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A fairytale of the night


 乾燥した赤い土の足元が丸一日続いた後、突然青い下草が生え始める。
 他の地域と異なり、コスモキャニオンを中心とする乾燥地帯からゴンガガエリアへ抜ける瞬間は、まるでそこに明瞭な境界線が存在するように、周辺の様子が激変した。
 ゴンガガまでは平らな土地を、もう半日ほど歩けば到着する。だが村の手前、西側に位置する森の中に、過去にも数度待ち合わせに使った泉があり、セフィロスはそこへ足を進めていた。
 今、旅の連れは側にいない。
 一月ほど前、各々の用件を済ます為にロケットポート近辺で別れ、今晩が再会の約束の日時だ。
 別行動をとった際、青年は必ずコスモキャニオンの旧友を訪ねている。そこを集合場所にしてもいいようなものだが、青年の知り合いからセフィロスはまず歓迎されない。セフィロスと旧友両方へ気遣っているのだろう青年は、必ずコスモキャニオンから一日ほど離れた場所を指定した。
 地元の猟師などが使う獣道程度の小道を進み、少しひらけた場所に、その美しい泉はあった。
 泉の縁に生える年期の入った巨木が、泉の中央あたりに太い枝の一本を垂らし、その周囲に小魚が集まっている。
 恐らく、コスモキャニオンエリアの岩盤の下を通った地下水が、泉の底から沸き出しているのだろう。泉の透明度はかなり高く、砂の溜まった底に横たわる岩や倒木までを明瞭に見ることが出来た。微かな風にささやかな波紋を描く以外、鏡のように穏やかな水面が周囲の新緑を反射し、上下一対の絵に見える。
 豊富な水分を得て、泉の周辺だけは青々とした下草や苔が、絨毯のように密に敷きつめられていた。
 もう少し早い時期であれば、春の花々で一層色鮮やかな一帯になっただろう。
 刀を脇へ置き、グローブを脱いだ片手で冷たく、清らかな水を掬い、ひと口含んだ。
 ここを水場に使っている鳥が、ほど近い木の上で鳴いていた。ウサギなどの小動物も水場にしているだろうが、今は見あたらない。
 セフィロスは近くの木の根元に荷を下ろして、野営のための準備を始めた。
 湯を沸かすための薪を拾い集めながら、周辺の様子を探るが、この周辺には警戒するほど大きなモンスターや獣も生息していないので、野宿には最適な場所である。風よけの石を積む代わりに、地面に半分埋もれた岩の根元に木切れを集めた。
 一足先に着いた方が、先に野営の準備を始めるのは、いつものことだ。だが、日が落ちかけても青年が現れる気配はなかった。
 この界隈で青年に危険が及ぶことは考えにくいが、旧友に引き留められて出発が遅れるなどの事態は、いかにもありそうな話だ。
 木の根元を背もたれに、野営用の毛布を敷いて座り、セフィロスは腰を据えた。


 日暮れの空を写して、水面が熟れた柑橘類のように鮮やかなオレンジに染まったころ、セフィロスは眠っていた訳ではない両目を開けた。
 そろそろ夜行性の動物が起き出す時間である。
 だがセフィロスが視線を向けた先の気配は、キツネやネズミのようなほ乳類ではなく、あえて分類するなら両生類の部類だ。
 セフィロスがゆったりと伸ばした足の先、二、三メートル程のところに、まるで水面を覗き込むように佇んでいるのは、一匹のカエルだった。
 それも只のカエルではない、一応モンスターの端くれである。
 カエルは飛び跳ねるでなく、まるで人間が歩くように二本の後ろ足を操り、水辺へ近づいた。時折、様子を見つめるセフィロスの視線を気にしながら、自分の姿の映る泉に飛び込んだ。
 水底まですいすいと泳いでいくのを眺めていると、周囲の繁みのあちこちが音を立て、何匹ものカエルたちが泉のほとりへ集まって来た。
「これは……すごい光景だな」
 普通であれば、必ず彼らの方から襲いかかってくる。だが警戒はするものの、幾匹ものカエルたちは一匹たりともセフィロスを襲う様子はない。最初の一匹はどうやら、こちらに敵意があるかどうか、試していた節がある。
 十匹ほどのカエルたちは最初の一匹の後を追い、次々泉へ飛び込んで行った。
 しばらくすると泉の向こう岸へたどり着き、岸に這い上がった彼らは、再び森の中へと消えていった。
 何事もなかったように静寂が戻った泉で、セフィロスは突然声を立てて笑いを漏らしていた。
「そういえば、ここはゴンガガが近かったか」
 ひとしきり笑い声を漏らし、足を組み直したセフィロスは、カエルの群れが消えていった対岸の繁みを見つめながら、もう一度目を閉じた。
 日が落ちるころには、待ち人も到着しそうな予感がした。




 それから何時間経ったか、すっかり暗くなった空が、泉の上にぽっかりと口を開けていた。
 周辺に村や町はない。人口の灯りがないだけで、星は格段によく見える。コスモキャニオンからゴンガガは天候に恵まれているので、昔から天文観測が盛んな地域だ。
 周囲を取り囲む木々が黒く、星をちりばめた夜空を切り取っている。低い位置には月も昇って、一層穏やかになった水面にも、もう一つ同じ形の月と星が輝いて見えた。
 こういった光景は、セフィロスよりも連れの青年の方が喜ぶのが通例だが、その待ち人はまだ現れていない。もしかすると今晩中に到着するのは無理と見て、明日に予定を繰り下げたのかもしれないと思い始めた。
 かといって、独り早寝を決めるには、余りに夜は浅い。
 セフィロスは身に着けているものを無造作に脱ぎ、毛布の上へ投げ捨てた。ブーツも全て取り去るが、日頃の癖でマテリアを着けたバングルだけは腕に残し、冷たい泉に足を浸す。
 初夏の道程で自然と浮いた汗が水に流れ、一瞬で表面の熱気を奪っていく。清らかで美しい泉の水は、身も心も楽しませた。
 泉の中央へ向かって歩いてみた。
 ほぼ正円に近い形の泉は、荷を置いた手前側はセフィロスの腰ほどの深さしかない。中央へ行くほど次第に深くなる水底は、柔らかな砂が積もり、所々尖った岩や水の中でもろく変質した倒木が散らばっている。障害物を避けながらゆっくり足を進め、水面へ腕を伸ばす巨木の枝に手を掛けるころには、セフィロスの胸の上くらいの深さになっていた。
 垂れた枝の向こう側は、突然底が落ち込んでいるようで、それでもせいぜい三、四メートル程度だろうか。水底近くで群れをなす小魚の背びれが、時折きらきらと反射していた。
 全身の力を抜いて、仰向けで水面に身体を浮かせる。丁度丸く切り取ったような夜空が拝め、柔らかなベッドへ寝転がっているような案配だった。
 恐らく、こういった風景や浮遊感こそ、青年が夜の水浴びを好む理由なのだろうと、ここひと月ほど見ていない姿へ思いを馳せた。
 水浴びをして、程良く冷えた身体を引き寄せ、いつもと違った風に濡れてうなだれる髪に手を這わせる。泉を覗き込むナルキッソスと呼ぶには大層口が悪く、一角獣に守られて身を清める処女を想像するには、余りに品がない。
 だが、あの不思議な白さを持つ肌が、月や星の光に照らされ水辺に佇む姿を、今こそ目にしたかった。滴をまとう唇が己の名を呼ぶのを、待ちたかった。
 思考が危険な方向へ流れていくのを自嘲で止め、セフィロスはゆるく閉じていた目を開いた。
 開いた視界の端を横切る枝の上に、何かが動いていた。
 ごく小さなものに、気を留めるでもなく再び目を閉じかけたセフィロスは、ふと我に返ったように身体を起こし、水底へ足をついた。
 泉の水上へ張り出した枝に葉はなく、水分を吸って黒く変色し、まるでフライの衣をまぶしたように、緑色の苔にびっしりと覆われている。その緑色の枝の上に、さらに鮮やかな緑のカエルが座っていた。
 先程セフィロスが見たカエルたちと同じものだった。
 ゴンガガの周辺で『タッチミー』の名で呼ばれている、少々やっかいなモンスターだ。
 大きさはセフィロスの掌に乗るほどのサイズで、目が黒く、愛嬌のある姿をしている。
「なんだ。仲間とはぐれたのか」
 返答があるはずもない相手へ呟き、セフィロスは唇の片方を上げた。
 まるで首を傾げるようにセフィロスを見つめるカエルの仕草に、再び笑いが漏れた。
「オレはまちぼうけをくらっている」
 無意識に伸ばした手に、カエルは驚いたように一歩下がり、それからその掌へ向かって静かに足を進めた。
 殆ど重さも感じない軽い体は、しっとりとしていて、夜目にも鮮やかな黄緑色をしている。掌に当たる丸い腹部が、呼吸の度に動いていた。普通のカエルより少しだけ後ろ足が長い。
 じっとカエルを検分していたセフィロスは、黒い二つの目で見上げてくるカエルへ奇妙な気持ちが沸いた。
 なぜか、このまま連れ帰るべきだと思った。
 だが連れの青年は、実は大のカエル嫌いである。それも以前ゴンガガを訪れた際、まさにこのタッチミーの大群に遭遇し、なかなか結末の見えない戦闘に、半日釘付けにされたことがトラウマになっているらしい。無害だと分かっていても、果たしてクラウドがこれを許すだろうか。
 セフィロスは掌のカエルを、静かに水の上に浮かせた。
 こちらへの興味が失せれば、勝手に離れていくだろうと様子を窺っていると、ゆっくり泳ぎだしたそれは、セフィロスの荷物がある方へと進み、ぎこちない動きで岸辺へ這い上がったのである。
 セフィロスの毛布と衣服の上を、ちょこちょこと二本足で立ちあがって歩き回り、しばらくすると興味を失ったのか、再び水辺へ向き直った。水面へ飛び込み、すいすいと泳ぎながらこちらに戻ってくると、見守るセフィロスの前の枝端によじ登った。
「お前」
 再び黒い目と出会った瞬間、セフィロスは笑い出した。
 静かな夜の空気を割り、響き渡った声に驚いたフクロウや虫の声が止むほどに大きな声だった。セフィロス自身が記憶している限り、これほど大声で笑ったことは、恐らくここ百年はない。
 後から後から沸き上がる笑いを堪えながら、セフィロスは腕のバングルを確認し、目の前の小さなモンスターへ向けて治癒魔法のエスナを唱えた。
 鮮やかな緑色の姿が歪み、一瞬で大きくなった影が、重さに耐えきれず折れた細い枝先と一緒に泉へと落ちた。
 ざばりと水飛沫をあげながら、水面に顔を出した者へ、セフィロスは当たり前のように手を伸ばす。
 うなだれた長い前髪を掻き上げ、不機嫌そうな視線を逸らす青年を抱き寄せ、その頬へ唇を寄せた。
「クラウド」
「……気付くのが遅い!」
 顎を押しのけられ、それ以上の口づけを阻まれた。
 怪我をしている様子はないが、何せ全て着衣を着けたまま水に浸かっているのである。せめて岸辺に上げてから魔法を使ってやればよかったと、微かに後悔をしながら、何を照れているのか頬を真っ赤に火照らせた青年を見下ろした。
「なんでここで元に戻すんだよ!」
 案の定八つ当たりをされたセフィロスは、じゃばじゃばと盛大な音を立てて岸へと上がるクラウドを追いかけた。

 明るいうちに集めておいた薪が、思わぬところで役に立った。
 小さく火を起こした周辺の岩の上や、近くの木の枝に掛けたクラウドのシャツやパンツ、ブーツ、果ては下着に至るまでが水たまりを作り、断続的に水滴を落とし続けている。
 長旅の荷に着替えがない訳ではないが、さすがにブーツの替えまではない。明日の出立までに乾かなければ確かに困る。
「あのカエル野郎のせいだ」
 うなり声を漏らしたクラウドは、どうせ濡れてしまった身体だと、今は泉で旅中の汗を流していた。
 セフィロスにしてみれば、待ちわびた青年が図らずも全裸で目の前にいる。
 いつもは逆立って奔放な金の髪は、力を失って額や首筋に張り付いていた。髪型が変わるだけで、普段より二、三歳は大人びて、鋭利な顔つきまで少々中性的な印象に見えるから不思議だ。
 今にも破壊行為に走りそうな、彼の精神状態や性格を知らない者が見れば、沐浴の乙女に見間違えなくもない。
「お前が来る少し前に、ここをタッチミーの群れが通った」
「んじゃ、そいつらかもしれない。十匹くらいで襲いかかってきた」
 忌まわしいことを思い出したように、肩を抱いた身体を震わせて、クラウドは首まで水中に浸かった。
 幾ら相手にするほどではない敵でも、大群で襲いかかられれば多少面倒なことになる。ましてやクラウドが苦手なタッチミーは、カエルパンチと呼ばれる巫山戯た技を持っている。
 殴りつけるダメージは虫に刺される程度でも、ヒットする度にカエルにされたり人間に戻されたりする。範囲攻撃で一掃しようと、唱える魔法はことごとく詠唱を中断され、カエルの姿のままでは剣の攻撃も出来ない。
 それが、なかなか戦闘が終わらない理由だった。
「アクセサリは着けていなかったのか」
 彼らとまともに戦おうとするならば、ホワイトケープと呼ばれるステータス異常防御のアクセサリを装備するのが最も有効だ。
「オレ、独りで行動するときは、セイフティービット装備してるんだよね」
 確かに独り旅でいきなりデスなどの一撃死技を喰らっては困る。クラウドは、以前に砂漠の真ん中で戦闘不能技を運悪く喰らって、のたれ死にしそうになったことがあった。その度、セフィロスが探しに行ったり、たまたま通りかかった人間に拾われたりしていたが、普通の人間ならとうに白骨死体になっているところだ。
「まだゴンガガまで距離があるし、奴らと遭遇するなんて思ってなかったんだ」
 呟く音量でそう告げると、クラウドは更に顎まで泉に沈んだ。
「しかも、なんでか戦線離脱してもカエルのまま元に戻らないし。万能薬は切れてるし」
 二人で行動する時は、運悪く毒や石化を喰らっても、大抵魔法で解決出来る。薬品の類はあまり持ち歩いていない。
 仕方なくそのまま集合場所の泉を目指したクラウドは、普段より歩幅も視界も狭いカエルの身体に苦心しながら、ようやくここへ辿り着いたというわけだ。
 最初にセフィロスへ近づいたのは、何とか自分であることを訴えて魔法を使わせようと思ったからで、なかなか気付かれない事に焦れて方針を変え、セフィロスの荷物に薬品がないか探っていたらしい。
 表情こそ分からないものの、カエルの姿をしたクラウドに気付いた時の衝撃が、セフィロスを再び笑いの淵へ追いやろうとする。
 声を堪えたのに気付いたのだろうクラウドは、明らかにむっとした顔で、岸に近い岩の上に座るセフィロスへ、掬った水を跳ね上げた。
「笑うな! 大体あんたなら、すぐに気付くと思ったのに……この薄情者!」
「気付いただろう」
 クラウドはずかずかと水の中を進み、露わな全裸を気にも留めずにセフィロスの目の前へ立ち塞がると、大変な剣幕で説教を始めた。
「いっつもオレの事ならすぐに分かるとか吹いてる癖に、随分時間が掛かったじゃないか」
「確かに、お前だと気付く前に、どうにかしてペットにしようかと考えたがな」
「カエルを!?」
「今思えば、ペットにするにしても、カエルよりはお前がいい」
「何訳わかんないこと言ってんだ」
 クラウドの腰に腕を回して引き寄せ、自分の足の上に座らせようとするが、青年は視線を険しくして抗い、悪趣味だの変態だのと罵っている。
「ちょ……よせよ」
「遅れた詫びも、久々に会ったオレへの挨拶も、まだ何も聞いていない」
 背後から回した腕で濡れた胸を撫で下ろし、首筋に口づける。
 ひと月ぶりの青年との再会は思い描いていたものと異なるが、接触する部分から確かな実感を得て、不機嫌そうなクラウドとは反対にセフィロスの気分はすこぶる良い。
 セフィロスの言葉を聞いて激昂を治めたのか、クラウドは突然大人しくなった。
「オレだって、急いでた。目的地のあんたを目の前にして、カエルにされたオレの身にもなれよ」
 見下ろす白い首筋に、髪から滴った水の粒が線を描いて流れ落ちた。
 伸ばした手を顎に添えて振り向かせた顔を見つめる。
 顔の大半を埋めているような青い瞳は、夜空を写してより一層蒼く見えた。睫毛に灯る滴は光を弾いて貴石のように輝き、もの言いたげに薄く開いた唇へ落ちる。
 まさか数十分前までカエルの姿をしていたなど、誰が信じられようか。
「……魔女に掛けられた呪いを解いた勇者へ、褒美はないのか」
 見上げる目が音を立てて瞬きし、視線が反れた。
「下心が見え見えな勇者の話なんて、聞いたことがない」
 眉間がわずかに寄り、目を細めるのは照れ隠しの証拠だった。
 クラウドの長い睫毛が頬に影を落とし、薄い唇がセフィロスのそれへ躊躇なく押し当てられる。
 呪いを解き明かした騎士へ与えられる接吻としては正しいだろうが、セフィロスには如何にも物足りない。
 湿った唇を強く吸い上げ、息を奪われたクラウドの唇が一瞬開いた隙間を割り、口腔深くへと侵入する。逃げる舌を追いかけ、捕らえたそれに力を入れずに噛みつくだけで、セフィロスの上に乗る、クラウドの足が痙攣したのが分かった。
 クラウドを水から引き上げ、近くの苔むした木の幹へ両手をつかせた。
 青い宵の空気の中で、透き通るように見える肌を背後から堪能し、その首筋や背に触れながら、己の体温を移す。触れた場所が徐々に熱を帯びて、早くもセフィロスを急かすように蠢く場所は、触れた瞬間から指先を熱く包んだ。
「褒美をほしがっているのは、お前の方だったか」
 セフィロスの呟いた揶揄を首を振って否定しながら、クラウドでさえ久々の逢瀬に高ぶっていることは隠しようもない。
 無意識なのか、強請るように腰をよじらせ、荒くなる呼吸は生き急ぐ速度だった。
「物語の呪われた乙女は、勇者の下心を利用しているな」
「子供向けの話を、あんたみたいな汚れた大人に引用するなよ」
 呆れた声で呟きながら、拒絶している様子はないクラウドへ思わず笑みを浮かべていた。
「では、子供には聞かせられない、大人の話をしよう」


 太い幹の表面は所々柔らかな苔に覆われ、そこに縋り付くクラウドの爪が苔の塊に食い込み、耐えきれず地面へと落下していく。削りとられた場所に爪痕を残し、そこに吹きかけられる吐息は不規則に、時折あからさまに乱れた喘ぎが混ざっていた。
 押し込み、突き上げる動きに耐え切れないのか、気付けばつま先立ちになっている足が震え、腕の力も弱まり、滑り落ちそうになるクラウドの身体を、先刻からセフィロスが幾度も抱き起こしていた。
 木の幹へ寄りかかる姿勢に直してやっては、無意識なのか、クラウド自身が差しだそうとする狭間へ、強く、弱く腰を進めた。
 クラウドが既に一度放った体液で、足下が滑る。そう小声で指摘して、次の解放を求めて震える場所をからかうように弄ると、クラウドは子供がぐずるような声を漏らして、無理な姿勢と男の所業へ抗議した。
「だが、まだ欲しいと言っている」
「……何、が?」
「ここが」
 抉る強さで乱暴に突き上げると、上がった悲鳴は語尾を甘く震えさせ、肩から背、腿からつま先へと、震えを全身に伝わらせた。
 幹にすがった両手へ顔を埋めるように突っ込み、指の背に噛みついて何かを堪えている。
「お前は、時々こうして後ろから犯すと、怯えたウサギのように震えて、愛らしい」
「あんた、ホントに、変態だ」
 返答も無意識に震えが帯びていて、セフィロスは低く笑いを漏らした。
「でも好きだろう」
 何度か大きく腰を動かしてやると、クラウドは尖った顎を高く上げ、堪えきれず呻り、更なる刺激を求める言葉を呟いた。
 思わず口にした言葉に自ら煽られたのか、それとも正気がそれを許さなかったのか、顕著に頬を火照らせて、指をきつく噛みしめる。快楽に浸っていても、どこかで剛気を手放さない青年の心根こそが、酷く愛しいものだった。
 クラウドの尻を掴むセフィロスの指に対抗するように、幹から外した片手が後ろ手に腰を掴んできた。食い込む爪が、せめてもの反逆か。
 だが、クラウドの強気な行動は、思わぬ物音と気配に遮られた。
 派手な水音に視線を動かした向こう岸には、セフィロスが、そして不幸にもクラウドも遭遇したカエルの一団が姿を現していた。
 気付いた瞬間、無意識なのだろうセフィロスをくわえ込む場所が痛みを与えるほど締まり、緊張した身体を全身で感じる事が出来た。
「セフィロス……」
 頷きだけで返したセフィロスの腰を掴む手が、異なる意味ですがるような動きをする。
 まさに真っ最中のこちらに頓着せず、向こう岸から次々水に飛び込んだ彼らは、まるで先刻来た道を戻るように、セフィロスたちの足下近くの縁へ泳ぎ着き、次々と上陸してくる。
 モンスターとはいえ、知能は獣と大差ない。こちらが邪魔をされたくない『非常事態』であることなど、理解できるはずもない。
 近づいてくる一団の姿に息を飲み、硬直するクラウドを見やり、セフィロスは思わず笑みを浮かべた。だが一層締めつけられる場所に笑っている場合ではないと我に返って、一度身体を離し、足下の荷物を引き寄せる。
 荷の中から探り出したのはリボンと呼ばれるアイテムだ。
 カエル化を始め、あらゆるステータス異常を防ぐが、この形状は男が装備するには若干頂けない。
 カエルたちの一団に釘付けになっているクラウドの背後から手を回し、その手首にリボンを適当に結びつける。そして沸き上がった悪戯心に負けて、クラウドのもう片方の手首を取った。
 動揺しているらしいクラウドは着けられたリボンを見て一瞬安心した様な顔をし、次の瞬間、セフィロスの行動に気付いて怪訝な表情を浮かべた。
「何してる」
「これでカエルにはならない。安心だろう」
 顎で、ほど近い泉のほとりに集まりつつあるカエルの集団を示し、再び緊張するクラウドの背を軽く叩いて宥め、そのままもう片方の手首にもリボンの端を結びつけた。
「いや、そうじゃない。なんで両手を縛るんだよっ」
「では髪に着けるか?」
 カエルに注意を奪われている間に、あっさり仕掛けた罠にはまったことに気づき、クラウドは怒りと悔しさに眦をつり上げた。
 こちらの様子を気にするでもないカエルの一団は、セフィロスのすぐ足下を横切り、獣道の続く森の奥へと列をなして進んでいった。
 姿の見えなくなったカエルに安堵したのも束の間、セフィロスに不本意にも拘束され、今度は毛布の上へ押し倒されたクラウドは、しばらくすると諦めたような溜息を吐いた。
「もう……勝手にしろよ」
 両手首を繋がれ、輪になったクラウドの両腕が、のし掛かったセフィロスの首へ掛かり、側近くに引き寄せられる。間近に迫った顔は、少々呆れたようでもあったが、中途半端に高められ、中断された行為の続きを、切実に望んでいるようにも見えた。
「カエルにされるんじゃなきゃ、なんでもいい」
 すぐに本来の姿に戻れなかったことは、どうやら本人が口にしている以上に相当堪えたらしい。
 まだ湿った髪を掻き上げて、露わになった広い額へ時間をかけて口づけ、目の際や鼻先も唇で愛撫する。
「お前がもし、思いも寄らぬ姿になったとしても、必ずオレが見つける」
 セフィロスの後ろ髪を、クラウドの指先が手持ちぶさたに弄る。
 しばらくすると白い額をセフィロスの首筋へ伏せ、少し冷えたまっすぐな両の足が、腰を引き寄せるように巻き付けられた。
「いいから。早く続き、しろよ」
 ここで無理に顔を覗き込めば、今度こそ臍を曲げるに違いない。
 クラウドが望むままに一度慣らした場所を再び開き、暖かな体内に潜る。内側から押し寄せる水圧のようなセフィロスの力に、クラウドもまた呼吸を求めて唇を喘がせた。
 一難が去り、夜はまだ浅く、月も高い。
 冷えた肌を温めるのに最適な方法を青年へ教えながら、穏やかで美しい風景と空を眺めるにふさわしい夜だった。


08.04.05(了)
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【FF7 TOP】
※ここでご紹介するものはゲーム本編とは全く関係のない、個人の趣味と空想に基づくストーリーです。スクエアエニックス社の権利を侵害する目的のものではありません。
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