休日の朝 |
乾いた大地の朝は静かだ。
外は朝もやで白く煙って見えた。
フードを閉じて隙間を塞いだ車の中は、それでも朝の冷え込みを足元から伝わらせ、外気温との差で車の窓ガラスは水滴を薄く乗せている。ぼんやりと不明瞭なガラス越しの風景を見上げながら、傍らの暖かさに離れがたい心地よさを覚える。
長い髪の一部は少年の身体の下へ敷き込まれてしまい、セフィロスは動くことすら叶わない。
いや、動くことは可能だが、このふわふわと夢見心地な体勢を手放してしまいたくなかった。
街から遠く離れた荒地へ、まるで誘拐犯のように当人の了解を得ることなく連れ出したというのに、この少年は文句ひとつ言わない。それどころか、普段と異なる行動を起こしたセフィロスを、その手で受け止め、健気なまで支えようとする。
出会った頃から比べると、顔立ちや身体つきはかなり男らしくなった。
それでもミドガルズオルム討伐作戦やウータイ戦の時分は、
重い長銃やナイフよりも、小さなビーズの鞄やデザートのスプーンを持つ方が相応しい少女のような兵士に、何ができるのかと思ったものだ。
それはこの少年に限らず、入隊したばかりの少年兵たちは皆同様だった。
セフィロスの周囲で、そんなクラウドの存在に気付いた知人には、法に触れるほど幼い少年を手に入れたことに色々意見もされたが、今はもう彼らが何か言ってくることもない。彼らは既に神羅を去った後だ。
ウータイ戦役終結前後の、たった数年の間に神羅そのものが変質しつつある。暴走する瀕死の牛を止める術はなく、神羅そのものの終末は、程なく目に見える現実となりそうだった。
昨夜、この少年へ冗談で漏らしたように、このまま隠遁するのもいいかもしれない。
全ての柵を切り捨てて、眠る少年だけを街から連れ出したときのように攫って、誰も訪れない辺境へ―
「ん、うわ。ごめん。髪踏んでた」
セフィロスの思考を断ち切るように、腕の中の少年は飛び起き、身体の下の髪に気付いて慌てている。飛び離れようとしたのだろうが、彼の身体を包む毛布ごと男の腕が抱いているので、そこから逃げることは出来ない。
しばらく毛布の中でもぞもぞと動くに留まり、こちらが解放する意志がないことに気付いたのか、すぐに大人しくなった。
「髪、痛くないのか?」
無言で頭を振る。
「毛布、オレだけかけてて、あんた寒くないの?」
もう一度。
「……おはよう」
今度は頷く。
そして同時に漏らした笑いに、少年は目ざとく気付いたようだ。
「なに、笑ってんだ」
「寝起きのチョコボだな」
元々奔放に逆立っている髪が寝癖でもつれて、まさにチョコボそのものだった。
不満そうな顔になったチョコボを宥めるように、手櫛で髪を梳き、撫で付けて、そのまま片手で頭を掴むように引き寄せる。
撫でつける力に従わない強い毛髪が指の間を刺す。
こそばゆい程度の刺激のはずが、まるで飛び火したようにセフィロスの胸をちりと焼いた。
もし神羅から出奔したとして、この少年は本当に自分に従ってくるのだろうか。指に逆らう毛髪のように、彼もまた最終的には己を拒絶するのかもしれない。
そう思った瞬間、無意識に髪を掴む掌に過剰な力が宿る。
寝そべったまま、小さな頭を動かないように仰向けさせ、自然と開いた口に唇をぶつけた。少年はくぐもった声で何か抗議の言葉を吐きかけたが、ねじ込んだセフィロスの舌に阻まれ、次第に大人しくなった。
歯の裏、舌の付け根まで舌先で蹂躙して支配する。
朝の清らかな光には不似合いなほどいやらしく、やわらかな粘膜を吸い上げ、溢れさせる唾液を飲み込み、毛布の中へ掌を滑らせた。
「セフィロ、ス。ちょっと」
手繰り退けた毛布の中の少年は全裸のままだ。
セフィロスも下着とパンツこそ着けているが、上半身は認識票しかつけていない。
殆ど裸のような状態で抱き締め、白い尻を両手で揉むように撫で、身体を密着させる。少年の股間は半ば立ち上がっている。
「立っている」
「……オレのは、寝起きだから生理現象」
「そうか。オレのは、ここが恋しくて立った」
尻の両側を掴んで撫でていた指を、狭間へ滑らせた。
昨晩の行為でまだ僅かに開いていた場所が、慌てて指先を拒む。
「お前のここを、掻き回したい」
完全に夜が明けて明るい車内で、まるで官能小説のセリフのような言葉を囁くと、少年は顕著に動揺して、一瞬で熟れたリンゴのように真っ赤になった。
指先で、閉じた場所の皺を伸ばすように撫で続け、近寄せた唇で耳朶を挟み、舌で耳殻を辿る。
「何を朝から」
反論材料が他に思い当たらなかったのか、少年は言葉に詰まり、ただ弱い場所を探られる感触に耐えていた。
恐らくこの少年は興が乗らなくても、セフィロスが無理矢理求めれば従うだろう。昨夜の名残はすぐに乾き、滑りの一切ない状態では指一本すら拒む頑なな場所だが、彼は痛みを耐え忍ぶに違いない。
普段は負けず嫌いの手本のような少年が、口調や態度とは裏腹に、セフィロスの期待に応えようと無理をする場面が多いのはよくわかっている。
だからこそ、きっと将来セフィロスはこの少年を殺すことになってしまうような気がしていた。
何度か明け方の夢にも見ている。
足元に、少年の躯を見下ろし、立ち尽くす己の姿を。
セフィロスは耐え忍ぶような表情を眺めながら、指先が受け入れられる前に手を引いた。
悪戯する手が引かれたのに気付いたのか、少年は固く瞑っていた両目をゆっくり開いた。
色白の頬がほの赤く上気し、鼻先と周囲は任務で陽にあたったのか少し焼けている。小造りな顔に、大輪の花が咲くように開いた青い瞳は、花弁に乗った朝露のごとく朝陽を受けた。
「クラウド」
「ん」
身じろぎした少年の両腕が、セフィロスの肩から首の後ろへ廻された。成長過程の細く長い腕がからみつき、柔らかな肉の枷で拘束する。
「オレは神羅を捨てるかもしれない」
間近で顔を覗き込まれた。
「うん」
「その時は」
「オレも行く」
即答した少年は、表情こそまだ弄られた感触の中を揺蕩っていたが、その目は揺るぎなくセフィロスを見上げて、
「行く。」
少しでも返答を躊躇する素振りがあれば、もしくは計算高く何かを企むような子供であれば、少年の死を先延ばしに出来たかもしれない。
少年へ開きかけた口をつぐむ。
休日の終わりを締めくくる言葉としては、非常に不似合いで不吉極まりない。
セフィロスはただ黙って、目の前にあったくしゃくしゃの金髪に口元を埋めた。
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*
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「ここも随分変わったな」
不機嫌そうに聞こえる音声が照れ隠しであるとは知れている。
つむじが真上から見えた頭の位置は高くなり、片腕で持ち上げられそうだった身体も厚みがつき、あの頃の少年らしい面影は、殆ど消え失せた青年の背中をセフィロスは見つめている。
丸みを帯びていた頬、肩や尻は鋭利に削げて、そこから感じるのは中性的な美しさではなく、完成された美だ。
どこか艶かしい背中を向けて寝そべっているその中心には、当時は無かった刀傷があった。
指先で、胸から背の中央へ貫通した傷痕に触れる。
一瞬肩を揺らした青年は何も言わず、ただ昇ってくる朝陽の輝きに視線を据えていた。
一夜を明かしたこの場所は、座標でいえばあの時と同じ位置だろうが、以前あった川は涸れ、僅かな岩の窪みが河川の跡であることが分かるだけだ。その窪みが野宿に丁度いい岩陰を作っていた。ミスリルマインから降りる雪解け水の流れは、現在は一キロほど海側へ下った場所に移動している。
荒れ果て乾いていた土地は、くるぶし程度の粗末な下草を一面に生やし、広大な草原へと変わりつつあった。
突然大きな岩が点在して見えるのが、当時の様子を唯一思い起こさせる遺物だ。
遠く背後に見える過去の街の残骸は、埃と泥を被り、北東の海から吹く風に風化し、くすんだ色になりつつある。所々、若々しい緑が積もった土から芽を出しているようだ。
荒野では遮るものもなく、遺跡は根元から光を受け、かすんでいた姿が陰影を露わにしていく。そこに住む獣や鳥、モンスターたちも程なく太陽の恩恵を受けるだろう。
遺跡の麓を埋める新たな街でも、人々が目覚める時間だ。
暖かな色を帯びた朝陽は水平線から半分姿を現し、七色の光の腕を、夜の青さを残す空へ伸ばしていった。
「変わったな」
未だ空に見入っている青年の、剣を振るに相応しい肩に手をやり、冷たい先端に口付ける。尖った肩甲骨の形をなぞり、もう一度傷痕の上を指先で弄った。
「やめろ」
「痛みはなかろう」
「身体が覚えてるんだよ」
「覚えているのか」
何故か喜びの笑みが浮かぶのを青年に見られ、眦を吊り上げた険悪な視線に詰られた。
「もしあんたにちゃんと傷痕が残るなら、腹の真ん中にハート型とか、ネコ型に刻んでやりたいとこだよ」
青年も知っているように、同時に与え合った傷痕はセフィロスにはない。完全に治癒してしまい、体温が上がると少し色が違って見える程度だ。
口では激しく抗議するのに、セフィロスの指は跳ねのけられるでもなく、青年はされるがままだ。
十センチもない縦長の傷は、当時の科学者らに縫い合わされた痕が白い蚯蚓腫れのように盛り上がり、周囲は赤みを帯びて、部分的に陥没している。
指先を離し、頭を屈めてそこに唇を当てた。
跳ねるように揺れた身体を片手で押さえつけ、舌先で強く蚯蚓腫れを舐める。
濡れた感触に青年の腕が動き、草地に敷いただけの毛布を片手で強く握り締める。尻と腿の辺りに力が入り、緊張したのが分かる。
「これは、何の形だろうな。少なくともネコではないが」
執拗に舐めたり、唇で触れたりを繰り返す傷痕は、あえて云うなら葉っぱのような形だ。
「お前が望むならオレも刺青でもいれようか」
「……ネコの?」
「お前と同じ名前のネコの」
「絶対やれよ」
青年は全身を震わせて声を立てて笑った。
何故かこの彼が笑うだけで、セフィロスは幸福な気分になれた。それは、本当はあの頃から何も変わっていない。それだけがセフィロスを満たすものだと気づいてさえいれば、運命は少しだけ道筋を変えていただろう。
あれから色々なものを捨て去り、同時に背負い、時間だけが過ぎていった。
「クラウド」
「ん」
「朝陽が」
会話をしている間に、ごく短時間で昇りきる太陽は、水平線の上に円く顔を出していた。海面に長く光の帯を流し、波間に反射してきらきらと瞬いている。
「今日は東へ行ってみよっか」
まさしく朝陽の昇る方向を指差す。
「牧場へ立ち寄るのか」
クラウドは頷いた。グリングリンの牧場へは、のんびり進んで二日程度の道のりだ。
「あそこでチョコボを調達しようよ」
セフィロスの腕の中から抜け出し、立ち上がったクラウドはあられもない全裸のまま朝陽の中で腕を真上に上げ、伸びをする。滑らかな胸と腹、股間の明るい繁みに視線を留めていると、じろじろ見るなと怒られた。
夜になれば自ずと白い内腿を晒して見せ、無骨な腕はしなやかさを得て、セフィロスの肩へ廻されるというのに、夜が明ければ、柄の悪い小悪魔はさっさと服と装備を身に着けて、剣を背負ってしまった。
セフィロスも立ち上がって剣帯とコートを着け、寝床にしていた毛布を片付ける。
あの時の様に車はない。それぞれ手にした剣とマテリア、野宿のための僅かな荷物が全てだ。笑い合った戦友は全て失い、暖かな部屋もなければ、己の価値を示す基準さえない。
「行くか」
それでも地に束縛する枷さえなければ、旅立つことが出来る。
眠れば朝は来て、また歩き出すだけだ。
「行こう」
踏み出したブーツの革が、下草に遊ぶ朝露を跳ね飛ばす。
上昇を続ける陽はますます高くなり、一歩前を行く青年の髪は、強い逆光に透けて真っ白に輝いて見える。肩越しに振り向くクラウドの表情は見えにくかったが、その唇の端は微笑む形に持ち上がっていた。
そうして、彼が自由である限り、セフィロスもまた自由だった。
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These Holiday was completed
07.10.25(了)
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