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休日の午後


 せっかくの休日に雨が降る。
 それ自体はさして珍しいことではない。
 降り出した空を眺める人々の多くが、遠く黒い雲をただよわせる天井に呪詛を吐きながら、目的の場所に向ったり、傘を広げたりする。
 だが少年にとって、休日が雨だろうと雪だろうと関係なかった。常に分厚いコンクリートの外壁に覆われた場所で、空調の整った室内には雨の気配も、湿気も感じられない。
 今この部屋の家主はいない。休日のはずが、こうして急な仕事で呼び出されることも日常茶飯事、またそれを悲しむような予定も入っていない。少年が夜勤明けでここを訪れ、入れ違いで呼び出しを受けて出かけた家主は、夕方近くなっても帰って来なかった。
 例え共にすごせなくても、もう一度顔を見てから寮へ帰ろうと決意した少年は、ソファで居眠りを決め込み、家主の帰りを待った。
 朝食に食べたシリアルは消化されつくしてしまったようで、寝入り際、腹の虫が大きく鳴いた。


 何か大きな揺れを感じて目を覚ましたクラウドは、車の助手席で眠っていた。
 慌てて隣を見れば、運転席に見慣れた男がいる。いつもの軍服は脱いで、白いシャツに黒いショートコートという見慣れない私服、長い髪は隠しようもないが、曇り空にもかかわらずサングラスをしていた。
「いつのまに」
「待たせて悪かったな」
「別に、待ってたわけじゃないよ。どこへ、向かってるんだ?」
「ダウンタウン」
 返答を聞くまでもなく、車はプレートの下へ向っていた。
 太い支柱にらせん状に巻きついた、上下の町をつなぐ唯一の道路を降りきったところだ。そのせいで今日一日は止みそうもなかった雨が、プレートに遮られて、幾分小降りになったように見えた。
 ここでは全てが煤をかぶったようにくすみ、汚れた外壁が目立つ。
 時計を見る限り、夕暮れ時のはずなのだが、ここでは陽も当たらなければ、雨も降らない、地下都市のようなものだ。
「どっか、店でもいくの?」
「いや、何も考えてない。社から連絡がこない場所なら、どこでもよかった」
 仕事の虫のセフィロスが、そんな愚痴を漏らすことは限りなく珍しいように思う。
 二人がつきあい始めた数ヶ月の間で、初めてのことかもしれない。
「部屋に戻るのがイヤなのか?」
 口は問いを続けながら、自分の身体を見下ろしたクラウドは、きちんと上着を着せられて、しかし足は靴下のままでスニーカーは履いていなかった。
「……靴は?」
「忘れた」
 憮然と告げる男は、恐らく駐車場までクラウドを抱き上げて運んだに違いない。さすがに靴を持って出るのは失念していたということだろう。
「外出るときは、おぶっていってくれよな」
 爆笑するクラウドを横目に、男は真顔で返した。
「望むなら」
 クラウドが嫌がると知っての答えだ。


 腹が減った、と喚くクラウドに負けて、セフィロスは伍番街の一角で遂に車を寄せた。
 舗装のはげかけた道の脇に建つそれは、ダウンタウンにはよくある、ドラッグストアとミルクバーが一緒になったような、小さな店だった。
 クラウドは靴下を脱いで、裸足で車を降りた。
 埃っぽい道路だが、セフィロスにおぶわれるのは冗談でも御免だった。
 間口の狭い、うなぎの寝床のように奥行きのある店内の壁は、元は水色だったろうペンキが塗られ、やはり同じ色に塗られていたらしい、木製の丸い二人掛けテーブルが三つ、後はカウンターの四席しかない。
 カウンターの端には、雑然と売り物らしい袋菓子やチョコレートバー、雑貨が並べられて、一番端には今時珍しい赤い公衆電話が設置されている。カウンターの内側の壁の棚には、パンや缶詰などの加工食品、靴下やタオルなどの衣料品から、市販の風邪薬まで陳列してあった。
 外の看板には『食事できます』と書いてあったが、店内に食事している客は一人もいない。初老の男がテーブルに一人でそれぞれ一つずつのテーブルを占領し、各々瓶ビールを飲んでいる。
「食い物はあるのか」
 セフィロスはサングラスを外しながら、カウンターの内側にいた、少し小太りの身体に白いエプロンをつけた中年の女主人に、口を開いた。
 人並み外れた長身ということもあって、どんな威勢のいい者でも、セフィロスからは威圧を感じることだろう。
 クラウドはそれを無言の脅迫だと思っている。
 何を迫るといのでもなく、存在自体が脅迫なのだ。
 案の定、無愛想な雰囲気の女主人は一瞬たじろぎ、それからまるで言い訳するように強い調子で答えた。
「あんたの目の前にメニューがあんだろ。奥のキッチンですぐ作るよ」
 女主人は古いレジスターの背に貼り出した、剥がれかけたリストを指差した。
 そして顎で示した店の奥には、ガラス張りで見える小さな部屋があり、確かにこじんまりとした厨房がある。シンクの前で、女の夫らしき中年の男が一人、揃いのエプロン姿で新聞を読んでいる。
 油と煤で汚れたガラスの向こうは、もやがかかったように不明瞭だ。
「クラウド」
 店の様子を眺めていたクラウドは、呼ばれて漸く男の顔を見上げた。
「腹が減ってるんじゃなかったのか?」
「減ってる。……ホットドッグ、チップスとジンジャーエール」
 所々汚れて破れたメニューはよく読めなかったが、クラウドは適当に注文した。こういった店は大抵どこでも同じようなメニューだからだ。
「同じものを二人分と、オレはコーヒーを」
 無愛想の格闘大会かと思うような、そっけないやりとりで女主人に注文すると、セフィロスは空いたテーブルの椅子を引きよせて座り、脚を組んだ。
 長い脚のひざは、低い、がたがたするテーブルの天板にぶつかる。足を通路の方へ回し、コートを着たままの肘をテーブルについた。
 なんとも偉そうな態度だが、セフィロスがやると不思議と当たり前の行動に見える。
 嫌味なほど長い脚だ。
 クラウドはその脚に目を据えたまま、向かいの席に腰を下ろした。
「どうした」
 セフィロスは正面からクラウドの眼を見つめ、問う。
 以前はそうされるだけで、何か自分が悪いことをしたような、そんな気にさせられたのだが、今なら分かる。
 このぶっきらぼうな短い問いと、無遠慮に見つめる視線は、クラウドを気遣っているのだ。
 大体何を聞いているのか、単語が少なすぎる。
 彼が何を疑問に思ったのか、普通は『どうした』だけでは分かるはずがない。
 セフィロスはクラウドが脚を見つめる行為を疑問に思っただけで、そこに、彼の感情は挟まっていない。
「あんたは、脚を見られると恥ずかしがっちゃう女の子じゃないよな?」
 セフィロスは答えず、にやりと口元だけで笑った。
「じゃあ、見ててもいいだろ」
「好きなだけ。だが腹は膨れんぞ」
 肩をすくめ、ポケットから紙巻のケースを取り出し、火を点ける。
 どんな仕草もさまになる。
 きっと年寄り子供を除いて、世界中の男が羨む。世界中の女が惹かれる。
 現にあんなに無愛想にしていた女主人は、煙草が根元まで灰になっても、まだセフィロスを盗み見ていた。一人の男としてセフィロスを見ているのか、それとも著名人としての彼を見ているのか、どちらにしても同じことだ。
 セフィロスの脚と、彼に見入る女主人を交互に見やっていたクラウドは、視界に入り込んだ店の親爺に中断させられた。
「おまちどう」
 テーブルの中央に置かれたトレイの上で、湯気を立てるホットドッグと揚げたジャガイモは、店の雰囲気から想像するよりずっとまともだった。
 クラウドは急激に空腹具合を思い出し、さっさと自分の分を引き寄せて、ケチャップとマスタードを掛けた。かじりつくのを口元で止めて、思い出したように早口で今日の糧に祈りを捧げた。
「随分と短い祈りだな。聞き取れなかったぞ」
 含み笑いながら云われた言葉を聞き流し、クラウドは食事を始めた。
 そもそも食前の祈りなど、昔からのくせで続けているようなもので、神の存在を信じたこともなければ、日曜学校に真面目に通っていた記憶もない。
 なるべく早口で短く済ませるのが、ここ十年のクラウドの習慣なのだ。
 そういうセフィロスには、祈る習慣などないようだ。
「セフィロス、もっとマスタード掛けろよ」
 皮が張ったソーセージは、齧りつくとパリっと歯ごたえがあり、中から熱い肉汁が出る。炒めた玉葱の甘味は、マスタードの辛さとよく合った。
 クラウドの言葉を聞き流し、適宜の調味料をかけて、ホットドッグにありつくセフィロスの姿は、思ったより違和感がない。軍服を着て、隊列を組んだ兵士の前に立つ彼からは、不思議と想像できない行為だが、思えば彼と親しくなる前のクラウドは、彼が水を飲む姿さえ想像出来なかった。
「なぜ?」
「大人になったらマスタードは多く掛けるもんだろ」
「意味がわからん」
「オレより多く掛けないと大人じゃないぞ」
 クラウドはもちろん自分の言っていることが、理論的だとも、正しいことだとも思っていない。だが、セフィロスは何かに気付いたように、小さく頷いた。
「年齢と、マスタードやワサビの量は比例するのか?」
「うん」
「そうか。初めて知った」
 素直にマスタードのボトルを取り、盛大に掛ける様子を見て、クラウドはそんなに掛けたらホットドッグの味が分からないんじゃないかと、心配になった。
 セフィロスの手元を盗み見ながら、クラウドはフレンチフライに手を伸ばし、ひとつ口に放り込んだ。酸化の進んだ油の匂いが強い。セフィロスに連れられて行くようなレストランでは、決して出てこない、安い店の揚げ物特有の匂いだった。
 塩味が薄いことと、その油の匂いをごまかす為に、ケチャップのボトルを手にする。
「ジャガイモにケチャップをかけるのか?」
 相当辛そうなホットドッグを手にしたままセフィロスが聞いた。
「うん」
 油とり用の紙を敷いたプラスティックの籠に、山と入ったフレンチフライの表面が、真っ赤になるほどケチャップをかけるクラウドを、今度は呆れた風に見ている。
「チップスにかけるケチャップの量は、年齢と反比例するんだ」
「そうか。では少量にしておこう」
 肩をすくめてから自分の籠に手を伸ばす。
「あんた、もしかしてこういう店入ったことないの?」
 手にしたジャガイモのジャンクな味に、セフィロスは一瞬片方の眉を動かした。
「アップタウンで、ファストフードなら食べたことがある」
 そういう店は、ミッドガルに幾つも店舗を持つような、大手チェーンである。大抵ホットドック一つが六百ギルもする。ダウンタウンの五倍くらいの値段だ。
「同じような物なのに、上とは随分味も値段も違うな」
「どっちが好き?」
「さてな」
 セフィロスが食事の味に文句をつけるのは聞いた事がない。
 だが合理主義だから、同じようなものなら値段が安い方を選択しそうな気がした。
「お前は、オレの興味もなかったことを、気付かせてくれる」
「くだらないことに詳しいって意味?」
 行儀悪く肘をついたまま食事をしていたセフィロスは、ホットドッグの最後の一口を口に放り込み、首を横に振った。
 口の中のものを飲み込み、マグカップに入ったコーヒーを含んでから、ようやく答えた。
「ホットドッグに、マスタードは掛けすぎない方がいいということだ」

 セフィロスの真意がどこにあろうとも、ここに彼の胸を塞ぐものがなければ、それでいいとクラウドは思う。
 もし今、そこにある赤電話が鳴ったら、目の前にある切り分け用のナイフで、脇から伸びた電話線を断ち切るだけだ。


06.11.05(了)
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