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ブラザーズ・アフェア2
悩める大人 |
何故こんな夜半に仕事でもなくバイクを飛ばしているのか、ザックスは悩んでいる。
タンクトップの上にデニムジャケットを羽織っただけで、ヘルメットも持たず駐車場へ走り、気付いたら愛車のエンジンを掛けていた。春とは云え夜の冷えた空気の中を走れば、飲んだビールもたちまちに醒める。兎にも角にもこの怒り心頭になった諸因をどうにかしなければ、どんなに酒を喰らおうが眠ることも出来ないと思ったのだ。
『クラウド』という少年は自分にとって何なのだろうと、ザックスは走りながら考えている。
最初は変な少年だと思っていた。何せ突然目の前で豪快に倒れ、なよなよした男かと思えば、同じく初対面であったはずの『あの』英雄のからかいに拳を上げて見せるような豪胆さもある。
彼の初陣であるグラスランドエリアのミッションにも同行し、それからも何かと縁があった。
否、どちらかといえばザックスは意図して彼と接する機会を持っていたと思う。
年齢相応に見える幼い容貌に反して、妙に達観したような表情、実際大人びた言葉や思考、それに生真面目な態度であるのに喧嘩っ早いクラウドに、ザックスは最初単なる興味で関わった。そしていつしか放っておけないという気持ちになっていた。
ザックスはゴンガガの田舎町に生まれ、兄弟もなく、近所の子供にも年下はそう多くなかった。神羅に入ってからはクラウドのような後輩と接する機会はあったが、特別懇意にしている者はいなかった。
クラウドが入隊して一年弱、姿は成長し、中身も随分に大人になったとザックスは今日も改めて思った。放っておけないと思っていた弟が、いつしか自分と同じ男になっていたのは嬉しくもあり、何故か衝撃でもあった。
何も知らない少年が、凛々しく開花する瞬間を見つめる機会は、もちろんザックスにとって初めての経験だったのだ。
神羅ビルの地下駐車場にバイクを止め、走り寄った警備室の夜勤に声を掛けた。
「ソルジャーファースト、ザックスだ。サーセフィロスに緊急の用がある」
「はいはい、ご面会ですか」
のんびり答える顔なじみの、初老の警備員を急かしてエレベーターを呼ばせた。
時間はもう十二時を回る。夜間のエレベーターは防犯のため、本社勤務の人間のカードキーか、警備員の外部操作でしか動かない。
本来アポイントでも取っていなければセフィロスに面会などできる訳もないのだが、この時間であることが逆に幸いしたらしい。
「今連絡してロック外させますから、とりあえず上がってください」
全くの私用であるとは警備員も思わなかったのだろう、ありがたくもセフィロスの執務室がある階まで設定されたエレベーターはすんなり上がっていった。
その機内でザックスはもう一度考えた。
自分は一体何をセフィロスに問い質そうというのか。
自分のこの怒りは何に対してのものなのか。
だが一つだけはっきりしていることがあり、それを一刻も早く確めなければとザックスの良心が叫ぶ。クラウドの友人であり、セフィロスの部下である自分が、これをしなくてはならないのだと。
到着ベルが鳴り、六十六階でエレベーターの扉が開いた。
何度か来た事があるその階は、部門の長である統括たちやセフィロスの執務室のあるフロアである。他にも大会議室などがあるというが、ザックスはその室内まで入った経験はない。顔も知られているから邪魔もなく登ってはこれたが、廊下には監視カメラが並び、二十四時間機械と人間によって監視されている、この神羅でも最も警備の厳しい場所なのだ。
だがミッドガルの中心であるそこも、さすがにこの時間では人気がなかった。
灯りだけは煌々と照らされた通路を小走りに進み、セフィロスの執務室の前に立った。
ザックスは躊躇なくインターフォンを押し、応答を待つ。暫くして小さなスピーカーから応えがあった。
『ザックス、何の用だ』
セフィロス本人の声だった。
「クラウドのことで話がある」
正直に用件を告げたが、ザックスのそれは上官に対する言葉ではなかった。
云ってみれば今セフィロスは、ザックスの年若い弟をたらしこんだ極悪非道の男なのだ。そんな男に、只でさえおっくうな敬語など使うザックスではない。
インターフォンは沈黙し、代わりに扉がスライドして開いた。
遠慮なく足を踏み入れて、秘書用の無人のデスクの前を横切り、窓を背中にして座るセフィロスに対峙した。
手元のスタンドだけで書類を整理していたのだろう、室内は暗く、その中でソルジャーの瞳だけが輝いている様は、夜の森に出没するモンスターや獣のそれにも似ていた。
「クラウドが、何だと?」
挨拶も、前置きもなくセフィロスは本題を口にした。
余計な問答と必要としないのはザックスにとってもありがたかった。
「あんた、クラウドと寝たのか」
「ああ」
セフィロスの返答は衒いも淀みもない。
限りなく淡白で簡潔な男だ。
「どういう意味か分かってんのか。あいつはまだ十五だ。あんたの遊びに付き合えるような年でも性格でもない」
「そうでもない」
「どういう意味だ!」
「あいつは、お前が思っているよりも大人だという意味だ」
今度の答えにはザックスも頭に血が上った。
小走りに近寄ったデスクを両手で力いっぱい叩く。頑丈なデスクは壊れはしなかったが、飛び跳ねた書類が落ち、スタンドが派手な音を立てて倒れた。
「ふざけんな!」
「ふざけるつもりなら、お前と話などするものか。そもそもここにも立ち入らせはしない」
「なんだと!」
デスク越しに殴りかかった拳はあっさりと避けられた。
もう一度試みようと突き出した腕を掴まれ、その力に引くことも出来ずに硬直する。
「ザックス、お前は何か勘違いしている。オレはクラウドに強制したつもりはない。多少強引だったと思われているかもしれないが、強姦した訳でもない」
「強姦だったら、オレは剣を持ってここに来てらぁ」
「だとした所で、返り討ちにされるのがオチだろう」
口元を皮肉な笑みに歪めたセフィロスに掴まれた腕をそのまま引かれて、ザックスは勢いを殺せず、デスクを飛び越え、セフィロスの背後へと投げ飛ばされていた。地響きを立てて落下したそこは、絨毯が敷いてはあったが強烈な打撃に思わず呻く。
セフィロスは椅子を引いて立ち上がり、床に這うザックスを見下ろした。
射殺さんばかりの視線で睨みつけてきた。
「それともお前は、クラウドが同意の上でも、オレに剣で挑まざる得ない感情をあれに持っているとでも云うのか」
「んなわきゃねえだろう!」
「では、何故だ」
僅かに視線を穏やかにしたセフィロスは、本当にザックスの意図が分からないとでも言いたげだった。
その表情に戦意を萎えさせたザックスは、溜息を吐いて緊張を解いた。
「あいつはっ…あいつはオレの弟みたいなモンだ。守られるのが嫌いだから、それと分からないように見守ってきたつもりだ」
「そう…だな。あれは守られることを良しとしない」
素直に同意して小さく笑みを浮かべたセフィロスは、ザックスを顎で立つように促した。
ザックスは立ち上がり、勧められるままデスク前のソファに座った。
強打した腰が痛い。
せめて受身を取る余裕くらいは残しておいて欲しかった。
セフィロスはデスクの上に腰を下ろし、紙巻に火を点ける。
なぜかそんな些細な動作が妙にさまになる男だった。クラウドも彼のそんな様子を見て熱を上げたのだろうかと勘繰る。
だが、クラウドが同じ戦う男としてではなく、恋愛対象としてセフィロスの何に注目したのか、結局他人でしかないザックスには推し量ることもできない。
セフィロスが二口ほど煙を吸ううちに、ザックスの頭で沸騰した血は自然と下がっていた。もう一度溜息を吐いて心を落ち着かせ、話題に戻った。
「誤解されないように先に言っとくけど、オレはあいつを抱きたいなんて思ったことはねえぞ。幾ら可愛く思っても、あんたとは違う。だけど、あいつが大事なのは確かだ。あいつが傷つくようなことをするのを、黙ってられない」
「オレも同じように思っている」
「でも抱いたんだろう」
「ああ」
どうにも要領を得ないセフィロスの返答に、ザックスは苛ついた。
ザックスは、彼がクラウドに本気で対しているのだと分かればそれでよかった。本当の恋愛なのであれば逆に破局することもある。そこまではザックスも口出しする気はない。
だがセフィロスのいい様は、なにより彼自身がクラウドへの感情を理解出来ていないように聞こえた。
「あんたさ…。正直に、率直に、クラウドをどう思ってるんだ?」
セフィロスは沈黙して視線を反らした。
彼がそんな風に狼狽えるのは珍しい。むしろ初めてといっていい。
いつも機械のように人と対する彼らしくなく、しかし非常に人間らしい反応だ。
「…分からない」
「…はあ?」
「おまえの言うように、あれが守らせないのならせめて近くで見ていたいと思うのに、逆に無性に痛めつけてみたいと思うこともある。あれが嫌がったとしても、恐らく首を掴んででも放すことはないだろう。自分がなぜ、こんな気持ちになるのか…分からない」
ザックスは絶句した。
よく漫画で見る、顎が落ちた状態とはこんなだろうかと頭の隅で思った。
セフィロスがザックスと同じようにクラウドを守りたいと思う一方、それに反する加虐や性的欲求を感じるならば、そのコントロールが己の手から離れて行ってしまうのなら、それは確実に恋愛感情ではないかとザックスは思う。
ミッドガルでは珍しくないとはいえ仮にも同性を相手に、それも大人ならいざ知らず、そんな趣味があるとは噂にも聞いていない少年相手に単なる性欲の処理をするほど、セフィロスは相手に苦労していないはずだった。
「あんた…あんたって…」
セフィロスはザックスに視線を戻した。
迷いのある顔だ。何かに苦しんでいるようにも見える。
そんな表情をザックスはよく知っていた。
それは恋心に困惑する男の顔だった。
「確かにこれに関しちゃ、クラウドの方が大人に見えるかもしれないな」
つい苦笑を漏らすと、セフィロスは不可解な顔になった。
「あんた、あいつが…クラウドが好きなんだろ?」
ザックスの言葉を聞いた彼は、ほんの少し目を見開いた。
「好き…? ああ、そうだな…好き、かもしれん」
ザックスは額を片手で押さえた。
昔から人間らしい情緒の欠けている男だと『定評』のあったセフィロスだ。だがここまでとなると、セフィロスが同じ女と二度寝ない、という噂はあながち嘘ではないに違いない。女たちは相手の関心が自分にあるかないかについては敏感だ。こんな様子では遊びの駆け引きでさえ上手くいかないだろう。
まるで小中学生の恋のようだ。
身体は十分大人なだけに余計始末に負えない。
「あんたが性欲処理のためにあいつを選んだんじゃないならいいんだ」
「馬鹿な。そんなものの為に、まるで何も知らない子供に一からあれこれ教えてやるような手間はかけん」
ザックスは吹き出して、同時に彼のいい様に眉を顰めた。
「あのなぁ、あんたその言い方考えた方がいいぜ。クラウドの前で言ったらパンチ飛んでくるからよ」
「忠告はありがたく受け取っておこう。…それよりザックス」
「ん?」
早々に腰を上げて退室しかけたザックスの背に、思い出したようにセフィロスの声がかかった。
「おまえ、クラウドに言ったらしいな。オレが相手では玄人の女でも逃げ出すと」
セフィロスの顔は先程の真剣さはどこへやら、いつもの意地の悪い笑みを浮かべていた。
「は?」
「壊されるからよせ、とクラウドに忠告したんだろう?」
何故か聞いたことのあるフレーズだと思いを巡らせ、ザックスはハッと気付いた。
セフィロスに『興味がある』と言ったクラウドに、誤解したザックスがソルジャー仲間たちの前でそう告げたのだ。
「あは…あはは」
誤魔化そうと乾いた笑いを漏らしたザックスを、セフィロスの長い脚が襲った。
「うあああ!」
危うく扉の方へ飛び退いて避ける。
避けられた、ということは本気で当てるつもりはなかったのだろうか。
「それこそおまえに心配されるようなことではないな」
「あはは、失礼失礼」
「罪滅ぼしに協力しろ」
「は?」
「クラウドが夜間外出したら、おまえが言い訳をしておけ」
それはザックスに口裏を合わせろということだろう。
確かに頻繁に兵舎から出かければ、色々と勘繰られるのが寮の風潮である。
「ま、任しとけ!」
「今回は目を瞑るが、二度と余計なことをクラウドに吹き込むなよ。用は済んだ。さっさと失せろ」
「アイアイサーッ!」
形ばかりの敬礼をして逃げ出す間際、呟くようにセフィロスが漏らした言葉を、ザックスの耳はしっかりと聞き取った。
「…感謝する」
この日から、ザックスは道ならぬ恋に身を投じた二人の唯一の味方になった。
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03.08.25(了)
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