Keep it in the dark
(ダーカー・ザン・ブラック収録) |
ニブルヘイムの景観はあの時から何一つ変わらずそこにあった。
あえて言えば、家並みの外壁や村の中央に立つ給水塔が以前よりも古めかしくなった。丈の低かったアイビーが雑貨屋の壁面を青く埋めつくし、給水塔の柱やタンクには錆が模様のように浮かんでいる。てっぺんに立つ風車がゆっくりと廻っている様子が、酷く肌寒い印象を与える。
ニブル山から吹き下ろす風のせいで、ニブルヘイムの冬は早い。すでに暖炉の火を入れた民家の煙突からは煙が上がり、夕餉の支度の匂いが微かに漂っている。姿は同じでも、長くそこに生活している人々の息吹は根付き、神羅に買収された人々が住んでいたころの不自然さは失せていた。
いつもの黒い戦闘服に背負った剣の上から革のマントを羽織り、フードを目深に被る。同じような姿の連れを伴い、クラウドは村の広場を抜けた。
夕暮れ近くの広場はあまり人気もなかったが、どこかの民家の子供がクラウドたちを物珍しげに眺めている。関わらずにいられるならば、子供のためにもその方がいい。
足早に過ぎ、ニブル山へ向かう路地を上ると、庭木が鬱蒼と茂り、高い塀に囲まれた屋敷がある。
洒落た赤い屋根に大きな天窓がついている。右奥には円柱形の塔に尖った屋根があり、一見古風ながら金のかかった屋敷である。惜しむらくはどこも手入れがされずに痛んでいることだろうか。
門扉には頑丈な錠が下りていたが、クラウドは少し裏庭の方へ廻った場所から入り込めるところを知っている。森の木の枝を中継すると、楽に塀を乗り越えられる。普通の人間には無理でも、クラウドにも連れの男にもそれは可能だった。
塀を難なく越え、温室の壊れた窓から屋敷の内部へ侵入する。
人の気配はなく、至るところに埃と砂が積もり、落ちて腐ったカーテンの布と穴のあいた床板を踏んで室内を進む。温室から玄関ホールへ移動すると、高い吹き抜けの天井からは、蜘蛛の巣にまみれて輝きを失った巨大なシャンデリアがつり下がっていた。
「本当に行くのか?」
フードを下ろして頭をあらわにしながら問うクラウドへ、隣の男が頷いた。
「ここまで来て何を戸惑う」
同じようにフードを外すと、マントの中へ隠していた長い髪がこぼれ落ちた。
鋼の銀が薄暗い中でも光を放って見える。
「ここにあんたがいること自体、不吉なんだよ。セフィロス」
「怖がることはない」
「怖がってるわけじゃない」
視線をそらせた先の大きなフランス窓は部分的にガラスを失って、夕暮れ時の赤い光を直に差し込ませている。腐食が進み軋む床に窓の優美な形を映しているが、ほどなく日も暮れそうだ。
二階の通路を横切り、奥に並ぶゲストルームの一室へ入った。その部屋の角を占める円弧を描いた壁の前へ行くと、クラウドは慣れた調子で壁にはまったブロックの一つをブーツの足で蹴った。
低く轟く音を立てて壁が動き、暗い空間が現れた。円形の塔の内壁に沿って、螺旋状に設けられた階段が、一層暗い地の底へ向かっている。
何度訪れても地獄の入口のように思えるのは、気のせいではない。
クラウドにとっても、セフィロスにとっても、ここは全ての事件の始まりの場所だった。
そもそもここに訪れる理由を、セフィロスはクラウドへ告げなかった。
ただ突然一言、ニブルヘイムへ行くと宣言し、その日の内にしばらく留まっていた北の地を旅立った。
メテオから数十年が過ぎているとはいえ、余りに大きな事件だったことを考えると、今もその場に立ち会った人間が生きている可能性は十分にある。まったく姿を変えていないセフィロスに会えば、あの事件で生き残った幸運な老人が、不幸にも心臓を止めかねない。
人間の多く住む場所には慎重に行かねばならないとセフィロスも理解しているはずだ。それがあえてニブルヘイムへ行くというからには、何か重要な理由があるのだろうと、クラウドは深く追求せずにここへ伴われて来たのである。
暗い通路を手持ちのフラッシュライトで照らして進む。
コウモリが住み着いている岩をくりぬいた通路には、電球が等間隔でつり下げられていたが、今は電力が供給されていない。研究室が幾つか並ぶ場所に来て、クラウドは以前の記憶を頼りにオイルランプを探した。
コンクリートで固められた通路の端に、使わない椅子などを寄せた場所があり、そこに古びたランプが置いてあった。どこからかランプを探し、その場所へランプを置いたのは、他ならぬ数十年前のクラウド自身だった。
セフィロスを北の大空洞で倒した後に、彼の生きた痕跡を探すべく、クラウドは各地を放浪した。そしてこの屋敷にも数ヶ月間留まった。その時の名残である。
あの当時の詳細をセフィロスへ話すこともなかったが、自然と彼を案内する形になったクラウドは、荷物から手持ちの燃料を注ぎ足し、ランプに火を入れ、付き随う男を振り返った。
「あんたの探し物は?」
見上げた男の背景は、かつての彼を失った時と同じ場所で、クラウドはフラッシュバックする不吉な記憶と戦いながら足を踏みしめていた。
クラウドの記憶が正しければ、その部屋は後期のセフィロスの研究に関する書類が残されている研究室だった。
成果のあった実験データなどは宝条博士存命当時に神羅ビルへ移され、その後消失していたようだが、写しの書類の多くが今もここに残されている。
ファイルに綴じられた書類は項目毎に分けられており、セフィロスの目的がはっきりしているならば目当てのものは意外と早く見付かりそうな気がする。
かつて、何の知識もなく無作為にそれを漁っていたクラウドより、セフィロスの方が研究内容にも詳しく、明らかに効率がいい。
書棚から抜いた幾つかのファイルをその場で検分し始めたセフィロスを横目に、やることのないクラウドは埃を払った椅子に座って、既に暇をもてあましていた。
役職にある研究員が使っていたのか、茶色の皮張りの大きな椅子の座り心地は悪くない。ゆったりと広い座面もひじ掛けも、クッションは生きていた。そもそも仕事のためならリクライニングは必要ない。事務用ではなく仮眠用だったのかもしれない。
セフィロスにつきあって同じ部屋に居る必要もない訳だが、彼から目を離すことをクラウドはどこかで恐れていた。
書類を捲る後ろ姿を眺めていると、数十年前に見たセフィロスの背を思い出して、今も不安に駆られる。
呼びかけに応じなくなり、凍り付いた頬から表情が消え、瞳から人間らしい何かを失っていった過去の記憶が呼び起こされる。
事実、見上げる長身を際立たせる黒い革の戦闘服と、そこに流れる磨いた鋼の髪も、クラウドへ向けた整った横顔の美しさも、何ひとつあの頃と変わっていない。
何十年かの間共に暮らし、普段は気にすることがほとんどない立ち振る舞いや気配に至っては、むしろ当時よりも人外の域に達した気すらしている。
あの時、セフィロスは『母』であるジェノバ本体のリユニオンに応えた訳だが、今はもう『母』なるジェノバの思念は存在しない。セフィロスが老いも衰えも知らず、変わる事なく存在しているのはジェノバ細胞の影響でも、リユニオンの主体となるのは彼自身であって、他のものではあり得ない。
いや、『セフィロス』は『ジェノバ』が進化した新たなものだ。
セフィロスがセフィロスでなくなる事はない。
そう己へ言い聞かせ、深く椅子に座って彼を見つめていると、ほどなくこちらを振り返った。この男なりにクラウドの不安を察知して気を遣っているのだろうか。
「暇か」
「……暇だよ」
「もう少し待て」
椅子から立ち上がり、セフィロスの横へ近づいた。
ランプを点けているとはいえ薄暗く、細かい文字の書類を見ても、すぐに何に関するものかクラウドには分からない。以前クラウドがここに籠もった時見ているものかもしれないが、不思議とそれらの内容を覚えていなかった。
「何を、見てるんだ?」
「興味があるか」
「あんたが今、何で突然ここに来たがったのか、そっちのが気になる」
「ふむ」
まだ目的のものが探し出せていないのか、セフィロスは再び言葉を濁して書類に注視しはじめた。
書類の頭にある文字を幾つか拾い読みして、セフィロスの遺伝子に関する研究だったということは分かった。
「オレが恐らく成人する前くらいに」
突然話し出したセフィロスを見上げると、目は書類の文字を追っている。
「ある実験に関わったことを思い出した。唐突に」
「最近まで忘れてたって意味か?」
「ああ」
セフィロスでも忘れることがあり、思い出して慌てることもあるのだと思うと、何故か少しおかしい気がした。
「その実験の結果が詳しく知りたくなった。成功していないはずだが。念のために」
「なんだそれ」
首をかしげたクラウドを見下ろしたセフィロスは、この屋敷でジェノバとして目覚め、ヒトであることを捨てたあの時とは全く異なる視線で、自嘲の笑いを浮かべた。
「見つけたら、詳しく話す。少し待て」
頷いて返しながら、クラウドは椅子をセフィロスの近くへ移動させると、彼のすぐ間近で座り、足の先をぶらぶらさせながら部屋の中を観察していた。
この研究室は、メテオ事件以来殆ど人の出入りもなく、廃墟のまま保存されている。本来は神羅の所有なので、当時は神羅の生き残りのルーファウスやタークスたちが管理しており、今もその跡継ぎのものになっているはずだった。
外部に漏れると危険な類いの書類は、当時の神羅が処分したらしく、ここに今も残るものは現代では再現の不可能な、要は危険度の低い情報とも云える。
残された設備も壊れたものばかりで、この部屋にも書類棚や事務用の机と椅子の他に、試薬などを保存するためだろう、壁一面の巨大な冷蔵庫と、円柱型の大きな蓋つきのタンクが真っ赤に錆びたまま置いてあった。どれも昔から稼働しているのを見た記憶のない設備や器具ばかりである。
何れかが何かを持ち出した形跡のある棚や床の跡も、今は新たな綿埃に堆く埋もれて、確認することも出来なくなっていた。
それらを眺めて思い返しているうちに、クラウドは次第に眠気に襲われ、いつしか意識を無くしていた。
気付いた時には、持参している毛布を掛けられて、すっかり眠り込んでいたらしい。すぐ近くに置いた木製の椅子に、セフィロスが座って煙草を吸っていた。紫煙の向こうにある、穏やかな無表情に心中で胸を撫で下ろしながら起き上がった。
「起きたか」
「ごめん。どれくらい寝てた?」
「今、日付が変わった頃だ」
「探してたもんは見付かったのか?」
「ああ」
セフィロスは椅子から立ち上がり、目を擦っていたクラウドを見下ろして、ゆっくり口を開いた。
「ガスト博士が姿をくらまして、宝条にジェノバプロジェクトの指揮権が移った後も、オレはずいぶん色々な実験に協力させられた」
クラウドは頷いて返した。
昔、セフィロスが宝条博士同様に、研究室の消毒薬の匂いを酷く嫌っていたことを思い出した。
「十代も終わりのころ、精液を採取された」
淡々と、ごく真面目な表情で告げられた言葉に、クラウドははたと顔を上げた。
「……何の、話だ?」
「オレの生殖能力を検証された」
セフィロスに間近で見下ろされて、クラウドはいたたまれなくなる。彼の生殖能力が大変長けていることを、図らずも『誰よりも』クラウドが知っているからだ。
「性交の可否じゃない。オレの精子で卵子が受精できるのか、という意味だ」
「ああ、なるほど」
「どこの卵子を持ってきたのかは知らないが、当初の実験は全て失敗だった。つまりオレの精子では、普通の人間の女は孕まない」
出会ったころのセフィロスは、神羅軍だけでなくミッドガルや少し大きな街であれば知らない者はいない有名人で、あらゆる種類の女たちとの噂の絶えない男だった。無論、その大半は単なる噂や、意図して報道された宣伝行為であったかもしれないが、考えてみれば、実際にセフィロスと肉体関係のあった女性も多くいたはずだった。
もしもセフィロスとの性交で女性が妊娠する可能性があるならば、相手も選ばずにジェノバの子孫を残させるわけがない。厳選した人物以外、接触さえ制限されたはずだ。
「残念ながらお前は妊娠できないからな」
「……アホか。あたりまえだろ」
「いや、冗談ではなく、もしもお前が女だったら妊娠する可能性が高い」
思わず首をひねって考えた。
「女のセフィロスコピーがいたら、あんたの子を妊娠できたかもってことか?」
「そうだ」
どちらにしても、もしも実験でセフィロスが普通の人間と子孫を残せたとしたら、恐ろしい結果になっていたかもしれない。検証と実験が失敗に終わり、幸いだったというほかない。
「そもそもジェノバを古代種だと勘違いしたことから、ジェノバプロジェクトは始まった。当時、古代種の再来と思いこまれていたオレが、子孫を残せるか否かはプロジェクトチームにとって大きな命題だった。ジェノバ、イコール古代種説に疑問が立ち上がり、ガスト博士が失踪してから、神羅と宝条は研究の目的を大きく変えた」
つまり、星を守る古代種を復活させる研究が、魔晄の豊潤な土地と思われていた約束の地を探し出すこと、そしてすぐにも兵器として役立てる強化人間を作り出すことに変わったということだ。
能力のある子供を産み、育てるには時間が掛かりすぎる。神羅と宝条が望んだものは、今すでにいる人間を強化する方向だった。そこからセフィロスの生殖に関する研究は、忘れ去られていったのだろう。
「だが、オレの精子は保存されていた」
「え。冷凍とか?」
「そうだ。そこに」
円柱形のタンクのようなものを指さした。一メートルほどの高さのかなり大きなもので、管理の為だろう機器類が大量に接続されている。セフィロスが触れたのか、蓋の上に積もった埃を払った痕がある。だが色とりどりに錆びを浮かせ、腐食の穴さえ開いた状態を見れば、稼働していないことは一目瞭然だった。
「もしもオレが魔晄炉へ落ちた後に、知らぬところでそれが使われ、万が一にも実験が成功していたとしたら、その子を始末するつもりでここへ来た」
一瞬背筋のひやりとする言葉を聞いて、クラウドは思わず唾を飲み込んだ。
「やめろ。そんなこと。冗談でも言うな」
「もしそれが成長した後に暴走して、リユニオンでも始めれば、お前の望まぬ結果になるかもしれんぞ」
相当狼狽した表情をしていたのだろうか、セフィロスはふと苦笑を浮かべて、クラウドの髪を撫でた。
「心配するな。使用した実験は全て失敗、過去に寝た女が懐妊したという記録もない。保存されていた精子は使われず記録にあるまま、そこに残っていた」
「マジで?」
「ああ。止まった冷凍庫の中に数十年間放置されていた」
思わず状況を想像したところ、セフィロスに小突かれた。
「確かに干涸びていたが、得体のしれない他のチューブやチップと一緒に、全て焼いておいた」
「……よかった」
いろいろと、と付け加えたところ、リクライニングチェアの上に倒され、セフィロスがのし掛かってきた。
出会ったころのセフィロスは既に大人で、今と全く外見に変化はない。あえて言うならば、瞳孔の形が変わり、瞳は魔晄に褪せて色が少し薄くなったくらいだろう。
昔、この屋敷で見つけた、もっと幼いころのセフィロスの写真はどこか可愛らしい印象もあったが、二十歳も近いと、すっかり大人だったに違いない。
「なにを考えている」
「いや。今のあんたがこんなで、十代のあんたってどれだけ凄かったんだろうかって」
「焼かずに試してみるべきだったか?」
再び想像を巡らせて、水でふやかしたそれが活発に動き出す様を思い浮かべた。
「って、別にあんたの精液の話してるわけじゃないって」
「ではセックスが?」
「ちがうって」
思わず吹き出して笑い声を上げた。嫌な記憶しかなかった廃墟には不似合いな声が響き、クラウドは息を飲んで黙り込んだ。
セフィロスがこんな風に明るく振る舞うこと自体が珍しい。この屋敷で不安を感じているクラウドを宥めようとしているのだろうか。
「オレの十代など、青々しい考えと苛立ちばかりを感じていた。有り余る体力のやり場を探して、剣を振るって大量に敵を殺す、いい兵器だったろうさ」
嘲笑を浮かべて答えるセフィロスの頬へ手を伸ばし、指先でそこに触れる。
「あんたもそんな風に、若い時があったんだな」
出会う前の男の姿へ、単純な興味が湧く。その頃のセフィロスはどんな青年だったのだろう。
同じく早い段階でソルジャーになった友人たちと青年らしい会話を交わし、酒や煙草の味を覚えたり、ごく当たり前な生活を送っていたのだろうか。クラウドが幼なじみに恋したように、どこかで出会った少女に微かな想いを抱いたのだろうか。
「知りたいか」
唇の端を上げ、それを首に埋めてきたセフィロスの手が、クラウドの上衣の中へ這った。
「ん、ちょっと、なんでそうなる」
「十代の男は我慢がきかぬものだろう」
「なんのプレイだよ、それ!」
クラウドは部屋に反響するような笑い声を上げていた。
身を包むものは胸の上まで捲り上げたシャツ一枚とブーツだけで、クラウドは床に膝をつき、椅子に座らせたセフィロスの足元へ屈み込んでいた。
いつものように彼に先導される形で、行為に雪崩れ込むのを止めようと、セフィロスを椅子へ押しつけ、ズボンの前立てに手を伸ばした。抗うことなく従うのは、クラウドの動向を観察するつもりなのだろうか。
余裕のある表情でクラウドを見下ろす男に、何某か変化を与えてみたくなる。
前立てを広げて、下着の上から膨らみのある場所に頬を擦り寄せる。体臭の薄いセフィロスだが、革の装備の独特の香りがある。毎夜、同じ寝台の隣から感じる匂いに過ぎないのに、妙に気が高ぶった。
下着を捲り、少し変化し始めた陰茎を取り出した。上目遣いに顔を窺っても、まったく表情に変化がない。
「十代のあんたはもっと可愛かったんじゃないのか」
ゆっくり指先で撫で上げ、先端をくるむようにすると、セフィロスは意地の悪い笑みを浮かべ、伸ばした手でクラウドの唇の端を辿った。
「十代なら、お前の頭を掴んで、ここに突っ込んでいる」
確かに昨今、彼に口淫を強要されることはなかった気がする。
「してやるよ」
まだ持ち上げれば立つ程度の反応しかしていない根元を掴んで、先端の丸い部分を口に含む。無味の乾いた感触で舌触りのいい場所を幾度も舌先で撫でる。鋭角に返る首の窪みを辿り、段々と大きく固く舌を押し返す先端部分を堪能しながら、吸い扱いた。
みるみるうちに成長し、含みきれなくなってくる事が何故か酷く嬉しく、クラウドは唇を笑みに歪めていた。
唇を放して視線を上げると、見下ろしていたセフィロスが手を伸ばし、クラウドの髪を撫でた。
「なあ、気持ちいい?」
「ああ」
気を良くして再び屈み込み、今度は支えた根元から茎へ舌を這わせる。何度か撫で上げ、口を大きく開いて雁首から茎を飲み込むように、限界まで含んだ。突然ひと回り育ったものが、喉の奥を押す。えづきそうになって口内から引き出すと、髪に添えられていた大きな手が頬を撫でた。
表情を確かめずに、再度深く飲み込む。
口一杯に満たされたものを、既に吸う余地はなく、ただ歯を立てないように出し入れを繰り返し、根元を指で刺激する。出来るだけ長くそうしているつもりだったが、苦しさに耐えきれず口を放すと、クラウドは咳き込んだ。
自然と涙が沸き、大きく息をついたところで、セフィロスを見上げた。
「もう口に入んないほど大きくして、エロいな。あんた」
煽るつもりで呟いた唇で先端を軽く吸い上げ、根元を緩く愛撫する。
「お前がそんな風に物欲しそうにいやらしくしゃぶっていれば、立つ」
いつもの復讐のつもりで吐いた言葉は、倍になって返され、クラウドは頬が熱くなるのを自覚した。
唇を離し、今はもう手を添えずとも立ち上がるほど育ったものの、浮き出た血管を指で辿りながら俯く。セフィロスからは見えない椅子の足元で、口淫を続けるうちに勝手に高ぶったクラウド自身も情けなく見えた。
「クラウド」
中断した行為へ引き戻されると思ったが、セフィロスはクラウドを一旦立たせて自分の片方の膝を跨ぐように座らせた。片手は反応し始めた前を掴み、もう一方の手でシャツの下に半ば隠れた胸の辺りをまさぐる。
押しつぶすように撫で、それから痛みを感じる強さで乳首を摘み、指先で擦る。微かな痛みともどかしい快楽の中間ほど、思わず声が漏れる刺激に、セフィロスの肩口へ額をすりつけた。
「お前の中へ入りたい」
低く、熱のこもった囁き声が耳道をなぶり、クラウドは背筋を這い上がったものに喘いだ。
喘ぐ口を、ゆっくり近づいた唇に塞がれる。整った顔を近くに熱く火照る息を吐くと、それまで乾いて固く閉じていた場所が、セフィロスの声に焦がれて浅ましく息づくのが分かった。
揺り動かされて内から湧き上がる感覚に、素直に身をまかせながら、もやのかかった頭で男の若き日を思う。
彼がジェノバプロジェクトとあらゆる分野での研究に使われ続けた事実を、クラウドは書類の上に残された姿でしか知らない。
まるでビーカーの中に満たした試薬を検証するように、淡々とつづられたジェノバ・プロジェクトの履歴の羅列に、彼を労る感情はひと欠片も探し出せなかった。
来る日も来る日もデータを取り続け、結果が出なかったことを嘆く研究者の余所で、セフィロスはそれに助力し、研究者たちの数倍のストレスを感じていたはずだった。
クラウド自身も殆ど意識がなかったとはいえ、同じように研究者たちに弄りまわされた。当時のクラウドと同様に扱われたら、普通の人間なら精神を患うだろう。
セフィロスがあの瞬間まで長期間正気を保ったのは、ひとえに彼の精神力が強かったからだ。その境界を越えてしまったのは、隣に居たクラウドの力が足りなかったからだ。
いつでも思い出す度、己の無力さに対する悔恨の情に襲われる。
こうして近くにいることを奇跡のように思い、夢が覚める怖さを感じる。目を開いたら、再びセフィロスの血に塗れた剣を手に、自らも胸から血を流して立っているのではないかと怯える。
思案から引き戻されるように、下から突き上げられる刺激に喘ぎ、男の腕にしがみついた。
「気を散らしているな」
首を横に振って否定するものの、仕置きとばかりに揺さぶられて、痛み混じりな挿入に涙が溢れた。
霞んだ視界に一瞬、悲しい色のライフストリームの幻影を見たような気がした。
「どうした」
リクライニングさせた椅子に座ったセフィロスの膝を跨ぎ、下から受け入れる杭を締めつけて、自ら動いた。
時には苦痛さえ与える男のそれは、苦しむクラウドには例えようのない快楽も与える。そうして乱れた思考がセフィロスだけへと集中する。
辛い記憶を一時でも完全に忘れる事が出来るのは、彼とのこうした交わりの中で、雄である事、人である事を捨て、我をも忘れる瞬間だけかもしれない。
悦びに震える自分を己の手で慰めると、二方向から襲う快感に誤魔化しでなく声が漏れた。
「あんたの、これが、すごいから」
膝を立て、半ばまで抜き出したものの根元に触れると、張った陰茎は挿入の前よりずっと固く、大きく育っているようだった。
「十代のころは、もっと凄かったとか、言うなよ」
「さてな。お前はどうだったんだ」
腰を掴んで、再び根元まで刺される。内臓をそれの形に変えられる様を想像すると、自虐的な心地よさが全身を駆け巡った。
「あんた、オレの、最初の男だろ。覚えてないのか」
「そうだったな」
含み笑いを洩らしながら、セフィロスは膝に乗ったクラウドを抱えて立ち上がり、今度はクラウドを椅子に下ろした。
抜かれたものを名残惜しく見つめると、薄く笑みを浮かべたセフィロスに、足を持ち上げられ、肘掛けに膝裏をかけられた。腿を撫でてから、もう一方の足も同じようにされ、更に背もたれのロックを外した。
最大までリクライニングした背もたれは座面と殆ど平らになり、仮眠を取るなら最適な椅子だろう。だが、両足を大きく開かされ、股間を剥き出しの姿勢から足が閉じられず、さすがに恥辱心が戻ってきた。
「いい格好だ」
頬が熱くなり、顔を背ける。
放置された前は時折痙攣するように震え、先程まで楔を埋められていた狭間は解けて、再び戯弄されることを期待して蠢き、注ぎ込まれた潤滑剤の流れ出る感触がする。
耐えきれずに両腕を交差して顔を隠した。その両腕を掴まれ、片手で椅子の背へ押しつけられた。自然と寄り添った身体が暖かく触れ、セフィロスも隠しようもないほど高ぶったものが、滑りを伴って狭間に触れた。
「どうする」
「あ」
無意識に力が入り、入口に触れたものを押し出していた。
思わず沸き上がった唾液を飲み込み、喉が鳴る。
「十代の頃のように、自己中心的なセックスがいいか」
腿を撫でて這った指が、待ちわびる場所で不穏な動きをする。滑るものを指先に絡め、すでに暖まった入口をかき分けて侵入した。
「労りも技術もない、貪るだけの」
「あう」
指が入り込んだ場所を更にかき分けるように、陰茎の先が潜り込んで来た。
セフィロスのものを受け入れるだけで目一杯の入口がびりびりと痛み、裂くように進んでくる。普段よりも指一本分量を増しただけで呼吸さえ苦しい。声が出ない。
「きつい」
根元まで挿入された後、今度は指を外側へ向け、更に押し広げるように動く。
潤滑剤で滑りがあるとはいえ、指先が内部を抉るように無体に動き回り、思わず叫び声が上がった。
「よせ。それ、痛い」
「嘘をつけ。好きだろう」
指を入れたまま、今度は腰を前後に動かされ、肘掛けに膝を囚われた足の先がぶるぶると震えた。
悪態をつこうと開いた唇が、空気を吸い込んだきり痙攣して声を失う。身体と一緒に頭の芯を揺さぶられるような感覚に、かぶりを振る。
「あ」
動きを速くされ、椅子がぎしぎしと鳴った。揺れる髪が自身の頬を叩き、そこにセフィロスの髪が流れ落ちて来た。
冷たい毛先に肌を撫でられ、総毛立った。
「素直に言ってみろ」
いつの間にか腕は解放されていたが、セフィロスを押しのけることもなく、前へと右手が伸びた。左手をセフィロスの首の後ろへと廻し、引き寄せる。
無理に押し込めていたセフィロスの指が抜かれた。一方で前後の動きが大きくなり、ぎりぎりまで引いてから肌を叩くように奥を嬲られた。
身体の中から内臓を支配され、喉元まで刃を突き通される擬似的な死の瞬間を味わう。いつもその時には、胸の中央に残る傷痕から、熱い血が流れている幻影を見る。剣を交わした時と同じ、高い絶壁の縁に立つのにも似た緊迫感、目の前で弾ける火花の匂いを嗅ぐような昂揚に、背筋を大きな震えが走った。
「や。まだ」
「まだ?」
「まだ。もっと、続けて」
この瞬間を永久に味わえる方法はないものかと、いつも考えている気がする。
擦れる入口が熱く燃え上がり、楔の形に身体の奥が作り替えられる錯覚を得ながら、小刻みに揺れる足を必死に肘掛けへ絡めて叫ぶ。
前から手を離して、セフィロスのものが出入りする場所へ自ら指を這わせる。目一杯に広がり、だがすっかり柔らかくなった場所へ、自分の指先を潜り込ませた。
違和感にセフィロスも一度動きを止めるが、クラウドが先程の男と同じ行為をしていると気付くと、蠢く指に関わらず再開した。
普段よりもきつく、異物感の強い被虐的な快感に、閉じることすら出来ない唇の端から唾液が流れ落ちた。
もう言葉は出ない枯れた喉が、自分で分かるほどひくひくと喘いだ瞬間、途中から放置していた前が早々に決壊し、弾けた。
堪える術もなく解放してしまったことに驚きつつも、下腹が温く滴るのを放置して、身体の中で限界を訴えるセフィロスのものを締めつけた。
セフィロスが動きを止めた。
「行くな」
逞しい腰に肘掛けからはずした両足を絡めて引き寄せ、降りて来た顔を掴んで口づける。
激しく舌を絡めて、逃がさないように吸い、甘く噛む。
唇を触れあわせたままセフィロスが短く呻いた微かな声と吐息の後、中を駆け上がってくる熱いものを感じて、クラウドはぶるりと震えた。
すぐに抜き出したセフィロスの後を追って、滴が落ちてくる。未だ入れたままだった自分の指をゆっくり抜き去ると、指先に絡みついた滴に続いて、ぱたぱたと音を立てて椅子へ流れ落ちた。
見下ろしてくるセフィロスと視線を合わせて、唇で触れ合いながら、流れ出す暖かい液を指先で弄ぶ。
零れ落ちていく生命の種。
だがこれは破壊者の種かもしれない。
「刺激的な光景だな」
開いた両足の内側を指先で優しく撫でられる。指のくすぐったさに身を捩らせながら、低く笑うセフィロスの声に再現なく沸き上がる衝動を感じて、縮こまった足の指をブーツの中で動かした。
誰も、セフィロスのこの種を受け取ることは出来ない。
例え女性でも、いや、全てを内包するこの星でさえ彼を受け入れずに異物として排出した。
もしかすると、セフィロスが今でもこうしてクラウドを抱くのは、彼を受け入れる唯一のものを確かめているのだろうか。
「セフィロス」
この世に産まれ出る前から異端であり、唯一絶対の味方である母親からも手放され、長じてからは異端であることを崇められ、後に恐れ排除された彼が、クラウドを選んだというなら───
「オレは、あんたといるからな。」
不死に近い身体となろうとも、時を戻すことは出来ない。神となった男でも、過去を変えることは出来ない。
もう少し早く若いセフィロスに出会えれば運命を変えられたのではと望むのも、支えきれなかった己の若さを呪うのも無意味なら、今を創るしかない。
決意を告げる格好ではないと思いつつも、セフィロスはそれ以上笑わなかった。
言葉の真意は伝わったらしい。
「クラウド」
「もし、あんたの隠し子が何人出てきても、オレがまともに育てるから大丈夫だ」
苦笑を浮かべながらも、長い両腕で抱き締められた。
「恐ろしい冗談はやめてくれ」
*
まだ夜が明けきらない薄闇の中、クラウドとセフィロスは屋敷を抜け出した。
寝静まり、ニブル山の獣たちの声しか聞こえない広場を抜けて、二人の故郷へ別れを告げる。
あの事件の証人が永劫の眠りに着き、全てが記録のみに刻まれた歴史になった時、もう一度、この村の給水塔のふもとに立とうと誓う声を聞く者はいなかった。
星が消えていく空を、森へ帰る蝙蝠が飛び去った。
東の空が美しい東雲色に染まり、赤茶けた給水塔を照らす頃、既に黒衣の影ふたつはニブルヘイムのどこにも見あたらなかった。
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※keep 〜in the dark=秘密に(曖昧に)しておく
Keep it in the dark(了)
2010.04.17
アイコ<http://www.natriumlamp.com/B1F/> |