ん中で停車することもいとわないに違いない。
 黙り込んだクラウドを放っておくつもりだったのか、セフィロスは暫くそのまま運転を続けた。
 訓練の疲れが出たクラウドが少しうとうとしかけた頃、車の揺れが止まる。顔を上げると屋内駐車場で、見覚えのない場所だった。
「ここ、どこですか」
「オレの住処」
 セフィロスを追って車を降り、そのままエレベーターに向かう。どうやら地下駐車場らしく、そこから部屋まで直接向かえる構造になっているらしい。
「あの…どうしてオレに休暇を取らせたんですか」
 エレベーターが下りて来るのを待つ間、クラウドはセフィロスの背に問い掛けた。
 彼は暫くそのまま階数表示の電光掲示を眺め、そして肩越しに振り返る。クラウドを批難するようなその視線を動じずに見つめ返した。
「何か、言ってくれないとわからない」
「さっき言っただろう」
 冷たく言い放ち、丁度扉が開いたエレベーターに、セフィロスはさっさと乗り込んだ。セキュリティカードを通してからボタンを押し、まだ外に立ったままのクラウドを見下ろす目は至って真剣だった。
「まだ理由や言い訳が必要か。いや、オレがでなくお前に必要なのか」
 クラウドは今度はいきなり湧き上がった怒りに頬を熱くした。
 図星だということはすぐに自覚できたが、クラウドにとってはすぐに割り切れるものではないのだということを、理解されないのは悔しかった。
「あんたってホント…意地悪だ」
「前にもそう言ったな」
 突然伸ばされた手に腕を掴まれて引き寄せられ、広い胸に倒れ込んだ時には、既に扉が閉まっていた。クラウドはせめてもの抵抗で暴れようと腕を振るが、びくともしない腕と身体にしっかりと抱え込まれている。
「オレが、抵抗できないからって卑怯だ! 馬鹿!」
「馬鹿で結構だ。お前はもう選んだ。今更変更は利かない」
 セフィロスの髪が流れてクラウドの視界を閉ざす。髪や胸から漂うセフィロスの匂いにひと月前の記憶が鮮明に蘇った。
 クラウドはこれまでにないほど激しく抵抗した。しっかりと捕らえられている腕をなんとか取り返そうと闇雲に暴れた。
 馬鹿みたいだ、と脳裏に浮かんだ言葉をクラウドは口に出して呟いていた。
「オレのことなんか、どうせひと月すっかり忘れてたくせに!」
 不覚にも涙がこぼれそうになって唇を噛む。
「オレばっかり、なんでこんな目に遭うんだよ! 遊びだったらなんでこんなことまでするんだよ!  オレが田舎者の子供だからって、馬鹿にして…」
 言葉尻を降りてきた唇に摘み取られた。
 歯と歯ががつりと音を立ててぶつかり、鉄の味が滲む。クラウドではなくセフィロスの唇が切れたのだ。英雄の彼に血を流させた者が、この世にどれだけいるのだろうかと、クラウドは興奮した頭の隅で思った。
 まるでその血を注ぎ込むように激しい接吻は、到着音がして、エレベーターの扉が開くまで続けられた。
 電光掲示が二十四階を表示して点滅している。
「やっと本音を出したな。お前が疑うのを責めはしない。必要ならこれから証明してやる」
 まるで仇敵に対するかのように睨み付けられ、クラウドはその視線を受けながら荒く乱れた息をついた。
 抗うより先に荷物のように抱えあげられ、エレベーターを出た。正面にたった一つの扉。この階には彼の部屋しかないようだ。
 半泣きになっていたクラウドを抱えたまま電子ロックを解除し、開けた扉をくぐり、漸く抵抗を復活させかけたクラウドをいきなり放り出した。
 思ったよりも衝撃がなく、目を開けると革張りのソファの上だ。だがリビングルームと思われた周囲の様子を、それ以上見渡す暇は与えられなかった。
 彼が戦闘服を脱ぐ仕草だけで教え込まれた欲望に火がつく。
 彼の指先が服に掛かっただけで、これから与えられるだろう快楽の予感に背筋が震える。
 上着を剥ぎ取られ、千切れた幾つかのボタンが床に音を立てて転がった。
 襟元を掴んだ手に着古したTシャツが紙のように破られた。
「逃がすものか。オレはお前が思っているより執念深いぞ」
 恐ろしいほどの気迫を込めながらどこか静かな彼の瞳に、クラウドは全く違う感情で釘付けにされる。
 自分はおかしいのかもしれないと、クラウドは思った。
 暴力的にでも、セフィロスにそうやって求められることは、他に例えようもなく心地よかったからだ。


 彼の腕の中で過ごす夜は五度目になる。
 クラウドがそれを数えたのはこの日が最後だった。彼との関係が長く続くものだとは信じなかったクラウドが、自らそれを否定し始めたからだろう。
 セフィロスは言葉通り彼の執着ぶりを証明した。
 何度も立て続けに求められ、最初に挿入された時の引き裂くような痛みは既に消え、ただ内側から直接的に高められる男の性に、その度に翻弄された。
 完全に萎えても小さいとは言い難いセフィロスの陰茎は、クラウドの記憶にある限り、一度として抜かれることはなかった。内側に吐き出された精が何度も足を汚し、その度に乾いてこびりつくのもそのままに疲れて眠りかけるクラウドは、僅かな時間で再び抉るものに叩き起こされた。
 背や胸に浮かぶ汗がソファに移り、その度に張られた革が痛みはしないかと、どこか冷静に思考する。
 だが五感はセフィロスに与えられるものだけに集中している。目に映るものも、彼の匂いも、接触する部分が生む濡れた音も、クラウドの全身を震わせて、途切れ目なく喘がせた。
 三度目からは射精することを堪えられなくなった。彼の手に吐き出したものを、目の前に差し出されても、恥ずかしいとすら思わなくなった。早く開放されたくて自ら高まりに手を伸ばせば、セフィロスに阻まれる。彼の手でなければ終わらせて貰えないのだと分かってから、クラウドは無意識に彼の手を自分のそれに導いた。
 熱く繋がる場所が時折ぴりぴりと痛むが、それも既に快感にすりかえられている。最初は溺れそうになるのを必死で押さえていたのに、いつのまにか彼の肩やソファに縋り、自ら深みへ飛び込むように腰を蠢かせる。
 セフィロスが限りなく近かった。
 自分よりも近い。何故なら彼はクラウドの身体の中に。
 遠いところにあると思ったのは気の迷いだったのだろうと、失神するように眠り込んだ夢の中でクラウドは思った。


 暖かく心地よい感触と微かな水音。温めの湯の中で、後ろから伸ばされた手に身体をゆっくりと撫でられている。
 よく知る男であると疑いの余地はなく、クラウドは気付いてもされるままに任せた。
「どこか、痛むか」
「……全部」
「慣れろ」
「じゃ、なんで訊くんだ」
 自分でもわかるくらいに不機嫌な声にセフィロスは余裕で笑っている。
「ご機嫌斜めだな」
「斜めどころか、逆さくらいだ」
 すっかり膨れっ面になったクラウドの髪を掻き分けた唇が耳朶を挟み、軽く吸われる。
 怒っている最中にも関わらず、復活してきそうな欲望の予感に、クラウドは慌てて掬った湯で顔を洗った。
 湯はいい香りがする。入浴剤のようなものが入っている。
「機嫌を直せ。せっかくいい気分なんだ」
 クラウドは驚いて肩越しに彼を振り返った。
 整った顔は変わらないが、リラックスしているのは分かった。
「なんだ?」
「前に…ザックスが言ってた。セフィロスは玄人の女の人でも逃げ出すって」
「ザックスがオレの私生活をそこまで知っているはずはないがな。くだらん噂だろう」
「お前じゃ壊されるからやめろ、って」
 途端に吹き出した男をクラウドは疑いの目で眺める。
 だがセフィロスは予想外の反撃に出た。
「お前、ザックスなんぞに言ったのか。オレが好きだと」
 瞬時に頬が熱くなったのは湯のせいではない。
「ち、違うって。オレがセフィロスに興味があるって言ったら、ザックスが勝手に意味取り違えて誤解したんだ!」
「そんなに以前から興味があったのか、オレに」
「そういう意味じゃない! 神羅の英雄には誰だって興味あるだろ!」
「では、ザックスの読みが当たった訳だな」
「違うって!」
「よかったな。思いが成就して」
 余裕綽々で笑うセフィロスに猛烈に腹が立った。
 無理矢理起き上がって、追いすがってくる手を蹴り退ける。ついに上官を足蹴にしてしまったという後悔は、ほんの二秒で忘れた。足首をつかまれてそのまま湯に沈みそうになったクラウドを、今度はセフィロスが腕を掴んで引き上げた。
「あんたって…どこが英雄なんだ!」
「英雄じゃないオレでも好きなんだろう」
 二人でも決して狭くはないバスタブだが、クラウドはすでに身動きできないよう押さえ込まれていた。片手に易々と両手首を掴まれ、空いた片手が意図的に足の内側を撫でた。
 もう一滴も残らず搾り取られたはずの股間が、不本意にも反応する。
「もう、いやだ」
「身体はそうでもないようだ」
「これ以上したら、ホントに壊れる」
「壊れたらオレが責任もって直してやる」
 クラウドの身体は壊れはしなかったが、セフィロスは言ったら必ず実行する男なのだと、否応なく学習する羽目になった。





 目を開けて、セフィロスの胸が目の前にあったのはこの日が初めてだった。
 ウータイではクラウドが目を覚ました時、彼はいつも身体を離していたし、こうしてきちんとした寝台で朝を迎えることも初めてだったのだ。
 思えば入隊したばかりの頃のクラウドは、まだ明確な性欲など感じたこともなく、ただ思春期にはありがちな快感への目覚めと、淡く描いた初体験のイメージがあっただけの少年だった。
 そのイメージでのクラウドの相手は、初恋の少女のような早熟な身体の持ち主であって、幾らミッドガル一の美形でも男ではないし、清楚な寝台の上であって、異国の執務室の床ではなかった。
 女ったらしなザックスでも、素人童貞だというヨセフでも、クラウドよりはもう少しファンタジックな初体験だったに違いない。
 そんなことを考えてしまうのは、昨夜のセフィロスの横暴のせいか、それともクラウドとの間を開いた本で塞ぐセフィロスのせいか。
 どちらにしろ悪いのはセフィロスなのだが。
「まだ寝ていてもいいぞ」
 今は本が立ち塞がっているのに、どうして見もせずにいつもクラウドが目を覚ましたことに気付くのだろうと思いながら、クラウドは目の前の胸に額を当てた。
「いい加減、腹が減ったか」
 色気の欠片もない言葉だったが、思えばクラウドの腹も切実に食物を要求している。
 視線だけで問い掛けてくる彼に頷いて同意すると、セフィロスはベッドサイドの電話を取った。
「二十四階のセフィロスだ。ランチを三名分」
 シンプルな受け答えで直ぐに受話器を置いた。
 説明を求める視線にセフィロスは呟くように言った。
「下にレストランがある」
「なんで三名分?」
「二名分だと勘繰られる」
 つまり以前にそういうことがあったという訳だ。
 疑わしい目を向けたのに気付いたらしく、セフィロスはいつもの意地の悪い笑いを浮かべた。
「なんだ妬いているのか」
 本気で突き出した拳はあっけなく止められた。
「最近この部屋にオレが招いて入った他人はそういない。明日になったらゴシップ誌のトップ見出しにくだらん噂を書かれるのはごめんだからな」
 ゆっくり引いた拳にはセフィロスの手がついてきた。
「食事が来るまでには一時間近くかかる。オレが本気だと、もう一度思い知るか?」
 今日のクラウドにとっては、なによりも恐ろしい脅しをかけられ、慌ててベッドから跳ね起きた。足をもつれさせて逃げ出すクラウドの背をセフィロスの笑い声が見送る。


 暫く部屋のあちこちをウロウロしていたクラウドは、自分の服を探して結局寝室へ戻る羽目になった。いつのまにか起き出して、薄い素材の黒い部屋着をつけていたセフィロスに、自分の服の在り処を問う。
「Tシャツはオレが破いたからな。コートなら玄関脇のクロゼットにかけたが、ジーンズはクリーニングに出してしまった」
 Tシャツの替えこそリュックに入っているが、パンツまでは持って来ていない。全裸でいろというのか。
「ハウスキーパーに着替えは頼んでおいた。夕方まで我慢しろ」
 代わりに投げられたセフィロスの部屋着は見るからに大きい。少し光沢のあるシャツは、クラウドが羽織ると膝丈になった。
「お前に胸があってウエストを絞れば、女が着る夜会服だな」
 投げたスリッパは、セフィロスが咄嗟に開けたクロゼットの扉に当たる。彼に当たっていたところで、長銃の弾丸にさえびくともしない身体には屁でもないだろうが。
 先程から散々からかわれていたクラウドは、いい加減本気で怒り心頭になっていた。彼に背を向けてリビングに行ってから、シャツと同じ生地で出来たパンツも履いて、裾と袖をしっかり折り曲げる。なんとか服らしくなった頃、セフィロスがリビングに入ってきた。
 すぐに口を訊くのは業腹で、クラウドは部屋の中を見て回った。
 玄関を入って長くはない廊下を行くと、巨大なリビング。クラウドの寮の二人部屋が十は入りそうな広さだ。ソファはセフィロスがいつも座るのか一箇所に痕跡が残っているが、それ以外は使い込んだ様子もない。
 右手に続くダイニング。ダイニングを手前に戻ると、リビング以上に触れた形跡のないキッチン。リビングから奥へ行くと左手に先程まで寝ていた寝室、右手にはドアが二つあり、奥がゲストルームらしき空っぽの部屋、手前のドアは鍵がかかっていて書斎と思われた。
 神羅開発の最新セキュリティの設備がついた高級マンション。だが、彼がこんな広い部屋を必要としているとは思えなかった。
 リビングに戻るとセフィロスはソファの一番窓側に座り、先程から読んでいる本を開いている。茶色の背表紙、タイトルから推測すると魔晄に関する新しい研究書だった。彼がそんなものにまで興味を持つということが、不思議なようで、どこか納得できる。
 セフィロスはその戦闘力だけでなく、知能においても神羅一といわれた天才だった。プロフィールに書かれた賛辞をにわかに信じる気にはならなかったが、頭の悪い人間が適切な兵の差配などできる訳がない。
 彼の勉強を邪魔するのは遠慮して、クラウドはリビングから窓の外を眺めた。
 二十四階の高さから見ると、壱番街には同じような高層住宅がいくつか覗えた。その足元にも社屋や住居が立ち並び、プレートを埋め尽くしている。
 窓を開けてバルコニーに出ると、その半分ほどは軒の延長のような屋根に守られ、そこにはやはり使われた形跡のない木製のデッキチェアとテーブルがあった。さぞかし埃だらけだろうと思ったのに、テーブルもチェアも綺麗に拭き清められている。恐らくハウスキーパーとやらが使わなくても掃除をしているのだろう。
 手すりまでは窓から五メートルほど、ほぼ正方形のバルコニーの端まで進み、縁から下を覗き込む。
 プレートの隙間からダウンタウンの明かりが小さく見えた。隣のプレート、零番街には小さく兵舎も見える。
 自分がいるはずの場所から随分遠くに来たものだと感慨をもって眺めた。
 ここから見える、米粒より小さな無数の人影、そのひとつでしかなかったクラウドをどうしてセフィロスは見つけ出したのだろうか。
 彼にとってクラウドの何が、この部屋に招き入れるきっかけだったのだろうか。
 まるで真剣味のない口調や表情で、クラウドが本気になるほどからかい続けるかと思えば、時折切羽詰ったような──それもほんの些細な変化だが──表情で、彼が本気であるかのような告白までする。
 手すりに両腕をついて、そこに顎を乗せて下界を見下ろしていたクラウドは、首を回して室内の彼を見やった。
 セフィロスがこちらを見ていた。
 広げた本は膝の上に、ソファの肘掛についた手に頬をついて。
 見られていることに気付けないような柔らかな眼差しだった。
 クラウドはそこから飛び降りてみる幻想を思い描いた。
 彼にとってひとつの米粒でしかないクラウドでも、今この場で地上まで飛び降りて命を断ったとすれば、彼の中に何か大きなものとして存在し続けられるように思う。もちろんそれを実行する決断力も度胸も、クラウドにはなかったが。
 セフィロスが立ってこちらにやってきた。開け放した窓で立ち止まった彼は首を曲げて、小さく見える窓の上縁を掴んでいる。
「寒くないのか」
 クラウドはまだ拗ねたふりを続けて、無言のまま彼を見た。
「お前とは体感温度が異なるから、気付いてやれない。風邪を引くなよ」
 そうだったのかと感心しながらもクラウドはまだ口を閉ざしている。
「そう拗ねるな」
 ついにセフィロスは苦笑して、コンクリート敷きのバルコニーに踏み出した。
 裸足だった。
 クラウドは彼の足の指を初めて見ることに気付いた。長い。
 彼が近寄ると、クラウドは目線をずっと上げねば、彼の顔を見ることが出来ない。
 すぐ間近に立ち止まり、クラウドに屈みこんだセフィロスの顔が視界を埋める。ゆっくり風に持ち上がる髪がクラウドの頬に触れる。
 腕が脇の下から差し入れられ、背後から抱き締めてくる。
「オレはマゾヒストの気があるのか。お前がムキになって罵倒してくるのが心地良くてな、からかうのを止められん」
「…あんたはどっちかっていうとサドだと思うけど」
「お前がそう思うなら、ご希望に沿ってもいい」
 藪を突付いて出て来た蛇に、クラウドは悲鳴を上げそうになった。それを飲み込んだのは、そうすれば今告げられたように彼を喜ばせてしまうことを理解しつつあったからだ。
「書斎にサディズムについての研究書があった。少々勉強してくるか」
「や、やめろって。そんなのするなって!」
 つい大きな身体にしがみ付いて引き止めていたクラウドは、彼が笑いを堪えているのを見て唇を噛んだ。噛み締めたそれを摘み取るように口付けられ、今度は正面から抱き締められる。
 誤魔化されたように思いながらも、その心地良さに目を細めた。
 もう嗅ぎ慣れたセフィロスの匂いに力を抜く。
 そんな風にされてしまうと、きっと彼に何をされてもクラウドは許せるような気分になる。
「あんたが、ホントにそうしたいんなら、考えてもいいよ。オレ」
 間近の魔晄の瞳がはっきり分かるほど見開かれた。
「従順なお前も愛らしいが…」
 軽々と子供のように抱き上げられ、窓をくぐって室内に運ばれる。
「誘惑するな。もう食事が来る」


 昼食をリビングで摂り、まだ昨夜のだるさが抜けないクラウドはソファに寝そべって、向かいに座り本を開くセフィロスを眺めていたが、次第にそれも飽きてきた。こんなにも存在感のある男を見飽きるなど、世間の婦女子が聞いたら贅沢だと怒られそうだとクラウドは思った。
 しかし長期休暇も初めてで、毎日訓練に明け暮れていたクラウドにとって一日何もしなくていい状況はむしろ落ち着きがない。本当ならあと三ヶ月で始まるソルジャー採用試験の勉強や訓練をしたいところだった。
 クラウドはだるい体を引き起こして、僅かな所持品の入ったリュックからソルジャー試験のテキストを持って来た。せめてもの勉強と思ったのだが、その内容はクラウドがこれまで毎日読み込んできたもので、文章そのものをほぼ暗記してしまっている。暫くそれを眺めていたが、再び飽きるまでそう時間はかからなかった。
 すっかり集中しているセフィロスに意を決して声を掛ける。
「質問よろしいでしょうか、サーセフィロス」
 改まった言い方にセフィロスは顔を上げ、口元を笑いに歪ませて答えた。
「許可する。なんだ?」
「ソルジャー試験の勉強をしたいんだけど、何か役立つような本、ないかな?」
 セフィロスは片方の眉ををついと上げ、クラウドへ手を差し出す。
「そのテキストは?」
「もう暗記しちゃうくらい見てるから、役に立たないんだ」
 渡したテキストをぱらぱらと眺めていたセフィロスは立ち上がり、クラウドを促した。
 行き先は鍵の掛かっていた書斎で、扉の横に指紋照合の電子ロックがついている。
 暫くそれを操作していたセフィロスは、クラウドの手を引いてクラウドの左の人差し指をスキャンさせた。
「今、お前の設定を作った。いつでも勝手に使っていい。だがこの家から持ち出す時はオレに確認しろ。間違って機密に関わるようなものを持ち出したら、後で面倒だからな」
「イエッサー」
 部屋に入ると正面に両袖のデスク、深い色をした、高級品だと一見して分かるようなものだった。端末が一台、ディスプレイと一緒にその上に鎮座している。
 奥の壁に縦に細長い窓が左右対称についている以外は、周囲が全て天井までの書棚になっている。一般兵の兵舎にある図書室よりも、蔵書の数は多いように見えた。
「すごい」
 呟いて見回すクラウドの後ろでセフィロスは灯りを点け、右手の本棚に進むと、そこから何冊か抜き出している。
 蔵書の量もさることながら、他の部屋は生活の気配が殆どないのにここだけは違った。
 デスクに着いて、足を組み、本を広げるセフィロスの姿は容易に想像できる。
「ソルジャー採用の筆記試験は、マテリアの使用方法やモンスターの特性を理解しているかが判定の基準だ。お前の持っているテキストは基本しか出ていない。当日は抜き打ちで応用が出るぞ」
 クラウドが彼に本を貸せと言ったことに他意はなかったが、思えば彼こそソルジャーのトップであり、試験の問題内容に関わっていないはずがない。
「これって…あんたに聞くのはズルイのかな」
「別に答えを教える訳ではないからな。これにマテリアの起源と使用法がある。モンスターの特性についてはこれが詳しい。地質と地形の読み取り方は…これが基本だけ載っていて混乱しないだろう。まずはこの三冊だろうな」
 次々と渡された本はどれも三センチはあろう厚さだ。
 度肝を抜かれた表情のクラウドの髪を撫でて顔を上げさせると、セフィロスはそれに見入るように固定する。
「本当にソルジャーになるのか」
 彼に何度そう問われたか、もう分からない。
 クラウドは黙って頷いた。
 見下ろす彼の顔が酷く悲しそうに見えるのは、緩い間接照明のせいだろうか。
「もしオレが神羅を辞めたらどうするんだ」
「…もしかして、昨日辞めるって言ったのって…」
「どうする。オレが辞めたら?」
 クラウドは眉根を寄せて考え込んだ。
 彼が神羅を辞めた時のことを想像したことはない。だがいつかそうなるとは思っていた。
クラウドがソルジャーになるより前に、彼が神羅を辞めてしまうとは考えなかったが。
「オレ、あんたが今神羅にいる理由、この間少し分かったような気がしたんだ」
 クラウドは手にした本をデスクの端に置いてから再び彼を見上げた。
「以前のオレも、神羅も、このミッドガルも…世界中があんたを英雄に祭り上げた。あんたが誰よりも強くて、頭いいから、他に英雄になれる人間がいなかったから。そうだろ?」
 問い掛けても彼は返事をせず、表情も動かさずクラウドを見下ろしている。
「世間がセフィロスを英雄にし続ける。だから最初は神羅に恩があって逃げ出さないんだと思った。でも」
「でも…?」
 続きを促した彼はクラウドの肩を掴む手に力を込める。
 何か暴いてはいけないものに、クラウドは触れてしまったのかもしれない。
 だが今更止めることは出来なかった。
「でも、違うんだ。この間ウースウに行った時、あんたが神羅の為に女子供まで皆殺しにするなんて、オレには信じられない。あんたの意に沿わないこと、神羅の為に割り切るなんて信じられない」
「それで…?」
 冷たい言葉だった。必死に言い募るクラウドの心を瞬時に凍結させる相槌だった。
 その無表情も恐ろしい。クラウドの肩を掴む指の力も痛いほど。
「あんたは確かに強くて、みんながあんたを欲しがる。だから、神羅だけじゃない……あんたは世界中を敵にして、世界中の誰もがあんたを手放すように、仕向けてるみたいだ」
 言い切った途端セフィロスはクラウドを押し、デスクの上に拘束した。端末が頭にぶつかり、衝撃に目を瞑った。握りつぶされるかと思うような力が手首にかかる。
 クラウドの顔にふりかかった髪が、外界を銀色で遮断している。
「だとしたら、お前はどうする。そんなオレをお前はそれでも追いかけてくるのか」
 セフィロスは笑っていた。
 どこか狂気を潜ませた笑いにクラウドの背筋が凍る。
 だが彼が意図してそう接していると、クラウドには伝わった。彼はこれまでにも幾度かそうしてクラウドに自分を諦めさせようとしていたように思う。
「世界中がオレを排除しようとしたら、オレはその時こそ自由になれる。何にも求められず、自分が自分を生かすためだけに生存する物になれる。政治も企業も人民も関係ない、オレの意思で生きて戦うことができる」
 緊迫を割るようなタイミングでデスクの上の電話が鳴った。呼び出し音に驚いて身を竦めたクラウドは、それを見やる彼の視線を追う。
 セフィロスは受話器を取ってデスクに投げ出し、長い指でフックを押して切った。
「こうして電話に追いかけられることもなくなるだろうな」
 電話機に戻されることなく、クラウドの頭の上に放置された受話器が、ツーツーと断続的な音を発していた。
 セフィロスは恐ろしい笑みを浮かべたまま、フックを押した指をクラウドのシャツの裾から差し入れ、素肌を撫でる。昨夜のような愛撫ではなく、物を検分する仕草だ。
「オレ…あんたについていくって決めた」
 クラウドの発した声は少し震えている。
「その時、足手まといにならない為には、ソルジャーにならないと駄目なんだ!」
「英雄でもないオレについてきて、どうする」
「オレにはもう、あんたは英雄じゃないって、前に言った」
 開放された片手でセフィロスの腕を掴んだ。大人しくされるままになる彼の手を、クラウドは自分の口元に運び、口付けた。
 血の気を失ったような冷たい指だった。
「ただのセフィロスだ。意地悪で、わがままで、自分勝手で、子ども扱いばっかりする、嫌な奴」
「それでも好きなんだったな」
 彼の笑みに違う感情が付加されていた。
 ほんの少し和らいだ表情が、クラウドには愛しくてたまらないものに見えた。
「オレを連れていって。強くなるから。あんたを守れるくらいになるから。急ぐから」
 必死にしがみ付いた腕が動いて頬を撫で、戦慄くクラウドの唇に触れた。
「勉強は…後だ。もう一度お前がオレのものだと確めさせろ」

 細長い窓から夕暮れの色が差し込んでいる。それを虚ろに眺め、デスクにしがみ付いて与えられる衝撃を受け止めながら、クラウドは涙を流した。
 求められる幸せに涙を抑えられない。
 それを壊したくない。
 そのためには、いつか世界中と決別することになっても堪えられる強さを得なければならない。
 セフィロスの隣を目指すことくらい苦難の道だと思われたが、クラウドの決意も固かった。自分が大人になる頃にはそうなってみせると、心に誓った。
 この時、もう僅かな時間しか残されていないと知っていたら、クラウドもそしてセフィロスもまた違う道を考えたかもしれない。
 クラウドがそう思ったのは、ずっと後のことだった。





 クラウドにとって初めての長期休暇は、かけがえのない経験の積み重ねでもあった。
 クラウドの決意が固いと理解したのか、セフィロスは驚くほどクラウドがソルジャーを目指すことに協力的になり、マテリアやモンスターについての講義をした。付き合えと引っ張り出された私設ジムでは、クラウドの剣の相手をした。
 同じものを食べ、そして夜は同じベッドで眠った。
 数日間をクラウドは充実した気持ちで過ごし、その日々はあっという間に終わる。
 休暇の最後の日の午後、基地の外まで車で送り届けられ、名残惜しげに見つめるクラウドにセフィロスは言った。
「暫く長期遠征はない。オレがいない時でも来ればいい」
 クラウドの言葉もすっかり砕け、八日前と比べれば二人の距離はこれ以上ないほど縮まったが、やはりセフィロスは言葉少なだ。
 それでも彼の精一杯の気遣いや、クラウドに対する執着は十分に伝わった。クラウドはもう二度とセフィロスの言葉を疑わないだろう。
 無言で頷き、車を降りてドアを閉める。
 手も挙げずにただ走り去る車を見送る。
 風に流れる長い髪を見つめ、それが見えなくなってからクラウドは八日ぶりの基地に戻っていった。


 久々に感じる寮の部屋の扉を開けた瞬間、振り返った男の表情にクラウドは硬直した。
「久しぶりの帰還だな、クラウド」
 ザックスはビールの缶を挙げた。点けたままの小さなテレビはアイドルが歌っている。それをザックスが好まないと知っているクラウドは、彼が非番であるにも関わらず、自分の帰りを待っていたのだと気付いた。
 ろくに友人もいないクラウドが、いきなり長期休暇を取り、八日も部屋を空けたことをザックスが訝しく思わないはずがない。部屋を出る時、一瞬よぎった不安が的中したことに、クラウドは何も言えず戸口で立ち尽くした。
「んなトコに突っ立ってないで、入ってなんか言えって。お前、後ろめたいの隠すの下手すぎ」
 冗談めかして言いながら、彼の表情は至って真剣だった。
 クラウドは重苦しい空気の中靴を脱ぎ、リュックを床へ放り投げ、自分のベッドに座った。
「…ただいま」
「おかえり」
 ぎこちない挨拶の後、言葉を続けられず、クラウドは俯いた。
 告白するのはいいとして、問題はその後の彼の反応だ。
「最初に言っとく。すげえ心配した。お前のトコの小隊長が訪ねて来て、お前になにかあったのかっていう。訊きゃ、七日も休暇申請したっていうじゃないか。それも知り合いのソルジャーに誘われて出掛けたって言うし、多分小隊長はオレかオレの知人と出掛けたって思ったんだろうな。仕方ねえから、お前と同郷の人間がミッドガルに来てるから、一緒に出かけたんじゃないかって言ったら、安心して引いてくれたけどな。我ながら機転が利くだろ、オレ」
 一息で言い切った彼の顔を覗うと、完全に怒っている。
「セフィロスだな」
 彼のそんな恐ろしげな表情を、クラウドは見たことがなかった。
 小さく、頷くことしかクラウドには出来ない。
「いつからだ」
「ウータイ」
「あの人が誘ったのか」
「…そういうの訊くの、反則だよ」
「セフィロスは今どこにいる」
「わからない、けど、本社ビルに戻ったと思う」
 答えを聞いたザックスがいきなり立ち上がり、戸口へ向かう。クラウドは慌ててザックスの足にしがみ付き、必死で引き止めた。
「やめろよ、ザックス!」
「お前、ダチをからかわれて、オレが平気なツラしてられると思ってんのか!」
「からかわれてなんか、ない!」
 クラウドは動きを止めたザックスを追い越し、戸口に立ち塞がった。
 彼を行かせることだけは死んでも止めるという気迫が伝わったのか、ザックスはその場で腕を組み、クラウドを見下ろした。
「セフィロスが……本気だってのか? あいつの噂くらいお前も訊いてるだろ。あっちこっちの俳優やらモデルやらと書きたてられてるの、半分はマジなんだからな。二度同じ女と寝ないって、神羅の上やソルジャーの間じゃ公然の秘密なんだぞ」
「知ってる! この休暇の間だって、何度も電話掛かって来た! でもそんなのオレには関係ない!」
「セフィロスの家に居たのか、この休暇中」
 クラウドは大きく頷いた。
「ずっとか? 八日も?」
「外にも出たけど、ずっと一緒にいた。急病で療養中ってことにしたらしくて、あっちこっちから電話が掛かってきて…大変だった。でもずっとオレの近くにいた」
 ザックスは目を見開いてクラウドを見つめ、それから大きく溜息を吐いた。
「…マジかよ…」
 脱力したようにその場に座り込み、胡座をかいた。
 それから指先でクラウドを呼ぶ。
「悪かった。ちょっと座って、話そうぜ」
 まだ硬直したように戸口に立つクラウドを見て、ザックスは腕を伸ばして冷蔵庫を開け、ビールを二本取り出した。
 いつもクラウドには清涼飲料水だったのにと思っていると、ザックスはウインクして笑った。
「遅れたが、お前のネンネ脱出祝いだ。ま、まだ童貞にゃ違いないだろうけどな」
 クラウドは瞬時に赤面して、手元にあったザックスのサンダルを投げた。
 軽く避けられたサンダルは悔しくも床に落ちたが、クラウドを見る友人の笑みがいつものものであることに、漸く肩の力を抜いて、クラウドは座った。


 「ザックスは、本気で好きな人いないのか?」
 かなり長いこと話し続けて、その間にザックスのビールは六本目に突入していた。クラウドこそ三本目だったが、久々のアルコールは酔いの回るのも早く、二人ともにほろ酔い状態で、多少口のすべりも良くなる。
 セフィロスとの事を聞き出されそうになるのをかわしていると、いつしか話題はザックスの方に移っていた。
「オレはなあ、今大本命がいるんだが、これがまたなー」
 ザックスは言葉を途切れさせ、煙草を咥えて火を点けた。
 漂う煙の匂いが記憶を掘り起こす。神羅の商品で、遠征中の配給品にもなっているザックスの煙草の銘柄は、セフィロスが吸うものと同じだった。
「ダウンタウンに咲く、可憐で強靭な花ってやつだ」
「なにそれ」
「どうしてこんなトコにってくらい可愛いんだけどな、若くて、生命力があって…まだ手握って、キスしかしてない」
 クラウドが口を開けたまま驚いたのは、いつも手の早いザックスらしからぬ言い様だったからだ。
「なんでだよ。いっつも最初のデートでホテルに直行とか豪語してたのに」
「逃がしたくないからに決まってんだろ。お前より二歳上くらいかなあ。全然擦れてねえから、とてもじゃないけどそんなとこに誘えない。こっちが悪いことしてる気になっちまう」
 少し酔った風ではあるが、ザックスの顔はごく真面目だった。それだけ本気だということは、普段の彼を良く知るクラウドには一目瞭然だ。
 彼の言い分からすれば、デートなどもちろんしたことのないクラウドを、最初に個人的に向かい合った夜に押し倒したセフィロスはどういうことになるのだろうか。
 少し考え込んだクラウドを見てどう思ったのか、ザックスはニヤニヤと嫌な笑いを浮かべた。
「おい、英雄様と比べんなよ。オレとしちゃ、ネンネをその気にさせる口説き方をサーセフィロスにご教授いただきたいトコだよ。まったく。……お前まだ十五だったよな」
 クラウドが頷くと、ザックスはあーあと大声で洩らす。
「世間的にゃ、犯罪だぜ」
「でもザックスは初体験、十四だったんだろ」
「バーカ。やる方じゃなくて、やられる方の年が問題なの。お前、まさかセフィロスに突っ込んだんじゃねえんだろ?」
 クラウドは頬が熱くなるのを隠そうとビールを煽る。
 ザックスはそれを見て吹き出した。
「お、お前、ホント分かりやすいな。んで? セフィロスはうまかったか?」
 クラウドは飲みかけたビールにむせた。
「あ、比べようがねえよな。じゃ、よかったか?」
「殴るぞ」
「いいじゃねえか、もうネンネじゃねえんだから。興味あるもんな、アッチも英雄なのかどうか」
「あんた、サイテーだ」
「そういう時は軽くかわせって。マジになるな、マジに」
 大声で笑い、ザックスは七本目のビールを冷蔵庫から取り出した。クラウドは漸く三本目を空けたところだが、もう十分酔っ払っている。
 襲ってくる眠気を、クラウドは自分のベッドに寄りかかることで紛らせた。
「で、マジな話。お前、ソルジャー試験どうするんだ?」
「受けるよ」
「そうか。セフィロスに色々と教えてもらえるといいな」
「うん」
 ザックスの吐き出す煙がいつのまにかクラウドに心地良いものになっている。
 香りが身体を包み込むと、まるでセフィロスの腕の中にいるような気さえしてくる。
「あの人に、追いつきたいんだ」
 自分が酔っ払っていると自覚しながら、細めた視界にいるザックスへ口を開き続けた。
「強くなりたいんだ。入隊したばっかのころ、あんたがオレにしてくれたみたいに。あの人の友人みたいに、兄弟みたいに。あの人、いつも一人で、それだけはオレと同じなんだ。だから…」
 ザックスが咥え煙草のまま近寄って、くずれるクラウドをベッドの上に押し上げてくれたのが分かった。
「守りたいんだ」
「……大人になったな、クラウド」
 撫でるように軽く頭を叩かれ、毛布を引き上げたザックスが優しく笑った。
「ありがとう…ザックス」
 唯一といっていい友人に理解されたことで、クラウドは安心しきって眠りに落ちた。
 その間際、扉が閉まりザックスが部屋を出て行くことが分かったが、既に目を開ける力を無くしていたクラウドは、そのまま朝まで目覚めなかった。


 翌日からクラウドは通常通りの日々に戻った。
 休暇明けの訓練では、さすがに小隊長に『心配した』とお小言をくらったが、クラウドはザックスが考えてくれたとおりに理由を述べると、慣れ親しんだ小隊長はすぐに開放してくれた。
 一抹の罪悪感を感じなくはなかったが、絶対にセフィロスとの関係を漏らしてはいけないという決意には変えられない。
 それに、むしろ普段よりも張り切って訓練するクラウドを見て、小隊長は一層安心したようだった。
 事実クラウドは張り切っていた。ソルジャーを目指す気持ちは更に増していたし、ただ階級を望む以上に、戦闘能力を上げるというシンプルな目標がある。ザックスの都合がつかない夜も演習場に赴き、無心に剣を振った。
 そんな部屋に帰れば死んだように眠り込む日を一週間ほど過ごした頃、クラウドの元に荷物が届いた。
 差出人の住所や名前はなく、ただ『S』とだけ書かれていた。
 誰かということはクラウドには一目で分かる。
 クラウドははさみも使わず、慌てて封を切った。中身は兵士の誰もが持っているPHSだった。
 手紙も何もついていないそれを、物珍しく眺め、クラウドはこっそり液晶画面に口付けた。
 持っているだけで維持費がかかるので、クラウドはこれまで興味を示したこともない。そもそも実家かザックスくらいしか通話相手がいないのであれば、クラウドには不要だった。相手もなくそれを持ち、持っていることで相手を求める同僚たちを、クラウドは一種憐みの目で見ていたこともある。
 だが彼が、『あの』セフィロスがそうしたことをするのは、クラウドにとっては意外であり、そして嬉しくもあった。
 使い方もよく知らないクラウドは、電源を入れて、まず説明書を読み始めた。余計な機能はついていないらしく、通話とメールのやり取りができればいいのだと、クラウドは要点を絞って説明書を熟読する。
 そうしている内に突然PHSが鳴った。
 掛けてくるのはただ一人だ。
「はい」
『オレだ。届いたな』
「うん。説明書読んでたとこ」
『今の着信で、オレの方の番号が出ただろう。会議中は切っているが、出られる時は出る』
「わかった。あの……その、ありがとう。こんな高価な物貰うのも初めてだ」
 暫く続いた沈黙に、クラウドが柄にもなくおろおろしていると、
『そんなに素直に礼を言われると、またお前に物を買い与えたくなる。』
 セフィロスの声は笑いを含んでいるように聞こえた。
 面と向かって話すことしかなかったからか、電話は妙に照れくさい。それは彼も同じなのかもしれないとクラウドは思った。
 つい堪えられず、声を立てて笑った。
『笑ったな、今』
「他にも何かくれるとか?」
『そうだな。お前が本当に欲しがるなら島くらい買える』
「そんなの、いらないよ。何もいらない」
 笑いながら、クラウドは彼なら本当にそのくらいするかもしれないと思い、内心青くなった。冗談でも下手なことを言わずにおくべきだ。
『もう切る。どうせなら直接話す方がいいからな』
「うん」
『また来い。言い訳はザックスにでも任せてな』
「わかった」
 切るときは挨拶もないのが彼らしい、と思いながら、ふと最後に言われた言葉が気になった。ザックスに言い訳を任せるというのはいい案だ。
 問題はなぜセフィロスがそう言ったかである。
 クラウドはセフィロスの番号を記憶させる作業をしながら、その言葉を反芻していた。
「お、PHSだ。どうした?」
 それまでシャワールームにいたザックスが濡れた髪をタオルで拭きながらスウェットパンツ一枚で出て来て、クラウドの手元を覗き込んだ。
 クラウドは彼を見上げて言った。
「ザックス、セフィロスになんか言ったのか?」
 ザックスは髪を拭く手を止めた。
「ザックス」
「…殴り込んだ」
 そう呟くように言ってベッドに座る。
「なんでっ?」
「安心しろ。どうせ当たってないから」
「そういう問題じゃないだろ!」
「お前が本気なのは良く分かったけど、あの人はどうなのか確めに行った」
「で?」
「反撃された。『少なくともお前が口出すことじゃない』ってな」
 ザックスは適当に上半身を拭き直してランニングシャツを被り、タオルを首に引っ掛けて続けた。
「それと『知ったならついでに協力しろ』って約束させられた」
「で?」
「部屋を蹴り出された。以上、報告でした」
 ザックスは敬礼し、クラウドは脱力してベッドに突っ伏した。
「口出し無用ってくらいラブラブで結構なことで」
「うるさい」
「あ、そういうこと言うと協力しないぞ」
 確かに勤務のある日にセフィロスの家に行くとなると、同室のザックスの協力なくしては無理だった。
 寮に門限はないが、もし急に召集があったりすれば連絡してもらわなければならないし、周囲への言い訳もできない。
「まかしときな。それよりPHS貰ったなら番号教えろよ。もしお前が居ない時に呼び出しかかったら連絡してやるからよ」
 はたと自分の番号を知らないことに気付き、それを表示させるための操作を説明書でさらっている内に、ザックスによる殴り込みの件は煙に捲かれてしまった。
 だが一方で、ザックスの行動はザックスに、セフィロスの判断はセフィロスに任せておけるくらい、クラウドは二人を信頼してもいたのだ。
 それからクラウドは、昼間の訓練が終わると夕食まで自主演習場に行き、食事を摂ってその足でセフィロスの部屋に向かうという日が多くなった。
 セフィロスの帰宅時間はまちまちだった。早い時はクラウドが到着するよりも早く、遅い時は待ちくたびれたクラウドがうとうとしている時間に帰宅する。執務室に泊り込んで帰ってこない日もあった。
 クラウドも一週間ほどでそのペースを理解してからは、自分の好きな時に寮で過ごし、待ちたい時は彼の部屋で待つようになった。
 勿論夜間警備の任務についている時は行けない。彼と顔を合わせれば、結局そういう気分になってしまうから、翌日の訓練メニューがきつい時はあえて彼を避けて部屋に行かないときもあった。逆にどうしても勉強を見てほしくて、リビングを陣取って彼の帰宅を張りこむこともあった。
 非番は殆ど重なることがなかったが、それが合えば一緒に出掛けることもあった。
 最初に非番が重なった日、それはクラウドがセフィロスの部屋に通い始めてひと月以上経った頃、ダウンタウンに行こうという事になった時だ。
「デートみたいだな」
 セフィロスが言った言葉に、クラウドは今更ながら赤面した。覗き込んだセフィロスはクラウドのその顔を見つめて、
「そんな顔をするな。外に行きたくなくなる。」
 そのままベッドに縫いとめられ、結局その日の『デート』は決行されることがなかった。


青年未満mission5(了)
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