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子猫の話


 ソルジャー専用フロアの通路は、どことなく普段よりも閑散として見えた。
 通りすがりのセカンドたちの会話によれば、トレーニングルームにセフィロスがいるらしく、皆彼の演習だかを見に行ってしまったらしい。
 アンジールは彼らの背を追う様に通路を進み、トレーニングルームの前に来ると、入口の感知システムが反応しすぎて、自動ドアが破壊されそうなほど開閉を繰り返している。室内にもどこから集まったのかと思えるほど、ソルジャーたちが集まっていた。
「まったく、大した人気だな」
 戦友の人気ぶりに嫉妬しない訳ではないが、どちらかというと遠慮したいレベルの注目のされようだ。あれでは暢気にトイレで用を足すことも出来ないだろう。
 ソルジャーたちが見つめる先は、トレーニングルーム内のシミュレーションルームだ。ガラス張りの室内には、まだ訓練ミッションをスタートさせていないらしいセフィロスの姿がある。隣りに立つのは、説明を行っている科学技術部の研究員だろう。
 広いガラスの前は殆ど覗き込む隙間がないほど、人だかりが出来、研究員が癇癪を起こしながら彼らを追い払おうとしている。セフィロスをここに呼んだのは、研究員たちのはずなのだ。
「くだらない」
 ごく近くから聞こえた、少し鼻に抜けるような独特な声の主は、アンジールとは幼馴染みの男だ。
 トレーニングルームに踏み込んだすぐ脇の壁に寄りかかり、不機嫌そうな声でありながら、口元は笑っていた。
「なんだ。英雄の人気に嫉妬か」
「そんなんじゃない。せっかく観察してやろうと思ったのに、他のソルジャーどもが集まってきて、見えやしない」
「あとで映像でも見ればいい。どうせ科学技術部の連中が記録しているだろう」
「お前はそんなだから奴に勝てないんだ、アンジール」
 彼は肩を竦め、自動ドアのすぐ前に立つアンジールへ近寄ってきた。長い睫毛の下の青い瞳が、間近で覗き込んで来る。
「勝とうと思ってないからな」
「ふん」
 脇に挟んでいた『LOVELESS』のハードカバーを反対の手に持ち替える。またあの叙事詩を読んでいたのかと問う前に、彼の方が口を開いた。
「……紅茶が飲みたいな」
「紅茶?」
「仮にも勤務中だからな。酒という訳にはいかないだろう」
 つまり、アンジールにもつきあえということだろうか。
 青年はアンジールのすぐ脇を通り抜け、さっさとエレベーターホールへと歩き出している。
「おい」
「いかないのか」
「お前は、ほんとに言葉が足りないな。朗読しているヒマがあるなら、お前の言葉で喋れ、ジェネシス。一緒に行ってくれ、って言ってみろ」
 ジェネシスは黙ったまま肩越しに振り返り、アンジールの目をじっと見つめる。だがいつまで経っても、その薄い唇が言葉を発する気配はない。
「分かったよ、行けばいいんだろう。行けば」


 壱番街の繁華街は様々な店が並び、看板や電飾もきらびやかに、こんな真っ昼間から大層繁盛しているようだ。通称ラヴレス通りは神羅本社ビルにも近く、ミッドガルのアップタウン中で最も整備され、賑やかな場所だった。
 アンジールは今はまだ店を開けていないゴブリンズ・バーの前を通り過ぎ、数軒隣のオープンカフェへ入っていくジェネシスを追った。通り沿いにカフェがあることには気付いていたが、無論入ったことはない。
 店内を覗くと、早々にウェイターへ話し掛けたジェネシスはオープンテラスの席へ案内されている。あまり天気がよくないせいかテラスの席は空いている。店内に入らず直接連れの席へ向うと、優雅に脚を組んで座ったジェネシスは、近付いてくるアンジールを見て突然吹き出した。
「なんだ」
 肩を震わせ、押し殺した声で笑う幼馴染みの姿に、不快感も露わに眉根を寄せる。
「お前ほど真昼のカフェが似合わない男もいない」
「失礼な奴だな。オレだって茶くらい飲む」
「何にするんだ?」
 少し離れた場所に立っているウェイターを目線だけで呼ぶジェネシスは、こういった店にも酷くなれた様子だった。ソルジャー装備にえんじ色のコートを羽織っただけのいつもの姿だというのに、不思議と違和感もない。
 気に入っているらしい銘柄の紅茶を頼んだジェネシスは、水をサーブするウェイターと揃ってアンジールへ視線を振った。
 注文を待っている姿勢だ。
「……同じものをくれ」
 丁寧なお辞儀をして去っていく若いウェイターの後姿を見送り、彼が厨房の方へ消えた瞬間、ジェネシスは再び笑い出した。
「笑うな。大体こんな女子供が好んで来るような店に、慣れているお前の方がおかしい」
 他の客や従業員には聞こえない音量で抗議すると、やっと笑いを治めた。
「だがまあ、お前らしい」
 脚を組んだまま前のめりになって、丸いコーヒーテーブルに肘をつき、グローブを片方ずつ丁寧に脱いだジェネシスは、それをテーブルの端に置いた『LOVELESS』の表紙の上に重ねる。
 普段見る機会の少ない彼の手肌は、ソルジャーのものとは思えないほど優雅で、繊細な印象があった。
 同じ村で、同時期に生まれ育った男でありながら、アンジールとジェネシスは余りに異なる。性格も、考え方も、趣味趣向も殆ど重なるところはないと言っていい。
 これほどに違うと反感さえ覚えそうなのに、彼に対して不思議と抗う気が起きない。それはジェネシスも同じようで、あるとすれば、戦士としてのライバル心くらいだ。
 少なくとも、戦う無骨な男とは割り切れない、ある意味内向的なジェネシスを、アンジールは好きだった。
 グローブを外した手で顎を支え、彼は珍しく落ち着きなく、周囲の風景を眺めたり、アンジールを見たり視線を動かした。
「何か、話があって連れてきたんだろ」
「まあな。お前も気付いていると思ったんだが」
 言葉を濁す。
 これは相談しようか迷っているということだ。元々些細なことにこだわる男ではあるが、何かを決めたら貫き通す彼が、この期に及んで言い淀むのは稀なことだった。
「気付いてないか」
「なんだ。はっきりしろ」
 少し苛立たしげなアンジールに決意を固めたのか、ジェネシスは幼馴染みの目を正面から見据え、声を低くして言った。
「セフィロスに恋人が出来たのを知っているか」
 アンジールは口をつけたグラスの水を吹き出しかけた。
 他人の色恋をジェネシスが話題にしたことなどない。しかもセフィロスは年中異性と噂になる方で、ことの正否を問わずそういった情報は世間に溢れ返っていた。
「おい、どうしたんだ」
 質問には答えていなかったが、ジェネシスもまたアンジールの反応を予測していたようだ。
「くだらん質問をしているのは分かってる。知っているか?」
「知らん」
「アレに恋人が出来た、別れたって話題は珍しくないが、今度のは本物かもしれない。もう二ヶ月近くかなり親密らしいからな」
「二ヶ月!?」
 世間的には『まだ二ヶ月』かもしれないが、セフィロスの場合はそれだけ長く同じ人間とつきあうこと自体が、かなり珍しいように思えた。
「どんなツワモノだ、その女は」
 アンジールはなんだか笑いたくなった。
 いつもは他人の色事などに興味はないが、戦友に大事な女性が出来たことは純粋に喜ばしかったし、『あの』セフィロスとつきあえる者にも好奇心が沸いた。
 だが、話をするジェネシスは苦い顔を崩さない。
「どうした」
「女じゃないんだ」
「は?」
「相手は一般兵の男だ」
「はあっ!?」
 アンジールは、組んでいた腕を解いて力なく垂れた。
「な……いや。まさか……いや」
 口をついて出そうになる反応は、アンジール自身どれも適切でないように思えた。
 ジェネシスが単なる噂を語るはずもない。しかも、幾らセフィロスをライバル視しているとはいえ、彼を戦い以外で陥れたりする性格でもないのだ。つまり、その話は確たる証拠なりがあって、語っているということだ。
 アンジールは次の瞬間、周囲を見渡した。もし聞かれでもしたら、非常にまずい話題だ。
 幸い近辺のテーブルには他の客はおらず、従業員たちも遠い。
「どういうことだ」
 音を出来る限り落とし、テーブルに顔を寄せて聞いたアンジールに対して、ジェネシスは至って普通の表情で、テーブルに肘をついた姿勢を保っていた。
「どうもこうも。奴が何かいつもと違うと思って、科学技術部の連中に聞いたら、しっかり監視してるらしい」
「はあ」
「奴の自宅のセキュリティシステムに、その少年の指紋とパスが登録されてる」
「少年?」
「その兵士は十五歳だ。第一軽装歩兵師団第一大隊の二等兵」
「なんだと」
 アンジールはテーブルに置いたグラスにを持つ手に、思わず力を込めていた。
 神羅軍に十五歳程度の兵士は少なくない。十四歳から入隊は可能だ。もっともその大半は過酷な任務に逃げ出していなくなったり、戦場で命を落とす者も多かった。
 相手が兵士となれば、戦地や任務で知り合ったのだろうが、十四で入隊したとしてまだ二年目、新兵の札が漸く外れたばかりだ。
 そもそも十五歳の少年との性交渉は違法だ。
 それ以前に倫理観の問題だ。
 相手が男であることに、アンジールはそれほど抵抗は感じない。互いに惹かれ、好き合ったのであれば他人が口出しすることではないと思っている。
 だが、相手がそれほどに若く、しかも部下であればセフィロスが無理矢理手に入れた可能性も否定できない。まさか『あの』セフィロスが、性行為にも至らずにいる相手を、自宅へ頻繁に出入りさせる可能性はありえなかった。
「何か、違う事情があるとか。本当に間違いないのか?」
「本人は肯定も否定もしなかった。とはいえ、科学技術部もタークスも知ってるらしいからな。それに」
 言いかけたところで、ウェイターがティーカップを運んで来た。
 テーブルに二つのカップが置かれ、ウェイターが再びお辞儀をして去ったところで、ジェネシスは口をつけたカップをソーサーに戻し、続けた。
「それに、奴が携帯端末を買う現場を見た」
「携帯なら奴も神羅支給の端末を持ってるじゃないか」
 ソルジャーはサードからファーストの末端まで、全員が端末の所持を義務付けられている。
「いや、その子に買い与えたんだろう。だからオレも気付いたんだけどな。あのセフィロスが『携帯をプレゼント』だぞ? ……グラスが割れるぞ」
 握り締めたままだった水のグラスを示され、慌てて手を離す。
 すでに一本走った亀裂から水が漏れ出して、テーブルの表面を流れていった。細く伸びた水がテーブルから落ちた瞬間、アンジールは突然立ち上がった。
「アンジール」
「あいつ、まだフロアにいるな」
「待て。まだ話は終わってない」
 二度ほど呼び止めるジェネシスの声を振り切って、アンジールは神羅ビルへと走り出した。


 「まったく」
 一人残されたジェネシスは運ばれて来たまま手をつけていない、アンジールのカップへ手を伸ばした。香り高い紅茶に口をつけながら、説明する順番を間違えたのか、と僅かに後悔する。
 あの猪突猛進な友人は、恐らくセフィロスへ倫理観とやらについて説教するつもりだ。
 ジェネシスがアンジールに聞きたかったのは、久しく本気の本気で他人に構っているらしいセフィロスをどう思うか、だった。
 ジェネシス自身は、アンジールとセフィロス以外の他人に余り興味がない。後は、せいぜいアンジールが気に掛けている子犬くらいだろうか。いずれにしても、あえて交友関係を広げなくとも、ジェネシスには文学や研究があり、目標があった。
 その数少ない目標のひとつであるセフィロスが、戦い以外の事柄へあの冷徹な心を傾けていることに、僅かながら不安を覚えていたのだ。
 アンジールにセフィロスの恋人のことを語ったのは、その不安を共有するためだった。
「『いざ語り継がん、君の犠牲』だな」
 ジェネシスは独り言を漏らして、その文句に自ら吹き出した。
 笑いながら端末を取り出して、セフィロスの番号をコールする。
 アンジールがセフィロスの元へ到着する前に、一応雷の来訪を伝えておいた方がいいだろう。呼び出し音が鳴る間、彼は今どのあたりにいるだろうかと考えた。
 コールが中断し、無愛想な声が端末を通して伝わった。
「ジェネシスだ。今アンジールがあんたの『子猫ちゃん』のことを説教しに走って行ったぞ。がんばれよ」
 セフィロスの応答を待たずに、受話を切る。
 一方的な回線切断に腹を立てているかもしれないが、自分たちの心を乱された返礼に、それくらいの意趣返しは許されるだろう。
 ジェネシスは堪えきれない笑い声を、カップの影で再び漏らしていた。


子猫の話(了)
07.10..27
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※ここでご紹介するものはゲーム本編とは全く関係のない、個人の趣味と空想に基づくストーリーです。スクエアエニックス社の権利を侵害する目的のものではありません。
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