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「緑」
illustration : ほにゃさん

サイレント グリーン
 青年がその地に最後に足を踏み入れたのは、厄災の星が消滅した数年後、目の前の男に至っては北の山に仕事で向かった日。二人は外見こそ二十代か三十代のままであっても、その時から眩暈のするような長い長い時間が過ぎていた。
 青年が当時共に旅した仲間の殆どは、既にこの世の者ではなくなっている。
 時折訪れる彼らの墓も、縁者ですら忘れ去ってしまうような、そんな時の流れを青年と男は生きているのだ。
 あの時から変わらず形を保ち続けているものが、この世界にどれだけ残されているだろうか。
 現にこの場所も、煌びやかなネオンや人々の賑わいを誇った大都市の面影は欠片もない。崩れ落ちた柱、苔むした壁、剥がれた床は土の地面を剥き出しにし、ガラス窓を失った空間から陽光を差し込ませている。
 人が生活していた時にはきっと、この壁も床も、空に浮かぶ太陽の存在など知らなかっただろうに、その恩恵を独占していたプレートは、今は完全に崩落していた。
 背の高い楠が残骸も残さず吹き飛んだ屋根の代わりに葉を生い茂らせ、それが太陽を反射して眩しいほどだ。立ち木も恐らくこの地に根を下ろして何代目かに違いない。足元に横たわる、雑草とこけの生えた倒木がそれを物語っている。
 バスルームほどの小さな花壇で花を育てていた少女が知れば、きっと両手を挙げて喜ぶような、ここは植物の楽園だった。
「ホントに人がいないんだ。廃墟に住んでる人間が絶対いると思ったのに」
 呟きを聞いた男は気配だけで笑って、仰向いて枝を眺める青年を見下ろした。
「賭けはオレの勝ちだ。ここは一番近いカームからも一日以上かかる。こんな不便なところに住む人間など居る訳がなかろう」
「まだわかんないだろ。どっかに一人でもいたらオレの勝ちなんだからな」
 言い張れば、男は肩を小さく竦めて見せ、先に廃墟の奥へと足を運んで行く。
 幾つか、比較的形を残した廃墟を見て回っている内に、人の気配に慣れていない小動物の視線を感じた。
 この様子では本当に無人のようだ。
 賭けは自分の負けかと眉を寄せた青年を、男が呼んだ。
「クラウド」
 何がいるか判らないところで離れるなと言いたいのか、男は顎でクラウドを促し、更に奥へ進んだ。街の中央に向かうほど、廃墟は入り組み、崩れ落ちた壁や柱の残骸も大きくなる。同時に、陽の光を求めて高く高くと上に伸びた木々が増えて、まるで密林の様相を呈してきた。
「なあ、セフィロス」
 名を呼びながら小走りで駆け寄り、クラウドより頭ひとつほど長身の男の腕にしがみ付く。
 その動作はもちろん計算の上。甘えてみせれば、男は無意識にクラウドに甘くなる。
「オレの負けでいいからさ、暫くここに住んでみないか? 結構屋根が残ってるとこもあるし、獣も居そうだから食うには困らないだろうし、他に人間がいないなら丁度いいだろ?」
 セフィロスは無言無表情で青年の顔を見下ろした。
「何故賭けに負けたお前が、オレに頼み事をするんだ。逆だろう」
 慣れない者なら彼から言葉以上の感情を測ることはできない面から、クラウドは紛れもない動揺を感じ取った。
「お前の無邪気な顔には裏がありそうだ」
「別に他意はないって」
「どうだか」
「イヤなのか? ここに住むの」
 駄目押しの悲しげな顔。
 これで落ちなければ別の手もある。
 セフィロスは微かに片方の眉を動かして、クラウドの方へ手を伸べてきた。
「人間が住んでいないと認めるなら、先に賭けの報酬を貰おうか」
「何でもいう事聞くって言ったもんな。何すりゃいい?」
 大の男を軽々と引き寄せる腕に納まり、クラウドは間近でセフィロスの顔を見上げた。当たり前のように降りてくる唇を受け止めてから、思わず苦笑を漏らす。
「あんたさ、たまには代わり映えのしたこと要求すりゃいいのに」
「先に寝床を確保するか。下手に瓦礫の中で眠ると、朝になったら出られなくなるかもしれないぞ」


 崩れたコンクリートの足元に落ちた、色の褪せたアルミ製の看板には『弐』の文字が書かれている。何の建物だったのかその残骸から想像することは不可能だが、この辺りは弐番街だった場所だ。
 日の暮れた頃見つけた、屋根と三方向に壁を残した廃墟、そこに焚火と毛布を敷いた寝床を作り、二人の住処は完成である。
 屋根は半分崩れて穴もあいているが、建物の中央から伸びた樹木がその穴を埋めるように枝を伸ばし、雨露をしのぐのに不足は感じない。
 屋根の穴からは星空が覗える。
 昔は都市の明かりとスモッグでろくに見えなかったのに、今や晴れた夜空は縁まで明るい星を満たして、かつてのクラウドの故郷の星空にも負けていない。
 足跡や糞から察するにこの辺りは大きな獣もいないようなので、火を絶やしても襲われる心配はないと思われた。携帯食にしている干し肉とコーヒーで食事を済ませ、二人は早々に徐々に弱くなる焚火の近くでくつろいでいた。
 薪の隙間で火種がくすぶっている。
 爆ぜる音もまばらになれば、夜行性の小動物の鳴く声だけが辺りにこだまする。
「ここも、静かだ」
 毛布に横たわったクラウドの脇で、刀の手入れに余念がないセフィロスは無言で頷いた。
 こんな暗い場所でやりにくくないかと思うのだが、セフィロスはクラウドよりも数段視力がいい。星と、小さいながらも焚火の灯りがあれば、昼間と同じように振舞う。
 ここまで来る間に出たモンスターを切って、普通の剣ならば油と血で少なからず汚れているはずだが、彼の刀は血煙も殆ど残さない。刃こぼれもしない。名刀、妖刀と呼ばれる所以だ。
 それでもまるで儀式とでもいうように簡単な手入れをし、必ずそれを身体の脇に置いてセフィロスは眠りにつく。
 作業を終え、隣に敷いた毛布に横たわるかと思った彼は、そのままクラウドの上に覆い被さるように寄り添って来た。
「代わり映えのする要求をしろと言ったな」
「……なんだよ」
「縛ってみるか。それとも目隠しでもしてみるか」
 真剣に思案する様子に、クラウドは思わず吹き出していた。
「そうじゃなくって、あんたはオレとヤルことしか考えてないのかっていう意味だよ」
 何度か同じことを問うた覚えがあったが、クラウドはその度に複雑な表情になる男が無性に愛しく思える。
「可愛い。あんた」
 より一層難解さを増す顔へ、首を伸ばして口付けた。
 それだけで身体を奥から欲望が吹き上がってくる。肉体の快感よりも、所有される快感が欲しくなる。クラウドの方が大概彼とのセックスにのめりこんでいることを自覚する。
「何してもいいよ。あんたなら何をしても許せる」
―――幾度となく殺し合いさえした仲なのだから。
 言外に秘めた呟きが、愛の言葉を囁き合うよりも甘い。


 夜の闇でも互いを視認できるクラウドの視界は、今は完全に塞がれている。
 汗に濡れた腰や背に腕を回すことも出来ない。巻きつけられたセフィロスのベルトが、クラウドの前腕部を拘束しているからだ。毛布や剥がれかけたコンクリートを掴むことしか許されていない。
 安定しない体勢と、前後上下もおぼつかない暗闇で、いつも以上に翻弄される感覚は確かにクラウドにとって新鮮だった。
 抱き締めてくる男の腕が全て。
 繋がる部分は、縁が捲り上げられる感触までが一層生生しい。
 女にされる恥辱感など欠片もなく、あられもない声を上げ、腰を揺らして先を強請った。
「ミッドガルの外まで聞こえそうだな」
 笑いを含んだ声で耳元に囁かれ、背筋が震えた。
「バカ」
 達しそうになるのを何度も押し留められ、極限まで高められては休んで、落ち着いては再び動き、時間の経過はわからなくなっていた。
 自分とセフィロスの吐息と共に耳をつく、断続的な獣の鳴き声が、二人の行為に呆れている様にも聞こえる。
 だがこうして身体を寄せ合うことが、同じ獣の証でもあるのだとクラウドは頭の隅で思った。
 こんな密林のような場所で繰り返す交接は本当に野生動物のようだ。そしてそれは眠りよりも無防備で、互いにも周囲にも警戒心を忘れる瞬間である。臆病だからこそ生き延びる獣たちですら警戒を失うこの時を、彼らは恐れはしないのだろうか。
「クラウド」
 吐息と共に吐き出される自分の名を耳にして、クラウドは今度こそセフィロス以外の全てを遮断した。
 視界は端から閉ざされている。
 耳はセフィロスの声と、身体の内部から響く粘着質な音だけ。
 鼻腔に流れ込む薄い汗の匂い。唇は彼の動きに操られて制御もままならない声が漏れる。
 今なら殺せる。誰であろうと。
 自分を。セフィロスをも。
 ここで朽ちて、この緑に埋もれた廃墟と同化するのも悪くはない。
 そんな幸せなことが許されるならば。


 鳥の声が五月蝿い。風が枝を嬲る音は水流と似ていた。
 朝日は力強く、屋根の隙間を覆う葉の隙間から光の帯を垂らして、その裾でクラウドの頬を撫でる。
「あんた、か」
 暖かいものは相棒であり、友人であり、伴侶である男の指先だった。
「オレ以外だったら賭けは負けだ」
 すっかり目の醒めた顔で覗き込むセフィロスを見上げ、クラウドは廃墟の床に敷いた毛布の上で伸びをした。
 昨夜すっかり全裸だったはずのクラウドには、きちんと服が着けられていた。眠っている間にセフィロスが着せたのだろう。もちろん腕を拘束するベルトも外され、身体の上にはセフィロスの長い上着まで掛けられていた。
 一方腐食したコンクリートへ直に腰を下ろした男は、上半身は裸、彫刻のような肉体を惜しげもなく晒している。
「おはよ」
 煌々と明るい朝日の下には相応しくない昨夜を思い出して、クラウドの口調は自然と素っ気無くなった。
「何を照れている」
 鼻で笑われ、むっとしながら腕を伸ばすと慣れた仕草でそれを引き寄せられた。更に温もりを求めて擦り寄り、セフィロスの膝に乗り上げる。
 見上げた顔はまだ笑っていた。
「あんたは、昨日の、良くなかったのかよ」
「まさか。あのまま死んでもいいと思った」
 尖らせた唇を摘み取られて、それから改めて深く口付けられる。
「昇天だな。まさに」
 しみじみと呟くセフィロスの様子に、今度はクラウドが吹き出した。
「恥ずかしいヤツ」
 笑ってしまったものの、まさか同じことを考えているとは思いも寄らず、クラウドは暫くして笑いを納め、もう一度間近の顔を見上げた。真顔になったクラウドに驚いているようだった。
「セフィロス。もう一回、キスしてくれ」
「何度でも」
 男の首の後ろに腕を回し、昨夜は確認できなかったその感触を堪能する。
 艶のある髪に指を滑らせて軽く掴んだ。
「オレも、あんたとここで、遺跡の中に埋もれるのもいいって思ったんだ」
 薄目で見上げたセフィロスの背後には一面の緑。
 目一杯に葉の茂る枝が揺れると、隙間から漏れる光は明滅しているように見え、それが断続してクラウドの目を焼いた。
「死んだら、一緒にここに眠ろう」
 瞼を下ろして静かに告げる。
 自分たちの最期について語るにしては、クラウドの気持ちは例えようもなく穏やかだった。
「墓の心配か?」
「墓なんて要らない。その辺の木の根元で、二人一緒に養分になるんだ」
 それはいいな、とセフィロスは含み笑い、クラウドの閉じた瞼に唇を触れさせた。

 寂びれ朽ち、砂塵と化して行く二人の第二の故郷の街を見下ろし、陽の光を浴びながら、誰にも邪魔されずにずっと。
 名もない一本の、ただの樹に。


03.08.25(了) 06.01.30(改稿)
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【FF7 TOP】
※ここでご紹介するものはゲーム本編とは全く関係のない、個人の趣味と空想に基づくストーリーです。スクエアエニックス社の権利を侵害する目的のものではありません。
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