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休日の夜更

 そもそも何のために、セフィロスは眠っている自分を運んでまで外出したのか。
 その理由を聞いていなかったクラウドは、ミルクバーで食事を済ませて、戻った車の中で疑問を口にした。
 セフィロスは一瞬フロントガラスの向こうを見る。
 何か言いあぐねたのか、それともまだ黙ってクラウドを連れて行き、脅かそうとでもしているのか、答えなかった。
「別に黙ってついてってもいいけど」
「正直、何も考えていなかった」
「へ?」
「社から連絡がこない場所なら、どこでもよかった」
 仕事の虫のセフィロスが、そんな愚痴を漏らすことは限りなく珍しいように思う。
 いや、二人が個人的に会うようになって数ヶ月の間で、初めてのことかもしれない。
「部屋に戻るのがいやなのか?」
 だとしたら、どこで今夜眠ればいいのだろうか。
「ダウンタウンにもホテルくらいあるだろう」
 アップタウンとダウンタウンで、大きく違うものの一つが宿だ。
 下手な場所に止まれば、身包みはがされることもあるらしい。セフィロスが一緒にいて、まさかそんな危険はないだろうが、クラウド自身任務以外で外泊した記憶など、ミッドガルに着いた日の最初の夜に泊まった小さな宿での一泊と、あとはセフィロスの部屋しかない。
 逆にセフィロスは神羅主催の行事や個人的な用でも、アップタウンのホテルには年中出入りもしていただろう。
「以前六番街でホテル街を見た気がする」
「それって、普通のホテルじゃないだろ」
「わりと小奇麗な建物だったが、連れこみ宿か」
「……オレ、そういうホテル入ったことない」
 セフィロスの視線を頬に感じながら、クラウドは正面を見据えたまま言い放った。
 少し、意識しすぎて声のトーンが違ったかもしれない。
 熱くなる頬をごまかす術もなく、ただ前を見つめて、クラウドは平静を保とうとした。
 女性経験のないクラウドは、無論ラブホテルなど利用したことはないが、それ以上に世間のカップルがそこでする『事柄』は一つしかない。むしろそれだけの為に、いわゆる『ご休憩』料金が設けられているのが、ラブホテルの特徴でもある。
 そんな知識ですら、ザックスが寮に持ち込んだ情報誌などで得たもので、利用したことなどあるはずもない。
「オレも入ったことはないな」
「……セフィロスも?」
「設えの問題だけで、普通のホテルとは変わらんだろう」
「そりゃ、興味はあるけど、なんか……」
 それだけの為に行く気がして、躊躇がある。
 客観的に見れば二人とも健康で若い男だ。精力旺盛なのはごく当たり前のことなのだが、当時のクラウドにはそれが正常であることも理解出来ておらず、セフィロスがそんなクラウドを気遣えるはずもなかった。
 セフィロスとの、たかが半年にも満たない付き合いの中で、セックスの回数は決して少なくないのだが、クラウドはまだ性に関する話題に構えてしまうし、慣れることも出来なかった。
「格式高いホテルに泊まろうが、場末の連れこみに泊まろうが、お前の服を剥ぐのは一緒だな」
「あんたね。そういうことは、言わなくていいんだよ」
 熱い頬を意識しながら、クラウドは運転中のセフィロスへ食ってかかった。


 一時間後、二人はベッドにいたかというと、そうではない。
 未だに宿が決められず、同じような通りを行ったり来たりを繰り返していた。
 理由は幾つかある。
 安宿の周囲は、風俗店や無許可で営業しているような飲食店ばかりで、普段から立ち寄るような場所ではない。二人ともその周囲には仕事で足を踏み入れたことはあっても、店など知る由もなかった。一体どの宿がいいかなど検討もつかなかったのだ。
 そして、駐車場のある宿が極端に少なかった。
 アップタウンと異なり、ダウンタウンでは自家用車を持っている者は多くない。そもそも周囲の宿を使うのは、通りで拾ったコールガールを連れ込むか、近くの風俗店から移動してくるような客ばかりなのである。
 つまり、まれに駐車場があっても埋まっていたりと、まったくタイミングが悪かった。
 幾らフードを全開にした四駆車とはいえ、クラウドは段々と車酔いで具合が悪くなってくる。
 そしてやっと行き着いた数軒目に、駐車場もついている宿の前で、呼び込みの従業員に声を掛けられた。
「お兄さん! 彼女も喜ぶいい部屋があるよ」
 運転席のセフィロスをフロントガラスから覗き込み、恐らく見覚えがあったのだろう。若い男の従業員は最初のびっくり顔を、満面の笑みに変えた。天下の英雄が客に来たとなれば、宿に箔がつくとでも思ったのか。
 だが助手席のクラウドを見て、男はめまぐるしく、今度は消沈して見せた。
 彼にとって、助手席が女なら客になりうるが、着古したシャツの少年であることはネオンの灯りで見てとれる。
「こりゃ失礼しました」
 セフィロスは恐らく彼に交渉するつもりだったのだろう。
 呼び止めようと開きかけたその口を、クラウドが後ろから手を伸ばして塞いだ。
「やめろよ」
 クラウドが引き止めた間に、呼び込みの彼は早くも通りをそぞろ歩く他の客に声をかけている。
「なぜ止める。部屋があることがわかっているのに」
「なんて……いうんだよ。英雄セフィロスが部下の兵士とホテルに入ったなんて、あんたが噂を広める気か」
 自分で口にした言葉に、クラウドは少なからず傷ついていた。
 だれに祝福されたいとも思っていない。短い期間で、後ろ指をさされる行為をしていることは理解しているし、親友が味方であることで、クラウドはまだ救われている。
 それでも。
 セフィロスの袖を掴んだまま、わずかに俯いたクラウドをどう思ったのか、セフィロスは暫く金色の髪を見つめていた。
 頭に突き刺さる視線を感じながら、クラウドは俯いたまま、唇を噛んだ。
 時折胸を掠める不安と不条理さが増幅する。
 どうしてセフィロスは自分を選んだのか。どうして自分が女ではなかったのか。どうして男の上司に心惹かれて止まないのか。
 鼻の奥がつんと痛くなり、無意識にこみ上げそうなものを堪えていると、セフィロスの視線が前に向き直り、そのまま車をスタートさせた。
「そんな顔をするな」
 何と応えていいのか分からず、俯いたまま気分は一層悪くなる。
 だが吐き気を感じる前に停車した感覚に顔を上げると、セフィロスは宿の前ではなく、六番街からミッドガルの外へ出るためのゲートの前にいた。
 各街に一つ設けられているゲートハウスは、常に神羅軍が詰め、不審な者が出入りしないかチェックも厳しい。
 セフィロスは無言で、クラウドを車の助手席に残したまま、車外に出る。
 神羅軍の青い制服が窓口からちらちらと見え隠れしていた。セフィロスはそこへは向わず、ゲートハウスの建物に併設された、ガススタンドと売店のガラス扉を押し開け、入っていった。
 くすんだガラスの扉と窓に、赤と黄色のシールで『食品』『燃料』などの文字が大きく張り出され、部分的に剥がれ掛けていた。
 文字とガラスの向こう側で行き来するセフィロスは、どうやら買い物をしているらしく、だが商品を選んでいるとは思えない手早さで、紙袋を抱えて出てきた。
 停車した車の助手席から伸び上がって、世にも珍しい英雄の買い物姿を眺めていたクラウドは、運転席に戻ってくるなり、紙袋を押し付けられ、その重さに不覚にも喘いだ。
「なにこれ」
 紙袋の中は缶詰などの食料と水、オイルランプの燃料、それにコンロに使うガスボンベなどである。
 神羅軍では小規模の野営の際に必ず使うもので、軍用に開発されたそれらが、目の前の売店で一般人向けにも販売されているのだ。
「見てのとおり。後ろの荷台に寝袋も毛布もランプも常備してある」
 そう言って、正面を向いたまま後部席を親指で示した。
 荷台の端に置かれたプラスティック製の大きなコンテナの上に、毛布が入れてあるらしい帆布のサックと寝袋がある。そういえば常にこの車にはそれが積んであった。
「もしかして、ミッドガルの外で野宿しようって?」
 セフィロスの意図を正確に理解しながら口にしたクラウドは、思わずそこに笑みを浮かべていた。
「不服か」
 勢い良く首を横に振る。
「ううん」
 慣れないラブホテルなどに泊まるよりも、余程楽しいことのように思えた。
 隠せない笑みを浮かべたクラウドを覗き込み、セフィロスの表情も少し和らいだように見える。
「訓練みたいだ」
 もうずっと昔に講習を受けたきり、即実戦に借り出されたクラウドにとって、野営に目新しさなどない。だが、一つだけ違うのは───
「お前の手際のよさを期待しよう。ストライフ上等兵」
 そう言って、片方の口の端だけを意地悪く持ち上げたセフィロスを、
「独り占めだ。」
「なんのことだ?」
「独り言です。サー・セフィロス」
 軍隊の中にいても、街に出ても、衆目を集めざるを得ない上官だ。
 彼を独占できる数少ない場所は、彼の自宅だけだと思っていた。
 車を遮断機の下りたゲートの目の前まで進め、ゲートハウスに顔を出すのもそこそこに、案の定すぐ通される。神羅軍の中でセフィロスの顔を知らない者などいない。変装など出来るはずもない端正な顔、長い髪と、なによりその威圧感は一目瞭然で。
 隣にいるクラウドの存在など、恐らくゲートハウスに詰める兵士には見えていなかっただろう。彼らの興味は、英雄セフィロスが個人的にゲートを抜ける理由を、想像することだけに向いていたに違いなかった。


 夜のミッドガルエリアは、月が出ているだけでかなり明るい。
 木々の一本もない荒野が果てしなく続き、月を遮るものは一切ない。ミスリルマインへ続く山脈が唯一、南側一帯を覆う黒い影となって見える。
 所々白く光って見えるのは岩の塊で、右から左へと走り抜ける獣は狼たちだろうか。
 タイヤの轍が残る街道は舗装されておらず、粘土質な地面は乾いて固まり、とにかく道が悪い。これは訓練でミッドガルを出たり、遠征の折に酷く懲りていることでもあった。
「あんまり、走ってると、酔いそうだ」
 舌を噛みそうになる上下の動きに合わせて、切れ切れに発音する。
「すぐそこだ。フードを開けておけ。少し楽になるだろう」
 走りながら、前側の席のフードを後部席へと押しやる。
 夜気がひんやりと車内を満たすのと同時に、ミッドガルのスモッグに隠されながらも、必死に瞬く星が雲間に見えた。
月は満月に近いが、左端が少し欠けていた。
 セフィロスはどうやら東の海岸方面へ向っている。海まで行くとなると半日はかかるので、まさか海岸が目的地とは思えなかった。
 ほどなくして、前方に何かの形が見えた。地面を這う大蛇のようなそれは、幅の狭い小川のようだ。殆どが平地のミッドガルエリアでも、東側の海岸へはミスリルマインの雪解け水が流れる小川が幾つもあると聞いた事があった。これはその一つだろうか。
 初秋の小川は水量が少なく、セフィロスの四駆車ならば渡ってしまえそうだったが、セフィロスは小川の手前で車を止めた。
「ここでいいだろう」
 クラウドはエンジンが止まるより先にドアを開けて外へ飛び出た。
 覗き込んだ小川の水は思いのほか綺麗で、微かな水音を立てて東へと流れ込んでいる。深さはクラウドの腰にも満たないくらいだろう、幅は三メートル程、川底には砂や土もたまっているが、殆どがミッドガルエリアを埋める黄土色の固い岩だった。
 川岸の岩には若干の苔や水草が生えているが、故郷の川に比べればお粗末なものだ。遠くにかれた木々がぽつぽつと見え、まだ青さを残した下草が、川の周囲にだけほんの少し生えている。
 ミッドガルの周辺はどこもこんなものだった。
 まだこの街に来て二年目のクラウドは知らなかったが、ザックスが上京したころは、もっと木々や草が生えて、獣も多かったのだという。ミッドガルを脅かす過激派の連中が言うように、ミッドガルはどこかおかしな方向への道を歩み始めているのかもしれなかった。
 しゃがみこみ、小川の水に触れてみるとそこそこ冷たい。
 水の透明度は悪くなく、飲料用にする勇気はないものの、顔や身体を洗ったりするくらいなら問題なさそうだった。
「ここの水はミッドガルを通らないからな。そう汚染されてはいない」
 クラウドの心中を読み取るように、セフィロスの声がかかった。
 セフィロスは車内のシートを倒し、荷台と後部席を平らな状態にして、寝るためのスペースを作っているらしかった。
 手の水気を切りながら、手伝おうと車の傍へ戻ると、既にクラウドだったら足を伸ばして眠れるくらいのベッドが出来上がっていた。
「あんたじゃ足が伸ばせないな」
 セフィロスは肩を軽くすくめて応え、荷台から下ろした幾つかの荷物を開けた。
 帆布のサックには毛布が二枚入っていた。一枚ずつ使えば問題ないだろう。
 ひとつだけあった寝袋は、ファスナーを全て外してマット状にし、荷台に敷くと丁度敷き布団のようになった。
 荷台にあったものを退けると、とても広く感じる。
 退けた荷は地面へ直に置かれていた。
 空のサックと、コンロやアルミの鍋などを入れたプラスティックのコンテナが一つ、それに先程買ってきたものの入った紙袋だ。袋の一番上に載っていた紅茶のティーバッグを拾い上げる。
「お茶入れてもいいかな」
「何でも好きに使え」
「あんたも飲む?」
「オレは酒がいい」
 鍋やコンロをコンテナから出し、空になったそこに紙袋の中身を全てあける。セフィロスが自分のために買ってきたらしい蒸留酒の瓶も入っていた。
 瓶ごとセフィロスへ投げて渡し、自分のお茶を入れるためにコンロをコンテナの上に設置した。コンロの燃料はまだ少し余っている。
 アルミの鍋を乗せ、アルミカップで丁度一杯分、ペットボトルのミネラルウォーターを注ぐ。火をつけ、湯が沸くまで待とうと顔を上げると、セフィロスがオイルランプに火をいれたところだった。
 片手で下げたランプをボンネットの上に起き、フードを開けたままのドアに脱いだコートをかける。薄いシャツ一枚ではもう寒い季節だというのに、セフィロスは余り寒いとは感じないようだ。未開封の蒸留酒の蓋を軽く捻り、ランプを置いたボンネットに寄りかかるようにして瓶から直接煽った。酔っ払いの代表のような動作でありながら、男がそうすると不思議とさまになる。
「お湯が沸いているぞ」
「うん」
 見つめていた男がこちらを見ていることに気付いて、慌てて顔を反らした。
 お茶を飲む前から何故か頬が熱い気がした。
 封を開けた紅茶のバッグを放り込み、湯を注いで、クラウドは立ち上がった。
 セフィロスは運転席側のミラーの前あたりに立ち、ボンネットに寄りかかった状態のまま、再び月を見上げている。
 青っぽい冷やかな月の光に染まった世界の中で、ランプに照らされたセフィロスの右の頬だけが温かな赤みを帯びていた。 
 最初の頃とは違い、今のクラウドにとって戦場以外でのセフィロスは、まっとうな一人の男に見える。例えその手が、前線では数々の殺戮を行い、敵兵に恐怖の対象として異名で呼ばれていても、クラウドにはもう畏怖の対象ではない。
 静寂と安らかな時間をクラウドと同じように好み、神羅での出来事をわずらわしいと感じ、最近ではその反動なのか、時折驚くほど情熱的にクラウドを求めてくる。ジュノンのテロ事件があった後は特に、クラウドさえ少し躊躇するほどに、セフィロスは二人の関係を隠そうとしない。
 今日にしてもそうだ。
 幾らプライベートが保たれた状態だとはいえ、眠っているクラウドを抱えて車に乗り込むまでに、誰かに出会わなかったとも限らない。助手席にクラウドを乗せて、ダウンタウンの繁華街を走り、宿の呼び込みに声を掛けられるまでに、誰かに見られなかった保証はないのだ。
 それでも、そんな不安に反して、セフィロスがクラウドに関わって来ることを喜んでいる自分がいる。
 これまで母以外の人間はクラウドに興味すら示さなかった。
 僅かに己の心の内を開けたのは、故郷の少女と、ソルジャーの親友だけだ。
 だが彼はクラウドと対照的に、誰もが注目する身でありながら、決してクラウドから目を背けようとしない。瑣末事に無関心に思える彼が、クラウドが好きな魔晄の目をじっと据えてくると、抱きすくめられたように動けなくなった。
「どうした。こっちへ来い」
 肘をついた手でボンネットを叩いて示す音で、クラウドは飛び上がるほど驚いた。
 普段見る場所と違うからか。それともクラウドが先程から少し感傷的になっているからか。
 きっと慣れない場所に来てしまったことによる、ただの緊張だと己に言い聞かせながらセフィロスへ歩み寄った。
 どうすべきか躊躇するのを感じ取ったのか、セフィロスはクラウドの手にしたカップは取り上げ、酒の瓶と一緒にボンネットのランプ横に置いた。
「ひゃ!」
 素っ頓狂な声を出してしまったのは、そのまま伸びてきた両腕に、軽々と身体を持ち上げられたからだった。
 まるで猫を抱き上げるように、脇に差し入れられた腕の力だけで、クラウドの両足は地面から離れ、一瞬瞑った目を開けた時には、ボンネットの真ん中あたりに下ろされていた。
 先程までエンジンがかかっていたボンネットは、カイロの上に座ったように暖かかった。
「小娘のような声を。どうした」
「び、びっくりするだろ」
「それだけか?」
 セフィロスの声が笑いを含んでいることに気付いた瞬間、クラウドは血が上った熱い頬を膨らませ、獣避けのグリルガードを蹴りつけた。
 セフィロスは笑い声を立てながらクラウドの足を退けさせ、自分はボンネットに浅く座る。
 長い髪がクラウドの座るすぐ横に散った。
「鼓動が速い。緊張しているのか」
 密着している訳ではないのに、セフィロスの耳には聞こえるのだろうか。
「だって」
 いいあぐねた手に紅茶のカップを渡される。
 そのまま肩越しに、近くから見つめてくる目に見惚れた。クラウドに据えた目を離さず、酒を瓶から含む間も視線は外れなかった。
「あんたが、なんか滅入ってたみたいだから」
「滅入る?」
「いや、そうじゃなくて」
 言葉を濁したクラウドにも、明瞭な推測があった訳ではなかった。
 ただ、普通の人間ならストレスと感じるような事象に、セフィロスが心を乱したり動かしたりすることがあるなら、クラウドにとっては新たな発見でもある。
「ミッドガルに……アップタウンにいたくなかったんだろ?」
「ああ」
 肯定してもその先の言葉はない。
 セフィロスからその理由を喋らせるのは無理なのだろうか。
 セフィロスの軍人として、神羅の最強武器といえる存在として、一人の男として、どんな苦悩があるのかは理解できず、所詮は子供と思われているに違いない。
 親友のザックスでさえ、クラウドへ話すのを避ける時がある。機密だから話せないんだ、と苦笑される度、疎外感を感じずにはいられなかった。
「そうだな。お前とこうしていると色々とどうでもよく思えてくる」
「どうでも、いい?」
 一瞬胸に浮かんだ痛みに気付かないふりをして、横目で見上げた男の口元は、うっすらと笑っているように見えた。
「お前に興味が向くから、他の瑣末事は気にならなくなる」
 膝を抱え込むふりをして、頬と口元を慌てて隠した。
 少し前から感じている、奇妙なほど情熱的なセフィロスの言葉に、クラウドはどう反応していいか分からない。
 ただ事実であるのは、彼の目がそうして、他の誰でもない自分を見つめていることで、クラウドの口端は自然と上がってしまうのだ。
「瑣末事って?」
「どうでもいい。ここで話す価値もない、くだらないことだ」
「そうやって、あんたもザックスも、オレを子供扱いして、何にも喋らないんだ」
 セフィロスは、少しすねた口調になったクラウドの髪を伸ばした手で掬い、弄びながら苦笑を漏らす。
「そんな顔をするのは子供の証拠だな」
 ぐうと思わず漏れたクラウドの髪をもう一度掬い上げる手が止まる。
 一瞬苦笑もからかう笑いも消え、セフィロスの視線は真剣だった。
「お前を攫って、このままミッドガルを捨てるか」
 見上げる目を見開いた。
「いや、もう少しお前が大人になって、それでも」
 途中で言葉を切ったセフィロスは、いつもの自嘲を浮かべる。
「……まだ先の話だな」
 はぐらかされたと思いながら、クラウドはその先を聞き出すことは出来なかった。
 男の語る未来を喜びをもって受け入れながら、どうしてか、それを現実に起こるものと想像できない。今こうして二人で山野に出ることが叶っても、そんな日々が来ることは永遠にないような気がした。
 夢を見、希望を抱き、それが幻だったと気付いて絶望するのは、クラウドが何よりも恐れることだった。


 クラウドはボンネットに寝転がり、セフィロスもまた隣に座ったまま、長い時間そうして空を見上げていた。
 故郷の星空にはとても敵わないものの、遠くにミッドガルの灯りが小さく見え、細くしたオイルランプが手元で灯る以外、人口の照明は存在しない場所では、空を覆う星も良く見えた。
 ミッドガルでは到底確かめられない初秋の星座を見つけ、説明するクラウドの声にセフィロスは聞き入っている。
 夜も更けて、動きが活発になっているのだろう獣の群れが、先程見たよりも大規模になり、獲物を追ってか、激しく移動している気配がする。ともすればクラウドたちに襲い掛かってくるのではと心配を他所に、彼らは車から一定の距離を保って、決して近づいてこようとはしなかった。
 恐らく、セフィロスのせいだ。
 クラウドには感じないが、それ以外を完全に拒絶する気配のようなものが、セフィロスから広範囲に発されているのが分かる。街中にいるときよりもそれを感じる。
 セフィロスがニブルウルフ独特の習性について話し始め、相槌をうつ内にクラウドは肩をふるりと震わせた。
 平原を抜ける風が冬の気配を帯びている。
 撫でるだけで体温を一瞬にして奪う、冷たい風だ。
「車内へ入れ。フードを開けていれば空は見える」
 セフィロスがボンネットから腰を上げるのにならい、クラウドも飛び降り、冷め切った紅茶のカップと、湯を沸かした鍋とコンロを簡単に片付け、ランプを持って荷台に乗り込んだ。
 荷台の屋根の端からフロントガラスまでを幌で覆う形になっており、後部席側の幌だけを外せば天窓のようになる。寝袋を敷いた荷台に寝転んで見上げると、四角く切れたその天窓から星が良く見えた。
「閉めるぞ」
 クラウドの後から乗り込んだセフィロスが、荷台のドアを閉じる。
 冷え始めた夜気が遮断され、車内が暖かいことに気付く。エンジンを切ってから時間もたったので、ガソリンの匂いもなく、快適な小部屋になっていた。
 ランプをドア側の足元に移動させ、クラウドの隣にセフィロスも横たわるが、どうにも彼には窮屈そうだ。
 前に倒した後部席から荷台の境目は段差もなく、クラウドは完全に足を伸ばして眠れるくらいの奥行きがある。寝るための仕様になっているとはいえ、セフィロスは足を伸ばせば前部席の背に首があたり、首を伸ばせば膝を曲げるしかない。
 しばらく体を動かして、あお向けに寝ることを諦め、足をまげて横に寝るポジションを確保した。
「何を笑っている」
「でかいと大変だなって」
「お前は小さくてよかったな」
 ふざけて殴ろうと振り上げた拳を掴まれた。
 もう一発、と思った手はセフィロスの大きなそれに掴まれたまま取り返せず、クラウドはムキになって声を上げながら狭い車内で暴れた。
「離せよ!」
 掴み、引かれた拳に口付けられて、初めてセフィロスの意図に気付き、現状を見直した。
「言ったはずだな。アップタウンだろうがダウンタウンだろうが、どこに寝ようが、お前の服を剥ぐのは一緒だ」
 じゃれあっていた距離に突然緊張を強いられ、クラウドは視線を泳がせる。
 そもそも狭い車内は、左右の幅はセフィロスの寝室のベッド程もなく、先のとおり、奥行きはセフィロスが体を伸ばせないくらいである。フードを開けているとはいえ、立ち上がれない高さで、窓からは外が見える状態だった。
「ここで……するのか?」
「外でお前を抱くのは初めてだな」
 間近で男が浮かべた笑みは好色で、意地悪く、取り返そうとした手の指を突然口に含まれて、クラウドは驚きとくすぐったさの入り混じった奇妙な声を上げてしまった。
「どうせ人間などひとりもいない。安心しろ」
 覆い被さる顔と肩から、滑り落ちた髪が頬を撫でた。
 目を瞑ってしまえば、その感触も確かにベッドの上と同じだった。
 だがその眼をすぐに見開いて、
「安心出来るか!」
 クラウドの怒鳴る音量の声は、狭い車内に反響したが、唇を塞がれ、抗議を続けることは出来なくなった。


 やはり会社や軍で何か嫌なこと、気に掛かることがあったのだなと、クラウドはセフィロスの腕の中にいることで再度気付かされた。
 いつもより強引で性急な動き、腰や腕を掴む掌の温度は常より熱く、クラウドの身体にのめり込もうと、あえて己自身を仕向けている彼を見るのは、初めてではない。
 開けたままの幌の隙間から、あられもなく上がる己の声が漏れるのを抑えようとするのだが、セフィロスの動きに翻弄される。流される。
 互いの声が途切れる一瞬の隙に、近くの小川のせせらぎと、それを破るタイヤの軋む音が順に聞こえた。
 次にセフィロスの少し乱れた吐息、それに煽られる自分の声が続く。
 いやだと拒絶の言葉を紡ぐも無視されて、きつく吸われた先が震え、セフィロスの口腔へ解き放った。
 火照る頬を隠す手の隙間から、足の間からこちらを見るセフィロスの視線に出会う。己のものを飲み下したらしい唇が微かに動き、たまらなくなって眼を反らした。
 片方の足首は捕らわれ、もう片方は荷台の窓ガラスへすがるように、足の指が縮こまっている。
 乱れた自分の姿に恥じらいは拭えず、セフィロスの行為はクラウドにとっていじめと一緒だ。
 他人と違う丁寧な扱いを受け、言葉を得ても、果たしてこの行為がどれほどの意味を持つのか、クラウドにはまだ理解できない。そしてクラウドの不安を口にするより、自分を抱く男にとっては、これがどんな意味を持つのか知りたかった。
「どうして」
 どう問う気だったのか決めかねるまま口にした言葉は、聞き流された。
 突然セフィロスの開けた荷台のドアから、熱気の籠もった車内へ一瞬で冷気が流れ込む。
 セフィロスは地面に降り、荷台のふちまでクラウドを引きずり寄せると、手足をつかせて四つん這いの腰を持ち上げた。
 そのまま挿入するつもりなのだと気付いた途端、口淫の間ずっと慣らされていた後ろが無意識に蠢いた。
 脳裏にひらめいた言葉は、男としては異常な欲求であるかもしれなかった。
 浅ましいと、逃げ出したいと思っても、行動に移す時間は与えられず、圧倒的な体積に下肢を割られ、セフィロスが押し入って来た。
 押し殺せなかった悲鳴が夜気を裂いて、喉を詰まらせた。足の間が破けたような衝撃だった。その衝撃が引くまで、セフィロスはそのまま動かずにいるのもいつものことだ。
 潤滑剤のせいで無理なく、だが腸が押し広げられる感触は、心臓を直に掴まれたような生命の危機を間近に感じる。 
 肩越しに振り返り、見上げたセフィロスは、片手でクラウドの腰を、もう片手は荷台の上のふちを掴み、まるでドア口を塞ぐようにしてクラウドを責め始めた。
 クラウドの視線をどう感じたのか、セフィロスは身体を少し倒し、両手で腰を掴み直すと、違った角度で突き上げた。
 凶器のような先端が、狂う、あの場所に触れる。
 一瞬で萎えていた前が立ち上がり、全身に震えが走る。腰を支える大きな手が前へ滑り、クラウドの陰茎の根元から先端へと指が動く。
 内と外から同時に高められ、物理的に起こる射精感に逆らえず、開けたままの唇から唾液が流れ落ちた。
「なぜ、そんな顔をする」
 いつも最中には殆ど無言のセフィロスが突然口を開いた。
「よくないか」
 自分がどんな表情なのかは、クラウドには分からない。
 一方、小さくしたランプの灯りに照らされるセフィロスの表情は、執務室で書類を目の前にしている時と大差ない。
 それでも首を横に振って否定したクラウドの身体を撫で、繋がったままもう一度荷台の上に横たわる姿勢に変えると、セフィロスはまるで獣の母親が子を慰めるように、額や鼻筋、首筋へと舌を這わせた。
「酷くして、いいから。平気だから」
 セフィロスの胸を塞ぐ何かを拭えないならせめて、自分を逃げ場にしてほしい。
 でなければ、ソルジャーになってセフィロスを助けることもできない自分には、何も出来ることがない。
 そうして、少しでも彼に歩み寄ろうとしなければ、身体を繋げていても遠いのだ。
「そんな泣きそうな顔をして、なにが平気なんだ」
 身体を沿わせたまま静かに揺り動かされる。
 密着した身体は暖かく、片足だけを持ち上げられ、開いた足を間を今度は緩やかに握られた。
 吐息も温度も、すぐ近くにある。
 しずしずと押し寄せるような快感と、何よりも近くに感じるセフィロスの身体と心に、クラウドは柄にもなくしゃくり上げた。
「ガキだな」
 喘ぎの間に笑っているような声で囁かれ、クラウドは全身を震わせた。
 足の間を嬲る手へ、指を互い違いに絡ませ、引き寄せたそれに口づける。
 節くれ立った指は長く、間にある自分の手より遙かに大きい。
 そこに唇を当てたまま、小舟に揺られるように、次第に高くなる波に素直に喘ぎ、狭間を締めて同じ高さまで男を導いた。充足したようなセフィロスの溜息に、思わず背筋を震わせ、共に岸に打ち上げられた。
 夜気に熱が引いていくと同時に、小川のせせらぎが耳に戻る。
 汗か涙か、目尻に溜まったしずくのせいで、見上げる空の星が滲んだ。
 前髪をかき上げたセフィロスの髪は、雨のようにクラウドの頬に降りかかり、その冷たさに安堵して、結局自分の方が慰められているのを知ることになる。
 この強大すぎる男を、いつか越えられる日がくるのだろうかと、クラウドは逆らい難い重さの瞼の裏で考えていた。


to be continued to morning
07.09.10(了)
アイコ<http://www.natriumlamp.com/B1F/>
【FF7 TOP】
※ここでご紹介するものはゲーム本編とは全く関係のない、個人の趣味と空想に基づくストーリーです。スクエアエニックス社の権利を侵害する目的のものではありません。
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