キングとジャック |
ソルジャーたちの事務所、神羅の技術を駆使した最先端の訓練所や休息のためのエリアはソルジャーフロアと呼ばれる。そびえる高さの神羅ビルの中程から上の数階分を占しめており、ビルの内部で最も人の出入りが多く、賑わっている場所でもある。
そのソルジャーフロアの数階上に、タークス専用のフロアが存在していた。
まるでソルジャーフロアと同じビル内とは思えない程、その室内は閑散としている。そもそも出入りする絶対数も、タークスの構成員はソルジャーに比べて少ないが、現在、タークスの機能は停止したも同然の状態だ。
タークスのフロアから北側の非常階段の扉を開ける。薄暗く、人気のない非常階段ホールは、どこからともなく人声や得体の知れない機械の作動音が低く響いていた。そこからひとつ階を上がると、神羅役員の執務室が並んだフロアだ。どの階も階段の南側の同じ位置にフロア内部への扉が設もうけられているが、この階には特殊なカードキーを通さずに出入りすることはできない。
そもそも階数だけでなく、一フロアの広さも並ぶもののない建築物なので、ここに長く勤めている社員でさえ、ビルの全てを把握してはいない。しかも出入りを許可されるフロアは人によって限定的だ。
神羅ビルを端から端まで知っているのは、ビル建設に関わった設計士たち、それにタークス主任を務める彼───ツォンしかいないだろう。
ツォンはらせん状に続く非常階段の手すりから、遥か下の階を見下ろした。人影がないかしばらく注視した後に、肩からこぼれた長髪を耳の上にかき上げながら、今度は上階を見上げた。
もの静かな、あまり表情の動かない彼の顔からは想像もつかない苦渋を眉間に浮かべると、再び足早に階段を上る。 アバランチとの騒動以降、タークスは存在を凍結され、タークスを統すべるルーファウス神羅も謹慎の身となって長い。
タークス凍結と謹慎を下くだしたプレジデント神羅本人から、ツォンは同時にルーファウスの監視を命じられた。外出の際には必ずついて歩けと念を押された。
タークスを凍結すると宣言したその口で、主任であるツォンへ命じたのである。しかも自分の子を監視しろと言う。それとも息子が悪い虫に感化されないための、護衛のつもりなのだろうか。
いずれにせよ、ツォンは監視を仕事として与えられた以上、ルーファウスの立場が悪くなるような、もしくは誤解されるような事実以外は、すべて正確に報告してきた。
今日は朝から、結果を得られる仕事も与えられないタークスフロアでぼんやりとしていたルーファウスだったが、ふと、ツォンが所用で席を外した瞬間に姿を消した。
非常階段を上がり、ルーファウスの執務室のあるフロアから三つ上階で足を止めた。ビル内へと戻る扉以外に、北側の壁にもう一つついた鉄製の扉のノブを回した。
七十階以上のフロアを持つ神羅ビルの中でも、ビル外へ向かってついた扉はここともう一箇所しかない。鍵はノブについた捻るだけのもので、内部から手で開錠できるが、ここは施錠されていなかった。
扉を押し開けた開けた途端、青白い蛍光灯が階ごとについただけの光量に慣れた目へ、痛いほどの光が差し込んできた。
コンクリートに防水処理を施した小部屋ひとつ分ほどのバルコニーのような場所が、簡素な手すりに囲まれている。その脇に三メートル四方ほどの水のタンクが据えられていた。火災時に消火用水に使用するためのタンクである。タンクの上部にはメンテナンスのための開口部があり、そこへ上るためのはしごがついている。
そのはしごを上ったのだろう、錆さびの目立つ色あせた青のタンクの上に、ルーファウスはスーツの尻をついて座り込んでいた。 ツォンの姿に気づくと小さく舌打ちをしたようだが、頬と髪をなぶる強い風にその音は聞こえなかった。
「どうしてここがわかった」
ツォンはタンクの下まで歩み寄ると、座り込むルーファウスを下から見上げて答えた。
「扉の鍵が開いていましたから」
「じゃあそこの扉まで来たのは何故だ」
「気まぐれです」
鼻で笑ってみせたルーファウスが顎で示すに従って、ツォンは細いはしごを上る。風に煽られて、ともすればビルの五十階ほどの高さから転げ落ちてしまうかもしれない。そんなスリルもあり、気晴らしにここへ訪れたのは、ツォンにとって初めてではなかった。
「お前、このビルで知らない場所はないんだな。隠れ甲斐のないことこの上ない」
言葉とは裏腹に、今度は少し機嫌を直したような表情でツォンを迎えたルーファウスの横へ腰掛けた。
「どうしたんですか。こんなところで」
ツォンの記憶の限りでは、ルーファウスがここへ来たのは初めてだろうと思われる。
「お前の監視の目から逃れたい時もある」
「恐れ入ります」
「否定しないのか」
過去に彼がツォンの前から姿を消した時も、明らかに人目から逃れたかったのだとわかる場所で発見した。
最初は本気でみつかりにくい場所を、と考えた末だったようだが、最近はツォンが自分を見つけ出すことができるか、ルーファウスは面白がって試しているようだった。
「謹慎になってもう二年だぞ。タークスが干ほされている間に各地でテロは横行し、ジェネシスたちが失踪して、セフィロスは死んだ。科学部門の根暗やキャハハやガハハだけが元気そうだ」
何も答えないツォンへちらと視線を向けたが、ルーファウスは何か返答を求めているわけではないだろう。
「……別にお前を批難している訳じゃない」
「存じております」
「お前だって仕事だろうからな」
「貴方を護衛し、危険がないように監視するのが私の任務と心得ていますが」
遠く、かすむミスリルマインを見つめていた顔を向ける。
「貴方の行動を止めろ、邪魔しろとは言われておりませんので」
ルーファウスは少し驚いたような顔をしたが、ふとその整った顔を正面へと戻した。
「ここはいいな。風を感じる。ビルの中とは違う」
いつもミッドガルから吐き出されたスモッグに煙けぶっている
空は、今日は強風のせいか心なしか晴れて見える。ミスリルマインの方から速い速度でちぎれ雲が流れ、まるで川に浮か べた幾枚もの葉を眺めているような気になった。
「ミスリルマインから降りてくる風を受けて、ここはいつも風が強いようです」
明るい色の金髪を風になびかせている上司を見やり、思わずその顔へ注視する。共に仕事をするようになって短くないが、最近の彼は妙に年相応の、つまり若さを感じさせる表情をすることがあった。何かに流されまいと必死に抵抗するいっそ清々しい青さだ。
エルフェ率いるアバランチへ手を貸したのも、同じ衝動だったのかもしれない。
「外へ出て、何かを成したい。父のように部屋の中で世界を制した気になるのは御免こうむる」
目を細め、ツォンを見返したルーファウスは口元を引き締め、厳しさを感じさせる視線になった。
「お前はどちらの味方だ?」
「御大(おんたい)のやり方をどう思うか以前に、今の私は貴方の部下ですから」
「父とて最初からあんな無意味に残忍だったわけでも、保身に始終していたわけでもない。むしろ合理的で先進を好んだ。だが老いて、力尽きたのさ。私も同じように道を見失うかもしれないぞ」
「先すぎる心配はなさるべきではない」
「お前が殊勝にも私に感じている恩義すら、踏みにじるようになるかもしれない」
「では、こうしましょう」
体ごと吹き飛ばす勢いの強風に髪を持っていかれそうになり、ツォンは一瞬目を瞑つむり、片手で伸ばした黒髪を押さえた。
「貴方はタークスを救ってくれた。例え貴方が道を違(たが)えても、私は貴方の味方でいましょう。ですが」
「……条件つきか?」
「貴方が自ら滅びの道を選択したとき、私は貴方に逆らいます。その時は私の話に耳をお貸しください」
笑い飛ばすかと思われたルーファウスの表情は、予想外に真剣だった。
「父には、逆らったのか?」
「ええ。一度」
「どうなった?」
「ご覧のとおりの結果です」
ツォンは軽く肩をすくめてみせた。
「父は滅びるか」
頷くことはせず、否定もしない。これまで絶対の存在だったプレジデントに逆らったのはツォンだけでなく、むしろルーファウスこそが父親へ抵抗していたのではないだろうか。ルーファウスに限って、それを無意識にやっているはずがない。
二人は揃って黙り込み、暫し遠くミスリルマインを望んだ。
「寒くなってきましたし、そろそろ中へ入りましょう。ここはうっかりすると守衛に締め出されます」
「先に行け」
指示に従ってはしごを降り、タンクの下からツォンは再び己の上司を見上げた。
彼が好んで身につけている白い衣装と混じりけのない金髪が、陽を浴びて一層白く輝いていた。
ルーファウスはようやく二十代も半ばに差し掛かったところだ。上司としては若さゆえの短所もあるが、その姿を見れば一目で知れることもある。
プレジデント神羅にはないものがルーファウスにはある。
形なき王冠を生まれながら備えている。
「私ももう少ししたら戻る」
その言葉を信じて無言で頭を下げたツォンは、タンクの上
に未だ座り込む若き王へ背を向け、暗い穴倉へ戻るための扉を開けた。
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キングとジャック(了)
2010.07.15
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