細胞の檻 |
夜半を過ぎた冬の空には、多くの星が瞬いているものの、月はもう姿を隠した後だった。
幾分明るく見えるそこを背景に、山小屋の形が真っ黒に切り取っている。窓に灯りはない。
小屋で待つ青年は、さすがにもう眠っている頃だろう。
セフィロスは雑貨の入ったサックを背負い直した。中には、一つ山を越えた先のアイシクルロッジであがなったものが詰まっていた。
北の大空洞の麓は、真冬になると積雪に埋もれ、吹雪く日も多く、獣が激減する。
幾ら通常よりは丈夫なセフィロスたちでも、ホワイトアウトを起こす悪天候の中で、食料を得るのは困難なこともあった。そうなれば、村で手に入れた加工品が重宝するのである。
雪に阻まれるこれから二、三ヶ月間を補う量の荷物は、セフィロスの後頭部から腰までの大きな登山用サック一杯で、重量もかなりのものになった。
セフィロスとて、荷物の重さも深夜の身を切る寒さも、感じないという訳ではない。
視界に入った小屋の中で、己の帰りを待って眠る青年の姿を想像し、不思議と安堵が広がる。
暖かな場所を目指して、不覚にも足が速まった。
戸口で背から荷物を降ろし、荷とコートに積もった舞雪を払って、扉を開ける。
暖められた室内へ入った途端、知らずに強張っていた頬が溶かされるような気がする。
暖炉の炎は薪の奥で小さくなり、その微かな灯りに照らされたベッドで、クラウドは枕に髪を散らして眠っていた。
そっと荷物を床へ降ろし、コートを脱いだ。
荷を解くのは明日にして、青年が暖めたベッドの中へ、すぐにも潜り込みたい衝動に駆られた。だが一方で、この氷のように冷えた身体を寄せるのは躊躇われた。
火の弱くなった薪へ火掻棒を差し込んで空気を送り、炎を強くする。
グローブを外した掌を炎へかざし、手早くその熱を肌に移した。
「セフィロス」
背後から掛かった声は掠れ、如何にも眠そうだった。
「起こしたか」
「いいよ。おかえり。寒かったろ」
「いや」
毛布の下から白い手が伸び、早く中へ入れと手招きされた。
「冷たいぞ」
枕に埋めた頭を横に振り、もう一度手招きされてセフィロスは折れた。
外気に凍った服を脱ぎ、下着だけ着けたまま、持ち上げられた毛布とシーツの隙間にすべり込んだ。
「うひゃ」
冷たい、と小さく呟いて身を竦めたクラウドは、だがそのまま向かい合わせに身体を沿わせたセフィロスの背へ、腕を回して抱き寄せて来た。
クラウドも下着以外身に着けていないのに、同じ生き物とは思えない暖かさだった。
「疲れたろ」
労わるように、背へ回った腕がそこを擦る。
「いや」
「あんたのことだから、全然休まず歩いて来たんじゃないのか」
「ああ」
「荷解きは明日にして、寝ろよ」
冷えた足先に、繊細なつま先が撫でるように絡みついた。
青年にとってセフィロスの足は相当な冷たさだろうに、まるで自分の体温を分け与えるように、優しく、何度もそこを擦っている。
抜け出すことも、断ち切ることも決してできない暖かな肉体の枷の感触に、自然と瞼が下りた。
まったく眠気を感じていなかった身体が、何故か急激な睡魔に引き込まれた。
もっとその暖かさを目を開いて感じていたかったが、逆らうことは困難だった。
久々に夢を見た気がしていた。
珍しくセフィロスが寝入るまで、羽毛の感触で身体を撫で続けたクラウドの手が、そのまま夢の中でも何にも替え難い心地よさを与え続けている。他人に触れられながら眠りに就くことは、昔のセフィロスには想像もつかないことだった。
柔らかい指先が、身体の線を辿り、胸や腹を愛撫し、独り寝の寂しさを訴えるように足の間にも絡みつく。繁みに横たわっていた陰茎を優しく包み、次第に動きを大胆にする。
一週間弱程度の独り旅で欲求不満にでもなっていたのかと、セフィロスは夢の中で自嘲していた。
頭を少し動かすと、すぐ近くから青年の髪の匂いがした。
じわりと下腹部に燃える熱さがくすぶって、大きく息を吸い込んだ。
愛撫を施す指先が一瞬止まる。
様子を窺うようにしばらくすると再び動き出す。
そして離れる暖かい指の代わりに、濡れた感触がそこを包んだ。
さすがにセフィロスは完全に覚醒した。
視線だけで見やった、仰向けに寝る自身の腰辺りに、金髪の頭が蠢いている。熱く、濡れた口腔と舌の感触が陰茎を包み、ゆっくり上下に動く。閉じた目の長い睫毛が、時折腿をくすぐる。
セフィロスは思わず吐息のような笑いを、気付かれないように漏らしていた。
ここまで触れられるまで目を覚まさなかったとは、どれだけ自分は安堵して眠っていたというのか。危機感の欠片もない。生物として失格だ。
だがクラウドは眠るセフィロスを起こさないように、これでも気を遣っているらしい。
旅から帰ったばかりの男を労わり、誘わなかったのだろうか。それとも、求めたのになかなか起きないセフィロスに焦れて、暴挙に出たのか。
青年の片手は、自身の足の間に伸びている。もう片方をシーツについて、セフィロスの身体に必要以上触れて、起こさないようにしているらしい。
次第に育てたものが大きく立ち上がり、一度口を離した青年は、間近でそれを仰ぐように見上げた。
細めた眼が潤んで、炎の灯りを淫蕩に反射した。
「それで、どうする?」
突然の問い掛けに驚いたクラウドは、短い悲鳴を上げて手を離し、身体を飛び上がらせた。逃げられないように、シーツについていた手首を掴んで引きとめると、顔を真っ赤にしてもう一方の手で口元を隠した。
「起きて……!?」
途中で途切れさせた問いに動揺が現れている。
唾液に濡れた口元を慌てて拭う手の指先が、潤滑剤で光っていた。
その手も捕らえて近くへ引き寄せる。
腹の上に倒れ込んだクラウドの背を撫で下ろし、尻の間へ無遠慮な指を差し込むと、一瞬薄く汗ばんだ全身が硬直した。
閉じようとする場所を軽くひと撫でしただけで、滑る感触を伴って体内へと指先が吸い込まれる。自分で慰めていたらしい場所は、それでもセフィロスの指を食むように狭い。
「欲しいか」
指を入れただけで唇を震わせて大人しくなったクラウドは、薄目でセフィロスを見つめて素直に頷いた。
腹に当たる股間の感触は固くしこり、自ら揺すって刺激を与えている。
指を抜いて、掴んだ腿で腰を跨ぐように促すと、青年はセフィロスの腹に手をついて上肢を起こし、膝立ちになった。
薄い唇が少し速くなった息をつく。
背後に伸ばした片手で己の尻を掴み、セフィロスの陰茎を片手で支え、宛がう。
敏感な先端が青年の狭間を押し上げ、微かに痛みを伴うきつさの結界を抜けた瞬間、熱い内部へと導かれた。
短い悲鳴を上げたクラウドは、先端を飲み込んだだけで動きを止め、セフィロスの腰を挟む腿を震わせた。宥めるようにその腿を幾度も擦ってやる。
ようやく強張りが解けると、クラウドは両手で腰や腿のあたりを掴んで身体を起こし、動き出した。
抜き出し、押し込む行為に合わせて、白い胸が大きく上下する。
顎を引いて、瞼を緩く閉じた目元が上気して桃色に染まっている。
行為そのものは単調に身体を動かしているだけだが、無心なその姿が愛おしい。
セフィロスの腹の上で痙攣するものに手を伸ばすと強く払われ、開いた眼が睨みつけた。
南海の青が胸を射る。
加虐心すら抱かせる潤んだそれが、何故か有無言わさぬ迫力を持っている。
己の腿を掴んでいた手が背後へ伸ばされ、セフィロスの陰嚢を強く掴んだ。
「あんたは、手を、出すな」
一瞬痛みを与えた力が緩み、そのままそこをやわやわと撫でながら、再び動き出した。
「どうしたんだ」
思わず笑いが含んだのを、敏感に感じ取ったのだろう。
仕返しのようにきつく締め、激しく動いてセフィロスを呻かせた。
見上げた顔は心地よさそうに目を細め、唇から荒く息を吐き出しているのに、笑っている。
自身の腿に食い込ませていた指を持ち上げ、唇に含む。水っぽい唾液に濡れたその指で、触れて欲しそうに尖る乳首を自ら撫で、押しつぶすように刺激する。
その手法が、セフィロスが青年に教え込んだものだと気付いて、もう一度唇を笑いに歪ませた。
触れて、一層喘がせたい欲求に駆られるが、手は出さなかった。
形の明瞭な胸筋と腹筋が、しなやかにうねる。
胸の中央に残る傷痕と、臍の窪みがそこに刻まれた図案に見える。図案の上を汗の粒がひとつ、撫でていく。
乳首の代わりにその刀傷へ指先を伸ばすと、まるでその時の痛みを思い出すかのように眉間が寄り、慎重に吐息が漏れた。
撫でる腿や膝にも、まだ消えていない新たな傷はあるが、それらとは異なる記憶が刻まれているはずだ。
命を交わす昂揚感は、性交と似通ったオーガズムを引き起こす。その時のクラウドの表情を今一度見ようと、セフィロスは幾年も青年と閨を共にし続けていた。
クラウドは見上げるセフィロスと視線を合わせたまま、身体を前へ倒し、セフィロスの肩を押さえ込むように両手をついて、そのまま腰を動かし続けた。
肉の薄い尻がセフィロスの腿を叩いた。
きつく絞り上げられる場所は柔らかい内部で幾度も痙攣して、終わりを兆す。
「あんたを」
クラウドは言葉を切って、唾液の溢れる唇の端を舐める。
唾液を飲み込み、湧き上がる感覚に身を任すように両目をうっとりと閉じる。
「あんたを犯してるみたいだ」
ろくに触れさせなかったクラウドのものは天を向き、動きに合わせてセフィロスの腹に触れる。
根元まで受け入れ、限界まで引き出していた動きが、次第にセフィロスのそこへ擦りつけるように小刻みになり、喘ぐ声と吐息が切羽詰った響きになった。
自虐的なほど、自分自身の幸せや快楽には疎い青年が、ひたむきに己の快感を追い求める姿は貴重だ。淫らさを揶揄するどころか、純粋で、セフィロスには神々しくすら感じられた。
一時、神になりかけたセフィロスの命をも手にして、淫蕩な踊りを見せる鬼神の幻想に、眼球の奥が、炎を灯したように熱くなった。
大人しく逆らわずにいた両手で、突然腰の上に乗る小さな尻を掴んだ。
驚き、抗おうとするクラウドを無視して、繋がる場所を壊す勢いで突き上げた。
軽い身体が腰の上で弾む。
汗が飛び散り、金色の髪が舞う。
無遠慮に揺さぶり、突く度に少女のように高い小さな悲鳴を漏らした唇が、ひゅっと音を立てて息を飲み、静かにセフィロスの腹へ暖かなものを滴らせた。
緊張に絞まる場所を惰性のように大きく抉り、擦られ、熱い奥へと兆したものを解き放つ。
唇が震える開放感と胸の奥が震える幸福感を、暫し目を閉じて味わう。
余韻が引き、見上げた青年は、まだ夢の中を揺蕩うように、胸に顎をつけて目を閉じて、荒い息と唾液を唇から零していた。
「お前に寝込みを襲われたのは初めてだな」
長い年月まったく外見に変化のなかった青年を、少し呆けた表情と薄赤い頬が、何歳か若返って見せている。
「そんなに呆けるほどよかったか?」
今更恥じらいを思い出したのだろう、横たわって向かい合った姿勢で、セフィロスの胸に顔を突っ込むように、クラウドは視線を合わせようとしない。
「疲れて、ないのかよ」
呟く音量で漏らしたクラウドは、少しふてくされたような声だった。
「疲れてないと答えなかったか?」
「……だって」
中途半端な返答のまま、再び黙り込む。
腕を上げて、金色の頭を撫で、髪を梳いてやりながら、ふと悪戯を思いついてセフィロスは青年の上に圧し掛かった。
「お前のせいですっかり目が冴えた」
掛けていた毛布を足元へと追いやり、全裸のままのクラウドを見下ろす。
まだ先ほどの汚れが残る腹を撫で下ろした途端、セフィロスの意図に気付いて暴れ、ベッドから逃げ出したクラウドを追いかけた。
暖炉の前で、毛を立てたネコのように警戒する青年を捕らえれば、恐らく本当に眠りにつくのは、完全に夜が明けてからになりそうだった。
|
2007.12.17 (了)
アイコ<http://www.natriumlamp.com/B1F/>
Mさん、12/13お誕生日おめでとうございました(´∀`)!
|