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ヴァナディール・コンプレックスEP:02
【大都市ジュノへの道・前編】

 女神アルタナに祝福されし世界、ヴァナ・ディール。

 この地に、そもそもは異世界の住人であるセフィロスとクラウドが降り立ったのは、たった三日前の穏やかな春の陽射しが清々しい午後のことである。
 二人は見知らぬ土地に戸惑う間もなく、神殿騎士団のクリルラと冒険者エレオナに手を貸され、寝起きする場所も得ることができた。
 二日目からは街の外に出て獣やモンスターを狩り、それで得た素材を金銭に換えることも憶えた。
 この世界は、思った以上にマーケットが発達している。
 街の至るところで行われる『合成』と呼ばれる製造作業も、ちょっとした雑貨から、布や革、骨、金属などを使った装備品、宝飾品、剣から弓や短銃にまで至る武器、食品、薬品、家具などあらゆるものが生み出されていた。
 クラウドは朝から賑わう街を歩き、通りの露店でセルビナ産のミルクと朝食がわりの葡萄を買った。立ち話を始めた露店の店主曰く、その奇抜な金色の髪型に目を止め、この街に降り立った日からクラウドら二人のことは、町人たちの噂になっているというのだ。
「いやあ、なんだかお客さんの髪型が、チョコボが歩いてるみたいに見えるって話でね」
 露店主は大きな口をあけて笑い、クラウドの頭を指差した。
「チョコボ? いるんだ、ここにも」
「そりゃあ、いるさ。競売裏の城壁一枚越えたとこに、厩舎があるよ」
 ミルクのビンを露店に戻し、果物を咀嚼しながら言われた場所に向かってみた。
 競売横にある通路から分厚い城壁を潜った先に、チョコボを運動させるための柵のついた広場と、二階建ての厩舎があった。厩舎の周辺には、チョコボが好物とする野草を売る冒険者がひしめき、意外な賑わいを見せている。
 厩舎に入ると、一時的にチョコボを借り受けるための受付があった。
「チョコボ、借りられるんだ」
「はい。お客様はチョコボ免許はお持ちですか?」
「免許……?」
「ええ。免許がなければチョコボをお貸しすることはできません」
「そんなのがあるんだ」
「最近はチョコボを手荒に扱う、不届きな人もいるもので、免許をお持ちでない方には、お貸ししないということになってるんです」
「どこに行けばその免許取れるんだ?」
「さあ……実は免許取得の資格は、明確じゃないんですよね。ただ免許を発行しているのは、当チョコボ保護協会の会長なので、ジュノに行けば何か分かるかもしれません」
 エルヴァーンの受付員は丁寧な口調で応対し、待機している貸し出し用のチョコボに目をやった。
「どれもみんな利口そうだね。一日は走れそうないい足だ」
「ええ。お客さんはチョコボを育てたことが?」
「ああ。以前に何代も育てたことがある」
「ではぜひジュノに行って、会長を訪ねてみてください。ジュノまでの道のりは楽ではないと思いますが、ジュノは都会ですし、行ってみて損はないですよ」
「ジュノって……どうやっていくんだ?」


 この地で冒険者に就こうと考えるものは多くいるが、その殆どが、サンドリア王国と同じくヴァナディールにあるウィンダス連邦国、バストゥーク共和国のいずれかに属している。小さな国々は他にもあるが、この三国には冒険者を支援する制度が飛びぬけて発達しているのである。
 各国から立った冒険者たちは、最初は自国の周辺で腕を磨き、他国を尋ねて他国民とも交流を持ち、いずれはジュノと呼ばれる三国の中心にある都市に集まっていった。
 ジュノは三大国とは都市の構造、政治制度は大きく異なり、冒険者たちを受け入れることで発展した歴史の浅い都市である。
 だが三大国と行き来可能な飛空挺の運行や、様々なサービスが充実しており、経験を積んだ冒険者たちは第二の故郷としてジュノの街に多く住み着いているのである。
「ジュノに行くと、ここサンドリアが如何に田舎か思い知らされますよ」
 クラウドは、そう洩らしたチョコボの飼育員から詳しいルートなどを聞き出し、地図も購った。
 一旦モグハウスに戻ったクラウドは、まだ昨夜の姿のまま、片手を枕に寝台に寝転び、どこから手に入れたのかガイドブックなどを広げながら寛ぐセフィロスへ手にした地図を投げつける。
「いい加減服くらい着ろって」
 下肢は毛布に覆われているが、腹立たしいほど鍛え上げられた上肢はあらわで、クラウドは思わず視線を反らせた。
「やつあたりか」
 セフィロスは身体に当たって落ちた地図を拾い上げ、広げて眺めている。
 クラウドは男の姿から目をそらしたまま、飼育員から聞いたジュノの話を語った。
「所持金も少ないけど、とりあえず狩りをしながらジュノって街に向かってみたい」
 サンドリア周辺はともかく、町から離れれば離れるほど、モンスターや獣人たちは凶暴になっていくと云う。自分よりも弱いと思った相手には、あちらから襲い掛かってくるのである。だがそれは、クラウドのいた世界でもごく当たり前のことだ。
 襲い掛かる敵を倒しながらジュノに向かえば、行き着く頃には、金目の素材でかばんが一杯になっている……という目算だった。
「あんたはどうする?」
 セフィロスは寝台に広げた地図に見入りながら、無言で肩を竦めた。
 クラウドの意見に肯定でも否定でもない、ということか。
 そのセフィロスがふと、サンドリアから南に下ったラテーヌ高原あたりを指で指し示した。近寄って覗きこむと、ラテーヌ高原の東に白い塔のような建物が描かれている。かろうじて『ホラの塔』と読める文字が絵の横に刻まれていた。
「ここに興味がある」
「ホラの塔? なんのことだ?」
「他の地域にも同じような塔があるようだ。この塔にあるクリスタルのかけらを持っていると、テレポという空間移動の魔法で、いつでも塔へ移動できるらしい」
「そんなに幾つもあるのか」
「把握しているだけでも六箇所」
 朝のうちに、ガイドブックで調べた結果の知識だろうか。
 何事にも無関心なセフィロスが、その塔に興味を示しているというだけで、クラウドもまた興味をそそられる。
 そして、何気なくセフィロスの手元を覗き込んだクラウドの腕が、突然強く引かれた。
「いっ!」
 倒れこみそうになった身体を寝台についた腕で支え、クラウドは見上げてくる男の顔を睨みつける。セフィロスは思いのほか穏やかな表情だった。
「屋根のある場所で眠るのは、しばらくお預けなんだろう」
「初めて徒歩で行くなら、三日はかかるって言われた」
「では、外で犯されたくなかったら大人しくしていろ」
「どういう理屈だよ……全く」
 こういう場合、意地で逆らって逃れると、後でとんでもないことになるのが分かっているので、クラウドは力を抜いてされるにまかせた。
 一枚の毛布に潜り込み、暖まった大きな身体に抱きこまれて目を閉じる。
 こういった感触はクラウドも嫌いではない。
「朝っぱらからお盛んクポ〜」
「……」
 毛布を引き下げて顔だけ出せば、目の前の空間にモーグリが浮かんでいた。
 しかも何故か三匹に増えている。見分けがつかないが、なんとなく顔つきが違うようにも思える。
「なんで三匹に増えてるんだよ」
 セフィロスの腕の中で顔だけ向けたクラウドは、この状況に慣れつつあることに愕然としながら、問いかけた。
「一匹はセフィロスさんにつくはずだったモーグリクポ。もう一匹はエレオナさんのモーグリクポ〜」
「なんでエレオナのモーグリがここにいるんだよ!」
「先日エレオナさんがクラウドさんたちに渡したパールをつけてくれないんで、彼女が心配しているクポ。それを伝えに来たクポ〜」
「パール? ああ、あの真珠みたいな通信機か」
 クラウドはごそごそとポケットを漁ってパールを探し出し、耳に装着した。
 そもそもこのリンクパールと呼ばれる真珠は、リンクシェルという一つの貝から生み出すものらしい。
 同じ貝から生まれたパールを装着する者は、遠方にいても常に、仲間の誰がどこにいるか把握することができ、遠隔で複数間対話をすることができるのだそうだ。その機能を利用して、この世界では貝の数だけ、小さなコミュニティが作られているのだ。
 リンクパールはピアスとは違い、球体の部分を耳の穴にはめ込むように着ける。
 途端に今、パールをつけている面子の声が一斉に流れ込んできた。
『だから、無謀にどこへでもその長い首ツっこむから囲まれるんでしょうが!』
 聞き覚えのある声は、あのミスラの娘シャイネだ。
『いや、雑魚ばっかりだったんだってば』
 気の弱そうな男の声が言った。これは初めて聞く声だった。
『何匹いたのよ』
 追求するシャイネは今度は淡々と、静かに訊いた。
『十匹くらい……だったかな。あはは』
『昨日といい今日といい、練習相手にもならないモンスターだって、囲まれりゃ死ぬんだよ! この馬鹿エロヴァーン!』(※8
 火がついたように怒鳴り始めたシャイネの声が、ビリビリとパールを震わせた。
 怒るミスラの近くにはエレオナがいるようで、彼女を宥める声もする。
『シャイネ、そんなに怒らないで。シルヴァ、ちょっと待ってくれるなら私これからレイズしに行くよ?』
『シャイネ先生、「エロヴァーン」呼ばわりはエルヴァーン種族全体に対する侮辱です! お願いだからシルヴァと一緒にしないでぇ』
「なんか、取り込み中みたいだよ」
 どうやら昨日戦闘不能になってエレオナに助けられていた男の冒険者が、再びどこかでピンチに陥っているらしい。
 彼ら以外にも、このコミュニティに参加している冒険者は数名いるようで、わいわいと大人数が同時にしゃべったり笑ったり、通信は混線状態になっている。
 セフィロスも同じようにパールを装着して、暫く彼らの会話を聞いていたようだが、一向に口を挟む余地がなさそうだった。
「挨拶は後にしたほうが良さそうだな。ミスラ娘の剣幕が飛び火しそうだ」
 そう言って再び毛布の中にクラウドを引きずり込むが、まだモーグリたちはこの部屋でウロウロとしているのだ。
「お前ら……」
「こっちは気にしないで続けていいクポ。空気だと思ってくれればいいクポ」
 見物を決め込むつもりなのか、三匹はその場でふわふわと浮いたままだった。
「伝言が済んだなら、さっさと帰れ」
 調子の変わらない声で淡々と告げたセフィロスは、クラウドの頬を両手で包み、丁寧な仕草で口付けてくる。
 髪を撫で下ろされ、耳朶に触れ、先程はめたパールを弄ぶ。ごそごそと耳の近くで鳴る雑音に、パールから聞こえてくる冒険者たちの喧騒が混じっていた。
 すぐ近くにモーグリたちの気配はするし、なんとも騒がしい限りである。
 それでも、毛布を被って光の遮られたそこだけは、互いの吐息の熱さも感じられる、たった二人の空間だった。
『今日中にジュノへ発つんだからな。忘れるなよセフィロス』
 セフィロスは薄暗い中で唇の端を吊り上げ、目を細めた。
『お前が歩くのに難儀するようなら、抱いて行ってやる』
 ふと、パールからの会話が途切れ、静かで穏やかな時間が流れた。
 降りて来たセフィロスの目を見つめたまま、唇を合わせ、首の後ろに回した腕で一層引き寄せる。入り込んできた舌を受け入れ、軽く噛み付きながら吸う。すぐに襲ってくる酩酊感に思わず目を閉じて感じ、クラウドは小さく声を上げた。
『クラウド!』
 突然パールから名を叫ばれて、クラウドは飛び上がった。
『へ?』
『き、聞こえちゃってるわよ! みんなに!』
『あれ? エレオナだよな。なに言ってるんだ?』
 クラウドは毛布を剥がして起き上がり、狼狽えながらセフィロスへ問う。
『こっちは、パールをつけているコミュニティでの会話だな。さっきから、お前の声は皆に丸聞こえだ』
 セフィロスに言われた意味が理解できず、クラウドはただ唾液を飲み込んだ。
『え、なになに、クラウド君とあのノッポで長髪の兄さんってデキてんの?』
 明るい声で訊いてきたのはシャイネである。
 先程までわいわいと会話していた他の面子は、棒を飲んだように押し黙っている。
 クラウドは一瞬にして青くなり、自分の耳に装着したパールをむしり取った。
「どうなってんだ」
 表情を無くしたクラウドを見下ろしながら、セフィロスは相変わらず笑みを浮かべている。
「あんた、気付いてたのか? わざとやったな」
 ピアスとは違い、このパールは耳の穴を塞ぐようにはめ込む。丸い粒の一部に、少し涙型に見える突起がついており、その部分を下に回して装着している。
「ここをこうすると……」
 セフィロスは突起の部分が前方に向くように回転させて見せた。
「あちらの声は聞こえるが、こちらの声は届かない。もう一度下向きにすると……」
 再び突起を下向きに変えて見せ、クラウドの手から奪ったパールも、もう一度装着させると、
『皆に聞こえるようになるということだ』
 今度はパールからセフィロスの声が聞こえた。
 今、クラウドの耳のパールは下向きになっている。ここで話せば、パールを利用しての会話になるはずだ。
『も、もしもし……?』
 恐る恐る声を発したクラウド自身の声も、パールから聞こえて来た。
『クラウド、気にしなくていいのよ!』
 突然大きな声で呼びかけてきたのはエレオナだ。
『そーそー。誤爆なんて普通によーくあることだよ』(※9
 シャイネがフォローに廻ってくれたが、もう明らかに遅い。
『でも初対面の人の、最初の一声がエロ会話だったのは、初めてだけどねぇ』
 あははと明るく笑って言ったのは、死にかけているという男の冒険者の声だった。
『シルヴァ、あんたは人のこと笑ってる場合じゃないでしょうが。早く逃げなさい』
『無理。今、怨念洞の手前でトンベリに踏まれてます〜』
『そのまま骨になるまで踏まれてろ!』
『シャイネ、そんなこと言わないで。ヨトのクリスタルから行くから、そのまま待っててねシルヴァ』
 どうやらエルヴァーンの青年がまた戦闘不能になって動けずにいることで、リンクシェル全体が騒ぎになり、クラウドの「誤爆」は忘れ去られてくれたようだ。
 見物を決め込むモーグリたちを恨めしげに眺め、セフィロスを押しのけて、クラウドはベッドを這い出ていた。

* * *

 旅慣れ、しかも所持品などはろくに持ち合わせない二人にとって、ジュノへの出立は気楽なものとなった。
 午後の陽射しを弾く高い城壁の町を後にして、歩き始めた西ロンフォールの街道は、同じ方面へ進む冒険者でそこそこ人通りもある。街道の脇では初心者らしき冒険者が、小さな獣を叩いて鍛錬する姿も見受けられた。
 街道を抜け、断崖がせまった谷を抜けていくと、広大なラテーヌ高原に出た。この辺りまでは、クラウドたちも狩りをしに来た場所だった。
 見通しのよい、低い下草が続き、ほぼ真東へ抜ける街道の両側は、過去の戦いで築かれた砦の残骸がぽつぽつと点在している。
 その背後は深い谷だ。その谷への段差を降りる。
 このラテーヌ高原は、まるで大地に亀裂が走ったような谷が幾つも存在しており、断崖の端まで寄らないと谷底が見えないほど切り立っている。谷底は狭いが平らな場所も多く、人が降りていける場所もある。幾つもある谷と谷は、鍾乳洞で繋がっている場所も多いという話だった。
 クラウドは断崖に沿って、のどかな草原を東へと進み、ゴブリンたちが釣りを楽しんでいる小さな湖の横を抜け、再び開けた場所に出た。
 真っ平らに続く草原の向こうに、白い塔のような建物が霞みがかって見えた。
 建造物全体の大きさは、ホロウバスティオンの城かと思えるほど大きい。クリームを摘んだような尖塔が、陽射しを受けてまるで宝珠のように光り、目を焼く。不思議なことに『塔』の名を持ちながら、塔らしき入口や窓はなく、砦としての態を成す矢狭間なども見受けられなかった。そののっぺりとした塔を中心に、四方へ羽を広げたような形の壁が、草原に埋もれるように這っている。
 それこそが地図で目にした『ホラの塔』であるはずだった。
 塔のふもとにあるクリスタルの欠片を手に入れれば、あのエレオナが使っていたテレポの魔法を有効にすることが出来るのである。
 オークや獣と時折すれ違う以外、あまり人気のない草原にしとしとと雨が降り始めた。空は晴れているので、一時的なスコールだろうか。
 ふとした気配に視線を動かすと、カニが行き交う小さな沼から、水の精霊が姿を現している。草と土を巻き上げ渦を描きながら、音もなく水面から草原へと移動する。
「精霊だ」
 クラウドの知る世界の精霊よりはずっと大人しい。
 あちらから襲ってくる様子も、恐ろしい姿をしているということもない。大小の水泡を引き寄せて、時折水しぶきを跳ねかせながら、小さな渦を巻いている。二人の周囲をくるりと回って、クラウドのマントとセフィロスの髪をなびかせて再び音もなく離れていく。
 精霊に撫でられたフードが外れ、髪が泳ぎ、戯れかかる精霊の様子に、クラウドは小さく笑い声を漏らしていた。
「気をつけられよ。精霊は魔法に反応して襲いかかるぞ」
 低い男の声に、クラウドは視線を向けた。
 少し離れた場所でチョコボに騎鳥した集団が、こちらに騎首を向けて佇んでいる。
 一団の揃いの帷子(かたびら)は、前垂れにサンドリアの国旗が縫い取られている。そして正面に威風堂々と鋼鉄の鎧を身に着けたエルヴァーンの男が、黒い騎鳥と共に一歩進み出た。
 霧雨を受けて、静かに濡れ光る男の鎧は、あの隻眼の神殿騎士団長と似た白い鎧だ。
「見たことのない顔だ。もしやクリルラの言っていた、異世界からの旅人か?」
「そういうそっちはクリルラの知り合いか」
「私は現サンドリア国王デスティンが長子、トリオンだ。これらは私の率いる王立騎士団」(※10
 クラウドとセフィロス二人の視線を受けても、全くひるまず、数歩チョコボを進めて距離を縮めてきた男は、手綱の扱いに慣れている。
 手綱を握る腕は太く、鎧の中の身体も逞しく、若々しい。
 腰に下げた片手剣も飾りには見えなかった。
 特徴のある形の長髪は、セフィロスのものより暗いグレーで、太い眉が剛健な印象を与える。厚い唇は引き結ばれ、強い光を放つ両眼はクラウドたちを検分していた。
「オレはクラウド。こっちはセフィロス。この数日あんたの国に滞在させてもらっていた」
 先ほどまで居た、サンドリア王国には二人の王子がいると聞いた。
 これはその片割れという訳である。
「クリルラから変わった金銀の二人組みがいるという話は聞いていたが」
「彼女には世話になった。これからジュノに行こうと思って」
「我らがサンドリアはお気に召さなかったか」
 無意識なのか、口調は命令することに慣れた王族らしい威圧感があった。
 悪い男ではなさそうだが、決して引かないだろう頑固そうな言葉の端々から、若さに逸り、猛進するこの男の性分が滲み出ている。
 一国を守る二つの騎士団、その長の片割れが皇太子では、クリルラはさぞ苦労していることだろう。
「そんなことはない。街の人はみんな気安いし、親切だった。ジュノへはチョコボ免許を取りにいく」
「なるほど」
 トリオン皇太子は無表情で答えると、ふと後ろに控える部下を振り返り、何事か話し掛けている。一同が横に首を振り、その中で一人だけ若い見習騎士が挙手をして進み出た。
 少年騎士はチョコボから降りて、背負ったカバンから何かを取り出す。
「受け取れ」
 騎鳥したまま指示をしたのに従い、少年騎士がクラウドへそれを差し出した。
 ギサールの野菜に似た、青い葉の植物の株だった。
「チョコボ免許を取るつもりなら、ジュノ上層の厩舎にいるブルートゥスに言うといい。チョコボ保護協会の会長だ」
 丁寧に少年騎士が差し出す野草をクラウドが受け取ると、同時にトリオンは顎でそれを示した。
「恐らくあの男は、お前たちにチョコボを手なづけるよう言うだろう。そのゴゼビの野草は役に立つ、チョコボの好物だ。手に入れる方法は幾つもあるが、ここからジュノへの道中では取れぬ。持っていくといい」
「ありがたいけど、これ、使う予定で持ってたんじゃないのか?」
 少年騎士に直接問い掛けると、彼はそばかすと幼さの残る顔をほころばせて首を横に振った。
「手に入りにくいものではありません。元々は殿下のチョコボに差しあげる予定だったものですので、ご遠慮なくお持ちください」
「ありがとう。もらっておくよ」
 本心から礼をいい、笑いかけると、少年騎士は頬を赤く染めて笑い返し、サンドリア式の敬礼をしてその場を下がり、帷子の小鎧(こざね)を鳴らしながら自分の騎鳥まで戻った。
「ありがとう、トリオン王子」
「礼には及ばぬ。が、できれば」
 隊列に戻る少年騎士を視線で追いつつ、騎首を返したトリオンは、顔だけをこちらに向けて初めてにやりと笑顔を浮かべた。
「用が済んだら再びサンドリアに立ち寄られよ」
 クラウドは首をかしげた。
 サンドリアの庶民は親しみのある気風だが、王族や王家に使える役人達は、決して気安くはなかった。どちらかといえば封建的な印象がある。
 その国の皇太子だというこのトリオンが、初対面のクラウドやセフィロスに対して、これほど親近感を抱いている理由が分からなかった。
 もっともその疑問は、クラウドの背の剣に目をやりつつ、続けた皇太子の言葉で解ける。
「クリルラが貴殿らと手合わせしてみたいと言っていた」
 クラウドは思わず意地の悪い笑顔で返した。
 同じ戦士の魂を忘れない皇太子への親近感が、一気に沸いたこともある。そして彼が、あのクリルラを『非常に』買っている事実に思わず笑みが浮かんだのである。
「その時は私も一本お相手願いたい、クラウド殿。それに先ほどから黙っておられる、そこのセフィロス殿にも」
 それまで無言でいたセフィロスも、少し笑った気配がした。
「心得た」
「貴殿らも相当使えそうだが、油断めされるな。クリルラは我らが王主催の剣術大会で、私をしのいで優勝したこともある。私もお飾りの皇太子となめた腕ではないぞ。あれの左眼を奪ったのは、わが剣だからな」
 騎首をサンドリアの方向へと向け、トリオンは厳しい顔に戻って、隊列の先頭に立つ。
「また会おう」
 草地にたまった水飛沫を跳ねかせ、走り去る騎士団の軌跡を、水の精霊は追いかけるようにゆっくりと移動し、丘の低い丘の向こうへ消えていった。


 「不思議な建物だな」
 トリオンたちと別れたクラウドは、セフィロスと並んで白く光る塔へ近づいた。
 騎士団や脇を通る冒険者たちには見慣れたものなのだろう。物珍しげに近寄るのは、クラウドたちくらいだ。
 それは、近くで見ても隙間が殆どない、まるでコンクリートで固めたような平坦な表面である。触れてみた感触は獣の骨に近い。
 入口らしき門や穴もないが、塔の四方には同じような形の台座がしつらえてあり、遠目に見ても分かるほど大きなクリスタルが設置されているのが見えた。
 恐らくエレオナが唱えていた移動魔法を使って、このホラまで飛翔した冒険者たちが行き来しているのだろう。台座の上にはサンドリアの町中で見たのとは少し違う、いかにも高価そうな武器装備を身につけた高位の戦士や魔道士が数多くたむろしていた。エレオナと同じ、白魔道士のローブを着た者もいた。
 台座の前には二十段ほど階段がついている。
 登りきった囲いのない円形の台座には、セフィロスの身の丈ほどはあろうかというクリスタルが、空中に浮いた状態で静かな光を放っている。
 支えるものも、つり下げるものもないのに、浮遊しているクリスタルなど見たことがなかった。
「これ、なんで浮いてるんだ?」
 触れることに躊躇しているクラウドの肩を押さえ、セフィロスが一歩進み出た。
 グローブをはめたままの指先で光り輝く表面に触れる。
 固唾を飲んで見守るクラウドは、身体を一瞬強ばらせたセフィロスを見て、まるで自分のことのように飛び上がって驚いた。
「セフィロス!」
「大事ない」
 そうは言うものの、セフィロスの両眼が異様なほど明るく光る。
 魔晄が反応しているのだろうか。
「マテリアと同じ原理なのだろうと思う」
 触れていた指先を離したセフィロスは、クラウドへ顔を向け、静かに答えた。青い眼の輝きはまだ通常以上だったが、表情は至って平静だ。
「触れてみるといい。不思議なものが見えるぞ」
 意地の悪い笑いすら浮かべてみせるので、クラウドも勇んで指を伸ばした。
 虹色の輝きは太陽を反射するだけでなく、自ら光を放っている。
 グローブの指先を美しい七色に染める。
 そして触れた瞬間、ライフストリームに触れた時のような、混沌とした記憶が流れ込んで来た。
 ライフストリームの緑の流れよりも攻撃性はない。だがこの世界を生んだ神の姿、反する闇の存在、人々の歴史など様々なものが、映像や音となってクラウドを押し包んだ。
 しばらく触れた指先を離した時、クラウドの唇は震えていた。
 身体ではなく、精神を揺さぶられる。
「何が見えた?」
 背を支えるように、すぐ後ろにセフィロスが立っていた。
「男女の聖人が見えた」
 跪く人々に比べて、絶壁のように巨大な姿は神だろうか。
「女の方は、皆が口にするアルタナだろうな」
「男の方は顔がなかった」
 ほう、とセフィロスが聞き返したところを見ると、彼は男の神の姿は見なかったのだろうか。
「それと戦が……獣人たちと、いろんな種族が戦ってた。大きな戦だ」
 どの世界へ行っても同じだった。
 世界の歴史は戦いの歴史であるのだと、納得せざるを得ない。
「このクリスタルの持つ記憶なのだろう」
「物が、覚えているっていうのか?」
「いや。世界の記憶を再生しているというべきか」
 いうなれば、この世界のライフストリームのようなものと、繋がっているということだろうか。
「ライフストリームはもっと混沌とした流れだ。これには映像や音、言葉などの秩序を感じる。流れとこの世界をつなぐ装置だな」
 そういう割りには、冒険者たちはこれに触れるたびにクリスタルの記憶を見ている様子はない。なにか特別なタイミングや能力が必要なのかもしれなかった。
「テレポで飛ぶたんびに、こんなもの見せられるのは嫌だな」
 巨大なクリスタルの足元を見ると、自然と崩れたのだろうか、小さな欠片が幾つも落ちていた。
 クラウドはそれを一粒拾い上げた。耳飾りの石程度のごくごく小さなものだ。
 セフィロスもクラウドにならって拾い上げる。
「これを持っていれば、テレポホラの魔法でここへ移動できるのか」
 欠片を指先に挟んで太陽に翳す。
 虹色の輝きは失われず、鋭い太陽の光を反射した。
 いつの間にか天気雨があがり、谷の向こうに半円形の橋が見えた。
「セフィロス。虹だ」
 七色の橋は明瞭に空を飾る。
 忙しく行き交う冒険者たちも剣を下ろし、足を止め、チョコボの速度を緩ませ、北の空に見入っている。徘徊するオークですら、その美しさに顎を上げているようだ。
 階段の縁に手を掛けて、クラウドはその風景に眼を奪われ、呆然としていた。
 クラウドの足下の段に、セフィロスが腰を下ろした。
 隣を顎で示され、クラウドも頷いて同じ段に座った。
「見て見て! 虹出てるよ〜」
 突然クリスタルの前に現れた一団が、はしゃいで北の空を指さした。
 テレポホラの魔法で到着したばかりなのだろう、ローブを直したり、剣を背負い直したり、騒がしく動きながらも、視線は空へ集中している。
「ラッキー。オレ、ラテ虹みるの一年ぶりかも」
「うは、あんたサンドリア人失格だね。たまにゃ故郷へ帰りなよ」
「おい、急げ。おいてくぞー」
 パーティの一人がチョコボに乗って仲間を手招いていた。
 どうやら、クリスタルの台座のすぐ脇に、チョコボの貸し出し員が出張してきているらしい。彼らは係員へレンタル代を支払って、すぐに引かれてきたチョコボに慣れた様子で飛び乗ると、視線を虹へ名残惜しくやりながら、一直線に騎鳥を走らせる。
 この世界の人間は、誰もが忙しそうだ。
「虹が消えるまで、ここにいるか」
「うん」
 太陽の位置が変わり、雨雲が遠ざかれば、虹は次第にその姿を失っていく。
 草地に降りた雨が宝石のようにきらきらと輝く様子を、薄くなっていく虹と共に眺め、無意識に側らの男の肩へ、頭を預けていた。
「セフィロス」
 無言でいる男の表情は見えないが、触れた場所から穏やかな気配が伝わってくる。
 この世界は、自分と男を久しく戦いから隔絶してくれたようだ。
「オレ、ここ、好きだ」
 寄りかからせた頭へ、音もなく上がったセフィロスの右手が触れた。
 髪の間に指が通り、ほどなく離れていく仕草は優しい。
「気に入った」
 消え行く虹の根元が、遠く見える木々の隙間へ隠れようとしていた。

07.08.25(了)
アイコ<http://www.natriumlamp.com/B1F/>
※8 練習相手にもならないモンスター
モンスターは、「調べる」というコマンドを使うことでその強さを計ることができる。
例えばLV10のジョブで「調べる」場合、『練習相手にもならない敵』と表示されるものは、LV2以下のモンスターである。『おなじくらいの強さの敵(略称・おなつよ)』と表示されるのは、プレイヤーと同じLV10、『とてもとても強そうな敵(略称とてとて)』はLV18以上の敵であることが分かる。
練習相手にもならない敵には、1体なら基本的に勝つことができるが、複数に囲まれれば、負けることも少なくない。
特にオーク、ゴブリン、トンベリなどの獣人は、同種族が攻撃されていると参戦してくるため、1体と戦ううちに、気付いたら十数体に囲まれているということもある。

※9 『そーそー。誤爆なんて普通によーくあることだよ』
FFXIではコミュニケーションがチャットで行われ、プレイ中に発言することも多い。
それゆえ「誤爆」とは、間違った相手に発言することを差す。
特定の個人に対して発言するときは「/tell <Aさん> こんにちわ」と打つと、Aさんだけに「こんにちわ」と聞こえる。
この要領で 「/linkshell こんにちわ」 とすると、パール装備中のリンクシェルへの発言、 
「/party こんにちわ」 とするとパーティへの発言、
「/say こんにちわ」 とすると、近くにいる不特定のプレイヤーへ発言、
「/shout こんにちわ」 とすると、かなり広いエリアにいるプレイヤーへ発言することができる。
他愛のない会話の誤爆であればいいが、特定の人と個人的な話をしている「/tell」会話を、まちがってパーティやリンクシェルに誤爆すると、とてとて恥ずかしい。
内容によっては信頼関係がくずれることもある。
「今やってるパーティのシーフがすっごい下手でさー」なんて文句を、リンクシェルにボヤくつもりで、パーティに誤爆してしまうと、パーティには危険な空気が流れるのです・・・

※10 サンドリア第一王子トリオンと王立騎士団
サンドリア国王デスティンには王子が二人、王女が一人おり、王妃は既に他界している。
次期国王のトリオンは武芸に長け、王立騎士団の団長も兼任している。民衆にも親しまれている一方、めちゃめちゃ脳味噌筋肉で、字が殺人的に汚く、解読は第二王子と王女しかできないらしい。
また第二王子のピエージュは知略に秀で、神殿騎士団を仕切り、国の参謀的存在でもある。
王女クレーディはおとなしやかな、美しい王女だが、かなりおてんばな一面もある。
王子二人はかなり対照的な存在で、仲が悪いように言われているが、サンドリアのミッションをクリアすることで、この二人と王女が王を支える三本柱として、大きく機能していることに気付かされる。

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※ここでご紹介するものはゲーム本編とは全く関係のない、個人の趣味と空想に基づくストーリーです。スクエアエニックス社の権利を侵害する目的のものではありません。
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