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ゴブリンズ・カフェ


「そういえば」
 唐突に話し出したジェネシスに釣られて、そこに居合わせたソルジャーたちは全員顔を上げた。
 いつものように椅子に浅く座り、腕と足を鷹揚に組み、王のような態度で───いや、気迫では彼を上回るセフィロスがこの場にいる以上、王子だろうか───上げた顔を正面へ向けている。全員に注目されていることに気付いて、少し困ったように柳眉をひそめた。
「別に全員に話すような話じゃない」
「あのな、だったら最初に誰に話すつもりか、名前を呼べばいいだろ」
 アンジールの反論はもっともだったが、他のソルジャーたちはそのまま話題に参加するべきなのか、それとも聞かなかったふりをすべきなのか、困惑している。
 何事もなかったように、一時上げた顔を手元の書類へ戻し、自分の仕事に戻っているのはセフィロスだけだった。
 ジェネシスは少し考えるような表情になり、次の瞬間アンジールを指差した。
「……なんだ」
 思わず本音が出たらしい馴染みのソルジャーファーストが呟き、ベンチに伏せていた雑誌を膝の上に開いたのをきっかけに、アンジール以外の全員が元の姿勢に戻った。
「悪いな。騒がせて」
 アンジールが周囲にそう声を掛けると、ジェネシスの視線が険を含んだ。
「別に騒がせちゃいない。お前が大事にしたんだ」
 なんとなくいつもの他愛のない口喧嘩へ発展しそうになって、アンジールは自分から買い言葉を飲み込んだ。そうしなければ、なかなか険悪なムードが拭い去れなくなることは、長い付き合いでよく分かっているのである。
「そりゃ悪かったな。で、なんなんだ?」
「ああ」
 ジェネシスは返答に満足したのか、素直に頷いた。素直な反応になると、突然年相応の顔になる。
 幼馴染みの受け流しに成功して、アンジールは手元のスポーツドリンクに口をつけた。
「バノーラホワイトのタルトが」
 含みかけたドリンクを噴き出した。
 周囲ががくりと肩を落としたり、再びこちらを注視していることで、結局この場の(セフィロス以外の)全員、続けて話を聞いていたことが証明されてしまった。
「タルト、って菓子のか?」
 ジェネシスは大きく頷いた。
「八番街のゴブリンズバーの手前にある、カフェのメニューだ。うまかった。お前に教えてやろうと思って」
 まるでとっておきの秘密基地情報を仕入れて来た子供の顔で、ジェネシスは酷く得意げだった。
「ジェネシスはともかく、アンジールがケーキなんか食うのか?」
 アンジールの隣に座っていたソルジャーが問い掛けて来た。その顔は明らかに皮肉な笑いを浮かべている。
「オレは菓子食うぞ。長いミッションになると、酒よりも菓子を食いたくならないか?」
「お、確かにそうだな。酒や煙草はがまんできても、甘いもんってがまんできないよなあ」
 勝手に話が盛り上がり、ソルジャーたちの矛先はアンジールから若干反れたようだ。
 ジェネシスの方へ身体を乗り出し、話の続きを促した。
「それで、なんだ。食いに行きたいって話か?」
「オレは食べた。お前に勧めてるだけだ」
「……お前の話題は昼休みの受付嬢か」
 皮肉は通じなかったようで、ジェネシスは少し首をかしげて見せただけだった。
「お前はいいよ、一人でカフェでタルトを食おうが。だけど、オレがあのテラスでタルトなんか食ってみろ。連行されるぞ」
 聞き耳を立てていたらしい周囲の同僚が幾人か噴き出し、小さな声で同意する。
「なんかの罰ゲームだな」
「いえてる」
 爆笑する周囲にやかましいと文句を言いつつ、一緒に笑っていたアンジールの視界の端で、それまで一言も発さずに書類を眺めていたセフィロスが、突然立ち上がった。
「どうした、セフィロス。うるさかったか?」
「いや。仕事が済んだ。オレは帰る」
 書類をソルジャールームのカウンターへ戻し、一度も視線を合わせずに立ち去って行くセフィロスへ、ソルジャーたちが一斉に挨拶を発した。
 セフィロスが動くとその場が緊張するのはいつものことだ。彼が去った後、何とはなしに会話の途切れたソルジャールーム内で、ジェネシスは顎に手を当てたまま、セフィロスの消えた扉を見つめていた。
「ジェネシス?」
「あれ、きっと買って帰るぞ」
「何を?」
「タルト」
「誰が?」
「セフィロスが」
 アンジールは再び噴き出したが、他のソルジャーは凍りついた。
「セフィロスこそ甘いもんなんて食わないだろ」
「食べるのは、あそこのチョコボに決まってるだろう」
 アンジールと、『セフィロスのチョコボ』の存在に気付き始めている幾人かのソルジャーたちは納得したようだ。それ以外は何の話なのか既に理解できていないらしい。
「罰ゲームっていうより、タルトツアー参加募集だな、これは」
 アンジールの提案に、にやにやと笑うソルジャーが幾人か挙手した。
 理由はともかく、自分の情報が好評であったことがジェネシスは嬉しいらしく、どこかご機嫌な様子で手を挙げた。
「お前は純粋にタルトがうまかったんだな」
「あたりまえだ。お前はなんで行く気になったんだ?」
「そりゃ、セフィロスがどんな顔してタルトを買って行ったか、店員に確かめる為に決まってんだろ」

 ソルジャーたちに楽しみはないのかと聞かれては答えにくいが、かくして、翌日のアンジール主催タルトツアーは開催された。
 セフィロスが本当にそのタルトを買って帰ったかは、ツアー参加者のみの秘密ということになっている。

ゴブリンズ・カフェ(了)
2008.04.08
アイコ<http://www.natriumlamp.com/B1F/>
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