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ヴァナディール・コンプレックスEP:01
【サンドリア】

 「適当なところへ飛び込むから、こういうことになる」
 セフィロスは声のトーンも変えず、ただ事実を告げる口調で呟いた。
 声を荒げて怒鳴られたならまだ反論のしようもあるが、こういう口調には言い返しにくい。しかも彼のように理論で他人を打ち負かすことは、口のうまくないクラウドには難しい要求だった。
「……あんたが勝手に追いかけてきたんだろ。オレのせいにするな」
「決着をつけるつもりなら、これだけ人が生活しているところに来るか? 何よりも他人を巻き込むことに敏感なお前が」
「だから、わざとじゃないって!」
 確かにクラウドは、あえてこの世界を選んで来た訳ではない。
 ただハートレスに加え、ノーバディの新たな脅威の現実を知り、大きな流れを変えようと真剣に戦っている少年たちや、自分を案じてくれるエアリスやティファを巻き込みたくなかった。自分やこの男の確執は、二人だけの私憤であり、私闘なのである。
 どこか、彼らを巻き込まない遠くへ……そう思って飛んだ先が、ここだったというわけだ。
 全く見たことのない世界だったが、秩序と活気に満ちた街と庶民の姿を見れば、自分たちが来るべきでなかった場所であることは、疑いようがない。
 圧倒的な力で剣をふるうセフィロスに対抗するには、クラウドは実力以上の力を出さねばならない。破壊と力でしか語り合えない自分たちには、生物の死に絶えた荒野か、それともまだ何も生まれていない新たな星が相応しい。
「いっそこの世界も完全に滅ぼして、壊すものが無くなってから真剣勝負をするか」
「あんたの、その嫌味な言い方が大っキライだ」
「オレが星を丸裸にしようとすれば、お前は本気になるだろう」
「やめろっ!」
 クラウドはベンチからはじかれたように立ち、憎らしいほど悠然と座る男を見下ろした。
「あんたのそれは、冗談にならないんだ!」
「冗談なぞ言っていない」
 やり場のない、震える拳を握り締め、クラウドは奥歯を噛んだ。
 ここで一発殴って喧嘩を再開したら、多分この街は半壊するだろう。
「わかった……一時休戦だ」
「期限は?」
「どっか他へ飛ぶ準備ができるまで」
 とはいうものの、クラウドはセフィロスと違い、いつでも時空間を越える扉を開ける訳ではない。今回のように移動先を選ぶことも出来ず、ちなみに出口を見つけることも一苦労になる。
 セフィロスはいつでも力を制御でき、一度訪れたことのある場所なら、再び行くことも出来るのだ。だから、エアリスたちのいる元の世界の戻ることも、セフィロスならば可能である。
「オレが飛ばしてやろうか」
 座った膝の上にひじを置き、鋭利な顎をのせたグローブの手の上で、セフィロスは艶然と笑って見せた。
 クラウドの思考を読むような言葉を、何かを企んでいる表情で宣う。
「……タダじゃないんだろ」
 疑いを隠さず睨みつける。今にも噛み付きそうな態度のクラウドに、セフィロスは空いた手を伸ばして、少し高いところにあるクラウドの顎にその手を添えた。
「なに。そこの物陰で、服を脱いで足でも開いて見せろ。何でもお前の望みどおりにしてやろう」
「ふざけるな」
 不覚にも頬に血が昇るのを感じる。
「譲歩したつもりなのだが、気に入らないか。ではここで膝をついてオレに頭を下げればいい」
 クラウドは無表情のまま、目の前に広がる水面を指差し、淡々と答えた。
「じゃあ足は開いてやるから、あんた、そこの堀に飛び込んで溺れてくれ」
 セフィロスは肩をすくめるだけの返答に留めた。
 そして二人はふと顔を上げて真顔に戻り、近寄ってきた騎士の姿に注視する。
 片目を覆った眼帯と髪は、その騎士の顔半分を隠して、仮面のようにも見える。覆い隠したそれが、優しいとも思える面立ちに厳しさを添えていた。唇は若々しい艶やかさがあり、それだけで十分に美形であると想像できる。
「貴殿ら、どこからいらした。お困りなら手を貸そう」
 クラウドとほぼ同じ背の高さの騎士は、じっと見つめるクラウドに苦笑して、眼帯の上から手のひらで顔を覆った。
「こんな形で驚かれたなら失礼した。私はこのサンドリア王国の、神殿騎士団団長クリルラ・ヴィ・メクリュと申す」
 右腕を水平に、軽く握った拳を胸の中央につける仕草は、どうやらこの国の敬礼のようだ。
「女の団長さん?」
「ああ。僭越ながら」
「いや、頼もしそうだ」
 クラウドはにやりと笑い、クリルラも唇の片方を上げて笑い返した。
「オレはクラウド。こっちはセフィロス」
 クリルラはセフィロスを見上げ、小さく目礼で挨拶をすると、二人の姿を不快さを与えない速度で眺めた。
「新入りの冒険者かと思ったが、どうやら違うようだな。貴殿らは余りに落ち着きすぎている」
 そこでセフィロスが初めて彼女へ口を開いた。
「我々は、訳あって異国から迷い込んだ。冒険者というのは?」
「そうだな、冒険者はあちこち渡り歩く労働者のようなものだ。街の者の護衛をしたり、非常時には国の防衛を担う兵士ともなる」
「なんでも屋か」
 クラウドが納得してまとめると、その名称が気に入らなかったのか、クリルラは苦笑する顔になった。
「まあ……確かに、そんなものかもしれない」
 片方しかない明るい茶色の目が細められ、長く顔に落ちる髪の隙間から微笑みかけた。
「ところで、恐縮なのだが、場所を移していただけまいか」
 言葉と相対して口調は穏やかである。
「なんか、迷惑なのか? ここって」
 クラウドらにしてみれば、人もそう多くなく、物売りや子供、老人がちらほらといるような、静かで拓けた場所である。
 だがクリルラは広場の端に固まった娘たちの集団を片目で示し、静かに言った。
「あの娘たちはみな、嫁入り修行の一環で、女神アルタナにお仕えする者。その彼女たちが、貴殿ら二人に釘付けになって家路につく気配がない。帰りが遅れれば、家の者も心配しよう。どうか場所を移していただきたい」
「珍しがられてるのか」
 クリルラは苦笑を声に洩らし、軽く首を横に振った。
「この国は冒険者の多くが行き交う。異国の剣士は珍しくはない」
 白い甲冑を鳴らしながら、二人を目線で促し、南に抜ける門へ誘導する女騎士は、片目にいたずら気な光を乗せて、二人を見つめた。
「女であることを捨てた私にも、貴殿らはサンドリアで一、二の美形に見える。目を離しがたいほどに」
 そういう本人も十分注目を浴びる美女ではないか、とはクラウドは口にしなかった。


 二人は女騎士に伴われて、凱旋門を抜けた。
 ここは通称『南サンドリア』と呼ばれる、ドラギーユ城の城下町だそうだ。凱旋門からまっすぐに拓けた坂道を下ると、目の前に国営の競売所が構えていた。ほかにも左右に長く広がる外郭の壁の中に、商店や国営の施設が埋め込まれるように建っている。テントを張って商売をする露店も多く、先程の噴水広場の静かな印象とは対極の活気に満ちていた。
「この南サンドリアは、この国の商業の中心だ。普通の冒険者なら、殆どこの付近で事足りてしまうな」
「この競売所ってのはなんだ?」
 多くの冒険者たちが、競売所のカウンターに先を争うように集まっている。しかもその周囲で物売りの声を張り上げたり、大層にぎやかである。
「冒険者たちは、街の外で狩りをして得たものをここへ出品する。その素材を必要とする職人たちが購い、装備や食事などを作る。冒険者たちはそれらを、素材の売り上げ金で購う……という訳だ。珍しい素材などは莫大な価格がつくこともあるから、冒険者たちはそれを狙って、まだ見ぬ地へ出て行く」
 どうやらこの国のマーケットは、原始的な見かけと異なりかなり活発で、現代的であるようだった。
「貴殿らも、現金が必要なら町の外で狩りをして、競売所を利用してみるといい。獣人たちが落とす金銭よりも、よほど身入りがいいはずだ」
「『獣人』?」(※3)
 クラウドは聞きなれない言葉に首をかしげ、喧嘩中であることも忘れて、隣に立つセフィロスを見上げた。セフィロスの方もちらりとクラウドへ視線だけを動かし、無言のまま首を横に振る。
「獣人を知らない? 貴殿らは一体どこからいらしたのか」
 クリルラは微かに眉根を寄せて問うが、クラウドらもどうと答える術がない。説明したところで、理解できるものでもないだろう。
「何て、言うか──どう説明したらいいか、わからない。オレの意志でここを選んで来た訳でも、目的があって来たとかでもないんだ」
「帰る術は?」
「わからない」
 先程の喧嘩のとおりセフィロスならば可能なのだが、クラウドは即座にそう答えた。
「それは……困ったな」
 クリルラは隻眼を閉じて、腕を組んだ姿勢で数秒考え込み、目を開けた。
「誰か冒険者に案内を頼むか。貴殿らが暫くこちらで生活するしかないなら、色々と知りたいこともあるだろうが、私はこういう身ゆえ、勝手に街の外に出ることはかなわない。その点、冒険者なら都合がいいだろう」
 クリルラは二人に待つように言うと、すぐ後ろにある競売所に集まる人波を眺めている。
 真剣な表情で競売所を覗く冒険者たちは、クリルラに全く気付いていない。だがクリルラは相当顔が広いのか、これから狩りに出かける防具をつけた冒険者に、挨拶や敬礼されたりもしている。
「おっと。適任な者がいるな」
 クリルラは外門から入って来て、競売と隣接する宅配サービスの受付を覗き込む娘に声を掛けた。
「エレオナ」
 呼びかけにすぐに気付き、顔を上げたのは、穏やかな表情のヒューム族の若い娘だった。
 ぱっと表情を輝かせた娘は、宅配の受付をおざなりに済ませ、一直線に走り寄って、優雅に一礼した。
「ご機嫌いかがですか、クリルラ様」
 クラウドのものより落ち着いた色の金髪を、後頭部で高く一つに結い上げた切れ長の目の娘は、白地に赤いだんだら模様の印象的なローブとズボンを着けていた。背負った両手棍には、細かい細工の軸に、真っ白に輝く大きな玉が填まっている。
「ご苦労、エレオナ。手が空いていたら、頼みたいことがあるんだが、どうだろう」
「丁度狩りから帰って来たところです。私に出来ることなら何でも」
 端正ながら、表情によっては少しきつい印象の顔立ちなのだが、愛想の良い笑みには警戒心が一切感じられない。
「この客人たちに、色々教えてやってはくれまいか」
 エレオナと呼ばれた娘は、ようやくクリルラの後ろに立つ、クラウドとセフィロスに気付き、クラウドを見つめて息を飲み、そのままセフィロスの方へと、仰向くように視線を動かした。
 そして二人へも丁寧なお辞儀をして見せると、次の二人の持つ武器に目を止めた。
「新人の冒険者……ではありませんよね?」
「ああ。だがこの国のことはおろか、獣人の存在もご存知ないらしい」
「亡きプロマシアやアトルガン皇国の方ですか?」(※4)
 エレオナは今度は二人へ問いかけたが、クラウドが首を振ると一層驚いたような顔になった。
「しばらくこちらで生活するとなると、色々難儀だろう。エレオナ、力添えしてやってくれるか?」
「承知しました」
 どちらかと言えば警戒心の強いクラウドとセフィロスを前にして、エレオナは物怖じする気配も見せず、二人を見上げた。
「バストゥーク国出身の白魔道士、エレオナと申します」
 この国の出身ではないらしい彼女は、先程クリルラがして見せたのとは異なる敬礼で、二人に礼を取った。
「オレはクラウド、こっちは連れのセフィロス。よろしく」


 クリルラと別れ、エレオナに伴われて南サンドリアを案内されるうちに、すっかり陽が暮れていた。
 きちんと整備された通りのごみ一つ落ちていない石畳を、街灯が等間隔に照らし出している。温かみのある色合いが、堅牢な城砦の印象を穏やかなものへと変える。
 大通りを進んでいくと、左右に民家や武器防具などを扱う商店が立ち並び、小洒落た噴水の前には酒場もあった。
「良かったら何か飲みませんか?」
 穏やかな笑顔は、クラウドとセフィロスを見ても崩れない。
 セフィロスは大抵初対面の娘からは、怖がられるか、熱い視線を送られるか両極端な反応を示される。このエレオナという娘は、彼の威圧感を全く意識していないらしい。
 あのクリルラが彼女を『適任者』と呼ぶのも頷けた。
「いい提案だけど、金がないんだ」
 クラウドが肩をすくめて答えると、
「ああ。こちらに来たばかりだって、おっしゃってましたよね。気にしないで。一杯くらいご馳走できますから。」
 何でもないように言って、酒場の方へ促された。
 酒場にはちらほらと客が入り始めて、カウンターやテーブル席には、既にほろ酔いの客もいる。奥の小さなステージでは、吟遊詩人が琴を爪弾き、聞いたことのない言葉の詩を読んでいた。
 正直ひどく喉は渇いており、カウンターに直行したエレオナが持ってきた三つの細い瓶に入ったものは、唾液を誘った。
「この酒場の名物で、アクアムルスムというの。少し甘いかもしれないけど、疲れた時には最適なんです。せっかくだから外で飲みましょうか」
 瓶を持って今一度外に出ると、噴水わきにあるベンチに座った。クラウドもエレオナの隣に座るが、セフィロスは少し距離を置いて、噴水のへりに腰を下ろす。
 セフィロスの動向に、異論も非難も唱えず小さく瓶を上げたエレオナは、『お二人にとって良い旅の始まりでありますように』と、アルタナへ祈る仕草をした。
 深い赤紫色はぶどう酒のような色合いで、酸味のある強い香りがする。
 口にすると、さわやかな酸味と甘みが広がる。飲みやすい酒だ。強い蒸留酒を好むセフィロスには、きっと物足りないに違いない。
 だが少し汗ばむくらいの気温の中で、日暮れ後の風が涼しく吹き抜けて、その風に煽られた噴水の水が、街灯にきらきらと光る。
 しばし味わうことの出来なかった、洗練された、平和な国であることがよく分かった。
「さて、と」
 エレオナは半分ほどあけた瓶を手に、二人を交互に見やる。
「何かご質問とかありませんか?」
「えーっと、そうだな」
 クラウドはちらりとセフィロスの様子を覗うが、まったくこちらを気にせず、涼しい風を顔に受けて満足げである。何に対しても興味がないのだ。それでも話を聞いていない訳ではない。
「宿はあるのか? とりあえず今晩寝る場所がほしいんだけど」
「宿、もありますけど」
 エレオナは一旦言葉を切って、振り返り、すぐ後ろに見えた東側の門を指差した。
「あそこにモグハウスがあるの。冒険者には無料で貸し出してくれます」
「モグ、ハウスって」
「はい」
「もしかして、モーグリ?」
「ええ」
 エレオナはクラウドを見上げてニコニコと笑っている。
「冒険者には一人に一匹のモーグリが就くんです。荷物の管理や、他国に行ったときには、所持品も運んでくれますよ」
「オレ……モーグリ苦手だ」
 正直『なにか』を連想させて、あまり好きな生物ではない。
「ええ!カワイイのに!」とエレオナは声を上げ、「大きなハエとでも思えばいい」とセフィロスが返す。
「あんなデカいハエの方が気持ち悪いだろうが!」
 だが寝台や家具も備え付けてあるということだし、この際贅沢はいえない。今日はそのモーグリと一緒に過ごすことになりそうだった。
 アクアムルスムの瓶を傾けながら、夕刻にクリルラと交わした会話に出てきた『獣人』という生き物などについて質問していると、突然遠くからエレオナの名を呼ぶ声が近づいてきた。
 見れば盛大に手を振り、恐ろしいスピードで走り寄って来る者がいる。
「シャイネ」
「あーこんなとこに! 探したんだよお!」
 赤毛の髪をヘアバンドで巻き、五つの種族の中でも特異な、猫のような大きな二つの耳と毛の生えた尻尾がある。ミスラ族という種族らしい。(※5)
 いたずらげな光を放つ目は目尻の上がったアーモンド型で、鼻先も湿った猫の鼻面だ。黒地に赤い縁取りの入ったクローク姿である。服装から察するに黒魔道士だろうか。
「どうしたの? 慌てて」
 息を切らしながらエレオナの前に立ち止まったミスラの娘は、呼吸を整えながら口を開いた。
「流砂洞の奥で、シルヴァたちのパーティーが全員戦闘不能になってんだよ」(※6)
 慌しく目の前で身振り手振りしながらまくしたてる。
「ええ!?」
「あそこ、一人じゃ扉開かないし、オレじゃテレポもできないし、レイズも弱いのしか使えないからさ。手空いてるなら一緒に回収に来てくんない?」
「ええっと、ちょっと待って。今、人を連れてるから」
「ん?」
 ミスラの娘は、漸くクラウドたちに気付いて物怖じなく見つめると、「よ!」と気軽な挨拶と共に片手を上げた。豊満なプロポーションで、動きも優美な猫を思わせるが、言葉遣いや態度は酷く男らしい。
「異国から流れ着いたらしくて、クリルラ様に案内を頼まれたの」
「あちゃ。そっか。ご苦労さん」
「オレたちのことなら……」
 クラウドは大きめの声で口を挟んだ。
「今日はもう休むから、案内はいらないよ。事情はよくわからないけど、友達が緊急事態ななら行った方がいい」
 エレオナは申し訳なさそうな表情だったが、一方でほっとした様子だった。
 脇に立つシャイネは、無言でじっとクラウドを見つめている。
「あんた……」
「……なんだ?」
 細い華奢な手を伸ばしたかと思うと、クラウドのプロテクターのついた肩を、バシバシと叩いた。
「カワイイ顔して、なかなか気骨があるじゃんか! 悪いけどエレオナは借りていくよ」
 エレオナは何度も頭を下げて礼を言いながら、小さな真珠のようなものを一つずつ、クラウドとセフィロスに手渡した。
 『リンクパール』という通信装置なのだという。
「これを装備すれば、私やシャイネと同時に会話ができます。他にも仲間がいますが、質問があったり、助けが必要なときは、いつでも呼びかけてください」
 慌しく説明を終えると、クラウドたちから少し離れたところに、シャイネと二人で立つ。そして両手を軽く広げて、グローブのはまった掌を空へ向けた。
「女神アルタナの育みし白き力よ。この地と遠き地に通じる軌跡に、門となる石のかけらを持つべし輩を、熱砂の地に立つ門へと我らを運ばせ給え」
 エレオナが唱える魔法は、クラウドは耳にしたことはないものだった。
 呟くような音量だが、高く、風に溶けるような音声で、歌うように紡がれる。
 エレオナの足元から湧き上がった淡い光が、翼を広げるように徐々に大きくなり、隣の立つシャイネの身体をも包んだ次の瞬間、二人は石畳に僅かな影も残さず消えていた。
 消える直前に、シャイネが二人へ手を振った画が、目に残っているだけだった。
「消えたね」
「消えたな。内容からすると、どこかにワープするゲートがあるようだな」
 ぬかりなく詠唱された魔法の詠唱を聞き取っているところが、セフィロスらしい。
「詠唱すれば使えるかと思ったが、ゲートに関する何かを所持していないと、移動できないようだな」
「ここで試すなよ、馬鹿!」
 また見知らぬ場所へ放り出されたら、どうするつもりなのか。
 クラウドはそう問いただそうとして、ふと今と状況は余り変わらないだろうことに気付いた。
 

 噴水からすぐ東に見えた門が、モグハウスのある居住区入り口だった。
 その前に立つ番兵に、他国から流されてきた冒険者であると告げると、意外にもセフィロスとクラウドは歓迎された。
 クリルラやエレオナの話によると、この地にいくつか存在する国では、冒険者が国の雑事や公務を行うことも多く、軍としての機能を果たすこともあるという。だからこそ国は冒険者を優遇し、国への貢献度によって多くの報酬を渡すというわけだ。
 居住区は地上二階、地下一階の長屋状の建物が並び、冒険者一人につき一部屋が貸し出されている。二人以上の冒険者を同室にすると、所持品やスペースの利用についてトラブルが絶えないらしく、基本一人一部屋に法律が定められているらしい。
 クラウドは自分に貸し出された部屋の番号を見つけ出し、すぐ後ろに立つセフィロスを見上げて立ち止まった。
「……寝るか」
「そうだな」
 クラウドは今日一日で酷く疲れた気がした。
 まともな世界に落ちてきて何よりだが、先が思いやられる気もする。
 肩を落として、割り当てられた部屋の扉を開けようと、玄関先の石段を数段降りると、背後に気配を感じて振り返った。
「何してんだ。あんたは別の部屋だろう」
「同じ部屋でかまわないと、門番には言っておいた」
「は?」
「早く入れ」
 セフィロスは呆然とするクラウドの肩越しに手を伸ばして扉を開けると、一回り以上小柄な身体を、楽々と室内へ押し込んだ。
 室内は思った以上に広い。
 奥には暖炉が赤々と燃え、小さな書き物机や、簡素ながらベッドも据えられている。装備をしまう場所も設けられて、何より部屋の中央には、簡略された人物や動物を織り込んだ、伝統色の濃い絨毯が敷かれていた。
「ここで、二人で寝泊りするってのか? あんたね……」
「服を脱げ」
「はぁ?」
「先程そう言っただろう」
 予想外の展開についていけなくなっているクラウドを他所に、セフィロスは刀を壁に立てかけ、グローブとコートを脱いでいる。
「ちょ、まっ……何で喧嘩中のあんたと、寝なきゃいけないんだっ!」
「ここなら邪魔も入らないだろう。今更恥らうな」
 革のパンツとブーツだけになったセフィロスは、軽々とクラウドの剣とホルダーを外させ、セーターのファスナーを下ろすと、ベッドへその身体を投げた。
 仰向けに倒れた身を覆いかぶさるように組み伏せ、片手でパンツのベルトを外して、膝まで引き下ろす。
 混乱していたクラウドが、ここでようやく我に返った。
「ふざけ、んなっ! あんたと勝負が着くまでは……」
 掴まれた手首を取り返そうと暴れるが、力ではセフィロスが勝る上に、体重を掛けられて身動きもままならない。
「勝負と、こっちは別だ。大人しくしないと縛り付けるぞ」
「なんだそのムチャクチャな理屈は!」
 言うよりも早く、脱がされたセーターでクラウドの左右の腕はひとつに縛り上げられていた。
「このっ! 言うより、手のが早いじゃんか!」
「ホント素早いクポ。モグハウスに二人の冒険者が入るのも、実は反則クポ」
 ようやくセフィロスの横暴に抵抗し始めたクラウドは、今度は乱入した声に硬直して、男の身体の下から部屋の中央に目をやった。
 丁度絨毯が敷いてある辺りの空中に、体長三十センチほどの生物が浮いている。
 白い短い毛並みの身体に、赤く大きな鼻があり、目は細い。頭頂部から生えた触角のようなものの先は、丸い物体がついている。そして背に二枚ついたこうもりのような紫色の羽が、小刻みに動いて飛んでいるのだ。
 やはり『大きなハエ』というには、大きすぎる。
「……どっから入ったんだ、このモーグリ」
「さっき音もなく現れたな」
 動きを止めたセフィロスに、まるでしがみつくように硬直していたクラウドは、半裸に剥かれた身体を男の影に隠すようにして、ぱたぱたと音を立てて滞空しているモーグリを睨み付けた。
「……何しに?」
「何って、みんな、僕に用があるからモグハウスに来るクポ。僕は二人の専属モーグリだから、どんな用か言ってクポ〜」
「消えろ」
 冷たい一言はもちろんセフィロスである。
 肩越しに言い放ったと思うと、そのまま顔をクラウドの方へ戻し、首筋に濃厚な愛撫を始めた。
「ちょ、まった」
「モグハウスではアイテムや装備を預かったり、ジョブチェンジしたり出来るクポ。二人ともジョブは何クポ?」
「ジョブは……元ソルジャー、かな」
 息も絶え絶えなクラウドはそれでもなんとか返答した。
「そんなジョブ、ヴァナディールにはないクポ〜。ジョブチェンジするクポ?」(※7)
 クラウドの状況は我関せずの顔で、モーグリは踊るようにくるくる回っている。
「こ、こら、セフィロ……」
 答えているうちにブーツ以外の衣服を剥ぎ取られたクラウドは、下肢に与えられた刺激に息を詰める。
 幾ら下等動物だと思っても、言葉をしゃべるものの前では羞恥心が働く。幸いモーグリの方からは、セフィロスの身体が影になって、こちらの様子は見えないだろうが。
「うわぁ、凄いクポ。超刺激的クポ!」
 ───見えていたらしい。
「みんなを呼んでくるクポ!」
「やめんか!」
 手元にあったポーチを投げると、くるくると飛び回っていたモーグリの頭に当たり、モーグリはくぐもった悲鳴を上げて、絨毯の上に墜落した。完全に入ってしまったようで、ぴくりとも動かない。
「寝た……か?」
「死んだかもな」
「大丈夫かな……」
 この街の人間はモーグリと共生しているようだから、殺してしまっては犯罪かもしれないと心配はしたが、結局久しぶりに睦み合う内に、落下した小動物のことなど忘れてしまった。
 二人の異邦人に恨みを抱いたこのモーグリは、正気に返った後、同じ種族の仲間たちにこの『出来事』をふれ回った。各国にいるモーグリの間で暫く噂になったのは言うまでもない。

 新たな冒険者に、女神アルタナの祝福あれ。


06.12.15(了)
アイコ<http://www.natriumlamp.com/B1F/>
※3「獣人」
ヴァナディールに住む人々に対抗する闇の一族。ゴブリン、オーク、クゥダフ、ヤグード、デーモン、アンティカなど、それぞれが独自の土地・文化を築き、治めている。
フィールドではプレイヤーのレベルによっては、感知すると襲ってくるアクティブ・モンスター。

※4「プロマシアやアトルガン」
三大国やジュノの存在する大陸ではなく、次第に明らかになっていった辺境の国々。
プロマシアは「拡張ディスク:プロマシアの呪縛」で追加されたエリア。プロマシア人とは、太古にヴァナディールを高度な文化で治めた、失われし人々のこと。
アトルガン皇国は「拡張ディスク:アトルガンの秘宝」で追加された。海を遠く渡った先のエラジア大陸の国。女皇が治め、ヴァナディールの国々とは離れて文化を育んでいたため、街のデザインや人々もまた、独特である。

※5「ミスラ」
プレイヤーが選択できる種族の一つ。
頭部に上向きについた毛の生えた耳、尻尾があり、しなやかな体つきはネコそのもの。女たちが種族の主体であり、男のミスラは人目に触れない場所で暮らすと言われ、その姿を見た者はいない(らしい)。回避、命中などに長けた一方、近接攻撃には向かない。

※6「戦闘不能」
通常のゲームと同じくHPが0になると『戦闘不能』状態になる。会話や操作が制限され、選択肢としては1時間以内に蘇生魔法(レイズ、リレイズ)で起きあがるか、あらかじめ設定した『ホームポイント』に戻るしかない。また1時間以上放置すると自動的にホームポイントに戻される。
戦闘不能になると、蘇生されてもペナルティとして経験値の消失があり、5分間の衰弱状態(HP/MPの最大値が下がり、アビリティなどが制限される)になる。

※7「ジョブチェンジ」
プレイヤーは初期状態で「戦士」「モンク」「シーフ」「白魔道士」「黒魔道士」「赤魔道士」の6つのジョブからメインジョブを設定できる。レベルはそれぞれのジョブで取得経験値により設定されるため、戦士でLV60になっても、シーフをメインジョブにして経験値を取得しないかぎり、シーフのLVは1のままである。
一定の条件をクリアすることで、エクストラジョブ「ナイト」「忍者」「暗黒騎士」「竜騎士」「召喚士」「吟遊詩人」「獣使い」「侍」「狩人」(ジラートの幻影以降)が選択できる。新しい『アトルガンの秘宝』以降は「青魔道士」「からくり士」「コルセア」も取得出来るようになった。
【NEXT】
【FF7 TOP】
※ここでご紹介するものはゲーム本編とは全く関係のない、個人の趣味と空想に基づくストーリーです。スクエアエニックス社の権利を侵害する目的のものではありません。
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