【まったり亭】うに様よりいただいた画像を見て書きました。
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冷えた肩 |
子供の肌は暖かい。そして柔らかい。
最初に触れてから半年ほどの間に、少年は随分成長していたが、それでも己の身体に比べれば壊れてしまいそうな細い手首や足首、肌荒れなど縁遠いうなじや胸は赤子のように滑らかだった。
肩と尻の先端は、いつもそこだけ体温が低いことに触れると気付かされる。
華奢にも思える身体が冷えていると、何故か哀れむ気持ちを誘われる。小動物を手にした時、無意識に力を加減して丁寧に扱うような、それと一緒だ。
少年と懇意にしているザックスも同じ気持ちなのだと思っていたが、彼は自分とは違うと言う。だがこの少年を目の前にして、そんな気分にさせられる者が他にいない方が、男には奇妙に思えた。
少年は眠るように穏やかな顔で目を閉じている。手慰みに肩や尻を撫でられて、少年は少し身じろいだ。
育成過程にありながら伸びやかで、身長に対して長い手足が絡みつく。
動きを阻む、これは枷なのか。
どんなに固い鋼鉄のそれよりも、引きちぎることが出来ないだけに、確実に男を束縛する。
「なんだよ。寝ないのか、セフィロス」
寝ぼけた声で呟いて、うっすらと浮かべた笑みは満足げだ。
先刻まで互いの若い欲望をさらけ出し合い、汗を飛び散らせていたとは思えないほど、乾いた肌はさらさらと心地良い手触りで、セフィロスの肩や背に回される腕も植物的な匂いがした。
「眠っていいぞ。お前は明日は訓練なんだろう」
「眠っていいって…そんな風にされたら眠れないだろ」
文句を云う口調。しかし顔は笑っている。
「ずっと聞きたかったんだが、お前、兵舎で口説かれたことはないのか?」
疑問に思っていたことを口に出したセフィロスへ、何でそんな事を訊くんだと独り言のように呟き、クラウドは大きな目を更に見開いた。
素朴な疑問であるのに、彼にとってはどうやら予想外の問いだったらしい。
「女の子なんていないもん。食堂のおばちゃんになら可愛がられてるよ」
なんてこと聞くんだ、と呟き足して、クラウドはシーツの上に両肘をついてうつ伏せになった。どうやらすっかり目は醒めたようだ。
「いや、兵士仲間に、という意味だ」
「男に!? あるわけないだろっ」
「何故ある訳ないんだ。自覚がないかもしれないが、お前は若くて美しい男の部類だ。軍内には同性愛者も多い。寧ろお前に目をつけないわけがないと、オレは思うが」
セフィロスの言葉にクラウドは一層不審な表情になり、それから不機嫌も露に言った。
「入隊したてのころだったら、女に間違われたことはある。でも制服着ている時にそんなことないよ」
「あるんだな」
「ないって!」
ムキになって叫ぶ音声の返答が、何よりの証拠だった。
少年は隠し事が下手だ。
「どんなことを云って口説かれた」
クラウドはぷいと顔を背けてサイドボードに乗せてあったミネラルウォーターのボトルを取り、その姿勢のまま呷った。無茶な体勢で零れた水は、ボトルと唇の隙間から溢れ、首筋を伝って胸まで滴になって流れ落ちる。
扇情的な光景だった。ただの水の滴が、よからぬ物を想像させた。
たったこれだけのことでセフィロス自身が欲情するのだから、やはり他にも同じ事を夢想する人間がいないはずがない。
それがクラウドにとって不本意であることは、問い質す前から分かっている。
「何と云われたんだ?」
「だから何でそんなこと聞くんだ?」
水に濡れた唇が飛沫を飛ばしながら反論を始める。
「別に何もないよ」
「だから、何と云われたんだ」
いつもなら頑として口を閉ざす少年は、セフィロスへの憤りからか、忌々しげな様子を隠さずに吐き捨てるように云った。
「男同志のセックスに興味ないかって」
「他には?」
「……やめろよ、もう」
無表情を努めようとしているのか、子供の膨らみが残る顔がいきなり大人びたものになっていった。この少年はどちらの顔が本性なのか、セフィロスはよく知っているはずなのに、時々分からなくなる。
たがこの苛立ちは、それだけが原因ではないようにも思えた。
とにかく何かが食道に痞えたような気分の悪さだ。
「それで?」
「オレが、訳分かんないヤツに誘われて、うんって言ったと思うか?」
「お前のことだから、喧嘩を売られたと勘違いして暴れたんじゃないか?」
それはセフィロスの推察というより、願望に近い。
己に対してはしどけなく足を開く少年が、他の誰かにそうしては欲しくないというものだ。
「そう思っても訊くんだ」
「肯定しているのか?」
「教えない」
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すっかり大人になった彼の肌は、昔のような柔らかさがない。
しっかりとした骨格、強靭な筋肉、太い肘、どれもが彼と出会った当時とは似ても似つかない。
だが身体の造りのわりに薄い肩だけは少年のころの面影を残していた。それに自分を仰ぎ見る小さな顔も、以前より頬は削げたが余り大きな変化はない。
「オレの身体見て楽しいのか?」
観察するだけのつもりが、いつしかそこに手を伸ばしていた。
思ったとおり、冷たい。
動きを阻まれて、ついに抗議した青年の表情は言葉の乱暴さとは違い、怒っているわけではないようだった。
「お前の肩はいつも冷たい」
「そうかな?」
昔は抱き締めればセフィロスに隠れてしまった身体は、すっかり育って大きくなってしまった。どこもかしこも。
ああ、と溜息をついたセフィロスを、今度は明らかに不満な顔で覗き込んだ青年が口を開いた。
「あんた、子供のオレが好きだったんだ」
「なんだと」
「昔のこと思い出してただろ、今」
驚きながらも、自分の真意を量って口にする聡い彼をまじまじと見つめた。
昔から勘は悪くなかった。
「でかくなっちまって、って顔してる」
「ああ、確かに育ったな。オレの手に余る」
そう云いながらも、背に腕を回せば両手を組むことができる。そして胸部が成長したから余計に腰の細さが強調されている。
「間違ってもこれ以上大きくなるな」
「勝手なこと言ってるよ。安心しなって。オレのが大きくなったら、今度はオレがあんたを抱いてやるからさ」
「やれるものならな」
笑ってみせれば、むかつく、と膨れてそっぽを向いた。
これまで長年、彼は成人する少し以前の彼と殆ど変わらぬ体型を保っているようだ。セフィロスと同じ細胞が、彼の成長を止めたのだ。だから何も変わらない。生物というより無機物に近い。金属は酸化するが、自分たちはそれすら許されていない。
本人はセフィロスと並ぶほどになりたいようだが、さすがのジェノバ細胞もそこまで本人の意図を汲む気はないらしかった。
セフィロスの記憶にあるクラウドは、青年としての今の姿か、それ以前はあの成長過程の少年だけだ。
そして幼い頃の彼は、事実セフィロスの心を揺り動かす存在だった。
か弱い小動物とも牙を剥く肉食動物ともつかない不思議な生き物だった少年の、あの肉体もセフィロスを戸惑わせる要素の一つだったに違いない。でなければ、今こうしていたかどうかも分からない。
クラウドが指摘したように、あの清廉で純粋な少年を懐かしく思うことは確かにある。
だが一方で、セフィロスは今もそれに執着している訳でもなかった。
何しろ自分の与えた苦悩と痛み、そして他の誰かが与えた慈しみと愛が、クラウドをこれほど艶やかに昇華させたのだから。
この不変の生、変わっていく事こそが何よりも美しい。
そしてその中で変化しないものは貴重だった。
青年がセフィロスより巨体の男となろうが、年老いて、歩みもままならない者になろうが、自分はそのいつも冷えた肩を温め続けたいと思うだろう。
肩先に何度も手を這わせている内に、セフィロスは昔同じ体勢で彼をこうしていた記憶を呼び起こした。
あの時何かを彼に問い、答えぬままはぐらかされたように思う。
「デジャヴュ、だな」
「何のこと?」
「昔お前に答えを聞き損ねたことがあった」
「何だっけ?」
別段はぐらかしている様子はなく、本当に忘れているようだった。
「兵隊時代、お前が男に口説かれたという話だ」
「ええ? そんなことあったっけ?」
同じ言葉を違う口調で繰り返すと、クラウドは思い出そうとしているのか、セフィロスの腕の中で首を捻り、うーんと小さく声を漏らした。
「ああ、そういやそんなこと、あったかな」
「あの時お前は『教えない』といってそのまま黙り込んだんだ」
「なんだよ、気になるのかよ。そんなことが」
にやにやと笑うこれはセフィロスをからかおうとする時のものだ。
「いや、別に。ただ同じシチュエーションだったからな、思い出しただけだ」
興味なさげに小さくと鼻で笑ってみせれば、青年は自ずと口を開くだろう。
こちらから教えてくれと幾ら懇願したところで、どうせ反抗心や悪戯心で余計固く口をつぐむのだ。
「なあ、あんた何でそんなこと訊いたんだ? 別にオレが誰とヤってようが気にするようなヤツじゃなかっただろ」
「お前が誰かと寝るのを止める権利はなくとも、どんな奴がお前に目をつけ、なんと言って手に入れようとするのか興味があったんだ」
「そんな風に思ってたんだ」
クラウドは神妙な表情で視線を反らした。
セフィロスがそうは言ったものの、クラウドは元々それほど性に奔放ではないし、恋人も多くはない方だ。セフィロスが不在の時は他に女や男がいた気配を感じたが、少なくともセフィロスが共にいるとき、クラウドは浮ついた態度など見せたことはない。
「はき違えるなよ」
腕の中の青年をじっと見下ろして言うと、クラウドは黙って見返して来た。
「昔の話だ。今のオレはそれほど寛容でもないし、お前が誰かと寝ようとするなら、悪いが剣に物を言わせて止めてやる」
肩に廻した腕を強くして抱き締めれば、クラウドはびくりと身体をすくめて、目は何か言いたげに動き、唇を開いた。
「あんた、あの時も、もしかして妬いてたのか?」
「そうだな。そうかもしれん。気付かなかった」
青年は小さく吐息のような笑い声を漏らしてから、セフィロスの胸に擦り寄って来た。
「今でも興味ある?」
「実は興味津々だ。教えてくれたら褒美をやろう」
「褒美ってどんな?」
「お前がきちんと答えたら教えてやる」
握り締めて持ち上げられ、引き寄せられて、シーツの波が高くなり低くなり、寝台の上は大層な荒れ模様だ。溺れそうになる青年を波間から引き揚げては突き落とし、息継ぎすら支配するのは肉体の快感以上の愉悦を覚える。
「自慰より気持ちいいこと教えてやる、って……」
ブレスの合間を縫って吐き出された答えの語尾が掠れていた。
「それで?」
彼のものを口に含んだまま相槌を打てば、苦笑するような少々困った顔で見下ろし、クラウドはセフィロスの後頭部を撫でて先を促しながら続けた。
「もう知ってる、って言ったと思う?」
「知っていたのか」
「馬鹿。あんただろ、犯人は」
オレ童貞だったのに、と恨みがましい目で睨まれて、セフィロスはその視線から逃れるために行為を中断して彼の背後に横たわった。
「あの時あんたが言ったとおり、一発殴って終わり。相手もまさか自分より小さい相手にパンチかまされてひっくり返ったとは、誰にも言えなかったんだろ。それ以来、目が合ってもあっちから反らしてたよ」
思えば昔からクラウドは喧嘩っ早い性格だった。
殴られて大人しく手を引いた男に少々同情を感じながら、セフィロスは腕に抱える身体の温かさを全身で堪能した。
「オレも、只の男だったんだな」
青年はセフィロスが呟いた途端に吹き出した。
「何故笑う」
「あんたが只の男なら、それ以外は何なんだよ」
「オレも只の男だ。お前を誘った言葉も行動も、その男とさして変わりない。お前がなびいたか否かの違いだけだ」
口答えする唇を塞ぎ、下肢に手を伸ばせば、吸い上げた舌は震えてそれ以上の言葉をつむぎ出すことは出来ない。
「自慰よりずっと気持ちいいだろう」
見知らぬ恋敵の言葉を借りて煽れば青年は高まり、予想以上に露な反応を返した。
「趣味悪いな」
吐息の合間に漏れた声と同時に、弱い力でセフィロスの足に足が絡む。
「世の中の男は、皆そんなものだろう」
「オレも男なんだけど」
「では悪趣味同士、気が合うだろう」
会話をそう締めくくって、行為に没頭しようと全ての器官を駆使する。
愛する者と喜びを分かち合うために男たちがすることは、やはり高貴も下賎もない。腕の中の青年ですら、受け入れさせる立場ではあるが同じことだ。
「セフィロス」
名を呼ばれ、見つめ返す目の光は互いに互いを渇望するもの。同類であるという安心感がこんなにも幸福をもたらすとは、とても当たり前でいて不思議だった。
「もう黙れ」
返す言葉が喘ぎにとって変わり、意味があるようで意味を成さない声が答えた。
忙しなかった呼吸が落ち着いた頃、目を閉じているクラウドはいつものようにセフィロスに擦り寄って、胸元に顔を埋めてくる。
長い金の前髪をかき上げて、その手で抱き寄せると、先程まで汗に濡れていた肩先は既に乾いて冷えていた。
掌に包み込める肩を何度も撫でさすって暖める。
自分はきっと、こうする為に彼の傍にいるのだ。
そして額を寄せる青年は、自分の乾いた胸を潤す為に傍にいる。
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03.09.03(了)
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