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蕩散せしめる婀娜なる花


 もう数日、酷い暑さが続いていた。
 強化された身体は暑さに弱いということはないが、この熱帯夜は人の気力を萎えさせるには十分、さすがの青年も少しでも涼しい寝場所を求めて、日が暮れてからも放浪する時間が長い。
 いつものように森林の奥深くで、小さな泉を見つけ、そのほとりで野営の支度を始める。火を焚き、水を汲み、携帯用のポットで湯を沸かし、乾いた肉と乾パンで食事を済ませた。旅中、唯一の贅沢品であるコーヒーを入れたが、さすがに熱くて冷めるまで飲む気になれずにいた。獣避けに小さく残した焚き火さえ消してしまいたくなる。
 青年はためらいなく服を脱ぎ、泉の端から水に浸った。仰向けになって水面に浮かび、星が瞬く丸い空を見上げる。
 体温を奪う水の冷たさに安堵の溜息をついた。
 こうして水を浴びれば、夜の寝苦しさはかなり楽になる。この周辺は大型のモンスターや獣は少ないようなので、火は残さなくてもいいかもしれない。
 そう思うだけで気も晴れ、泉の縁で身体とそれまで着ていた服を丁寧に洗って埃を落とし、同じように砂埃に固まった髪も洗う。
 汚れて灰色に近くなっていた髪は漸く元の金に戻り、それを褒める唯一の男を一瞬思い出し、少しだけ寂しい気分になってしまった。
 青年は暗く落ち込みそうな気分を振り払って、泉を何周かぐるりと泳いでから水から上がり、濡れたまま、替えの服だけを着込んで焚き火を消し、敷いた毛布の上に横になった。
 月はまだ昇り始めたばかりの時間である。
 深い森の中にも関わらず、やはり獣の声が少ない気がした。そもそもこういった泉の近くは、そこを水場にする大小の獣がおり、それらを食料とする肉食獣やモンスターも集まってくるものなのだ。
 訝しく思う気持ちもあったが、身体が冷えたところで安らかな眠りはすぐにやって来た。


 夜半を過ぎた頃だろうか、鼻をつく匂いに青年は瞼を上げた。眠りに就く前にはなかったはずの匂いに目覚めたのは、それが植物の放つものとしては過剰だったからだ。
 甘い蜜を含んだ花の香りだった。
 青年は身を起こしながら真横に置いていた剣を取り、寝床と荷物はそのままで立ち上がった。漂ってくる匂いの発生源は迷いようがないほど強く、好奇心も手伝ってそちらに足を向ける。
 泉の向こう、距離にしたら五十メートルほど、茂った下草を掻き分け、立木の林を進んだ先に、ぽかりと拓けた場所があった。野生芝のような緑の短い草が、僅かな夜露に月を反射させている。その広さは直径十メートルもない、狭い庭のような具合だった。
 警戒して踏み込んだ場所に、動物などの気配はない。
 だがずっと嗅いでいれば頭痛を起こしそうなほどに、花の香りは強烈である。
 小庭の中央に、それはあった。
 毒々しい鮮やかな赤い花弁は、一枚が五、六十センチはありそうな大きさで、五枚の花弁が地面に沿うように平らに開いている。中央はオレンジ色のマツカサ状の葯(やく)をつけた大きな花糸(かし)が数本生えて、丸い先端を覗かせていた。
 巨大な花が四つ。他にはまだ開花の時期を迎えていないらしい、ひときわ大きな緑色のつぼみが一つ、赤い花の隙間に鎮座している。
 花の塊の下から放射状に太い蔓(つる)が延び、先端は周囲の茂みの中に消えていた。絡んだ蔓と蔓科特有の掌大の葉が、小庭の中央をこんもりと見せている。
 青年は小さく笑みを浮かべていた。
 奇怪ではあるが、これはただの花だ。長く旅をしている青年が初めて見る花ということは、もしや大発見なのかもしれない。そう思って笑った。
 しゃがみこんで花弁に触れてみると、毛布ほどの厚さがあり、思いのほか固かった。感触はゴムタイヤを伸したものに近いかもしれない。だが花弁からも甘い香りは強く、興味本位で顔を近づけていた。
 その時、青年はバランスを崩して、蔓の這う地面に手をついた。
 何かを踏みつけたかと足元を見るが、蔓以外は何もない地面である。だがそのまま前のめりになりそうな身体を支えようと、もう一方の手も地面についたとき、視界に霞(かすみ)がかかっていることに気付いた。
 霧が出るような時間帯ではない。
 ましてやこんな熱帯夜にはありえない。
「う…?」
 見えないものが、青年から力を奪い、昏睡させようとしていた。敵意も殺意もないことで油断していた青年を襲ったのは、間違いなくこの匂いだった。
 口と鼻を塞ごうと手を顔へ伸ばす間もなく、青年は花の中に倒れこんだ。
「く」
 何とか起き上がろうと掌の下にある蔓を掴んだが、身体を引き上げる力は得られない。渾身の力で唇を噛み締めても、些細な抵抗だった。
 花の中に頬をうずめ、香りは更に鼻腔に流れ込む。
 残った意識の端で、地面を這う蔓がざわりと蠢いた。固く地面に張り巡らされていたはずのそれらは、次々と身を起こし、花の咲く中央に集まり出す。
 そして無数の蔓が青年の身体を検分するように這い、その腕や足、首筋に巻きついてきた。
 視線だけを動かして剣を探すが、指一本動かせない彼には余りに遠かった。


 血を吸う花があるというのは聞いたことがあった。だがそれはモンスターの一種で、ひとところに根を生やす植物とは違う。
 また葉や茎を変体させ、虫を捕らえて養分にする植物もある。それはもっと小さなものだ。
 そんな風に思考することが出来たのは、青年が完全に昏睡していないからだ。むしろ意識を失ってしまった方が、ずっと幸せだったかもしれない。
 視界は相変わらず霞がかかったようで、視覚や聴覚が鈍くなっているのが分かる。だが体中を戒める蔓の感触だけは妙に生々しく、力も強かった。
 見下ろした体中に、小型船のもやい綱ほどもありそうな蔓がまといつき、完全に拘束されている。それでもまだ何をしようというのか、幾本かの蔓が青年の身体を触れては離れを繰り返し、仕舞いには衣服の隙間に入り込もうとしてくる。
 払いのけたくなるおぞましい感触に、身動きを封じられた背筋へ悪寒が走った。
―――気色の悪い。
 袖なしの服の開いた脇や裾、襟元の狭い隙間にまで入りこんできた強靭な蔓は、外側に開いて脆弱な布を破り出す。僅かに地面から浮くように吊り上げられて、服の残骸は身体を滑って落ちていった。
 激しい戦闘にも耐える革のズボンも、上下から侵入した蔓に引き裂かれ、ブーツ以外は殆どぼろ布がまといついているような状態になる。
 素肌を這う蔓はより一層嫌悪感があった。
 もしかすると酸などで溶かして、獣の肉を食う花なのかと思い至った。ひと思いに食いちぎられるならまだしも、じわじわと消化されるのはたまらない。かといって、逃げられるような状態ではない。
 意識の方は匂いに慣れてきたのか、若干鮮明になった気もするが、相変わらず身体の自由はきかなかった。指先が必死になって少しだけ動く程度である。
 されるに任せるしかないのかと、諦め半分になった青年が小さく息をついたとき、それらの動きが早く、激しくなった。
 肌を撫でるように動く先端が、あらゆる場所をまさぐり、行き着いた先は口腔と股間と尻の狭間だった。
 まさかと思う間もなく、蔓のひとつが青年の陰茎を捉え、唇の隙間に入り込み、動きだした。
「うわぅ!」
 予想もしなかった動きに悲鳴を上げ、動かないはずの背筋がびくりと弾けた。
 痛いほど股間にきつく巻きついたものに息を詰めていると、口から入った蔓は喉の奥までもぐりこもうとする。咄嗟にそこに噛み付くと、蔓は慌てたように出ていった。股間のものも少し力が緩み、解放されるかと安堵したのも束の間、今度は愛撫する動きで扱き出した。
 吐いてしまいたくなるような嫌悪に、青年は青くなり、冷や汗が背筋を流れる。萎えたままのそこを嬲られ痛みはつのり、拷問じみた動きに目を閉じて耐える。
 蔓が一層力をもって体を持ち上げ、強くなった匂いに瞼を上げると、顔が花の中央に移動させられていた。
 眩暈を増長させる甘い匂い。
 身体ごと押し付けられ、唇を割り、口内へ導かれるものは先程見た花糸だった。
 マツカサ状の先端は亀頭を思わせて鳥肌が立つ。普通の花に見る粉状の花粉はついておらず、表面は浅い凹凸のみで抵抗もなく咽頭近くまで押し込まれた。
 途端に口腔に広がる甘い香りと味に、眩暈は一層強くなる。舌に触れる花糸は冷たく、あくまで植物の感触であるのに、本能的に逃げたくなる悪寒は増した。ますます酩酊が進めば、本当にどうなってしまうか分からない。
 生命の危機を覚える状態から逃れる術も思いつかず、媚薬の蜜と香りに朦朧とさせられ、口内のものに噛み付く力も失い、青年は揺さぶられるままに任せていた。ゆっくりと出入りする先端から発する香りは、さらに強くなった。
 気味の悪い蔓に嬲られていながら、陰茎は芯を持ち、固くなり始める。
 この媚薬のせいなのか。
 巧みとはいいがたい蔓の動きが大胆になり、青年は手放しそうになる理性と必死に戦っていた。


 『いい子だ』
 愛しい男がそのときに必ず口にする言葉。
 例え激しく口論した後であろうと、青年を縛り、抵抗を萎えさせ、慣れた愛撫を受け入れさせる呪文。
 脳裏をよぎったそれに、青年は自ら唇を開き、足をも開く。
 同じ男であることを忘れ、受け入れるヘテロに。
 名を呼んでほしくて、夢中で男の陰茎に舌を這わせ、音を上げるのをじっと待つ。後頭部に添えられ、髪を梳り促す掌が、己の執拗な口淫を中断させるのを待つ。
『クラウド』
「早く」
 きつく抱き締められ、押し当てた胸からは慣れた匂いがするはずなのに、いつもと違うような気がして、クラウドは失いかけていた意識を浮上させ、目を開いた。


 「は」
 喘ぐ形に唇が開き、吸い込んだ空気には濃密な香りが溶けている。
 尻の狭間に擦り付けられる感触は冷たい。
 薄目を開けて周囲を覗うと、夢見心地の中で見た男の姿はなく、温い外気に晒された己の身体は、深い森林の中の、妖しい花に抱え込まれていた。
 抱え込まれる、という表現が最も正しいに違いない。
 巨大な花の一つの上に、クラウドは膝を曲げて地面に尻をつけて座るような格好で、両手は高く拘束され、宙に浮いた状態で吊り上げられていた。反射的に閉じようとする膝は左右に開かれて、その間にある陰茎は完全に立ち上がり、未だ蔓がきつく巻きついていた。
 一度放った自分の精液が伝い、滑る尻の狭間に蔓が侵入していた。きつい門に居場所を作ろうと、何本かの細い先端が左右に押し広げる。
 痛みも嫌悪も、この芳香のせいで徐々に鈍くなっている。
 一度男の幻影に惑い、快感に目覚めた体なら、なおさら、最終的な支配から得られるものを期待せずにはおれない。
 強靭な蔓がクラウドの身体を沈みこませ、下方に反り立つ花糸へ下ろされる。蔓の先に開かれた後庭に、葯の丸みが触れ、ゆっくりと体内に突き入れられた。
 固く見えたマツカサ状の葯は、やわらかく弾力があった。
「ああ」
 思わず充足のため息が漏れ、クラウドは己の声に嫌悪した。
 こんな淫らな植物に犯されるなど、彼が知ったらなんと言うだろうか。いや、青年に甘い男は何も言わないかもしれない。だが呆れはするかもしれない。
 そう思う一方で、自分の意志では制御できない身体は、自在に動く蔓が上下させるままに任せていた。
 花糸は伴侶の男のものより幾分細く、だがヒトの陰茎に比べれば遥かに長く、根元まで直腸へ押し込まれる。
 胃の腑まで届いてしまいそうなそれに、内臓を押し上げられ、クラウドは何度かえづいた。
 慣れてくると苦しさは形を潜め、時折完全に抜き去られると次の侵入を心待ちにする自分がいた。マツカサの鱗が次第に開き始めて、緩んだはずの場所にも挿入の抵抗が増し、新たな刺激を生んだ。
 滑らかな花糸を再び飲み込み、断続的に、浅く上下に身体が浮き沈みを繰り返した後は、もう相手がヒトではないという事実も、陵辱されているという現実も、頭から消え去っていた。
 葯の先端が内側から固い場所に触れれば、耐えきれない声が上がり、指先から背筋まで全身に緊張が走る。その反応を察知するのか、花糸は集中的にそこを責めるよう、蔓が器用にクラウドを操った。意思ではどうにもならない力で陰茎が立ちあがり、射精感が堪えられず、動かせない体を蔓の中で必死に捩れば、束縛はきつくなり本能的な抵抗まで封じた。
 粘りのない唾液が唇から溢れ、首筋まで流れ落ちる。
 背や足を玉になった汗が滑り落ち、その感触にすら背筋が震える。拘束された場所からは痺れが走った。
 身体の中で小さくはじけるような音がして、奥深くに埋まるマツカサが開いたのがわかった。暫く動きが止まり、内壁を液状ものが流れ落ちてくる。そして身体が持ち上げられ、抜き去られた花糸の先端を見ると、丸く閉じた葯は最初のオレンジ色の鮮やかさを失い、薄茶色くくすんだものに変色していた。
 受粉。
 脳裏によぎった言葉が何を意味するのか、深く考える余地はない。
 クラウドの下には、まだけばけばしい色を保った花糸が数本、彼の体内への受粉を待ち構えていた。


 「セフィロ、ス。もう……もう」
 呼びかける声は完全にうわごとだった。この場にはいない男の名を必死に呼ぶが、クラウドを犯しているのは植物で、言葉の内容に異を唱えるわけでもない。
 何本もの花糸を順に受け入れ、その度に体内に蜜と花粉を吐かれ、爛れる寸前まで擦られたクラウドのそこは赤く潤み、目一杯に花糸を受け入れたわずかな隙間から、オレンジ色の花粉の混じった液体が滑らかな尻や腿、足首まで幾筋も流れ落ちていた。
 しっかりと巻きつき、身体を上下させられる度に扱かれた前は、もう幾度達したかも分からず、粘りのない薄い精液しか出ない。
 見かけによらず精力旺盛な伴侶の男でも、さすがに解放している頃合いだった。だが今の相手はクラウドの状態を考慮する頭脳や感情は持ち合わせていない。
 そもそもこれは性交ではなく、受粉なのだ。
 咲いている花全ての花糸を受け入れなければ、解放されないのかもしれないとぼんやり眺め、絶望と同時に、まだこの饗宴が続くことに喜びも覚えていた。
 クラウドの開いた半眼は虚ろに光り、唾液は流れるままで堪えきれない悲鳴に口内が乾き、自発的に蜜を求めた。
 目の前にある、まだ花粉を伴った花糸の先端を進んで口内へ導き、手首だけを拘束された状態で、毒々しい花弁に手をついて自ら腰を突き出す。
 蔓に頭を支えられ根気よくしゃぶり続けると、口腔の奥と、後ろを貫く別の花糸が同時にマツカサを開いた。粘りのある甘く芳しい蜜が咽頭に吐き出され、抵抗なく飲み下した。
 唇が無意識に愛しい男の名を呼んだ。
「セフィロス」
 太い腕が膝裏に差し入れられる代わりに、蔓が足を捕らえる。
 熱い胸に頬をうずめる代わりに、冷たい花弁に頬を押し当て、腰を掴み取り尻を割り開く力強い指の代わりに蔓が這う。
 新たな葯が押し込まれ、猛々しい茎の代わりに花糸が蠢いた。
「ああ。もっと、強く」
 クラウドの歓喜の声、荒い息、結合部分の生む粘ついた音、ざわざわと葉が揺すられる蔓のざわめき以外、森は風の一筋もなく獣の声も聞こえない。
 汗に濡れて、火照った首筋や頬に張り付く黄金の髪を振り乱して快楽に耽り、溺れてヒトであることすら忘れ、雌株に成り果てたクラウド以上に、この婀娜なる花もまた彼の肉体と、繁殖の幻想に溺れていたのだろう。
 唾液と蜜に濡れたつややかな唇が、一際高い悲鳴放ち、その掠れた語尾が悲しげに木霊していた。




 次に目を開いた時、周囲は明るく、騒がしい鳥の声が上空を交差していた。
 破れた服をまといつかせ、まともなのはブーツのみの殆ど全裸で地面に横たわっていたクラウドは、痛む全身をきしませながら手をついて上肢を起こす。
 昨晩の悪夢のような、淫夢のような出来事に一瞬吐き気を覚えて、制する暇もなく草の地面に吐瀉した。水のような少量の吐瀉物には、鮮やかなオレンジ色の粉末が混じり、昨夜の出来事を更に反芻させた。
 地面に手をついたまま唇を噛み、唸るような声を上げて怒りを堪える。
 見下ろす草の地面にはクラウドを束縛し、好き勝手に操った蔓が、最初に見たように放射状に這っている。すでに動き出す気配はないが、その一部を握りしめ、怒りにまかせて焼き払ってやろうかと、闘気を高めて顔を上げた。
 しかしそこには昨晩の婀娜花は存在しなかった。
 いや、存在しないというより、毒々しい赤い花弁は完全に萎れて縮み、茶色く濁って、無惨に縮んだぼろのようなそれが、同じような色に変色した花糸の周囲に落ちている。蔓の中央には掌大の葉の繁みと、開花前の緑色のつぼみ一つが残されているだけだった。
 クラウドの力を奪い取ったあの香りも全くない。今は、周囲の木や土の匂いの方が強いくらいだ。
「一夜の命だっていうのか…」
 毒気を抜かれ、絞り出す声は諦めの色を滲まさざるをえなかった。
 意識すると身体の奥がちりちりと焼け付くように痛む。
 痛む、というよりは疼く。
 体中に張り付く乾いた粘液も気味が悪い。這うように近くに落ちていた剣に近付き、柄を握る指は震えていた。
 剣を支えに立つ気力を振り絞ろうと、顔を上げたその時、クラウドは凍りついた。
 泉の方向の立木の間に、見慣れた男が無言で立っていた。
「…セフィロス」
 男の視線がクラウドの顔から、その身体の方へとゆっくり移動する。
 引き千切られて原型を留めていない服、手首や腿にまで残る蔓の跡、尻の間から腿や背中の方にまで流れた、オレンジ色の混じる粘液の道。どれもがただ事ではないと語っていた。
「あっちを向け。見るな!」
 行水を覗かれた乙女のように、クラウドは両手で身体を抱え込み、セフィロスから顔を反らし、俯けた。
 自分から望んで遊んだなら、彼の嫉妬の視線はむしろ心地よい。
 だが同情されたり哀れまれたりするのはまっぴらだ。
「クラウド」
 静かな呼びかけは何の感情もなく、大柄な身体の気配が歩み寄ってくると、クラウドはそのまま走って逃げ出したくなった。
「見るなって言ってんだろ!」
 声は荒げても、まだ萎える足でろくに動くこともできないクラウドは、結局無言で伸ばされた腕に捕らえられた。
 脇と膝裏に逞しい腕が差し入れられ、軽々と抱え上げられた顔に、鋼色の髪が降りかかる。
 慣れた感触と匂いに安堵が広がり、クラウドは顔を歪めていた。
「泣くな」
 前髪の間に薄い唇が、触れるか触れないかの口づけを落とした。
「生きていたなら、それでいい」


 野営していた場所まで戻ると、昨夜クラウドが起き出した状態のまま、近くにセフィロスの僅かな荷物が無造作に落ちている。一旦毛布の上に下ろされたが、汚れた身体を洗いたくて、クラウドはブーツを脱いで泉まで這い、冷たい水に身体を浸した。
 手伝おうと伸ばされた手は払いのけ、セフィロスの気配に背を向けて、クラウドはムキになって身体を擦った。
「あんた…なんでここに?」
 常に共に行動していた二人は、二週間ほど前それぞれの目的を果たしに一度アイシクルエリアで別れた。落ち合う予定になっていたチョコボファームまではかなりの距離があり、日程も一、二日は先のはずだ。
「昨夜、お前、しきりにオレを呼んだろう」
「呼んだ?」
 陵辱の間ずっと彼の名前を口にしていた気はする。
「寝入りばな、叩き起こされた」
 あれは夜半過ぎた頃だ。睡眠時間が短く、夜目も効くセフィロスがちょうど休む時間だったかもしれない。
「そうかも。ごめん」
「あやまることはない。いずれにしろ落ち合う予定が繰り上がっただけだ」
「用は、済んだのか?」
「ああ」
「で、なんで、何も聞かないんだ?」
 クラウドは身体の汚れを落としてひと心地着き、漸く顔をセフィロスの方へ戻し、視線を合わせた。
 近くの岩の上に座った彼は、足元に刀を下ろし、クラウドをじっと見つめていたようだ。
「お前が苦痛でなければ聞きたい」
 クラウドは浅い泉の縁で膝を曲げて首まで水に浸かったまま、うなだれた髪を撫でつけ、昨夜の顛末を話し始めた。


 「受粉」
 セフィロスは地面に咲いた小さな野草の花を見つめたまま、クラウドの言葉を繰り返す。
「うん。あれはどう見ても植物だし、そういう植生なんだと思う」
「怪我は?」
「ないよ。疲れ切って、身体が動かないだけだ」
 犯される最中や起き抜けはかなりのショックがあったが、相手が思考と感情のない植物だということもあって、思うよりずっと後をひかずに済んでいることに、クラウド自身も救われている。
 常の無表情を保ったセフィロスがクラウドの話をどこまで信じたにしろ、起きてしまったことは取り返しがつかない。
「虫に刺されたとでも思って、忘れるよ。大体この辺に獣がいないことをおかしいと思わなかった自分のせいだからな」
「獣」
「だって、こんな場所にヒトが寄って来る方が少ないだろ。多分普段ならサルとか狼とか、大型の哺乳類を捕まえてるんじゃないのかな。勘のいい動物は捕まる前に逃げるだろうし」
「それはまた…」
 一瞬何かを言いかけて口を閉ざしたセフィロスへ、クラウドは問い質す視線を向けた。
「いや。お前を捕らえるとは、見る目があると思ってな」
「セフィロス」
「失言だ。慰めにもならん」
「目がない花に、見る目もクソもあるかよ」
 クラウドは水から上がり、服を破かれたことを思い出して舌打ちし、仕方なく昨夜洗って干していた生乾きの服を着込んだ。
「クラウド」
「ん?」
「お前、中まで洗ったか」
「……うん」
 この時、クラウドは嘘をついた。
 自分で指を入れて掻き出す行為が嫌だったというよりも、なぜか『そうしなければ』という気が起きなかった。
 受け入れたものに在るはずの嫌悪が、どこかへ行ってしまったのか、もしくはそれこそが媚薬の効果だったのかもしれない。
「洗わずにいると、一晩で芽が出てくるかもしれんぞ」
「バカなこといって。脅かすな」
 冗談ですませたクラウドに、セフィロスは何か気付いているらしい。それを理解しない振りで彼の足元の毛布に横たわった。
「疲れた。一日、ここで休んでいい?」
「ああ。獣でも狩ってくる」
 無言で頷くと、男は大きな掌で髪を撫でた。
 これは嘘でも冗談でもなく身体が泥のように重かった。そして意識すると、体内で疼く何かを我慢しなければならないので、クラウドは眠ってしまいたかった。


 身体のだるさにまかせて浅い眠りを貪り続けたクラウドが完全に覚めたのは、もう日が傾きかけた夕方近くだった。
 余り夢見は良くなかった。途中何度も目覚め、覚えてはいない夢の内容に嘆息し、もう一度目を閉じることの繰り返しだったように思う。
 毛布の上で顔だけ動かすと、捕らえてきた獣を捌(さば)くセフィロスの背中が見え、少し離れた場所には火も焚いてあった。
 彼の姿に安心して吐いた溜息が、異様に熱いことに気付いた。熱でも出たのかと頬に触れたが、その気配はない。それよりも身体の奥の疼くような刺激と、立ちあがりかけた股間に驚いた。
 確かに寝起きは勃起しやすいが、明らかに欲情からくる昇ぶりに動揺し、咄嗟に服の上から押さえたその衣擦れさえ刺激になる。つい指を動かし自慰行為に至るクラウドは、助けを求める視線で男の背中を見つめた。
 彼に、何をして貰おうというのだろうか。
 ただそれが自慰の延長であろうとも、クラウドの誘いをセフィロスが断ったことは殆どない。それが人通りの多い町中でも、山奥深くでも、多分断りはしない。
 布地の上から己の指で狭間を辿れば、思わず漏れそうになる声を堪え、唇を噛み、目を閉じた。普段の自慰のように射精したいのではなかった。
 火照った頬を毛布に埋めたまま薄目を開く。
 すぐそこの土の地面に、見慣れたブーツの足先が見えた。
「お前……」
 心地よい音声の苦笑が振り、屈んで肩に手を置かれる。跳ね上がった肩を掴まれて、クラウドは何とか上肢だけを起こした。
 流れ落ちる水流にも似た鋼の髪の匂いにかき立てられ、クラウドはその身体に縋り付く。
「セフィロス」
「どうした」
 長い上着の裾を掴んで膝立ちになり、仰ぎ見た男の前立てに躊躇なく手を伸ばした。
「待て」
「いやだ」
 急いた動作でベルトを解き、ファスナーを下ろしてまだ柔らかいものを強引に取り出し、口内へ招き入れた。きつく吸い上げながら舌を絡ませ、一刻も早く立たせようと唇で扱き上げる。唯一の恋人に対する口淫にしては一方的で、余りに性急だった。
 それでもセフィロスは逃げもせず、されるがままに任せている。上目遣いに彼の表情を確認しても、変化は見られずクラウドは焦った。その間も疼く尻は勝手に蠢く。
 セフィロスの長い指が、無心に貪るクラウドの後髪を優しく梳いた。
「どうして欲しいんだ?」
 問いと一緒に吐かれた息と、芯を持ち始めた口内のものに少し安堵し、口を離して涼やかな色の股間の繁みに接吻する。
「入れて。もう、焦がれ死にそうだ」
 みっともなく乱れた息を吐きながら答えた途端、強い力で肩を押され、毛布の上に仰向けに押し倒された。両手首が地面に縫い止められ、はだけた股間を、服の中で完全に立ちあがったクラウドに擦りつけて来た。
「こっちは朝から瀕死だ」
「セフィロス」
 上衣のファスナーが一息に下ろされ、前立てを外し下着ごと引き下げられる。中途で止められたズボンが膝を拘束していたが放置され、クラウドの身体は毛布の上で横向きに転がされた。
 遠慮のない指の力が、尻の肉を掴んで狭間を割り開き、そこに熱い舌が潜り込む。
「あう」
 跳ね上がった身体はすぐに押さえつけられる。舌を幾度も行き来させ、喘ぐクラウドが脱力したところでセフィロスは顔を上げた。
 煌々と夕暮れ時の陽が照らす元で、男は完全に夜の顔になっている。薄く浮かんだ笑みと、目の奥に灯る残酷さを秘めた光を見ただけで、期待感だけですぐにでも達してしまいそうだった。
 いつもなら彼の愛撫は長い方だったが、セフィロスは陰茎を自らの手で鍛え、クラウドの望みは直ぐに叶えられた。
 片手をクラウドの頭の横に突き、もう一方の手で左の尻を掴んで広げ、先端だけがまず挿入される。火傷しそうな彼の熱さに肩を揺らし、その瞬間、クラウドは触れてもいない前を少量解放させていた。
 毛布に散った白い滴を見て、セフィロスは少し驚いているように見えた。
「どうした」
 まだこれからだ、と前置きして、尻から離した片手でクラウドの両膝をすくい、その手を毛布についた。完全に横向きになったクラウドが顔だけをセフィロスへ向けた時、一息に根元まで突き上げられ、鋭い悲鳴と一緒に息を吸い込んだ。
 悲鳴の語尾は甘い溜息になって、クラウドは鋼色の雨の降る下で身を捩った。
「お互い、死ぬ前に間に合ったな」
 そのまま奥に居座り、セフィロスは低く笑いを漏らす。その振動すら今のクラウドには耐え難い快感で、いつもの余裕は全くない。
 セフィロスは落ちた前髪を掻き上げた。
「オレも欲しかった」
 異常な状態でセフィロスを求めたクラウドだったが、静かに告げる彼の言葉も、思えば当たり前だったのかもしれない。
 二人が別行動を始めてから、かれこれ二週間。共に行動する間、頻繁な時は二晩でも三晩でも続けて身体を重ねていた。それがここ十数日は全くの禁欲生活だった訳である。
「セフィロス、動いて」
 身体の脇についた膂力(りょりょく)を秘めた腕を撫で、クラウドは腰を揺らした。
「好きにしていいから」
 降りかかる髪を引いて口づけを求め、深く合わせたまま動き出され、クラウドはくぐもった声で喘ぎを漏らし始めた。


 「昨夜の話を聞くまで」
 浅く、小刻みに腰を揺らしながら、セフィロスは言いかけた言葉を途切れさせた。
 完全に立ちあがったセフィロスの陰茎は大きく、昨夜の名残か柔らかく解けて、十分に濡れたままのクラウドにも、それがそこに存在するだけで息苦しく、まともな受け答えは不可能に近い。
「お前を辱めた者をどうやって殺してやろうかと、そればかり考えていた」
 愛し気に優しく触れる指先が、クラウドの髪をかきあげて撫でつけた。
「だが、まさか花とはな」
 最初の性急さはどこへやら、ゆっくりと高める動きは今のクラウドにはもどかしく、その分時折奥を突き上げられるだけで、失神してしまいそうなほどの痺れが走る。
 だが意識を手放しそうになると、セフィロスは一旦抜き出して、クラウドに正気が戻るのを待った。辺りはもう薄暗いというのに、ずっと解放させてもらえない。
 もしかすると昨夜の仕返しのつもりなのか、とクラウドが思い立った時、微笑を納めたセフィロスが奇妙なほど真面目な顔になって言った。
「怒るなよ」
「…なに、を?」
「見たかった」
 低く呟き、まるでごまかすように腰を動かし、クラウドは身体ごと揺さぶられる。
「な、にを?」
「お前が、花に犯される姿を」
 セフィロスは両足首を捕らえて引き、大きく開かせて結合部を覗き込んだ。千切れそうなほど開かれた場所を見て、彼は何を満足するのかクラウドには理解できず、また自分が陵辱される姿を見たいという理由も分からなかった。
「なんで…」
「さぞ、美しかろう」
「そんなの」
「お前自身には分からんだろうな」
 もう一度抜き出したセフィロスのものは完全に天を向き、淫らに濡れ光っている。そして体液には不似合いな鮮やかさの、オレンジ色の花粉が大量に混じって見えた。
「悪い子だ。いいつけを破るからこういう事になる」
 再び貫かれ、今度は速いペースで抜き差しされ、急速に高められた。
「疼くのは多分これのせいだ。雌株に受粉させてやるまで、お前はいくらでも足を開きたくなるぞ」
 セフィロスの言葉を殆ど理解できないほど、クラウドは朦朧としていた。
「蜜蜂だな。花から花へ、身体に付着した花粉を運ぶ」
 微笑を浮かべた唇に、頭ごと飲み込まれそうな勢いで唇を揉まれ、舌が痺れるほど吸い上げられる。粘膜の擦れ合う心地よい感触が下肢の結合部を思わせた。
「は、ち?」
「報酬として、蜜を持ち帰る。こうして」
 口腔に溜まった唾液を吸われ、唾液を与えられ、躊躇なく飲み下した。その間も腰の動きは追い上げる速度で、クラウドは珍しく最中にも饒舌なセフィロスを訝しく思うことなく、ただ身体の求めるままに足を絡ませ、狭間を貫く剣を更に奥へと導いた。
「甘い」



 夕刻以来クラウドは酷く浅い眠りにいるような状態が続いている。
 身体はくたくたに疲れきっているのに、セフィロスが抜き去った後は、隙間が出来たような気がして居たたまれない。我侭を言って、随分と長い間納めたままにさせていたが、セフィロスが食事を作るからと身体を離すと、あとは震える己の身を抱えているしかなかった。
 恥も外聞もなく身悶えし、毛布の中で丸まるクラウドへ、セフィロスは食事を勧めるが食べる気など起きるはずもない。
 この状態が歯噛みして落涙するほど情けなくても、どうしようもなかった。
「無理にでも眠れ。今は」
 セフィロスはそう言って、指だけをクラウドに与えた。
 左の指をふやけるまでしゃぶり、右の指でそこを慰めてもらうと、少しだけ眠れそうだった。気分の問題もあろうが、身体が疲れすぎて、目覚めている気力が萎えただけかもしれないが。
 うとうとしては疼きに目覚めることを繰り返して、月が漸く中天に昇ったころ、クラウドは昨夜と同じように強い花の匂いに目を開けた。そしてそれを察知した瞬間、何かに駆り立てられるようにクラウドは起き上がった。
 疲れて力の入らない足を引きずるように、時折躓きながら、昨夜のあの小庭へ自然と歩が進む。
 呼ばれていた。
 昔、セフィロスがリユニオンを呼びかけた時のように。
 下草を掻き分け降り立った小庭には、高い月の光が降り注ぎ、そこだけ明るく照らされたように見えた。放射状に這う蔓の根元、枯れた花の残骸の中に、昨夜よりもひと回り大きな花が見事に咲き開いている。
 緑色の固いつぼみだったものは、紅葉のように鮮やかな黄色から橙色に変色し、その大きく分厚い花弁の中央には、白っぽく太いめしべが一本立ち上がっていた。
 受粉前のまだ小さな子房を抱えた根元はうっすらと膨らみ、長い花柱(かちゅう)の先の柱頭は二つの山になって、淫靡に湿っている。
「これが…雌花?」
 ざわ、と蔓が一斉に動いた。
 昨日の獲物が帰って来たことを察知したのか、かさかさと葉を鳴らし、足元から這い寄ってくる蔓は無抵抗のクラウドの足首を捕らえ、腿や腕へと絡み付いてくる。
 その感触はありありと昨夜の行為をフラッシュバックさせ、クラウドは総毛立った。
 セフィロスとのセックスにはない変質的な行為にある快感、同時に、この花の官能的な生態への興味と諦めが半分。
 いずれにしても、クラウドには抵抗する理由はなくなっていた。
 クラウドは束縛が進んでも黙って立ち尽くした。
 この雌花の香りは、雄花のような強烈な媚薬の効果はないように思えた。きっと己の体内に花粉を植えられた者は、自然とここに帰ってくるのだろう。
 斜めに身体が浮き上がり、雌花の真上に移動させられ、昨夜と同じように隙間から蔓が衣服の隙間に入ってくる。また服を破かれるのかと、場にそぐわない落胆にため息をついたクラウドは、小庭の端にセフィロスの姿を捉えた。
 セフィロスは今朝とは異なる表情で立ち、口元には薄い笑みさえ浮かべている。
「ホントに、見に来たのかよ……」
 闖入者の存在に蔓がざわめいた。
 セフィロスの覇気や闘気は植物にも通用するものなのだろうか。
「ああ。見届ける」
「単なる、のぞき趣味だろ」
「そうかもしれん」
 軽い足取りで近寄ったセフィロスの動向をうかがい、蔓はクラウドを吊り上げたまま動きを止めている。彼は、既に身動きできないまで戒められたクラウドの足の間で立ち止まり、上衣とズボンの側面についたファスナーを降ろした。
 袖なしの上衣は腕に引っかかるだけに、ブーツと下着を残してクラウドを脱がせると、満足気に見下ろして口を開いた。
「では参加してやろう」
 グローブの両手を下着に掛け、その布地を躊躇なく引き裂いた。ただの布になったそれを草地に放り捨て、露になったクラウドの股間に顔を寄せる。
 薄い唇が陰茎を覆い隠すのと同時に、クラウドの背が跳ねた。
「本気でっ、参加するって」
「お前が本当に嫌がるなら、こんな花すぐに燃やしてやる」
 濡れた熱い口内は慣れた感触でさえあるが、この状況は余りにも特異だった。
「少々癪だが、オレ以外が与える天国を見てくるといい」
「変態、め」
「お前もだ」
 意地の悪い笑みを浮かべて、愛撫に戻るセフィロスを止める腕は拘束されて、クラウドは足を閉じることも、その髪を引っ張ることも出来ない。
 口淫を続けながらセフィロスはグローブを取り去り、長い指先で後ろを探った。昨夜からずっと解けたままの場所は、余りにもすんなり指先を受け入れる。
「やりやすいな。今後はこうやって縛るか?」
 二人のヒトの行動を読みきれないのか、蔓は積極的な動きを止めていた。
 クラウドもまた、望んでいた後庭への刺激に唇を震わせるだけで、今の主導権は完全にセフィロスにある。
 彼は長い指を根元まで埋め、指先で奥に潜む花粉を抉り出すように動かす。抜いた指先には、やはり鮮やかな花粉が付着していた。
 花粉の匂いに、蔓が一斉に反応した。
 クラウドの足の間に膝をついてかがむセフィロスへ、その蔓の一部を動かし、腕や足に絡み付こうと移動を始める。
「性急な」
 セフィロスは声を立てて微かに笑い、狭間から引き抜いた手で雌花の花柱をそっと掴んだ。花粉のついた指先で柱頭を撫でれば、蔓が喜ぶように震えるのがクラウドにも分かった。
 乱入してきた男の立場をどう判断したのか、蔓は彼を束縛せず、まるでじゃれるようにまといつくだけに留まった。
 セフィロスは、立ち上がりかけたクラウドの陰茎と陰嚢を一緒に掴み、腹に擦りつけるように撫で上げながら、愛撫にわななく唇に顔を近づける。その唇を舐め、深く合わせてからはクラウドは夢中になってセフィロスの舌を吸った。
 クラウドの中の何かが弾け、ただもうこの疼きを止める支配を望んだ。
「は、やく」
 腰を蠢かせるクラウドを見下ろし、蔓の絡む片方の膝に右腕をかけ、セフィロスはその身体ごと花の上に沈みこんだ。
 左手は抱え込むように背後へ回し、尻に指を食い込ませて後ろを開かせた。
 柱頭の冷たい先端が触れた。
 無意識に髪を振り乱した。期待が膨らみ過ぎて気が触れてしまいそうだった。
「ああ」
 体内から擦れる音が響き、内壁を押し広げながら花柱が沈みこんだ。
 花糸より太いめしべの花柱は慣らされた身体にも苦しく、クラウドは息を飲む。もしここにセフィロスが居らず、蔓のさせるままにしていたとしたら、クラウドは内臓を破るくらいの騒ぎになっていたかもしれない。
 彼が目の前にいる事実は、気持ちの面でも安堵があり、昨夜のような命の危機や恐怖を感じることはなかった。
 クラウドの足の間にいる男は、花弁に膝をついて、感心したように結合部分を覗き込んでいた。
 男が冷静に観察していることで、昨夜には早々に手放してしまった理性が働き、クラウドは屈辱感を拭い去れない。生来の負けん気が何か言い返そうとさせるが、悪趣味だ、と呟いた声は情けないほど弱々しい響きになった。
 クラウドの意図に反して、体内の花粉の存在に興奮したように蔓の動きが激しくなった。
 身体全体を力強く持ち上げては下ろし、リズミカルに上下に揺すられる度に花柱は熱く熔けた内腑を擦りあげた。太くなる子房の手前まで飲み込まされ、一番奥深いところに到達すれば、蓄えられた花粉に触れて、歓喜するように柱頭が震える。
「セフィ、ロス」
 快感に背筋を反らしながら、愛しい男の名前を呼ぶ。
「不思議だな」
 見下ろす微笑に震え、クラウドは目を半ば伏せて与えられる感覚を追った。
 花と完全に繋がり一体になったクラウドを、揺れて涙に滲む視界でセフィロスが見つめている。どんな気持ちでそうしているのかを想像することは、クラウドにとってまた新たな昂揚を呼んだ。
「犯されていようと、お前は美しい」
 薄目で男を見つめ返し、優越感にも似た感覚に浸って、クラウドは思わず笑みを浮かべる。
 冷たい蔓ではなく暖かい掌に包まれた前は、内と外から高められて痙攣を繰り返し、限界はすぐそこだった。
 汗の雫がまつげに点り、荒い息が漏れる唇から唾液が流れ、湧き上がる声を堪えずに吐き出した。
「もう。セフィロス、もう」
 意味を成さない言葉を呟けば、先端を熱い口内が覆い、強く吸い上げられた。抗うことなく溢れさせたものは飲み下され、同時に花粉に触れる柱頭が奥深くでぽっと熱くなった。
 次第に蔓の動きが鈍くなり、ゆっくり持ち上がる体から花柱が抜き出された。
 ぬるま湯のような液体が、狭間から流れ落ちた。雄花の花粉を含んだ蜜よりも、ずっとさらさらしている。
 その水に触れた場所から、それまで病的に続いていた疼きが突然止み、ただ長い性交の後にある倦怠感のようなものだけが残った。恐らく中和剤のような効果があったのだろう。
 浮いたままの身体をセフィロスが抱きしめた瞬間、きつく絡んでいた蔓は潮が引くように力を失い、クラウドを解放した。
 大きな身体に脱力した身を受け止められ、頭を肩の上に預け、思わず溜息をついて呟く。
「ただいま…」
 ふっと音を立てて男が笑う気配が漂った。
「おかえり」



 大人しくなった蔓の合間に腰を下ろしたセフィロスは、その側に横たわったクラウドの髪をずっと撫で続けている。いつも八方に飛び跳ねてしまう髪は汗を吸ってうなだれ、しっとりと額に張り付いていた。
 髪を梳(くしけず)られるのは好きだった。
 昼間は花粉の刺激に翻弄され、まともに眠ることもできなかったクラウドは、身じろぎがおっくうなほど疲れ切っていた。
 すぐに野営場所に戻る気にならず、そこに横たわっているのはそのためだ。
「調子は?」
「もうなんともない。嘘みたいにスッキリ」
「残念だ」
 肩をすくめてぬけぬけと漏らす男を睨みつけ、だが彼がいなければ今まで保たなかったかもしれないと、頭の端で思った。
 周囲を這う蔓も力尽きたように地面に落ち、葉が萎れて変色しかけている。
「受粉して、実が成るのかな」
 緑から黄色、橙色、今は赤っぽく色をかえつつある巨大な雌花は、まだそこに鎮座していた。受粉した柱頭と花柱は乾いた色になり、この花の命はそう長くないように思えた。
 一方で、実をつける子房の部分が、当初よりも大きく膨らんでいるように見えた。
「雄花と雌花が一緒に咲かないって、なんか哀れだよな」
「裸子植物にはそういうものが多い」
「そうなんだ」
「ああ。これは被子植物だろうが、どちらにしても獣の体内に花粉を預ける植生は初めて見る」
 視線だけで巨大な婀娜花を示し、セフィロスはもう一度クラウドの髪に触れる。
「本当は」
 言葉の続きが気になって男の顔を見上げた。
 薄い笑みを浮かべたような、妙に満ち足りた顔をしている。
「すぐにでも燃やしてやろうかと思ったが」
 セフィロスはそうすると思っていたし、クラウドも最初はそのつもりだった。小さく頷いて見せると、彼は無表情で花を見つめて続けた。
「あれは、お前が産んだ新しい生命。そう思うと、愛しくて手が出せん」
 端正な横顔を見上げながら、クラウドはその言葉に背筋に鳥肌が立つ感動を覚えた。
 長い間共に居て、初めて発露した彼の父性だということに、彼自身は気付いていないらしい。
「あんたが…そんなこと言うの、変だ」
「そうか」
「うん」
 会話が途切れて、セフィロスは花から視線を外すと、横たわったクラウドを抱き上げて泉の方へ向かって戻り始めた。
 抱き上げられたまま男の肩越しに見た雌花は、花弁を限界まで赤く色を変えて、花柱の頭を垂れている。昨日の雄花と同じように、夜が明けるころには茶色くなった花弁を落とし、その短い命を終えるのだろう。
「目が冴えてしまった」
「オレ、眠いんだけど。昨日殆ど眠れなかったし」
「二晩続けてお前のあの声を聞かせられた、オレにそれを言うか」
 間近に見上げる顔は憮然として見えた。
 珍しく正直な表情がおかしくて笑い声を上げそうになるが、クラウドは必死にそれを飲み込んだ。ここで笑ったりすれば、どんな仕返しをされるかわからない。
「ごめん、ホントに勘弁。明日にして」
「いきなり、つれない事を言うな」
 そう返しつつもセフィロスはそれ以上迫ることなく、クラウドを毛布の上に下ろし、並んで身体を横たえた。そっと腰に回された腕もそれ以上の意味はないようだった。
 こうしている時間の方が深い幸せを堪能できる。彼とのセックスは正直クラウドも好きだが、いつも揺さぶられて半分失神したような状態では、見えない事も多い。
 ゆっくり背を撫でる手に強烈な睡魔を誘われ、段差を突き落とされるように急激に眠りに落ちた。
 目を閉じる直前、秋になったらあの花に実が成ったかどうか、二人で見に来ようと、ふと思った。

 丸一日ぶりの深い眠りの間、クラウドは彼との子を孕む夢を見た。
 それは目覚めれば忘れてしまうような、仕様もない、ただの夢だ。


蕩散せしめる婀娜なる花(了)
2005.10.05
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【FF7 TOP】
※ここでご紹介するものはゲーム本編とは全く関係のない、個人の趣味と空想に基づくストーリーです。スクエアエニックス社の権利を侵害する目的のものではありません。
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