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黒き巨獣の幻影

 惑星上の最も北に位置するこの地域では、遥か昔から語り継がれた様々な言い伝えがある。
 妖精や竜、巨人、神話や民話に登場する彼らが、普通に同じ大地を踏み、隣の森で生活していた時代も大昔にはあったのかもしれない。
 ここはそんな民話が深く根付いているような、聖獣の殆どが思念体となり『召喚獣』として実在することなど知りもしない村人が住む、静かで平和な村だった。
 村の名前をエッダという。
 大空洞と呼ばれている巨大なクレーターから南東に位置する山間にあった。二百年ほど前にはチョコボ飼育に長(た)けた老人が住んでいただけの、狭い盆地である。
 四十世帯程度の村民が、井戸のある中央広場を囲むように家を作り、それこそ乳幼児から足の弱い老人までが満遍なく住んでいた。
 主に男達は狩猟を、女達は村の外れで小さな畑を作り、乳を搾るための牛を飼い、自給自足、物々交換が基本の生活である。商店は村でただ一つ雑貨屋しかない。雑貨屋では街から仕入れる商品と、獣の革などが交換できた。ギルが必要な時は、やはりそれらを街に売りに行くこともある。
 村全体がひとつの家族のようであるから、話上手な老人が子供たちの中心で、民話を語り聞かせる姿を良く目にした。
 まだ暖かさの残る陽射しが静かに降り注ぎ、集落の裏手にある畑からは作業をする女たちの歌声が届く。鳥の声が相槌を打つように唱和して、穏やかな昼が過ぎていた。

 明け方から猟に出かけた男達の一団が帰って来たらしく、二階の窓辺に座る雑貨屋の隠居からねぎらいの声がかかった。
 一番年嵩の男が笑って応え、丸太へ逆さに吊ったシカを示している。担ぎ手の若者も面を上げて、頭を覆うフードを取り去った。
 くすんだ色の質素な布の下から現れた若者の髪は、陽光を浴びて一層輝き、人の目を奪う。森へ猟に出かける男達の顔は一様に日に焼けて乾いているが、彼だけは水を弾きそうな若々しい肌であることが遠目にも分かる。
「お手柄だね、クラウド」
 老婆の声に微笑んで応える青年は、ひと月ほどですっかり馴染み、村人の殆どが彼の名前を覚えていた。
 一方老婆と同じように窓から見下ろす長身の男、こちらはまだ老人や男たちには受けが悪い。
「セフィロス!」
 出窓に腰掛けているのに気付いたらしく、彼は獲物を担いだまま小走りで窓の真下まで走って来た。彼にとってはシカの一頭くらい軽い物だろうが、周囲はやはり驚いている。どうやっても細身にしか見えない二十歳そこそこの青年が、余りに怪力なのはどうかと思うのだろう。
「あんた、煉瓦積むの手伝うって言ってただろ。行かないのか?」
 クラウドはそう告げて、思い出したように獲物を他の男達に任せると、乱暴に自宅の扉を開け、更に遠慮のない足音を立てて階段を登って来た。
 寝室の扉を蹴る勢いで開けた彼は、軽く息を切らせて頬を紅潮させ、そのままセフィロスに飛びついてきた。火照った頬がセフィロスの白いシャツの開いた胸に押しつけられる。
「どうした」
「今日の獲物、オレが捕ったんだぜ」
「らしいな」
「……褒めろよ。で、あんたキャサリンちの家直すの手伝うって言ってなかったっけ?」
 背負った剣と猟銃を降ろし、外套を脱ぎ出したクラウドは、矢継ぎ早に話し出す。かなり機嫌がいい。
「そのつもりで居たんだが、どうやら窯から煉瓦が届かないらしい」
「窯って、隣村の?」
 この村から南東に十キロほどの場所に、同じような村がある。そこは煉瓦作りの盛んな村で、エッダの人間はいつもそこから煉瓦を購っている。それももちろん物々交換である。
「なんかあったのかな」
「さてな。キャサリンの父親が様子を見に出ているから、待つしかないそうだ」
「ふうん。そうだ、肉分けてもらってくるよ。すぐ捌くって言ってたから」
 荷物を置いて、すぐに走り出そうとした青年を背後から捕らえることに成功し、セフィロスは満足げに彼を見下ろした。
「あ、忘れてた」
 クラウドはそう呟いて、セフィロスの髪をひと房掴んで引き寄せた唇に、挨拶にしては濃厚なキスをする。
「ただいま」
 実は熱烈なこの挨拶には、理由があった。

* * *

 この村に二人が身を寄せたきっかけは、同じように猟で生活するヘイゼン家の一人娘、キャサリンとの出会いだった。
 長い間、人目につかないような場所を転々として暮らしていた二人だったが、ひと月ほど前、山中で怪我をして立ち往生していたキャサリンと隣家の娘サラを、二人が背負ってこの村に送ったのである。
 ヘイゼンたちに歓迎され、晩餐に招待され、翌日にはこの村に住んでみないかと提案された。帰る家がある生活もいいのではないか、と珍しくセフィロスが賛成したのも話を早めた。たまたま一人暮らしの老婆が亡くなったばかりで、空家が一軒あったのでそれを借りて腰を落ち着け、今に至る。
 クラウドは他人に愛想がいい訳ではないのに、恐らく彼の容貌が周囲の警戒心を無くすらしい。こうしてあちこちを旅する間も、意外なほどすぐに集団に溶け込むことが出来た。
 元々彼は十代半ばまで小さな村で生まれ育っている。村社会に慣れる手段も、知らずに覚えているのかもしれない。滞在はいつまで可能か分からない、と告げていたにも関わらず、一週間もすればクラウドは村人と共に猟に出かけたり、近所の仕事を手伝ったりとあちこちから声を掛けられるようになった。
 一方セフィロスは、今回の煉瓦積みの件にしても、クラウドを介して依頼されるだけで、話し掛けられる機会も殆どなかった。
「仕方ないよ。あんたは、こういうトコだと目立ちすぎるんだ」
 セフィロスは生まれてからずっとこういう扱いを受けているので、実はあまり気にしている訳ではなかったが、クラウドは慰めるようにそう言った。
「目立つというなら、お前も目立つ」
「うーん、なんていうかな」
 いい表現を探しているのか、クラウドは言葉を濁した。
「あんたは良くも悪くも、王様っぽいんだよ」
 絶句したセフィロスを見て、クラウドは両手を目の前で振った。
「いや、言い方が悪かった。高貴? 尊大? そういう雰囲気」
「…もういい。別に気にしている訳じゃない」
 外に出たり、村人と行動する時は、仲介にクラウドがいれば済む。今更自分の何を改めようという気にはならなかった。そこまでするならば、一所に住み着かなければいいだけだ。
 長く生きて、長く同じような旅をしていると、クラウドは様々なことを考えて、終いには昔の罪を思い出す。
 そうして生きる気力すら失って行くことが多く、生活には変化が必要だった。
 セフィロスはそう思ってヘイゼンの提案を飲んだのだ。
 既に無意識の行動であるから、クラウドは気付いていないようだが、もう随分以前からセフィロスの思考はクラウドが中心に回っている。


 多少問題は抱えているものの、そうして二人はひと月ほど村で暮らしていた。
 人の出入りや娯楽の少ない村人たちも、一対の、それは見目良い若い男が来たとなれば、暫く話題に事欠かなくなる。
 事実クラウドは、相当娘たちの注目を浴びていた。
 この村の滞在を勧めたヘイゼンにしても、実は娘に頼まれたというのが本音だろう。最初の夜、食事に招待された時から既に、キャサリンはクラウドに夢中だった。
 流れの戦士ではすぐに村を去ってしまう、先日死んだおばあさんの家に滞在してもらって──そう父親にねだる彼女の姿は想像するに容易い。
「彼女がお前に気があることを、気付いているのか?」
 セフィロスがそう問えば、クラウドは唖然とした顔で答えた。
「何言ってんだよ。オレは村の女の子に、よくあんたのことを聞かれるよ」
 やはり分かっていないのか、と呟けば、あんたこそ、と返された。
 確かに、セフィロスとて昔は女性には不自由せず、自分から迫ったり苦労した覚えはないが、彼女たちには必ず下心があった。『神羅の英雄』と関係を持つという行為そのものが、彼女たちの虚栄心を満足させたのだ。
 だからこそ、セフィロスは意外に堅気の女の扱いがうまくない。
 セフィロスは相手に興味がないということを隠さなかった。女の方が相手の気持ちに聡いこともあり、その意思は簡単に伝わった。
 少しでも思考力や想像力がある娘であれば、そういった意味でもクラウドの方が男として魅力的に映るだろう。彼には『女性には優しく』という紳士思考があり、困っていれば手を貸そう、という正義感もある。
 その行動は若い娘には好意と捉えられる。
「同情する義理もないが、気付いてもやらないのはどうかと思う」
「なんだ。あんた妬いてるのか?」
 セフィロスもそれを完全否定は出来なかった。
「バカ。かわいいなぁ、もう」
 そう呟いたクラウドに何故か頭を抱き締められ、髪を撫でられ、それ以降朝や帰宅の挨拶が熱烈になった。
 そういう理由である。

* * *

 獲物の肉を分けて貰いに出掛けたクラウドは、暫くすると肉の塊と一緒に伝言を持って来た。
「ヘイゼンさんが帰ってきたって。何か向こうの村でトラブルがあったとかで、到着が遅れたみたいだ。今日はもう作業しないってさ」
 中止だというなら、一日何の仕事もせずに終わることになる。
「一日潰させちゃったから、夕食ご馳走してくれるってよ。行くだろ?」
「ああ」
 ヘイゼンの妻は非常に料理が上手い。クラウドは絶対に断らないだろうから、セフィロスが行かなければ彼一人がヘイゼン家に行くことになる。
 できればそれは避けたかった。
「…お前の言うとおり、自分がバカな男に思えてきた」
「は?」
「なんでもない」
「訳わかんないな。ま、いいや。支度できたら呼びにくるってさ」
 クラウドの伝言通り、夕刻になるとキャサリンが二人を呼びに来た。
 ヘイゼン家は広場の一番端にあるセフィロスらの家の、丁度斜向かいにある。距離にして数十歩程度の近所である。
「こんばんは、セフィロスさん。お夕飯の支度出来たわよ」
 キャサリンは年は十六というが、丁寧な挨拶がしつけの良さを伺わせ、顔立ちも美しい娘だった。無言の頷きだけで返したセフィロスへ嫌な顔もしない。
 色が白く、手入れのいい栗色の髪は長い。後頭部の高い場所で結ったそれが、動く度にふわふわと跳ねて、セフィロスの目にも少女独特の愛らしさに映った。
「クラウドは?」
「上にいる」
「呼びに行ってもいい?」
「ああ」
 階下から声を掛ければ聞こえる程度の小さな家である。そんな行動からも彼女のクラウドへの熱中ぶりは知れた。
 お邪魔します、と呟いてダイニングの端についた階段を登って行ったと思った矢先、
「キャサリン! 呼んでくれれば聞こえたのに!」
 何故か叫ぶようなクラウドの声が響き、ドカドカと慌てたような様子で二人はすぐに階段から降りてきた。そのまま玄関の扉まで彼女を促すクラウドが、セフィロスを振り返って、声なく唇だけを動かした。
『寝室はやばいって!』
 意味がわからずセフィロスは片方の眉を上げるだけに留めた。
 この村の明かりは全てランタンである。一階のそれを消し、ヘイゼン家に分けることになっていた今日の獲物の肉の包みを取って、二人を追って家を出た。
 先頭を行く彼女の一歩後ろを二人並んで歩いていると、彼女は顔だけこちらに向けた。
「セフィロスさんって、ホントに背が高いのね」
 顔を正面に戻して、ふふふと笑い声を漏らした。
「二人で並んでるとクラウドが小さく見えるわ」
 憮然とした顔で歩くクラウドは、昔から背の低いことを気にしている。だが彼女の言葉に機嫌を損ねた訳ではないと、その直後に知れた。
「ベッド…彼女に見られた」
 ヘイゼン家に到着して扉を潜る直前、クラウドは囁き声で呟いた。
 二人の家には階下と階上にそれぞれ一部屋ずつしかない。二階の寝室にはシングルベッドが二つあるが、いつもそれを寄せた状態にしている。
 夜の営みに、男二人がひとつのシングルベッドでは余りに狭い為だ。
「バレたかも」


 「今日は一日待たせてすまなかったね」
 ヘイゼンはセフィロスへ握手の手を差し出し、すぐに晩餐が始まった。
 ヘイゼン家はセフィロスらの家よりも大きく、ダイニングテーブルも大きい。家長は一番奥の席に座るのが作法らしく、その左右にセフィロスとクラウドが向き合う配置で、キャサリンはクラウドの隣に迷いなく着いた。
 料理は鹿肉の焼いたものや畑で採れた野菜のボルシチ、ヘイゼンの妻が焼いたパンなどである。彼女のパンは村一番の評判だった。季節になると村中で協力して仕込むワインもある。小さな村だが食卓は非常に豊かだった。
 晩餐の初めはキャサリンとクラウドが他愛のない会話をしていた。
 だが途中、今日の煉瓦積みが中止になったことに話題が移ると、ヘイゼンは表情を曇らせた。
「実はね」
 そう切り出した彼は、どうやら最初からその話をするつもりで二人を呼んだらしいと、セフィロスは気付いた。
「昨夜、煉瓦村にドラゴンが出たらしい」
 煉瓦村というのは隣村の通称である。正式名称をセフィロスは聞いたことがなかった。
「襲われたんですか?」
 クラウドが問うと、ヘイゼンは無言で頷いた。
「けが人は?」
「村の青年が一人食われた。後は崩れた建物の下敷きになった老人が二人亡くなったらしい」
 恐らく田舎町では大惨事の部類だろう。騒ぎの後始末で、煉瓦を運び出す余裕などなかったと云う訳だ。
「さっき村長にも報告してきたけど、この村にも来るかもしれない。お前達も気をつけなさい」
 キャサリンと彼の妻はヘイゼンの言葉に神妙に頷いた。
「この村にも来るかもしれないということは、飛竜か?」
 セフィロスがこの家に来てから、最初のまともな発言である。
「飛竜…なんだと思う。僕は余りモンスターに詳しくないのだが、そんなに種類がいるのかい?」
「滑空するのなら、飛竜か真竜(しんりゅう)だ」
 食事を続けながら答えると、キャサリンがセフィロスとクラウドを交互に見た。
「二人とも、飛竜を見たことあるの?」
「そりゃあるさ」
 クラウドが答えると、彼女は妙に嬉しそうな顔になった。
「あるんだ! どこで見たの?」
「キャサリン。隣村では人が死んでるんだぞ」
 父親にたしなめられ、彼女は小さな声でごめんなさい、と謝ると食事に戻った。村の娘たちの中でも外見は大人びているが、やはり反応は幼いところを残している。
「二人はモンスターに詳しいよね。種類が判れば、予防策があるんだろうか」
 彼は直接煉瓦村に行ったわけではなさそうだが、恐らく煉瓦を取引する向こうの村人と、直に話したに違いない。熱心に情報を集めようとする様子が、彼の危機感を語っている。
「ドラゴンは地竜(ちりゅう)・飛竜・真竜の三種に分けられる。周辺で見かける小型のものは、全て地竜だ。空を飛んだり、水に潜ったりは出来ない」
「アイスドラゴンも地竜なのかい?」
 アイスドラゴンは体長二、三メートルの竜で、北の地では数が多くエッダの周辺でもそこそこ見かける。
 セフィロスは頷き、程なくボルシチを平らげてしまいそうな連れに視線を据えたまま続けた。
「飛竜は羽根がある。空も飛ぶが冷気に弱く、寒い地方ではあまり見かけないな。真竜は滑空出来るだけでなく、湖や海にも生息できるらしい。絶滅したと言われているが、完全に絶えた訳ではないだろう」
 召喚獣として現れるバハムートは真竜の思念体である。二人が所持するバハムートたちのマテリアは、現在世間では伝説の宝物として扱われていた。マテリアでもそれだけ希少な上、実際に肉体を持って生きている真竜に会ったことは、セフィロスにもない。
「そういえば、この辺の地域には竜の伝説とか民話が多いね」
 クラウドが漸く会話に参加した。スープの器が空になっている。
 赤いキャベツで色を着けたボルシチをクラウドが好んでいることは知っていたが、自宅で作るものの三倍くらいのスピードで空けてしまった。
「よくおばあちゃん達が話してるわ。私も小さいころは年中聞いたもの。『百年に一度、数々の竜族から傑出した神聖の竜が現れる』って話ね。神聖の竜は三つの命を持ってて、ものすごく寿命が長いんですって」
「真竜は『神の竜』と書くことがあるな。恐らくその民話は真竜のことを、貴殿らの祖先が語り継いだのではないか?」
「なるほど。そうかもしれないねえ。じゃあ隣村に現れたのは飛竜なのかな」
 クラウドとヘイゼンの空のスープの器を見て、ヘイゼンの妻は席を立った。
「それで飛竜だったら、冷気が弱点?」
「弱いといっても、人間とは比べるべくもないな」
 セフィロスは苦笑して答え、自分も食事の続きに戻る。
 このまま話し続けているとスープが冷めてしまいそうだった。
「現にこの北の果ての村にも現れる」
 セフィロスの言葉にヘイゼン家の者たちは一様に押し黙った。
 考えてみれば、エッダの住人たちは殆ど、ここ以外の地域を知らない。つまりここが北の果てにある村だということも、自覚している者は多くないのだ。
「二人は、どんな所を旅してきたんだい? せっかくだから、他の街の話でも聞かせてくれないか」
 ヘイゼンとクラウドにボルシチのおかわりを注いできた奥方も、夫の提案に同意した。
「私はこの村で生まれて、ここで育ったから、他の場所のことを全然知らないわ」
「ねえ、ねえ、聞かせて。クラウド」
 奥方の手から器を受け取ったクラウドは、唇についたパンくずを払いながら、いいけど、とはしゃぐキャサリンへ笑い掛ける。その微笑む唇の端に、まだパンの欠片がしがみついていた。
 セフィロスは自分の唇を指さして合図すると、クラウドは慌てたようにもう一度唇を拭った。
「どこまで行ったことあるの?」
「どこでも。ウータイとか、ミディールとか」
「そんなに遠く! 歩いて移動するの?」
「チョコボとか、船とか」
 感心しきりのキャサリン以上に、ヘイゼンや奥方は表情にこそ現さないが驚いている様子だった。まだ若い二人の青年が、なぜそこまで広範囲を放浪しているのか、恐らくその目的に興味を持ったに違いない。
 だがクラウドの各地の話が進むにつれ、大人である彼らもまた、異国の話を語り聞かされる子供のように目を輝かせていた。
 セフィロスは唇に運ぶスプーンで浮かんだ笑みを隠した。
 無知であることは時には凶器になる。
 だが同時に無垢でもある。
 永い時間の中で色々なことを知りすぎた二人にとって、彼らの無垢さは、己の胸にたまる澱を洗い流してくれる不思議な力だった。


 食事の最後に木イチゴの甘煮が出され、クラウドは母を思い出すと言って上機嫌になった。
 クラウドがセフィロスの前で母の話をすることは禁忌だったが、それを気にするでもなく自然に懐かしむ顔をするところを見ると、この村の滞在がクラウドにとって良い影響であるとセフィロスも安堵出来る。
 食事が終わって辞する頃、クラウドは葡萄酒に顔を赤くしていた。
「調子にのっちゃったよ」
 ヘイゼン一家は笑って二人を送る。
 晩餐の礼と就寝の挨拶をして、自宅へ戻ろうと歩き始めた時、戸口に立っていたキャサリンが追いかけて来た。
「クラウド」
 振り返った二人に近付き、キャサリンはクラウドの前に立つ。
「あのね……」
 言いあぐね、頬を赤らめる彼女の様子を見て、セフィロスは内心溜息をついた。
 いつか来ると思っていた時が今かもしれない。そんな気持ちで。
「私と……じゃなくて。あの。クラウドとセフィロスさんって……」
 セフィロスに向けたクラウドの背中が緊張するのが分かった。
 セフィロスはというと、彼女が『本当に言い出したかったこと』を飲み込んだ気配に、僅かに緊張を解いた。
「もしかして、恋人?」
 声をひそめた彼女の問いは、最大限二人を気遣ってのものだったのだろう。
「えっと、なんで? オレとセフィロスが?」
「そうなんでしょう?」
「なんでそんな風に思うの」
 セフィロスは内心、そういう返答は肯定と同じだ、と思った。
 別段知られたところでセフィロスは困らないが、こういった小さな村ではすぐに噂が広まり、居つきにくいことになりかねない。
 せっかく穏やかな時間を得たのに、またクラウドは疎外感に傷つくのだろうか。
「兄弟って聞いたけど、髪の色も全然違うし、顔立ちも違うし……さっき寝室見ちゃったわ」
 クラウドの背中が黙り込み、彼の前に立つキャサリンは大きな眼をセフィロスへ向けた。
「それに、セフィロスさんがクラウドを見る時の目、いつもと全然違うんだもの」
 深い森の色をした瞳が怖じけることなく、セフィロスのそれと合う。
 この娘は本気だったのだと、セフィロスはこの時気付いた。恐らくこの隔絶された村に生まれ育ったのでは、彼女にとって最初の恋だろう。
「……私と同じなんだもの」
 美しい清らかな目から、大粒の滴がひとつ零れた。
 セフィロスはクラウド以外の者を、初めて抱き締めてやりたいような気分になる。
 いや、この感情は多分彼女自身の言うように、青年に囚われた同朋に対しての哀れみなのだろう。
「残念だが」
「……『残念』?」
「お前は良い娘だと思うが、これだけはやれない」
 キャサリンは暫くセフィロスを見上げたまま黙り、突然ぷっと吹き出した。
「セフィロスさん……パパみたいなこと言うのね」
「そうか」
 セフィロスが薄く微笑むと、彼女も指先で涙を拭い、クラウドへ笑いかけた。
「大丈夫、誰にも言わないから。ごめんねクラウド、突然こんなこと言い出して」
 笑顔を努める彼女の顔が見られないのか、クラウドは俯いたまま小さく頷きだけで答える。
「黙っててあげるから、今度どこかの街まで遊びに連れてって」
 交換条件を出して、秘密を共有するのはいかにも娘らしい。
「おやすみなさい」
 背を向けて、扉の向こうに消えるのを見送ってから、セフィロスはまだ俯いたままのクラウドを促した。恐らくこの小さな金髪頭の中は今、これまであの娘が示してきた些細なサインを受け取れなかった後悔で一杯に違いない。
「……ふっちゃった」
 酷く寂しそうに呟いて、それでもまだ顔は上げない。
「いい娘だ。惜しいことをしたな」
 肩を抱いて自宅への道を歩く。
「ホント。もったいないや」
 クラウドの強がりが酷く愛しさを掻き立てる。
 セーターの襟元から覗く俯いた首筋に、口づけたい衝動が吹き上がった。

 自宅に着き、先にクラウドを中に入れ扉を閉めた暗闇の中、セフィロスは背後からクラウドを抱き締めた。
 胸の奥から噴き上がるものを押さえず、そのうなじに噛み付く。
「セフィロス」
 軽く歯で撫でるように愛撫すれば、腕の中で背を反らし、回した腕にしがみつき、唇を喘がせた。乱れる姿が一層油を注いだ。
 寝室に連れていく時間も惜しく、その場でクラウドのセーターをたくし上げた。
「こんな、トコで」
「待てない。ここで抱く」
 背中の中央のくぼみを辿って、腰まで舌を這わせ、そのまま着衣を引き下ろした。
 腰や腿を背後から捕らえたまま、尾底骨から狭間を伝わせ、深い場所まで舌を差し入れる。薄い尻の肉を指で開き、固く閉じた場所に舌先をねじ込んで開かせようとすれば、驚いたような小さな悲鳴を上げ、クラウドは腕の中で身体を捩った。
「娘にお前はやれない」
 先程娘に告げた言葉を繰り返す。
 息が尻にかかっただけで、抱える全身が大きく揺れた。
「いきなり、こんな場所で……サカるなって」
 既に乱れ始めた呼吸を押さえ、クラウドは抵抗しようとする。前に手を這わせて股間のものを捕らえれば、少し反応を示したそれは熱く、指先には痙攣が伝わった。クラウドの指が男の手を止めようと添えられ、暫くすると動きに合わせるようにセフィロスの指へ絡む。
「ここではなく、村の広場で、こうして抱いてやろうか」
 指で撫で上げ、こちらを向かせたクラウドの股間を唇で覆い、喉の奥へ導けば、明らかな充足の溜息がセフィロスに降りかかった。
「ホントに、あんたって」
「お前が誰のものなのか、村中の者に教えてやりたい」
「セフィ、ロス!」
 片手がセフィロスの髪を掴み、もう片方の手は漏れそうになる声を止めようと、唇に宛がっている。その代わりに鼻から漏れる息遣いに煽られ、セフィロスは若干強めに彼の中心を吸い上げ、唇で扱いた。
「あう」
 少し悲痛な印象を受ける声を聞くときだけ、セフィロスはクラウドを支配している気分になる。
 実際には誰の物にもならない精神は、彼がセフィロスをそう評したように、誰よりも高貴だった。高潔というべきか。
 欲望と血に膿んだ己の腕の中に、引き摺り下ろして踏みにじりたくなる欲求と戦いながら、いつもこうして抱き締める。
「待てよ、そんなに」
 制止の手を振り解き、抱えた腰を持ち上げて運び、ダイニングのテーブルの上に座らせる。この村に住むことになって最初に、借りた工具で二人で作ったテーブルだった。隣りの老婆がくれたランチマットは椅子へ放り投げた。
 衣服の絡む足首を、閉じられないように掴んで押さえつけて。
「まだ、出すなよ」
 根元を指で愛撫しながら、性急に高めることを目的に口腔に出し入れを繰り返し、時折強く吸い上げる。刺激が強すぎるのか、セフィロスの髪をきつく握り、既に息も絶え絶えになっている。
「って…そんなにしたら、出ちゃうだろ!」
「出したら、外で抱くぞ」
「ば、か」
 セフィロスを詰る声が段々と甘く、すすり泣くようになって、それでも今日は許してやる気にならなかった。
「オレや、あの娘の純情を玩んだ、罰だ」

 仕舞いには男の支配を望む言葉を吐かせ、自ら足を開かせ、焦れた様子で受け入れようとする姿を見下ろして、セフィロスは漸く彼を所有した気になった。
 テーブルの上に上肢を倒し、組み敷いた身体は汗に濡れ光り、暗闇でも艶やかにセフィロスを誘う。結合部の近くで揺れる同じ男の証でさえ貪りたくなる。
 セフィロスの欲望に噛みつく部分を見つめながら、テーブルを軋ませて、何度もそこを行き来した。
 身体を引くと時折血の色が閃く。粘膜が隣り合って一体になるという実感と事実が確認できる瞬間だった。
「背中を向けろ」
 一度抜き出してからクラウドの身体をうつぶせに返し、テーブルに両手を突かせ、腰を高く持ち上げた。普段なら嫌悪するあからさまな指示にも、今夜の彼は従順だった。
 尻の両側を掴んで広げ、赤く綻ぶ場所へ再び凶器を突き立てる。突然上がったクラウドの歓喜の声に更に煽られて、乱暴に腰を前後させた。
「もう、イキそう……」
 消え入る呟きが漏れ、クラウドは己の前に手を添えようとする。
 その両手首をテーブルに拘束し、結合はより深く。
「自慰は許さん。後ろだけで出してみせろ」
 テーブルの天板に昆虫標本のように縫い止められた彼は、僅かな抵抗で腰を蠢かせ、呻き声で抗議した。
「なにが、純情、だよっ。このっ、変態野郎」
「聞き捨てならんことを」
 汗に濡れた背に胸を押しつけ、耳殻に舌を差し込みながら終結に向かって追い上げた。
 言葉とは裏腹に、クラウドはセフィロスの動きに身体を合わせ、繋がる場所をきつく絞めて男が達するのを待っている。
 もしかすると、支配した気になっているセフィロスの方が、彼に操られているのかもしれないと、ふと考えた。
「悪い子だ」
 自嘲の笑いと一緒に揶揄を囁きかけ、白い耳を舐め上げた瞬間、クラウドは消え入るような悲鳴を上げて、添えたセフィロスの手の中に解き放った。
 射精の開放感に全身をぶるぶると震わせる身を片手で宥めながら、セフィロスもまた熱く柔らかい内部で果てる。
 熱情を全て受け取り、満足げな息をつく青年が愛おしく、繋がったまま唇を貪り合った。
 速くなった息はまだ時折甘く掠れ、余韻を楽しむこの時間がセフィロスは好きだった。
「……どっちが。悪人め。テーブル、汚したじゃないか」
 肩越しに口汚く罵られ、内容とは逆のその官能的な響きの吐息と声に、セフィロスは苦笑した。


 バスタブに残っていた昨夜の湯で簡単に風呂を済ませ、もう一度、今度は寝室でじゃれ合ってから眠りに就いたのは、もう夜も更けた頃だった。
 そもそもこの村にいると、時計というものを見る機会が少ない。寝室には時計もない。時間の感覚がないので、調子に乗って巫山戯合っていると、空が白らんでくることもあった。
 昼間狩猟に出かけて、酒も入り、二度もセフィロスを受け入れたクラウドは既に夢の中だ。
 柔らかい夜着と、伸ばした腕にかかるクラウドの髪の感触に安堵を覚え、セフィロスも眠りに足を伸ばし掛けた。
 夜の早い、寝静まった村は本当に静かである。
 周囲を取り囲む森で啼くふくろうの声と、茂みの影で秋の終わりを感じさせる弱い虫の声がするだけで、街独特の喧噪はここにはない。
 だがその時、確かに普段と違う音を耳にして、セフィロスは頭を起こした。
 己の腕を敷いて眠る伴侶を起こしたくはなかったが、セフィロスが無意識に闘気を高めれば、ぐっすり眠っていたはずの青年は瞬時に目を開いた。
「なに?」
 彼が感じ取ったのはセフィロスの気配であって、『それ』ではなかったらしい。
「何かが、来る」
 確実に近付いてくるのは分かるが、まだ距離が量れない。
 セフィロスはクラウドの下から腕を抜き出し、ベッドから立ちあがって夜着を脱いだ。部屋の端に置いたトランクからシャツとパンツを出して身に付け、このひと月殆ど使うことがなかった刀を手に取った。
「様子を見てくる。お前はここにいろ」
「なんでだよ」
 とにかくこういった時、彼は絶対に反抗するものだった。恐らく『一緒に来てくれ』といえば、『まず見てきてよ』とでも返されたに違いない。
「もしかして、ヘイゼンさんが言ってた奴?」
「たぶんな。お前は村を見ててくれ。皆を叩き起こして避難させる必要があるかもしれん」
「わかった」
 部屋から出て行こうとして、セフィロスは一旦振り返り、寝台から降りて自分の剣を改めるクラウドを見つめた。
「大丈夫か?」
「何が」
 夜着を脱ぎながら答える青年の背中を眺めて、セフィロスは口元に笑みを浮かべた。
「いや。お前の足腰が心配だ」
「バーカ」
 振り向いた頬は暗闇でも赤い。
「二度くらいでどうにかなるほど、ヤワじゃない」
「それは勇ましいな」
 投げつけられた夜着を軽く避けた時、それは急激に距離を縮めて、降下してきた。
 階段を下りる時間を省こうと、セフィロスは窓に向かい、開け放った窓枠に足を掛けた。
 自宅の屋根に飛び移り、高い場所で空を見上げる。それでも周囲に茂った木々の方が背が高いので、見晴らしは良くなかった。
 しかしセフィロスの耳には、もう羽ばたきが聞こえている。音からして飛竜の中でもかなり大きなものに思えた。
 そしてセフィロスが刀を抜いた瞬間、それは黒い影になった西側の森の木の向こうから姿を現した。
 巨体は体長二十メートルほどはあろうか、頭部から生える白い四本の角は見事に尖って生え揃い、村を目標に見据える黄色い目が闇夜に光る。
 鱗状の表皮が月を浴びて青く輝く様は雄大で、美しく、背から尾へ連なる突起が鋭く反射した。
 周囲の静謐な夜気をビリビリと震動させて、鋭い歯の並ぶ赤い口から放たれた咆哮が響き渡る。
 この様子なら村人の殆どが目覚めたに違いない。
 大きな翼はその羽ばたきの度に、下方の木々の葉を舞い上げ、それが渦を描いて森の中に散っていく。
 屋根の上に立つセフィロスと目が合い、敵と見なしたのか、もう一度威嚇の叫びを上げた。
「クラウド!」
 呼びかけて振り返ると、広場の井戸の前に剣を携えたクラウドが見えた。
「皆を北側の森へ避難させろ」
「わかった!」
 騒ぎを聞いた村人の数人は、寝間着のまま窓を開けて顔を出している。そして村の上空を滑空する竜を見た途端、悲鳴を上げた。
 北へ逃げろと促すクラウドの声が被り、セフィロスは村人たちへの配慮は彼に任せて飛竜に向き直った。
 もう飛竜との距離は数十メートルしかない。
「セフィロス! 殺すな!」
 広場を逃げる村人たちの間から上がった制止に、何故かと問うよりも早く、クラウドはもう一度叫んだ。
「そいつ、雌だ!  子供がいる!」
 人間の住む場所にも生息する地竜と異なり、そもそも飛竜は人間や集落は避けて通る事のが多い。だが子育てなどで食料に難儀すれば、こうして村に獲物を求めてくることもあるだろう。下手に母竜を殺すと、母を慕う子竜に村が襲われることもあり、出来ればそれは避けたかった。
 飛竜の雌雄の差は分かりにくい。
 見極める基準になるのは、身体の大きさと生殖器くらいである。
 上空を行き来して、更に降下する機会を窺う飛竜は、かなり大きい部類だが、下腹部を見ても陰茎らしきものは見つからなかった。
「殺さずに退けろとは、一番難しい注文を」
 セフィロスは呟き、機と見て舞い降りてきた竜を魔晄の目で見据えた。
 風を巻き上げて高度を下げながら、竜はセフィロスの視線に緊張を走らせる。大抵の人間は竜が姿を見せれば逃げまどうが、こうして高い位置で怖じける気配もなく対峙する人間は奇妙だと思ったに違いない。
 それに魔晄の目にモンスターや獣は敏感に反応する。
「さて、どうしたものか」
 右手に刀を下げ持ち、左手を水平に挙げ掌を飛竜に向ける。引きずり下ろして戦うなら重力魔法があるが、ここで二十メートルの巨体が落下すれば、村が破壊されるのは子供でも分かる事だ。
 開いた掌から力を抜き、威力を弱めたサンダーを放つ。
 飛竜の前腕辺りに着弾した雷が、降下しかけたそれをひるませた。
「来い。オレが遊んでやる」
 敵と判断して、巨体がセフィロスに突進する。
 大きく開いた口腔の奥に光が生まれ、ブレスの前兆である吸気に、夜気がごうと鳴った。セフィロスは屋根の上を飛び退いて、ブレスを避け、それを村の外へと導こうとした。
 ブレスをセフィロスへ吐きかけようと身体を捻った竜の巨大な尾が、隣家の二階の屋根を削り、粉々に砕けた瓦が落下する。まだ広場にいたらしき村人の悲鳴が響き、セフィロスは一瞬そちらに気を取られた。
 振り撒かれたブレスは火炎の帯を引いて、その熱気がセフィロスの髪の先を少し焼いた。焦げ臭さに顔をしかめながら、セフィロスは屋根を蹴って一番近い木に飛び移り、同時にもう一度その頭部を狙って雷を降ろした。
 悲鳴のような高い咆哮が上がり、村人たちの恐怖の悲鳴が唱和する。
 早く逃げればいいものをと思いながらも、戦い慣れない平和な村の住人では、この声だけで恐れをなして、硬直してしまう者も少なくないだろう。
 屋根より高いスギの枝に下り立ったセフィロスが村を振り返ると、自宅の上空には身を捩って暴れる飛竜が、すぐ下の広場には、足の悪い近所の老人を背負って走るクラウドの姿が見えた。
 二撃目のサンダーから立ち直った竜は、滞空したままセフィロスを睨み付けた。恐らく強い相手であることを察知して、距離を測っているのだろう。
 ある程度傷つけなければ、飛竜も退く気配がない。
 セフィロスは刀の先を持ち上げ、まだ村の上空に留まる飛竜へ跳躍した。
 いきなり距離を詰められた竜は驚いて身体を起こし、次の瞬間に長い首の根元をセフィロスの刀が切り裂いていた。返す刀で角を狙い、二本ずつ左右対称に生える右側を、その一刀で削ぐ。
 一抱えありそうな角は完全に断たれ、大きな音を立てて、セフィロスらの自宅の屋根に落下した。瓦を壊し、一部は天井を突き破って寝室まで到達したかもしれない。
 そのまま竜の背を蹴って、向かいの家の屋根に下り立った。
 さすがに堪えた飛竜は金切り声を上げて身もだえ、数度羽ばたいてからいきなり高度を上げた。
 逃げる。
 出来れば巣を突き止めたいと思った時、セフィロスは無意識にその飛び去る背中を追った。
「セフィロス!」
 滑空する竜を追う為に、高い木々の枝を尋常でない速度で飛び移れば、呼び止める青年の声はあっという間に背後に消える。多分何も言わなくとも、セフィロスが何をしようとしているのか青年には理解できるに違いない。
 枝から枝へ飛び移り、深夜の森を駆け抜ける。
 木の上で眠っていた猿がヒステリックな叫びを上げ、ふくろうは慌てふためいて飛び去った。
 野生獣たちを叩き起しながら見上げると、よろよろと左右に身体を揺らし、セフィロスの斬りつけた首や頭部から血を振り撒いて、飛竜は森の上空を北へ向かった。
 その必死な姿は戦ったセフィロスをしても、哀れみさえ感じさせるものだった。


 空が白らんだ明け方、セフィロスは村へ戻った。
 村の中央の広場には昨夜の残骸が、不揃いな石畳の上に散っている。村人の一部は既に自宅に戻っているらしいが、村長の家の前には小さな人だかりがあった。
 セフィロスは広場を抜けて、通りの真中にある一番大きな村長の家に向かう。そこにはきっとクラウドが居るはずだ。
 彼の姿を探すより早く、玄関前の人垣が割れ、黄色い頭が飛び出してきた。
「セフィロス!」
 一直線に駆け寄って、飛びついてきた青年を受け止めるが、家の前に集まる村人たちの視線もまた、二人に据えられていた。これでは幾らキャサリンが秘密を守ったところで、いずれ自然と気付く人間が現れるだろう。
「どうした」
「大丈夫だとは思ったけど、心配した」
「なにを」
 思わず笑みを浮かべて問い直すと、クラウドは男を突き飛ばして頬を紅潮させた。
「…だから! 大丈夫だとは思ってたってば」
 ムキになって言い募る青年を見つめながら、セフィロスは離した腕を後悔に泳がせた。
 抱きつかれたまま離さなければよかった。もう一度抱きなおすには人目が多く、それ以前に冷静になったクラウドには拒絶されるだろう。
「で、あいつ、どこへ?」
「セフィロス殿!」
 クラウドが急いた様子で聞き出そうとするのを、奥から現れた男たちの声が止めた。
 村長やヘイゼンら、中高年の中心的人物の殆どが集結しているようだった。

 エッダの村長は名をオードという。歳は六十になるかならないかと言うところで、隣家に息子夫婦と孫たちが住んでいる。
 オードを始め、まだ五十手前のヘイゼンや彼らと同年代の男達は、単なる稼ぎ手というだけでなく、この村の自治を預かる身でもあった。村人たちの話し合いの末、村長がその最終決断を下す、非常に原始的な民主主義という訳である。
 村長の家のダイニングは、そんな男達八名、クラウドとセフィロス、そして村長の妻の十一名が集まるにも十分な広さがあった。
「で、どういう状況なのか、説明していただけまいか」
 一番奥の席に座ったオードが聞くと、目の前に座らせたクラウドも、隣に立つセフィロスを見上げて来た。
 丁度近くに椅子が見当たらず、急いでオードの奥方が運んできた椅子は彼女に勧め、セフィロスは立ったまま村人たちを見下ろした。
「ヘイゼン殿はどこまで説明した?」
「昨日聞いた煉瓦村の話までは」
 クラウドの隣に座るヘイゼンが答える。
 彼は竜のことを心配していたし、セフィロスらの家にも近い。恐らく飛竜の叫びを聞いて飛び起き、セフィロスが竜を追っていく姿も見ていただろう。
 彼はいつも大らかな印象を与える男だが、今セフィロスを見る目は昨夜とは違った。
 やはり、二人はひと所に留まるとあらゆる意味で異端にならざるを得ないのだ。
「昨夜のはやはり煉瓦村を襲った竜なのかい?」
 ヘイゼンはそれでも平静を装って問い、セフィロスを見上げる。
「恐らく」
 彼は強張った顔で、そうか、と呟いて項垂れた。
「怪我人はいないのか」
「森へ逃げる時、カズチの家の爺さんが転んで骨を折ったくらいだ」
 セフィロスはどの家のことなのかわからなかったが、クラウドが小声で『魔法で治した』と告げたので、頷いただけで済ませた。
「昨夜のあれは、多分子育て中の飛竜だ」
「子育て? 卵を抱えているということか?」
 村長が口を挟み、セフィロスは首を横に振った。
「いや。既に孵っているだろう。子竜のいる親をやたらに殺めると、子竜が母を捜しに彷徨い出てくることがある」
 どよめいた一同を見渡して、セフィロスは続けた。
「だから殺さず、巣へ帰るのを見届けようとしたが」
「見失った?」
 クラウドが言葉尻をさらう。
「ああ。というよりも、大空洞の手前まで追った。あれより北に竜が潜むような場所はないし、あの周辺に巣があることは確実だろう。余り遠いのであればこの地域に餌を求めることもないだろうしな。血痕が残っているから、雨が降る前なら巣までは辿れる」
「あんた、あんな場所まで追って行ったのかい?」
 男の一人が驚きの声で問う。
 沈黙したまま頷けば、その場は一層静まり返った。
 大空洞の麓まで行くには、普通大人の男の足でも一日半はかかる。
 明らかに人のなせる技でないことは、彼らにとっては竜と同様に畏怖を覚えるのだろう。
 だがここで現状を隠すことも不本意だった。
 セフィロスが黙っていると、先にクラウドが口を開いた。
「こいつに不信を抱く気持ちも、判らなくないけど」
 音声に怒りが見えた。
 テーブルについて正面を見据えているが、彼の視線の先には壁しかない。
「セフィロスが追い払わなかったら、この村だって隣村みたいに被害を受けてたことを忘れるな」
 恐らく、そこに同席した九人だけでなく村中に問うたところで、クラウドがそんな口調で話すのを聞いた者はいないに違いない。
 いつもは穏やかなクラウドの怒りに、男達は一層黙りこんでしまった。九人の恐れる部分は異なっても、セフィロスへの畏怖、クラウドの示した怒りへの驚き、そして飛竜そのものへの恐怖は彼らを黙らせるには十分だった。
 クラウドは元々、自分のことではなく、他人のことでしか自制の壁を破れない。
 何より自分を大事にして欲しいのに、いっそ自虐的にも見えるその性分に、大きな溜息が漏れ、時折そうやってセフィロスの為に彼が爆発するのを、喜びと感じるのも事実だった。
「クラウド。悪いが、オレはこの村を守ろうとした訳じゃない」
「ウソ言え。隣んちの屋根が壊されただけで、気ィ散らして髪の毛焦がされたくせに」
 見られていたのかと、口元を緩めて苦笑した。
 だが事実セフィロスは、村人に被害が出たら『クラウドが』悲しむと思って行動したに過ぎなかった。
「オレが見逃すはずないだろ」
「油断しただけだ」
「あんたが油断?」
 間髪入れずに言い返したクラウドが、今度は嘲笑うように口元を歪めた。
「まあ、いい。んで、どうすんだよ」
 クラウドはセフィロスに問い掛けたが、セフィロスはそのまま視線を村長へ振った。
 これはこの村に起こった騒動であり、二人は今この村の住人でもある。如何ようにするのも、クラウドの希望と彼ら九人の決定に従うつもりだった。
「セフィロス殿は非常に強いとお見受けした」
 言葉少ななオード村長は、口元と顎の白髪の混じった髭を撫で、恐る恐る呟いた。
「まだこの村に来て日も浅いのに、傲慢だとは思うが、あれの退治をお願いすることはできまいか」
「それは構わないが」
 セフィロスはもう一度クラウドを見下ろした。
 彼は再び正面の壁を睨むように見据えたまま、動かない。まだ苛立ちが治まらないのか。
「村長」
 視線を動かさずに口を開き、クラウドはそのまま立ち上がった。
「オレたちが戻るまで、一応不寝番を立ててくれ。それと保存の利く食料を都合してくれ」
「クラウド、お前は村にいろ」
「なんでだよ」
 セフィロスに噛み付くように問うクラウドは、やはり一緒に来るつもりなのだ。
「子のいる竜ならば、親だけでなく子も殺すことになるぞ」
 言外に、お前にそれが出来るのか、と。
「わかってる。でもあんただけ行かせるなんて、オレは認めない。絶対、そんなことは許さない」
 その口調も言葉も、誰一人異論を唱えることを拒絶していた。


 数時間の仮眠を取る内に、村人たちは二人の出発の準備をしていたらしい。
 旅に必要なものがダイニングに寄せ集められているらしく、セフィロスが目覚めた時、階下から潜めた会話が聞こえた。
 まだ眠るクラウドを横目に、セフィロスは静かに起き出し、この村へ初めて来た時と同じいつもの戦闘服に着替え、マテリアなどが入ったベルトを着け、刀を手に階段を降りた。
「おはようございます。セフィロスさん」
 最初に挨拶を口にしたのはキャサリンだった。他に彼女の母や村長の妻、キャサリンと一緒に森にいた娘サラとその母もいた。
 口々に挨拶するのを頷きだけで答え、セフィロスはキッチンで顔を洗い、それから見守る女たちへ振り返る。
「集めるだけ集めておきましたわ」
 テーブルに積まれた雑貨や食料を示すキャサリンの母は、まるで自分が旅に出るかのような意気込みで、セフィロスは思わず口元を笑いに緩めた。母子だけあって、娘とよく似ているようだった。
 山を崩しながら、セフィロスは必要なものだけを抜き取った。
 水入れの皮袋など、旅に必要なものは殆ど既に所持している。しかもセフィロスは、水はともかく余り食事を摂らずとも活動出来る。
 火打ち石とマッチ、干したシカ肉やチーズを少量取り、後は必要ないと告げると一同は妙に消沈したような顔になった。苦笑してもう一度山を掻き分けるとパンの包みがあった。
「これは、貴女の焼いたものか?」
 キャサリンの母に尋ねると、彼女は大きく頷いた。
「ええ、さっき急いで作ったんです。日持ちするように、薄目によく焼いてありますわ」
「貰っていく。クラウドが喜ぶ」
 食料などをまとめて鞄に入れて、点火道具はベルトについたポーチに詰める。二階から持ってきた二人の皮袋に水を詰め、それで準備は終わりだった。
 彼女達が、二人の旅がどれくらいの期間になるものなのか、理解していないのは明らかだった。恐らく往復の道と巣穴の探索で四日程度なのである。
「クラウドはまだ寝てるのかしら」
「ああ。もう少し寝かせてやってくれ」
 寝室を覗きたいような素振りのキャサリンを引き止め、セフィロスはダイニングの椅子に座った。
「セフィロスさんが戦ってるの、見たわ」
 椅子に座ると、丁度目線の合う少女は艶やかな笑顔で、村長や彼女の父のように、セフィロスを恐れているような気配は見当たらない。
「凄かった! あんな風にドラゴンと戦う人が本当にいるなんて。まるで小説の中の剣士みたいだわ」
 はしゃいでいるのはキャサリンとサラの若い娘だけで、大人たちは苦笑している。
 少女にとって強い戦士は『守り手』の意味を持ち、セフィロスのような脅威になりうる存在が小さな村に居ることに、なんの恐れもないのだろう。
 事実、大昔にクラウドの故郷を壊滅させたように、セフィロス一人でこの村を全滅させることもできる。大人たちは無言でそれを想像して、恐れているのかもしれない。
「どうしてそんなに強いの?」
 無邪気な問いに、セフィロスは答えられなかった。
 小さく肩をすくめてみせる。
「生まれたときから、こうして戦っているから……だろうか」
「クラウドも?」
「似たようなものだな」
「本当に二人とも、あのドラゴンと戦っても平気?」
 僅かに声にひそむ不安を見て、セフィロスはキャサリンを見つめる。
「不安か」
「ええ。だって……もし二人とも怪我したらと思うと」
 キャサリンは俯き、隣に寄り添うように立つサラも小さく頷いた。
 彼女たちは自分達が森で怪我をして、迷い、セフィロスらに助けられたことを今でも恩と思っているのだろう。
 か弱い、セフィロスの半分ほどしかない彼女らの細い腕が、握り締める小さな手が、かつて幼いながら必死に男を守ろうとした、クラウドの少年時代を思い起こさせた。
「お前達が助けに来てくれるか?」
 セフィロスは娘たちを見据え、その目を少し和ませた。
 キャサリンはぱっと顔を輝かせ、サラは恥らうように頬を染め、揃って大きく頷いた。
「心強いな」
 何の期待もせずに、成り行き上助けた娘たちは、陰るセフィロスの気持ちを少しだけ晴れた気分にさせてくれた。
 それだけで、飛竜を倒しに向かうには十分な理由になる。
「だが心配せずともいい。竜には勝てるし、クラウドにも怪我ひとつ負わせない」
 立ち上がって、胸の高さしかない娘を見下ろした。
「オレの言葉を信じるか?」
「ええ。信じるわ」
 揃って強い眼差しで見つめ返す娘たちは、きっと逞しい母になるだろう。


 それから一時間ほど後、クラウドが二階から降りてきた。
 既に旅装に着替えて、剣も携えている。仮眠といえどもしっかり眠れたのか、顔色も良く、ただ不機嫌な様子は早朝から変わらない。
「起こしてくれればよかったのに」
「別に慌てる必要はない。雨でも降らない限りは」
 いつもなら朗らかに挨拶を交わすクラウドが、階下になんとなくたむろしている女たちの挨拶にも、ただ頷きだけで返した。
 彼は、まだ村長たちのセフィロスへの扱いが許せないのかもしれない。
 女たちが用意して、セフィロスが分けたものを、クラウドは黙ってポーチに詰め、剣を背中のベルトに挿し、外套を羽織った。猟銃を持つ彼は最近良く見ていたが、やはりこの姿が一番勇ましく、セフィロスは好きだった。
 不機嫌そうなクラウドを見てふと昔を思い出し、変わらぬ跳ね上がった髪を撫でる。
 きっと、子ども扱いするな、と言うに違いない。
「また……子供扱いする」
 にやりと笑い返し、家の扉を開けて外に出た。
 広場には村長やヘイゼン、他に数名の男達がセフィロスらを待っていた。
 身の置き場のない表情と、戦闘装備を着けた二人の姿への好奇心と、そんなものが入り混じっている顔だ。
「セフィロス殿、クラウド君、どうぞよろしくお願いする」
 村長たちは揃って頭を下げ、二人は無言で頷きだけで返した。
 用意が出来た以上、急ぐ必要はなくても長く留まる理由もない。セフィロスは青年を促して先に立って歩き出し、すぐにクラウドが横に並ぶ。
「クラウド、絶対、戻ってきてね。屋根直しておくから!」
 それまで黙っていたキャサリンも口を開いた。
 振り返って、目を合わせたクラウドは彼女には小さく微笑んで見せた。
「セフィロスさん! クラウドを頼むわね!」
 顔を進行方向へ戻したクラウドは、顔全体を真っ赤にしている。
 紅潮した頬を見下ろして、ついその肩に手を伸ばしていた。そのまま抱き締めたいのを堪え、軽く叩いてすぐに解放する。
「帰って来いと言われて旅立つのは、久しぶりだな」
「……うん」
 そうして昼も間近の午前、森へ分け入って行った。

* * *


 ひたすら北西を目指し、見上げる北の大空洞を間近に日が沈んだ。
 途中休憩を取らず、かなり早いペースで進んだこともあって、やはり通常の半分くらいの時間で目的地に着きそうだった。無論二人が最大速度で走れば、その限りではないが、正直あの飛竜が再びエッダを襲う確率は限りなく低く、急ぐ必要は本当にまるでなかった。
 一晩そこで過ごすことにして、大きな岩影で野営の支度を整えた。
 拾った枝で火を焚き、広げた毛布の上に座り、ヘイゼンの妻が焼いたパンを食べた。腹が満たされたことで少し胸もすいたのか、黙り続けていたクラウドの表情が少し和らいだ。
「飛竜、まだ生きてるのかな?」
「恐らく巣には辿り付いたろうが」
「巣で死んだかもしれない?」
「ああ。かなり出血していたからな」
 もしも巣で死んでいたとしたら、子竜は母竜の屍の近くで、ただ死を待つだけだ。だから村が襲われる心配は殆どない。
 危険があるとすれば、子竜の巣立ちが近く、母竜が死んだとしても再び手近な餌場として、その子竜がエッダにやってくることだった。
「あの村を襲う竜なら、オレは倒すことに躊躇しないよ」
 クラウドが突然話し始め、セフィロスは顔を上げた。
「でも、害虫みたいな扱いで、子竜を殺すのは正しいのか?」
 正直セフィロスは、母子とも殺すつもりでいた。
 彼らとしても生きるために食料を求めているのであって、それはごく自然な捕食のサイクルだ。だがどんな生物にも、大人しく食われてやるものなどいない。人にも抵抗する手段がある。
 人も竜も等しく地に生まれたのなら、この時季に子を産んだ竜が、僅かに不運だったと思うしかない。
「クラウド」
「それがいると恐いから、全滅させるのか?」
「人とはそういうものだろう」
 クラウドは黙りこみ、そのまま毛布をかぶって横になった。
 彼の考えていることはとても理解しやすい。同じ細胞を持つせいか、時折直に感情が流れ込んでくることすらあったが、そうでなくても。
「本来、自然界の生物の感情に、正義などというものはない。あえて言うなら、己が生きることそのもの、もしくは生きるための本能に従うこと。それが正義だろうな」
 眠っていたわけではないようで、すぐに返答が返った。
「オレさ、今朝の、あんたを見る村長たちの目が嫌なんだ」
 彼は何か考えながら話しているのか、今夜は酷く脈絡なく会話が進んでいるように思えた。
「一瞬、昔のこと思い出した。みんながあんたの強さを恐がって、指差して言うんだ。『あれは人間じゃない。死神だ』って」
 ふと浮かんだ自嘲の笑みを感じ取ったのか、クラウドは被った毛布を少し退けて、覗かせた目元を、火を挟んで座るセフィロスへ向けた。
「随分と昔の話だな」
「恐いなら逃げればいい。でも、みんな恐怖しながら、あんたの強さを利用した。戦争に、政治に。オレに止める力はなかったけど、ずっと嫌だった」
 青い宝玉を思わせる大きな瞳は、火影を映して揺れて見える。
「竜を倒すのはいい。村に犠牲を出して、キャサリンたちを泣かせたくはない。でも村長たちの言い分も、あの目も、神羅と一緒だ」
 青年の言葉にセフィロスの胸は震えた。
───ああやはりこの青年は、自分の為に怒っていたのだ。
「昔とは違う。神羅の頃は、オレは己自身が生きている意味すら、気付いていなかった」
「どういう意味だよ」
「何のために戦うかということを、だ。お前が言うところの、正しいものが何なのか、オレにとっての正義が何か……ろくに考えたこともなかった」
 揺れる瞳がセフィロスを見つめ、彼方に過ぎ去った後悔を思い起こしていることが見てとれる。
 何も後悔することはない。
 全ては今の為だと思うことで、二人は生きて来た。
「今は違う? あんたの正義は?」
「お前だ。だからオレはお前を生かし、お前が正しいと思うことに、いつでも従う」
「バカだな」
 クラウドは静かに呟いて両目を閉じ、再び毛布を被る。
「ああ。それでいい」
 毛布に包まり、金髪の頭の先端だけがはみ出している様子は、玉蜀黍(とうもろこし)に似ていた。
 その穂先に触れたい気がしたが、顔を出す気配はなく、そのまま眠ってしまうのかと思い、セフィロスは火を小さくしてから自分も横になった。
 周囲を取り囲む森は、遠くに鳴く獣の声がするのみで、小さく弾ける焚き火の音が大きく感じる。もう暫くすれば、青年の寝息がセフィロスを優しい眠りに誘うはずだ。
 片肘をついて横たわったセフィロスが目を閉じようとした時、
「セフィロス」
 玉蜀黍からくぐもった声が漏れる。
「抱いて」
 セックスしたいんじゃないぞ、と慌てて言い添える声も毛布の中で。
 セフィロスは身を起こしてクラウドの傍に歩み寄った。
 青年のすぐ横に身体を沿わせ、玉蜀黍を自分の毛布で包み、抱き締める。暫くするとセフィロスの毛布に遮られた暗闇の中で、玉蜀黍の穂先が少し顔を出した。
 胸にかかる吐息は暖かく、冷え込みつつある夜気が一瞬で暖められるような気さえする。毛布の中で、輝く青い瞳がセフィロスに物言いたげに見つめてきた。
 熱い頬に手を添えて、軽く持ち上げた顎に唇を触れさせても彼は拒まなかった。
 どちらからともなく濡れた唇を貪り、鼻先が頬を擦り、肌の匂いを直接嗅ぎ取る。
 青年の長い睫がセフィロスの頬骨をくすぐる。
 柔らかい唇を優しく歯を立てて噛み、舌で辿り、誘うように開いた唇の間から忍びこませ、唾液を啜る。
 微かに戸惑う舌先に出会い、絡ませ合い吸い上げて、同じように自分の舌も与え、いつしか上がった青年の腕がセフィロスの首の後ろに回り、長い髪を梳った。
「セフィロス」
 己を呼ぶこの声を、言葉をつむぐ唇を、この青年を守るためになるなら、例えもう一度彗星を呼ぶことも厭わない。


 明けた翌日、数日続いた快晴が崩れ、空はどんよりと灰色に陰っている。
 二百年ほど前まで、この地域は常に雪に覆われ、永久凍土と言われた場所だった。ライフストリームが大空洞内に集結している為に、周辺の地熱までが奪われているという。現在では短い夏の前後には土が見え、気温も上がるようになっていた。
 大空洞は巨大なクレーターだが、外側から見ると大きな火山にしか見えない。切り立った壁面は人が登るのは困難で、唯一アイシクルロッジと呼ばれる場所から、登山できる道があるくらいだ。
 エッダから続く森は大空洞の麓で終わり、突然目の前に現れる巨大な絶壁はなかなか壮観な様子だった。
 セフィロスは竜を最後に見た場所までクラウドを伴って歩き、更に進んで、午前の内に飛竜の血痕を見つけた。
「これか」
 起床から沈黙を続けていたクラウドが口を開いた。
 昨夜のことを恥らっているような彼は、それでもまだセフィロスと視線を合わせようとしない。
 血痕は十メートルほどの間隔を空けて続いている。既に木々の茂みが途切れて、この辺りの地面は所々に早い雪を残した岩盤で、血の跡は非常に判りやすい道しるべになっていた。
 早朝だということもあるが、昨日に比べると気温が下がった。吐き出す息も白い。
 もうこの大空洞の麓の冬は、すぐそこだった。
 
 霜の降りた岩の地面を踏みしめ、少し西に向かって進んだところで血痕が途切れていた。
 絶壁を見上げれば、三十メートルほど登った辺りに巨大な穴が開いている。意図的に掘ったものではなく、自然に出来た鍾乳洞だ。
 二箇所ほど足場の見当をつけて跳躍すると、意外に難なく洞穴まで上がることが出来た。後に続くようにとクラウドを促すと、同じ場所を足場にして軽々と飛び上がって来た。
 洞穴の中で彼を受け止めたセフィロスの腕の中で、今日初めて視線が合う。
「お前、何を拗ねている」
 逃げないように腕の力を強め、セフィロスは笑って青年を引きとめた。
 抗う身体を抱き寄せれば、瞬時に顔を真っ赤にして男を押しのけようとする。
「放せよ」
 昨夜はというと、あのまま散々熱い抱擁を交わした後、大人しく就寝したのだ。
「お前に負担をかけまいと、我慢したのに」
「我慢?」
 この青年は、いつもならさっさと脱がせにかかる自分が性交に至らず済ませたことを、彼自身が何か不都合をしたせいだと思っているらしい。
「あのまま抱いていたら、お前が今朝起き上がれないほど犯していた」
 息を飲んで、ゆっくりセフィロスの腕から後退る。
「あんた……ホントにやりそうだから、恐い」
「今度実証してやる」
「勘弁して」
 言い様が気になったが、セフィロスは苦笑した。
「油断せずに、しゃんとしていてくれ。お前に怪我ひとつ負わせず返すと、娘たちと約束してしまったからな」
 洞穴の奥へ進めば、岩盤の上にはかなり大量の血痕が見えた。
 この先に飛竜がいることはほぼ間違いなかった。
 クラウドも緊張し、ゆっくり奥に足を進める。中はセフィロスでも立って歩けるほどの高さがあり、直径五メートル程度の円形の洞穴になっていた。恐らく飛竜が出入りする際に崩したのだろう、鍾乳石が地面に散らばっている。
 内部は暗いが、二人には十分な明るさが背後の入り口から差し込んでいた。
 数十歩も進むと、それまでの通路とは異なり、広く天井も高い拓けた場所があった。
 中央辺りにこんもりと大きな影があった。
 伏せるように前腕に乗せた巨大な頭部は片側の角を失い、大量の血溜りがそこを中心に広がっている。血は既に凝固し、黒っぽく変色している。睫のない大きな瞼は半眼に閉じて、隙間から覗く黄色の瞳は濁って、光を失っていた。
「セフィロス……」
 すぐ後ろを歩く青年はセフィロスの袖を掴み、硬直していた。
 予測出来ていたことであっても、この巨大な生物の静かな屍はクラウドには衝撃だろう。子供の為にここまで戻り、力尽きた様が種族の異なるセフィロスたちさえ、静謐な気分にさせる。
「子がいるかもしれん」
「探そう」
 母竜の血溜りを避けて、ぐるりと洞穴を見て廻る。その拓けた場所で行き止まりになっているのか、滑らかな壁面に他に穴がある訳でもなく、幾ら小さくても子竜が潜む場所は見当たらない。
 二周廻って見つからず、セフィロスは通路の前に戻った。
「子持ちではなかったのか?」
 正直に言うと、子供が見つかってしまうとその子竜をどうするか、また青年がひと悩みするのは明らかで、見つからないに越した事はないのだが。
「セフィロス…!」
 母竜のすぐ近くに立つクラウドを振り返ると、地面に力なく下ろされていた翼を少し掴んで持ち上げ、覗き込んでいた。
 赤黒い血溜りの上、黒い皮膜の巨大な翼の下に青い小さなものが、光る目でこちらを見ている。
 長い、トゲのついた尾。その尾を含めても、体長は一メートル強。
 飛竜の特徴である青い表皮には、子供らしい薄い斑点が浮いている。
 警戒心も露にきょろきょろと様子を覗う両目は大きく、成竜より黄味の少ない黒さが目立つ瞳だった。
 身体の大きさに対して翼は小さく、まだ飛び立つことは出来ないかもしれない。
「……かわいい」
 クラウドが母竜の羽を持ち上げたまま呟き、セフィロスは大きく溜息を吐いて、肩を落とした。
 想像した通り、もうクラウドにこの子竜を殺すことなど出来るはずがない。
「おいで。チビ」
 伸ばした青年の指先を避けるように、子竜は身を引く。
 恐らく普段以上に、母の死を前に警戒を強くしているはずだった。しかも少なくとも丸一日以上餌を摂っていないとすると、幾ら小さいとは言っても、人間に襲い掛かることもある。
「おいで」
 根気良く声を掛け続け、手を差し伸べるクラウドにはそんな危機感はない。
 子竜はそろそろと顔を伸ばし、ほんの少しその指先の匂いを嗅いだ。
「おいで」
 顔を近づけては離し、何度かそれを繰り返した後、今度は掌に頭を擦り付ける。
 獣のマーキングと同じで自分の匂いを相手へつける仕草だ。
 身体のわりに短い前足を動かして、子竜が這い出してきた頃には、もう昼近くになっていた。


 最初の警戒心はどこへやら、今や子竜はクラウドの隣に蹲り、青年の履くブーツの足先に必死で噛みついている。まだ歯は小さく、完全に噛み砕くことは出来ないだろうが、固い革の表面には歯型が残った。
「クラウド」
「ん?」
 セフィロスの目の前に座り込んで、子竜の前足を調べたり、翼を持ち上げてみたり、検分に余念がない。子竜など見る機会がそうそうないので、獣好きな青年の興味をそそるのだろう。
「ここでこうしていても、仕方ない。どうする?」
「どうしよう」
「どうしたいんだ?」
 クラウドは押し黙ったまま、子竜へ手を差し出した。そこに頭を摺り寄せる子竜は、彼が親になるのだと信じて疑っていないように見えた。
「こいつ、腹減ってるんだよね」
「……そういう事を聞いているんではないんだが」
「殺すのか?」
 青年は自分の荷物を探り、干し肉など取り出して与えようとしている。竜は雑食だと言うが、乾いた肉を食べようとはしなかった。
 青年は自分の歯でそれを噛み、少し柔らかくした部分を子竜の前に差し出す。散々検分した後、今度は一口で飲み込んだ。
 これでは完全に母竜代わりだ。
「殺す必要はないだろう。だがお前、このまま子竜を育てるつもりか?」
 青年の横に腰を下ろすと、子竜はのそのそとセフィロスの方に歩み寄り、今度はコートの裾に噛み付いた。裾に歯型を残したところで、クラウドに止められて離され、不満も露に幾度か鳴き声を上げている。鳴き声は高音だが、成竜の咆哮と同じように、語尾が喉を鳴らすような響きを持っていた。
「村に連れ帰るのは無理だぞ。これは小さくても飛竜だからな。半年もすれば成竜と変わらない大きさになる」
「そんなことわかってるよ」
「では、ここで育てるつもりか」
 クラウドは問い質すセフィロスの目を見ようとも、答えようともしなかった。
 彼の返答はとうに想像がつく。
 子竜を殺すことも、しいては見捨てることもできず、同時に人里へ子竜が彷徨い出ることを防ぐ為にも、彼はここに残るつもりなのだ。
「なあ、セフィロス」
 セフィロスへ上げた顔に掌を添え、説得しようと開かれる唇に、そっとグローブの親指を押し当てる。
 彼の誇りや正義を守ることが、己の生きる意味そのものだと思いながら、どうしても我慢ならないこともある。それによって、彼自身が傷ついたり、彼の命が危険にさらされることである。
 だが思えば、母竜の騒動で村長たちの言葉に怒ったり、悲しんだりしたのはセフィロスの為で、だとしたらクラウドを惑わせる己の敵は、己自身ということになってしまうではないか。
「…どうしたんだ?」
 クラウドの言葉を遮ったまま考え事に入り込んでいた意識を戻し、グローブの下の唇に、触れるだけの接吻を落とした。
「お前の正しいと思うことをするといい」
「セフィロス」
「だが、これだけは守れ。何よりも己の命を優先すること。子竜のために命を張って、お前が大怪我でもしたら…」
 すぐ横に座って二人の男を交互に眺める子竜に、一瞬視線を振る。
「オレがこれを殺す」
 強張る滑らかな頬をもう一度撫で、セフィロスは微笑んで告げた。
「嚇しではないことは、お前にはわかるだろう。クラウド」
 見下ろす視線も真剣だが、見上げてくるクラウドの目も酷く冷静だった。
「ああ。わかる」
「ならばいい。お前がここに残るなら、オレは一度村へ戻ろう」
 立ち上がり、セフィロスはそのまま母竜の躯へ歩みより、片方残された角を根元から刀で切り取った。
 村に竜退治の報告をするためである。竜が死んだ証拠品にもなるが、竜の角は非常に固く道具の材料になり、細かく砕いて粉状にすると止血と化膿止めの薬品になる。
「村にこいつを置いて報告して、家を引き払って来る」
「ここで暮らすのか? あんたは村にいてもいいよ。キャサリンたちを説得するのも大変そうだし」
 立ち上がって追ってきたクラウドの顎を掬い取って、セフィロスは笑みを浮かべて面を見つめた。
「お前はここで一人になりたいのか?」
 無言で首が横に振られる。
「では、あの村でオレ一人、日干しになれと?」
 クラウドはぷっと小さく吹き出した。
「それ、困る」
「ではオレが戻るまで、その小さいのといい子にしていろ」
 素直に頷く青年の髪を撫で、額に口付けてから身体を離した。
 食料などの荷物は、クラウドのために置いていった方がいいと判断して、そのまま通路に向かう。
 立ち尽くしたまま見送る青年を振り返ると、子竜が途中までセフィロスを追いかけて来た。何故出て行くのかを問うような、大きな目が見上げている。
「お前。あれが無茶をしないよう、見張っていろ」
 言葉が通じるはずもないが、子竜はまるで『承知した』とでも言うように立ち止まり、その場でセフィロスの背中を見送っていた。

* * *


 往路よりも早い速度で森を抜け、翌早朝が明ける前にセフィロスはエッダに戻った。
 村は寝静まり、セフィロスが帰って来たことなど気付く様子もない。無論、既に竜が倒されたと思っている者も少ないだろうが、どこかで不寝番が見ているはずだった。
 セフィロスが自宅の扉を開けて入ると、二階に居たらしい見覚えのある青年が降りて来た。名前は覚えていなかったが、確か彼の祖父が先日怪我をしたと言っていたような気がする。
「セフィロスさん!」
 頷きで返し、手にした竜の角を示すと、青年はまだ幼さの残る顔をぱっと輝かせ、栗色の巻き毛の頭をバリバリと掻いている。
「すげえや! ちょっと村長のとこに報告してきます!」
「ああ、オレも少し話があるから、呼んで来てくれないか」
「わかりました」
 走り出ていく青年を横目に、セフィロスは二階へ上がった。
 この家にある殆どが、二人が住むことになったとき、この村の住人たちが持ち寄ってくれたものだった。
 テーブルや椅子は自作だが、数少ない鍋や食器はヘイゼンの妻がくれた。ベッドはこの家に住んでいた老婆のもの、寝具はサラの家のものを借りている。
 そもそもセフィロスらの持ち物だったのは、旅の途中で使っていた携帯用の金属食器、それに武器や戦闘に使う道具、薬品、マテリア、現金や砂金、そんなものばかりである。
 寝室に上がると、まだ修繕中の屋根の隙間から明るみかけた星空が見えた。
 ここで不寝番をしていたのか、羽織るために持ってきたらしい毛布と椅子が一脚、窓際に置いてある。ここで待てば、セフィロスらが帰って来たことにも気付くと思ったに違いない。
 セフィロスは寝室の端のトランクを開け、二人の私物だけを出し、この村に来た時に所持していた革の袋にそれらを詰め始めた。
 まるで夜逃げをするようだと、ふと思う。
 村に暮らすことは思ったより苦労がなく、平安な時間を過ごすことの少なかったセフィロスにとっても貴重な時間だった。誰も自分の出生など問わず、名前は個体を区別する称号としてのみ使われ、特別扱いもされず日常を過ごすだけである。
 少なくとも竜が現れるまでのひと月はそうだった。
 最初からそのように生まれていれば、もしくは育てば、セフィロスとて人の波に紛れて暮らすことができるのであれば、かつての『母』も野望など抱かず、ひっそりとこの星に侵食していくべきだった。
 今考えても意味はないと思いながら、そんな風にこのひと月の生活や大昔のことを思い出すのは、エッダを去ることに、セフィロスがほんの少しでも躊躇しているからに他ならない。
「セフィロスさん!」
 階下から呼ばれた声に我に返り、セフィロスは袋の口を閉め、立ち上がった。
 声の主は慌しく階段を登り、開けたままの扉から姿を現した。
 娘は頬を紅潮させ、息を切らせ、緊張した面持ちでセフィロスを見上げる。
「クラウドは? 無事なの!?」
 キャサリンはセフィロスに掴みかかる手を寸前で止め、胸の前で握り締めた。
「大事無い。用が出来て向こうに残っている。怪我もしていない」
 ほうと大きく溜息をつき、肩の力を抜く。
「よかった……すごく……心配で」
 満面の笑みに頷き返すと、キャサリンはセフィロスの荷物に目を留めた。
「どうしたの? どこかへ行くの?」
「村長たちが来たら話す」
 もうすぐやってくるだろう男達を待つために、キャサリンを促して階段を降りた。

 「この村を出ることにした」
 集まった男たちは村長ら中心人物の一部と、ヘイゼン一家、それに不寝番のカズチ。一同は突然のセフィロスの言葉に驚愕し、沈黙した。
「母竜は、やはり死んでいた。オレのつけた傷が思ったより深手だったようだ。見つけたときは巣穴で死後一日ほど経っていた」
「子竜はどうしたんだね?」
 村長の問いに頷いて、セフィロスは続ける。
「今、クラウドが見ている。その為に向こうに残った」
「殺してないのか」
 セフィロスは正面に向けていた顔を移動させた。
 彼は村長の末の弟だという男だ。
「この村に親竜の死体でもない限り、子竜はここへは来ない」
「だが成長すれば、またこの村を襲うかもしれないんだろう!」
 いい募る男をひたと見据え、セフィロスは口を閉ざす。
 この言い分こそが、クラウドを嫌悪させたそれだった。人間とはそういうものだと答えたセフィロスをしても、ヒトの傲慢に答える言葉を持たない。
 自分自身が、かつて彼ら人間の脅威となったからでもある。そして成り行きで同じ異端になってしまったクラウドを阻害し、苦しめるヒトの性分は、セフィロスにとっても嫌悪の対象だった。
「そんなの! 変よ!」
 沈黙を破るキャサリンの声に、一同が顔を上げた。
「キャサリン、黙っていなさい」
 父親の制止に首を振って反抗した娘は、村長の弟を見据えて、部屋中に響く大声で言った。
「この村は、竜に守られることもあったんでしょ? お婆ちゃんにそう聞いたわ。確かに母竜は隣村やここを襲ったけど、子竜は何もしてないじゃない!」
「竜の伝説はお伽噺だ! 子供は黙っていなさい!」
 村長の弟は顔を真っ赤にして怒りの形相である。
 セフィロスは二人の顔を見比べながら、組んでいた腕を下ろした。
「貴殿が言うように、竜の存在は脅威には違いない。それにオレ自身は、実害があるのなら、子供の竜とて殺すことは厭わないが」
 村長の弟は顔を上げ、反してキャサリンは否定されたと思って顔を俯ける。
「では竜ではなく、ファングはどうだ」
 突然他のモンスターの名を挙げられ、一同は戸惑いの顔を上げた。
「飛竜が村を襲うことはそもそも珍しい。あの母竜は冬前のこの季節に子を産み、だからこそ村を襲ったのだ。だがファングは人間を好んで食うぞ。しかも村の周囲に幾らでもいる。モンスターでなくてもヒトを喰う獣もいるな。村の人間を危険に晒すものを、貴殿は全て殺して回るつもりなのか?」
 男はぎょっと身体をすくませ、慌ててセフィロスから目を反らした。
 普段は言葉少なな彼の饒舌さに、他の者たちも驚いているようだった。
「同じ人間はどうだ。隣の大陸の人間が侵略してくるかもしれん。戦支度を始めて、あちらもそれに応じて戦おうとする。そうやって、自ら煽った恐怖に負けた者は、戦いに身を滅ぼすことになる」
 既にその場はセフィロスの独壇場になっていた。
 平和な村に突然襲い掛かった巨大な恐怖に、彼らは我を忘れていただけに違いない。誰一人、そんな愚かな末路を想像してもおらず、戦いから程遠い世界に生きている者に、セフィロスの話は物語にだけ存在するものだったろう。
「話が極端過ぎたな。だが、忘れるな。それと知らず毒蛇に手を伸ばすことは愚かだが、過剰な防衛もまた、諸刃の剣だということを」
 自嘲の笑いを漏らし、セフィロスは床に置いていた荷物を取り上げた。
「世話になった。子竜には、人間に手を出すと危険なのだと、クラウドが教えるだろう」
「待って、セフィロスさん!」
 飛び出して来たキャサリンは、荷を持つその手にしがみつき、セフィロスを引き止めた。必死な、小さな手の震えが伝わる。
「本当に行っちゃうの?」
「クラウドが待っている」
「子竜が巣立ったら? 戻ってくるんでしょ?」
「村に長く留まるには、オレたちは異端過ぎる。もう皆も承知のように」
 キャサリンは必死に首を横に振り、一層セフィロスの腕を握り締めた。
「そんなことない! 二人とも村を助けてくれたじゃない!」
「だが、既にこうして戦いを呼んだ。留まればそれだけ多く呼ぶことになる」
「……そんな!」
 返す言葉をなくした娘は、顎を震わせながら両目に大粒の涙を浮かべた。
 利発で、セフィロスの警告の意味を理解したからこそ、彼女は何も言い返せなかったのだろう。慈悲を知る娘だからこそ、男が去る意味もまた理解できるのだ。
 大きな深い緑の目、長い栗色の髪を見下ろして、セフィロスは記憶の彼方にある、血の繋がらない妹を思い出した。
 父とも思った博士の実子、クラウドを救い、彼女自身を殺めたセフィロスを止め、星を救った少女と同じ髪と目の色だった。
 歯を食いしばり、必死に嗚咽を堪える仕草はやはり愛しく、支えてやりたい衝動を覚える。それが彼女になのか、記憶にある少女を重ね合わせているからなのか、セフィロスには判らなかった。
「いつか顔を見に来るよう、クラウドに伝えておく。オレはそれまで、あの約束を違えないと誓おう」
 零れ落ちた涙を指先で拭ってやると、娘は微かに頷いた。
「信じるか?」
「ええ。信じるわ。必ず二人で来て……待っているから」
「お前の慈愛と素直さを子に受け継がせる、いい母になれ」
 荷物を担ぎ、自然に空いた村人の間を抜け、扉へ向かう。
 扉の前に立っていたヘイゼンと彼の妻に目礼すると、奥方は深々と頭を下げ、ヘイゼンは無言で握手の手を差し出して来た。それに答えた手を強く握り返され、彼も娘と同じ言葉を小さく呟いた。
 朝靄の立つ明けた広場に踏み出し、セフィロスはひと月を過ごした村を後にした。

* * *


 セフィロスは単独、一度アイシクルロッジに向かい、そこで当座の生活必需品を手に入れた。旅に慣れた二人にとって、必要なものは少ないとはいえ、今回は長ければ幾月も人里離れた場所に居座ることになる。
 しかもこれから本格的に冬に入ると、幾ら人間よりも強い肉体とはいえ、積雪と吹雪が最大の敵になるだろう。
 岩塩や香辛料、チーズなど保存のきく乳製品、医療品、油、点火道具、煙草、毛布や衣類――久々に大量の買い物だった。代金はギルと金やミスリルで支払う。
 更にロッジの周辺で野生のチョコボを捕獲した。これで大分移動時間を短縮することができる。
 クラウドと別れてから丸二日後の午、セフィロスは全ての物資を積み、チョコボに跨って街を出発した。
 アイシクルロッジからクラウドの待つあの洞穴へ向かうには、山を幾つか越え、広い平原を抜け、最北の登山小屋のあたりで尾根沿いに東に向かうことになる。
 登山道のある山や平原と異なり、尾根を行くのはチョコボとは云え少々危険を覚悟しなければならない。
 しかもまだ日暮れまでは時間があるのに、平原を進んでいる内に今年初の吹雪に出会った。視界の利かない場所でチョコボの足取りは遅くなる。
 だがこの急激に下がった外気温、しかもここより標高の高いあの洞穴では、クラウドとまだ抵抗力のない子竜は難儀しているに違いない。
 焦る気持ちでチョコボを走らせ続けたセフィロスは、深夜に洞穴の麓に到達した。

 洞穴の下に、母竜の亡骸の燃えた跡が残っていた。骨と一部の身体を残して燃え尽き、隙間には、もうかなりの量の雪が積もっている。
 恐らく荼毘に臥すつもりでクラウドが燃やしたのだろう。巨体を運ぶにはかなり苦労したに違いないが、余り放置すればそこで腐敗してしまう。もしかすると既に腐り始めて、臭気に耐えられなかったのかもしれない。
 見上げると、洞穴から明かりが漏れている。
 セフィロスはチョコボを逃がしてから、荷物を抱えて洞穴に上がり、通路を進んだ。
 母竜の血痕が薄く残る中央部分に、積んだ薪が燃えていた。その近くに毛布の山がある。こんもり膨らんでいる。
 近づいて行くと、持ち上げた毛布の隙間から子竜が先に顔を出した。
 続いてクラウドが顔を出すが、動く様子がない。
「セフィロス、おかえり」
「どうした?」
 雪を払いながら訊ねると、クラウドは青い唇で小さく、寒い、と呟いた。
「さっき薪拾いに出たら、帰りに降られた」
 毛布から指先だけ出して、示した先にクラウドの衣服が広げてある。濡れている服を着ている訳にもいかないので、全裸で毛布を被って我慢していたということだろう。
「着替えも全部持って来た。早く着ろ」
 荷を解いて、購ってきた食料などを出し、村から持ち帰った衣類を一揃え手にして近づけば、漸く毛布から這い出してくる。
 まだ表皮の完成していない子竜も、クラウドの身体の傍で蹲って震えていた。母竜がいればその腹や翼の下で暖を取れるだろうが、細いクラウドの身体では隠れる場所もない。
 幾枚か新たに持ってきた毛布を敷いて、子竜に示してやると素直にそこに鎮座し、もう一枚を上から掛けてやれば毛布の中で大人しくしている。毛布が暖かいことを覚えたらしい。
「あんた、早かったな」
 クラウドは少し震える声で言いながら、下着を着け、セーターを羽織った。暖かさに満足するように自分の身体を抱く。
「不眠不休で来た。途中アイシクルロッジへ寄ったんでな。こっちも平原で降られた」
 さすがにセフィロスも少し疲労感が思い出され、敷いた毛布の上に寝転んだ。
 思えば最初に竜退治に出かけて五日目になるが、最初の夜以外一度も眠っていない。
「ありがとう、セフィロス」
 いきなり改まって礼を言われ、思わず目を見開けば、青年は柔らかく微笑んだ顔で見下ろしている。
 彼にこんな笑顔をさせるのは、セフィロスにはとても難しく、珍しいことだ。
「礼はいい。添い寝してくれ」
「……は?」
「さすがに眠い」
 冷えた身体を抱き寄せて、背中を擦ってやりながら、もう一枚の毛布を被った。
 焚き火の明かりが遮られるその下で、まだ下着とセーター姿の青年を撫で、足を絡めて起きられないように拘束する。
「眠いんだろ?」
「ああ。お前の中で眠りたい。暖かそうだ」
 詰る小さな声が呟かれたが、彼は抵抗せず、静かに縋ってきた。柔らかく湿った頭を抱き寄せて、男にしては細い腰に腕を廻すと、密着した身体はやはり暖かく心地良い。
 そのまま眠りに引き込まれてしまいそうだと、目を閉じて欲求に従おうとした時、ふと股間に固いものが触れた。
 彼が下着しか着けていないことが災いして、変化は顕著に伝わった。
「お前、オレを寝かせないつもりか?」
「だって、あんたがオレの中とかいうから……」
 そういう意味ではなかったんだが、とは言わずに、背にあてた手を狭間へ滑らせて、足の間から股間を嬲れば、青年は掠れた喘ぎと吐息を短く吐き出した。
「そういえば腹も減っていた」
 セーターの裾からもう片方の手を差し入れ、首まで捲くり上げて露にした乳首に貪りつき、刺激に跳ね上がった身体を押さえつける。
「ありがたくいただこう」
 そこを口にしたまま呟くと、白い喉が無防備に仰け反った。

 これまで何度肌を重ね合わせたか知れない。数えたことなどないが、いつからかそれを当たり前の二人の行為として受け止めている。それはクラウドも同じだろう。
 だが、見慣れたはずの顔にセフィロスは毎回新鮮な印象さえ受ける。
 閉じた目元の、震える長い睫の影も、唾液に濡れて薄く開いた唇も、見つめているだけで官能と征服欲を与え続けた。
 浅く行き来する場所はすぐにでも壊れてしまいそうな繊細さで、しかし決してセフィロスを離すまいと締め付け、冷静に眺めようとする男の息を乱れさせる。
 入れただけですぐにでも達せるほどに固くなった自分自身を押し止め、一刻も早く青年も同じ高さに引き上げてやろうと、性急に刺激を与える。
 やはり征服されているのは自分の方だった。
「なあ……うまい?」
 死に際のような呼吸の合間に、クラウドは微かに笑って呟いた。
 行為に至る前のセフィロスの言葉を受けてなのだと、気付くまで少し時間を要した。
「逆だろう。お前のここが、オレを食っていると思うが」
 伸ばした指先で受け入れる場所の縁を辿れば、小さく身体を竦ませる。その部分を割り開く動きで深く侵入し、熱い内腑を堪能する。
 語尾の長い悲鳴を上げたクラウドは、金の髪を散らした毛布へ後頭部を擦り付けて、更に髪を乱して見せた。
 汗の雫が流れ落ちる胸や腹に手を滑らせて、蠢く全身を指に感じながら、一層追い上げるつもりで自分の方が翻弄されているようだった。
 二人の間に反り立つ青年のものに指を添えれば、ろくに触れていなかったそこは、先端から涙を零し、固い下腹を湿らせている。
 我慢していたのかと、ふと笑みが浮かび、動きを速めて彼の終息を待った。
 ぎゅっと眉根が寄せられ、消え入る短い嬌声と共にクラウドの身体が痙攣する。同時にセフィロスも限界を感じた己を抜き出して、震えながら果てる彼に擦りつけるように動き、静かにくすぶる熱を吐いた。
 荒く残る息を奪い合って、舌を吸い、充足の溜息が漏れたが、クラウドの手がまだ萎えきっていないセフィロスの陰茎を掴み、己の中へ導こうとする。
「どうした?」
 そんなに早く復活しない、と苦笑して見せれば、潤んだ目が強請る光を帯びて見上げて来た。
「中にいて。動かないでいいから」
 身体を横向きにしてやり、背後から狭間を割って、少し柔らかくなったものを潜り込ませた。弛緩した内部は抵抗なく受け入れ、もう一度クラウドの唇から溜息が漏れた。
「どうして」
 不満そうに呟いて、二人の精液に濡れる自分の腹に触れたクラウドは、手探りで荷物から引き寄せたタオルでそこを拭き始める。
「風呂がないからな。オレが中で射精したら、苦労するのはお前だろう」
 タオルを握り締めたまま、性交の高ぶりはない結合部をきつく絞めつけて抗議してきた。
「あんたのそういう冷静さ……時々、すごく腹が立つよ」
 セフィロスは苦笑を消して肩越しに接吻を繰り返し、機嫌を取り戻そうと必死な自分を少々情けなく思いながらも、酷く満たされた気分でそのまま目を閉じた。
 身体に沿う暖かい身体と内部の熱さが、眠気を誘う心地良さだった。
「暖かいな」



 早朝、昨夜の姿勢のままの二人を揺り起こしたのは、子竜の甘えた鳴き声と、小さな歯が腕に与える刺激だった。
 目を開ければ間近に子竜が顔を寄せ、二人の被っていた毛布や、腕に甘噛みを繰り返している。どうやら腹が減っているらしい。
 セフィロスが少し身を起こすと、子竜は傍に座り込んでグリュリュリュと奇怪な鳴声を上げた。
 身体は小さく、それに対して足が太い。後ろ足がまだ短いので、座るとぺたりと下腹が地面についてしまう。成竜とは異なるバランスの身体が、妙な庇護欲をそそる。
 翼は未発達だが、数日前より少し大きくなっているようだ。時折一人前に羽ばたかせる様子を見ると、そろそろ飛ぶ訓練をさせなければならないだろう。
 これはなかなか大変そうだ、とセフィロスは子竜の大きな丸い目を見て苦笑した。
 その時腕の中の身体が身じろいで、次の瞬間滑らかな背中が硬直した。
「痛っ」
 青年の身体に収められていたものが、名残惜しげに内部を引きつらせて抜き出された。クラウドは痛みを感じたのか、蹲って尻を押さえている。色気のない、しかし妙な可愛らしさを感じる動作に口元が歪んだ。
「あんた…なんで大きくなってんだよ……」
「朝だからな」
 信じられない、などと呟きながら毛布から這い出していくクラウドに、子竜はのそのそとついていく。服を着る間も、通路近くに吹き込んだ雪で顔を洗う間も、ずっとその後をつき纏って歩いた。
「すっかり懐かれたな」
「なんか、こいつ凄い甘えん坊なんだよ」
 呆れたような口調でいながら、クラウドは満更でもない様子だ。
 支度を済ませて、まだ寝転んだままのセフィロスを横目に、クラウドは子竜を伴って出かけてくる、と言い出した。
「飛ぶ練習をして、獲物を捕まえて、ついでに薪も拾ってくる」
 勢いよく飛び出していく一人と一頭を見送りながら、この僻地で自分は何をすべきかと考え始めた。
 通路から外を眺めれば、吹雪の気配は去り、明るい柔らかな陽射しは一面を銀世界に変えた森に降り注いでいた。


 昼前になって、漸く一人と一頭が帰って来た。
 クラウドはウサギを数羽と薪になりそうな枝を一抱え、子竜は自分の獲物なのか狐を一匹咥えていた。通路に立つ奇妙な親子は得意そうにセフィロスに獲物を見せた。
「昨日は天気が悪くて獲物が少なかったけど、今日は大猟だよ」
 すたすたと奥へ進み、子竜は狐の肉と格闘を始め、クラウドはウサギを捌き始める。
 毛皮を剥ぎ、器用に内臓を避けて子竜に放ってやり、肉は自分たちの食料に残す。
 肉を引き受けてセフィロスが調理を始めると、クラウドはその間中、子竜の成長具合について報告した。
「今日だけで二十メートルくらい飛べるようになったよ。まだ低空飛行だけどね。飛ぶことを覚えた途端に、自分であの狐を捕まえてきた」
「どうやって教えたんだ?」
「オレが木に登ったら、一生懸命羽ばたいて飛ぼうとしたんで…」
 一度言葉を切って、セフィロスが外から持ってきた雪を一掴みポットに押し込むと、それを焚き火にくべた。
「高いとこに登って、助走つけて飛び降りた」
 手順としては間違っていないし、クラウドは平気だろうが、
「飛べたのか?」
「いや。真っ直ぐ落ちた」
 セフィロスは手を止めて沈黙した。
「でも何回か落ちてたら、風に乗ることは覚えたみたいなんで」
 今度は荷物からコーヒーを引っ張り出している。
「平地で走ってから、飛び上がるように練習したよ」
「なるほど」
 串に刺して焼いた肉を塩と香辛料だけで味をつけ、調理は終わりである。
 こちらが食事を始めるころには、子竜は狐を丸ごと平らげ、満足げに身体を舐めていた。
 肉に齧りつきながら、クラウドは子竜の様子を眺めている。不思議と希望に満ちた瞳は、今後のことを考えているようであり、健やかな子竜の姿に安堵しているようでもある。
「子供の竜って、一日でどれくらい食べるんだろう」
「普通の肉食獣なら、自分の体重の半分くらい食えば、数日持つだろう」
「それってさ、今なら狐一頭でもいいけど、でかくなったらそれだけ食べるってことだよな」
「そうだな」
「ウシニ、三頭ってことか。人間だったらもっと食わないとダメなんだ…」
 確かに飛竜は人里に近づかないが、地竜は数も多く、普段からよく集落を襲った。
 昔、まだ神羅軍に所属していた頃には、そうやって日を置いて何度も村を襲う地竜を退治すべく、ソルジャー部隊がかり出されることも多かった。
 人は固まって生活し、野生動物のような俊敏さも持ち合わせない。武器を持っていなければ、己を守る爪も牙もないから捕獲しやすいという訳だ。
 だが一方で、知能が高く道具を使う人間は、団結すれば飛竜とて撃退する。地竜に比べて頭の良い飛竜は、それを判っているからこそ、反撃を恐れて自ら村を襲うことは殆どないということだ。
 食料に瀕して理性を失い、本能に逆らって村を襲う飛竜の末路は明らかである。だが、人間が対策を考じて反撃するまでに時間が空けば、それまで同じ村を襲い続けるのも道理だ。
 しかも数日経てば、また空腹になる。獲物が少ない冬、季節はずれに子を持った母竜は必死になる。
「人間を食ったらダメだぞ。人間は案外強いからな。反撃されて、痛い目見るぞ」
 何時の間にか、近くにすり寄ってきた子竜の背を撫でながら、クラウドは言い聞かせるように呟いた。
「お前が巣立ちする時は、それを教えてやらないと」
 どういう手段でそれを身をもって教えるか、方法は多くない。
 その時はまた青年は苦しむのかもしれないと、セフィロスは思った。

* * *


 時間を経るごとに、子竜は見るからに大きく育っていた。
 母竜が死んだ時、この子竜が生後どれくらい経っていたかは定かではないが、他の獣やモンスターを例にするならば、産まれて二ヶ月目くらいからの成長はどれも早い。
 ひと月もすると足が伸び、身体の丸みが段々と失われ、筋肉がつき始める。特に飛ぶ方法を教えるようになってから、顕著に翼が大きくなり、折りたたまねば通路が通れないくらいになった。
 体長はもう二メートルを越えた。歯も生え揃って、食事に要する時間が早くなる。最初の頃、噛み裂くのに必死に格闘していた狐など、あっという間に飲み込んでしまうようになった。
 そして眠っているときなどに、ゴゴゴと大きな呼吸をする。セフィロスらには耳慣れた、ブレス前の吸気の音だ。
「洞穴の中で噴かれたらたまらんな」
 夢でも見ているのか、目を閉じて前足の間に頭を沿わせる姿勢で蹲ると、まだ少し幼さがあり可愛らしい。
「どんな夢を見るのかなあ。竜って」
 既に装備を外して、身体に毛布を巻きつけて、クラウドは子竜と寄り添うように寝転がっている。もう彼よりも大きくなってしまった子竜と並ぶと、押しつぶされてしまいそうな印象だった。
 セフィロスはひと月の間、食べたウサギの毛皮をなめして、骨を煮詰めたニカワで繋ぎ合わせ、敷物のようなものを作っていた。十数羽分の毛皮で、漸く寝床に敷けるような大きさになった。
「クラウド。出来たぞ」
 広げて、かなりな大きさになったことを示すと、クラウドは跳ね飛ぶ勢いでやってきた。もう数日経てば、今干している皮も乾いて、更に大きなものに出来るだろう。
 ただ寝床を快適にするためではなく、防寒具としても使える。
 この一週間ほど吹雪く時間が極端に長くなってきた。現に今日も夕刻から降り始め、外はかなりの風と雪だった。
 森の中は今のところ獲物も多いが、激しく吹雪いてしまえば、セフィロスでも方向を見失いそうになる時がある。クラウドであれば更に辛いだろう。しかも飛竜はそもそも余り冷気に強くないため、零下数十度にもなれば動きが鈍くなるはずだ。
 これから、生きる物全てに過酷な時期がやってくる。
「もう使っていいの?」
「まだ少しニカワの匂いがするかもしれん」
「気にしないよ」
 毛皮の上ではしゃぐクラウドを横目に焚き火を小さくし、セフィロスは仕事を終えて煙草をくわえた。クラウドにも強請られ、箱を渡してやり、焚き火から抜いた燃えさしの枝を差し出す。
 吸い込みながら火を点け、立ち上る香り高い煙の匂いを嗅ぐ。
 こうして贅沢だと思う瞬間も、山や森での生活は、村に比べれば至って質素、というよりは原始的なものである。人目を避けて生活することの長い二人にとっては、ごく自然なことだ。
 日々の仕事をただ生きる為に行うのは、時折青年の胸に空しさを生むことはわかっていても、寄り添い、暮らすことをずっと求めてきたセフィロスには、何よりも幸福と感じる瞬間が多かった。
 一本の煙草を吸い切る間、ただ何も喋らずとも良い。
 静かな時間を遮るものは時折強くなる風の音だけだった。
「この様子では明日一日、吹雪くかもしれないな」
「吹雪いたら狩りも飛ぶ練習も無理かなあ」
 あお向けに転がりながら、短くなった煙草を吸うクラウドは、洞穴の天井を見ながら独り言のように呟いた。
 まだ続けている子竜の教育は、それでももう終わりに近いと思えた。
 子竜は既に洞穴の入り口から、かなり遠くまで飛び立つことができ、狼やイノシシなどの大きめの獲物を追うことも、最近覚えたようである。
 冬が明ける前に巣立ちを迎えることになるかもしれない。
「なあ、セフィロス」
 根元まで吸った煙草を焚き火に放り込んだところで、クラウドはあお向けのまま囁くように言った。
「あんたの天気予報、明日の朝は吹雪なんだろ?」
 片方の眉を上げて見せると、クラウドは毛皮の敷物の隣を空けて、掌でそこを叩いた。つまり、隣に来て一緒に寝ようということだ。
 朝方吹雪いて狩りも出来ないのなら、ゆっくり休むしかない。
 外套と装備を脱いで青年の隣に身体を横たえれば、伸ばされた指先が髪を梳り、握り取ったそこに唇を当てられた。
「あんたの髪、好きだ」
「髪の根元についてる頭はどうだ」
 遠まわしになんか言わせようとしただろう、と形の良い唇が文句を言った。


 その朝は普段と何一つ変わらなかったが、昨夜のセフィロスの予告通り吹雪は続いており、通路の先の外は朝とは思えないほど暗い。
 子竜は諦めたように蹲り、クラウドは昨夜の行為に疲れ果てたのか、全裸のままぐっすり眠っていた。
 傍らのぬくもりは放し難く、腕を廻した青年の尖った肩口に口付けて、暫し感触を堪能する。いつもその先端ばかり冷たい彼が、全身に汗を散らして乱れた夜の記憶を辿るのも、朝らしからぬ様相だった。
 ただ、安らかなそんな様子とは別に、セフィロスの背筋を何かが走り抜ける。この平穏が壊されるという虫の報せなのか、程なくして青年から身を離して起き上がった。
 地面に脱ぎ捨ててあった服と装備を着け、刀を取り、安堵するのも束の間、何かが近づいてくる気配に眉根を寄せた。
「クラウド」
 固い声に呼ばれて飛び起きた彼は、すぐにセフィロスの緊張を察知したようだ。その声で目覚めたらしい子竜も、顔を上げている。
 毛布の上に起き上がった青年へ服を投げて、小さくなっていた焚き火から、火のついた薪を松明がわりに取る。
 手早く服を着けて、武器を取りに立ったクラウドの気配を背後に感じながら、通路の外に向けて明かりを差し出した。
 子竜がグリュリュと甘えるような声で鳴く。
 そしてそれに被るように微かな地響きが近づき、大きな羽ばたきが聞こえた。吹雪でかき消されるとはいえ、ここを目指して来ていることに、間違いはないようだった。
「まさか、母親が生きてた?」
「それはありえん」
 セフィロスが斬り捨てた角の痕、首の傷は元より、体型や大きさもエッダを襲った竜で、そこに隠れていた子竜も、あの躯を晒していた竜の子供であることに間違いはない。
 竜が他の子供を育てるとは聞いたことがないし、ましてや近づく竜が子竜の母だったとしても、それなら何故ひと月以上も置き去りにするのか、理由がわからなかった。
「父親、か?」
 クラウドは混乱した様子で、しかし隙なく剣を抜いて構えた。
「父竜が子供の元に戻ることなんて、あるのか?」
 セフィロスの知る限り、そんな習性はないはずだ。そもそも人間とは違い、獣の子は父の存在など知る可能性は低い。
 無言で首を振り、
「あるとしたら、それは飢えて、子竜を食う時だ。」
 瞬時にクラウドの気配は緊張し、子竜の前まで下がる足音がした。
 彼は子竜を守ろうとするだろう。
 ならばセフィロスの取る行動はひとつしかない。
 羽ばたきが接近し、風とは逆の方向で通路近くの雪が舞い上がった。
 大木の幹にも似た巨大な太い足が通路に降り立ち、同時に洞穴全体を揺るがす地響きが起こる。通路ぎりぎりに見える巨体が翼を畳み、ぬっとこちらに向けられた頭部には黄色い目が二つ、敵意満々の光を帯びていた。
 

 身体の大きさは母竜と殆ど変わらない。
 だが凶暴そうな顔つきは母竜とは異なり、角も大きく左右生え揃っている。
 正面に立ちはだかる男を訝しく見つめるが、吐かれた咆哮に怯えはなく、ビリビリと空気を震わせた。
 セフィロスは松明を投げ捨て、刀を構える。例えどんなに巨大な竜でも負ける気はしない。
 だがその足を踏み出そうとした時、背後でクラウドが息を飲み、足音が迫った。
 子竜が飛び出していた。
 跳ね飛ぶような軽い足取り、グリュリュと、いつもこちらに向けて発する甘えた声で鳴き、まるで見つけた母親に走り寄って行くようだった。
 一瞬セフィロスは、それが子竜の母だという疑いを捨てきれず、躊躇した。しかし明らかな威嚇で子竜を嚇し、通路を迫ってくる成竜はやはり母竜ではありえなかった。
 どんなに愛しく思って育てても、クラウドは子竜と同族ではない。
 母しか成竜を知らない子竜にとって、その成竜は『母と同じもの』だった。
 幾度も威嚇されてひるんだ子竜は、漸くそれが同族であっても味方ではないと気付いたのか、まるで腰を抜かしたような足取りで、後退りし始めた。
 人間であればさっさと抱えて飛び退くこともできるが、さすがに二メートル以上の子竜を抱えることはセフィロスにも容易ではない。
「チビ! 早く!」
 セフィロスのすぐ後ろで子竜を促すクラウドは、剣を構えたままじりじりと前に出て、怖じけた子竜を叱咤する。
 そして成竜の大きな腕が振り上げられ、張られた子竜はセフィロスへ激突した。
「セフィロス!」
 子竜の身体を受け止め、なんとか勢いを殺したが、さすがの重みで数歩ほど後退る。子竜を起こして体勢を立て直し、成竜に向き直った時、クラウドは既に剣を携えて飛び掛っていた。
 クラウドは、セフィロスと出会った頃の無力な子供ではない。今は剣士としても、戦士としても魔道士としても超一流である。
 下段に構えた剣を跳ね上げ、走り込んだ成竜の首の下から断つ───はずだった。
 飛び掛ったクラウドを目にした子竜が、その時悲痛な悲鳴を上げた。
 言葉ではないが、確かに同族を殺められることを嘆く、それは制止の叫びだった。
 首の下ぎりぎりで、クラウドは剣を止めていた。
 肩越しに、まだよろよろとする子竜を見つめ、泣きそうな顔をしたのがセフィロスからも見えた。
「クラウド!」
 クラウドの狼狽の瞬間を、成竜は見逃さなかった。
 無理な姿勢で剣を止めたクラウドを、横殴りで張り、青年の身体は紙のようにしなって、洞穴の壁面に叩きつけられた。
 すぐさま起き上がって退こうとしたクラウドの身体へ、反対の腕が振り下ろされる。
 セフィロスは一瞬で間合いを詰め、その腕を一閃した。
 本体から離れた腕は、その鋭い爪で青年を切り裂き、地面に落ちた。
 成竜が上げる引き攣った悲鳴の中で受け止めた身体は、仰け反った滑らかな喉元から下腹まで裂かれ、同時に噴き上げた血飛沫でセフィロスの顔を赤く染めた。
 胸の中心に通る傷の隙間から、胸骨が白く覗いている。
 上衣の残骸がばらりと地面に落ち、弛緩した下腹は薄く切り裂かれて、綺麗な桃色の内臓がはみ出している。
 一瞬で腕まで染めたクラウドの血の赤い色が、セフィロスの理性を焼き切った。
 力なく腕にしな垂れかかる身体を支えたまま振り返り、腕を斬り落とされた痛みに暴れる成竜を目にした瞬間、眼底がかっと熱くなった。
 いつか、この星さえも破壊してやると誓った時のような、身を押しつぶす怒りと憎しみと悲しみが蘇った。
 魔法のように手を挙げるでもなく、両肩を誰かに掴まれたような反動と共に、眼前に巨大な力が生まれる。
 成竜の身体が内側から引き裂かれ、肉も骨も判定できないほど細かく弾け飛ぶ様が、セフィロスはありありと見ることが出来た。ドンと突き上げる地響きがして、洞穴の通路が外側へ吹き飛び、後には視界を奪うような砂煙だけが舞っていた。



 セフィロスは青年を抱えたまま地面に膝をつき、無意識の内に唇が魔法の詠唱を始めていた。
 細かな傷は瞬時に塞がるものの、内腑をはみ出させた身体の中央を通る傷は変化を見せず、のろのろと覗った青ざめた面は、唇の端と鼻腔から血を流している。
「クラウド」
 呼びかけても目は開かない。
 傷口に指を当て、腹圧に負けて飛び出した内臓を押さえて魔法を唱えても、傷口が熱くなるばかりで回復の兆しがやってこない。
「あんな竜にやられるお前じゃない」
 露になった胸を撫で擦りながら、幾度も回復の最大魔法を呟き続ける。
「お前は、唯一オレより強い男だろう」
 微かに青い唇が動いた。
「子竜……許してやってよ」
「お前はまだそんなことを」
「気持ち、わかるんだ。だから」
 額を撫でて、それからもう一度下腹の傷に手を当てる。
 魔力が尽きるほどに幾度も念じていると、漸く表皮が薄く繋がった。
 手を胸の傷に移動させるが、出血が多く、クラウドの胸は真っ赤に染まっている。
 薄目を開けて自分のその傷を見下ろした青年は、小さく口元を笑みに歪めた。
「今度こそ、還れる、のかな」
「お前は死なない」
 夢うつつで呟く言葉を遮るように、セフィロスは何度も続け、傷に指を這わせた。
「死なない。お前は」
 魔法を繰り返してもなかなか塞がらない傷に焦れて、己の無力を噛み締める。
 それまで傷を見つめていたクラウドは、ふと視線を男へ向けて、腕を挙げた。
「あんた…」
 震える手がセフィロスの顎に触れた。
 頬から顎を行き来する指も、血で肌の色が全く見えない。
 男にしては繊細な印象を受ける指先が、何度も、何度も。
「セフィロス、あんた、泣いてる」
 挙げた手から力が抜けて行き、セフィロスはその指先を掴み捕った。
「ああ。やっぱ……あんたを残して、死ぬのは、嫌だ」

 気を失ったのか、目を閉じた青年はそれでも弱々しく鼓動を続けていた。生命力そのものである血液が流れ続ける以上、それも長くないように思う。
 己の肉体を与えてでも、彼を生かしたい。
「クラウド」
 彼へリユニオンする方法があるのだろうかと、ふとそんな考えすら脳裏をよぎる。
「オレを残していくな」
 聞く者がいないと分かっても、思わず口にしながら抱き締める腕の力を強めた。

 『己は彼の命を救いたいのか、それとも孤独を恐れているのか』

 突然、囁かれた低い声にセフィロスは視線を上げた。
 砂煙すら静まった洞穴には自分と、瀕死の青年しかいない。後は子竜が立ち尽くしているだけだ。
 黒いつぶらな子竜の瞳と目が合う。
 本能的に殺意が高まった。
 だがどんなモンスターでも獣でも、瞬時に察知して怯えるセフィロスのそれに、子竜は全く怯む様子がない。
「……貴様か」
『どちらだ』
「貴様がクラウドを止めなければ、こんな事にはならなかった。貴様はこれの慈悲に甘え、これを傷つけた」
『答えろ』
 人語を解する竜だろうが、己の感情を語ったところでどうにもならない。
 抱き締める身体が体温を失っていく感触に、突如引いた殺意は諦めと悲しみにすり変わった。
 彼の命の火が消えたなら、恐らく自分は今度こそ破壊の神となるだろう。
 彼が消えれば、彼が愛を与えたセフィロスという男も、また必要なくなるだけだ。この世界すら必要ない。
 青年の顔を見つめて俯いた男の頭に、溜息のような息が吹きかけられた。
『答えないのか』
「どちらかなど、選択するまでもない」
 独り言のように呟いてから、傷ついて血の気を失っても美しい面に唇を当てる。
 微かに感じ取れる体温に、最後の一瞬まで触れていたかった。
「オレの半身。オレとこれは、二人でひとつのもの」
 あと一秒でも生き長らえてほしくて、胸の傷に手を当てた。
「裂かれた半分の身で存在などできない」
 力の全てをそこに。
 掌が燃えるように熱くなって、全ての感覚が鈍くなる。
 塞がる兆しが見えてからは、視覚も、匂いも、あらゆるものを捨てて集中する。
『手を貸そう』
 脳裏に誰かの言葉が過り、手の甲に何かが触れた。
 熱い温度を持ったそれは、子竜のまだ小ぶりな額だった。

* * *


 どれだけ意識を失っていたのか、目を開けた時セフィロスは固い岩盤の上に転がっていた。
 クラウドを探して視線を巡らせると、すぐ足元あたりの毛皮の上に、こちらを向いて横たわり、身体には毛布が掛けられている。
 起き上がったセフィロスの身体は、かつて感じたことのないだるさと疼痛で、自分の身ではないような気さえした。
 這いずってクラウドの元へ近寄って、毛布を捲る。
 衣服の残骸や血痕はそのままだが、身体の中心にあった傷は赤い筋だけを残して塞がっており、顔色も悪くない。微かに立てる寝息に胸が上下するのを見て、セフィロスは安堵に脱力し、もう一度その場に転がった。
『大した男だな。今はお前の方が消耗しているだろう』
 嘲笑う音声で吐きかけられた声の主は、洞穴の奥で蹲る子竜である。
 まだ子供の斑点を残す青い身体に、仰々しい口調や不遜な態度が不似合いだった。
 この子竜が人語を話したのも、どうやら夢ではないらしい。だが事実だろうが夢だろうが、セフィロスにとってはクラウドが生きていることが全てだった。
『我輩の父を微塵も残さず消し、洞穴の入口を吹き飛ばし、そこに命の火を呼び戻した。純たるヒトでは出来ない所業だが、流石に力尽きたろうな』
「少し黙ってろ」
 とにかくただ目を開けていることさえ苦しいほど、全ての力が失われている。
『ふむ…』
 相槌らしき返答をしたと思うと、子竜はセフィロスの頭の上を歩いて行き、再び眠りかかかった男へ告げた。
『雪が止んだ。お前たちの分も食い物を取ってきてやろう』


 何かにぴしゃぴしゃと腕を叩かれて、それが子竜の尾であることを確認する。
 少し眠っている間に獲物を捕ってきたらしく、数羽のウサギが消えた焚き火の前に積まれ、子竜は奥に行って、自分の分を平らげ始めた。
 セフィロスは積まれたウサギを一羽、火の近くにあったナイフで裂き、生のまま口にした。
 捌いて調理する力が惜しい。そもそもセフィロスは生だろうが血だろうが、腹にさえ入ればエネルギーには出来る。
『お前はヒトではないな。普通の人間は我輩のように、生肉など食わないだろう』
「人間でも生肉は摂取できる」
 相手が竜であることを忘れてまともに返答したが、事実、クラウドと共に行動する時は少しは人間らしく、食事も楽しむ余裕があるだけのことである。
 殆ど一羽まるごとの肉を喰らい、溜めてあった水を飲めば、漸く人並みの力が取り戻せた。
 クラウドの血を浴びた服を脱ぎ、水で身体を洗い流して、替えの服を再び身に着ける。そうしてひと心地つけば、人間らしい感情や習慣が自然と戻ってくる。
 すっかり消えかかっていた火を起こし直して、鍋で湯を沸かす。
 血まみれのクラウドをなんとかしてやりたかった。
 毛布をはいで、凝固した血を落とすべく衣服の残骸を脱がせてから、沸かした湯と布で丁寧に清める。滑らかな肌が露になるにつれ、口元には自然と笑みが浮かんだ。
 心配していた傷は、手術の切開跡よりも薄いくらいだ。
 下着とシャツだけを着せ、砂埃を叩いた毛布でしっかり身体を覆って、セフィロスは満足した。
 クラウドの薄く開いた口からはまだ寝息が聞こえている。
 隣に横たわり、少し赤味のある頬に自分の頬を触れさせ、額に口付ける。
 毛布の上から身体を撫でていると、こちらを見ている子竜と視線が合った。
「なんだ」
『確認だが、お前も母も雄だろう』
「母とは、まさかこれのことか」
 顎で腕の中の青年を示せば、
『他に誰がいる。』
「……オレとクラウドは確かに雄だな。竜には陰茎のついた雌がいるのか?」
『いないだろうな』
 奇妙な会話ではあるが、確かにこの声は子竜から聞こえる。
 口が微かに動いていた。
『ヒトは雄同士でも繁殖できるのか?』
「できない」
『ではなぜ母とお前は交尾するんだ?』
「では、どうしてお前は人語を話す?」
 睨み合って押し黙った双方は、どちらも相手の返答を待っていた。
 先に折れたのは子竜だった。
 尾が数回左右に振れ、しぶしぶといった様子で口を開く。
『我輩はこういう存在だとしか、言い様がない。母の剣を止めたあの時、話せることに気付いた』
「あの時まで自覚がなかったと?」
『自覚がないというより、我輩のこの意識が、あの時から目覚めたということかもしれん』
 子竜は返答をごまかしてはいないようだ。
「そうか。お前は……『真竜』か」
『シンリュウ。そう呼ぶのか』
 思えば自分がどんなものであるかなど、比較するものがなければ分かるはずがない。
「オレは生きた真竜に会ったことはないが、お前のように人語を話し、人間の世界と関わる竜が召喚獣にいる。それらは真竜の思念体だと言われているな」
『思念体とは、死んだ者のことか?』
「肉体を持たない者、というべきだな」
『では我輩と同じものは他に存在しないのか』
 少々落胆したような声で呟き、彼は再び沈黙した。
「真竜が、どうやって生まれるのかオレも知らなかったが、この辺りの伝説には残っていたようだ」
『伝説とは』
「ヒトからヒトへ、語り継がれて残るもの。全てが事実ではないことが多いな。伝説では、お前のように、数多い飛竜から目覚める傑出した竜を、神聖の竜と云うらしい。つまり『神竜』だな」
 己のことを話されている自覚がないのか、真竜の子供は思案する顔でセフィロスの言葉に聞き入っている。
 その仕草だけであれば、これまでクラウドに懐いていた大きな子竜のままだった。
「そういえば、お前、あの時何をしたんだ」
『あの時?』
「オレがクラウドの傷を塞ごうとした時、お前が手を貸したのだろう」
『ああ』
 思い出したように顔を上げ、得意そうな顔、とでも言おうか、顎を上げて宣った。
『我輩には三つの命がある』
 のっそりと身を起こして、静かに歩み寄ってきた彼は、鼻先をクラウドの頭の近くに置いて、もう一度その場に伏せた。
『我輩を見捨てず、慈しんで育ててくれた母に、そのひとつを与えただけだ』
 彼が満たされた顔で目を閉じた時、クラウドの長い睫が震え、ゆっくりと瞼が開かれた。

* * *


 クラウドの意識が戻ってからも、セフィロスらはまだ洞穴で暮らしていた。
 毎日回復魔法で治療を進めるものの、痛みが残っているようで、動かすことは負担と思われたからだ。
 普通の人間であれば即死か、もしくは少し意識があってもショック死してしまうような重傷だったことを思えば、特異な体質に感謝せざるをえない。
 その当初、セフィロスは真竜から提案され、密約が交わされた。
 クラウドの身体が完治するまで驚かせたくないので、真竜は口をきかない、その事実も告げないというものである。
『そういえばお前、我輩の質問にまだ答えていなかったな』
「なんのことだ」
『同じ雄であるのに、なぜお前が母を抱くかということだ』
 幾ら今の自我があの時なかったとはいえ、見ていたことは覚えているのだろう。
「完治したら、クラウドに聞いてみるといい」
 そんな受け答えで煙に巻いたが、彼は彼でセフィロスには対抗意識を剥き出しにしてきた。
 まさか完治しない身体に無体は出来ず、しかしクラウドに求められて接吻をしたり、抱擁を交わすことは多い。その度にまるで妨害するかのごとく首を突っ込んだり、尾の先で焚き火を横殴りにしてみたり、明らさまな態度である。
「チビ、やきもち妬いてるんだ」
 笑うクラウドを横目に、セフィロスは拳を握り締めた。
「お前、今度やったら逆さ吊りにして放り出すぞ」
 無視を決め込む子竜は、知能が高くとも身体はまだ子供だった。
 特に翼は発展途上で、狩りの腕も成竜に比べれば劣る。
 クラウドの代わりにセフィロスが子竜を外へ連れ出すことになり、意趣返しで厳しくしたことが幸いし、子竜はみるみる成長した。
 真竜に目覚めてからは身体の成長が早くなったと、彼自身が言ってもいた。
 子竜がセフィロスらと暮らし始めてから二ヶ月が経てば、体長は五メートルほどに成長し、自由に空を駆けるようになっていた。
 安静を強要されて、ただ見守るクラウドが、巣立ちをほのめかすようになったのはその頃だった。


 「もう痛くない」
 ここで暮らし始めてもう三月近く経ち、最近ひとりで出かけるようになった子竜が不在の際、クラウドはそう突然言い出して、セフィロスを隣に座らせた。
「移動も出来る。だから、あいつを巣立たせないと」
 彼の不安は巣立たせる方法であって、実はその問題は既に回避出来ているのである。
 口で伝えれば済むことだが、クラウドはまだ子竜が真竜であることも、人語を理解することも知らされていない。
「あれはもう、放っておいてもいい」
「ヒトを襲わないように、人間は恐いものだって教えないとダメだろ?」
「既に知っている。心配するな」
 食い下がろうとする彼に苦笑で返し、ふと思いついたことを口にした。
「クラウド」
 真剣な問い掛けに、答えを告げられるのかとクラウドは緊張して待つ。
「オレは今とてもお前を抱きたいんだが。お前は?」
 青い瞳に見入りながら静かに口付けると、クラウドは頬を少し赤く染めて硬直した。
「……今?」
「今」
 もう一度唇を摘み、そのまま鼻筋やこめかみに移動させ、熱っぽく火照る耳朶をついばむ。感触に身を震わせる青年は、喉を反らして小さく喘いだ。
「もう、してもいいかな?」
「痛くないんだろう。無理はさせたくないが」
 頷いて肯定し、セフィロスの首に抱きついてくる腕を幾度も撫で上げ、その背に手を回す。
 子竜が妬いて暴れるため、最近では抱き合うこともタイミングが難しかった。身体を繋ぎ合せない分、せめてこうして触れていたいと思うのに。
「今回の、オレの油断のせいだから、あんたがいいって言うまで、我慢してた」
 拗ねた口調で呟く青年が愛しく、髪を撫でて、もう一度接吻を堪能する。
 満足そうな溜息を唇の隙間から漏らし、くぐもった声で告白した。
「オレ、生きてて、よかった」
 固く抱き合う腕から染み込むように、互いの気持ちが伝わってくる。
 もうどうしても離れることができないのだと、今回の事でセフィロスは何度目か思い知らされた。
 セフィロスの首筋を濡らすものがあり、顔を覗き込めば、まるで子供のように泣いている。
「泣いてくれるな」
「嬉しいときは泣いてもいいんだよ」
 口答えも彼らしく、喉に何かが詰まったような苦しさに急いて、敷物の上に押し倒した。
 胸元に直接触れる肌の匂いに、セフィロスの背を押す何かがあるのだろうか。堪えることは逆らい難く、無意識に掌が青年の身体を弄った。
 真竜の問いが脳裏を掠める。
 なぜ、この青年を抱くのか。二人が抱き合うのか。
 思えばそんな理由を考えたことは、セフィロスには無かったかもしれない。
 初めて彼を手に入れた時を思い出そうと試みたが、目の前でセフィロスを魅了する艶やかな唇や、そこから漏れる抑えた吐息に触れれば、理由などどうでもいいように思える。
 しかし背後に気配を感じて、セフィロスはクラウドに問うた。
「お前はどうしてオレとこうしたいと思うんだ?」
 久々の素肌の擦れる感触にクラウドの目は溶けて潤み、熱を帯びた視線が据えられた。
「変なこと、聞くなよ」
「変なこと?」
「だって、あんたはオレのもんで、オレはあんたのだろ」
「そうだな。いい答えだ。……わかったか?」
 最後の確認は、クラウドへ向けたものではない。
 肩越しの視界の先、通路の途中に佇む真竜に向けてのものである。
 幼子が帰って来たことをクラウドは一瞬気にしたようだが、ひと月近く身体を重ねていなかったことは、セフィロスだけでなく、青年にとっても余程堪えたらしい。
 セフィロスの言葉の意味もろくに解さず、後頭部に廻した手で男を引き寄せ、前戯の口付けに戻ろうとする。
 シャツと下着を手早く脱がせ、クラウドもまたセフィロスの衣服を取り去ろうと、焦れた様子で動く。繋がる以上に触れたい欲求が強いのは、二人同じだった。
『ヒトは繁殖とは関係なく、番いに成れるということか?』
「そういうことだ。だから暫く外へ行ってろ」
「えっ!?」
 突然返された答えとセフィロスの言葉に驚いて、クラウドは顔を上げようとする。
「なに? 今の誰?」
「子竜だ」
「ええーっ!?」
 子竜の姿を確認しようとするクラウドの顎を掴んで引き戻し、追い立てる性急さで身体のあちこちに手を這わせた。
「まって、よ、セフィロス」
「待てん」
「今、喋ったんだよ。チビが」
「知ってる」
 反れた注意をこちらに取り返すべく、片方の乳首を吸い上げ、手は手触りのよい茎を掴み、もう片方の手で尻の薄い肉を揉む。身体の中央に走る薄い傷痕を、胸から臍まで舌で辿る。
 驚き戸惑う青年の手を導いて、既に固さを持った己を握らせると、クラウドの方が充足の溜息を漏らした。
 それでも、背後で子竜が立ち止まってこちらを見ている視線が無視できないのか、クラウドは手を動かすことを躊躇っているようだ。
「性教育と思って見せてやるか?」
 セフィロスの提案に慌てたクラウドは、消え入る声で男を詰り、翻弄する動きを止めようとする。
「見られるのは嫌だそうだ。早く去れ」
『母がお前とそれを望むなら、もう邪魔はせん』
 離れた場所で子竜が少し寂しげに呟き、羽ばたきが聞こえ、気配が離れていった。

* * *


 『世話になった』
 子供らしからぬ不遜な口調は変わらず、だがまだ成竜には満たない大きさの真竜は、角の生え始めた頭を下げて、クラウドの顔の横へ持ってくる。
 青い表皮にあった子供独特の斑点模様は消え、全身が黒っぽい鋼鉄の色に変わりつつある。鱗は鎧のように固く、もう彼が母と崇めるクラウドに身体を擦りつけるのは難しい。
 体長は八メートル近くなった。巨大な翼は皮膜も厚く、もう広げれば体長よりも長い。前後の足は太く大きく育ち、爪は大柄のイノシシすら一掴みで捕らえることが出来るようになった。
 瞳だけがまだ、竜独特の黄色が薄く、黒い色を保ったままだ。
 立派に育った子竜を眺め、青年はもう腕の廻りきらない首を抱き締めて、竜の額に自分のそれを押し当てた。
「大きくなったね、シンリュウ」
 この数ヶ月のことを思い起こしているのか、クラウドは押し黙り、暫くそのまま動かない。
 セフィロスをしても、初めて子竜を見つけたときのことや、吹雪の夜に毛布の下で震えていた青年と、まだ一メートルほどしかなかった子竜の姿が、昨日のことのように思い出される。
 子竜をまさに我が子のように慈しみ、根気よく育てたクラウドにしてみれば、感慨が抑えきれなくなるのも道理だ。
 目を閉じて、額をつきあわせる姿を、セフィロスはただ見守っていた。
「元気で。くれぐれも里には近づかないようにね。それと、ヤマアラシは食べちゃ駄目だからな」
『承知した』
 大人びた口調で応え、顔は己の失敗を思い出して憮然としているようでもある。
 真竜は閉じていた目を開き、そのじっと見据える視線にクラウドも顔を上げた。
『母よ』
 真竜が喋るようになってから、結局クラウドが慣れることはなかった呼び名に、青年は苦笑しながら頷く。
『母の慈愛を我輩が忘れることはない。助けが欲しい時は、いつでも呼んでほしい』
「うん」
『その男が裏切ったら、我輩が食いに行く』
 ちらりとセフィロスへ視線を振られ、当の男は無表情で応える。
「駄目だよ、ヤマアラシよりもっとタチが悪いんだから。それにね」
 青年は極真面目に言って、セフィロスを見た。
「もし裏切ったら、オレが殺すことになってるから」
『そうか』
 会話が途切れた。
 旅支度を整えて、三月を過ごした洞穴を後にする準備は出来ている。まずはアイシクルロッジへ向かう予定である。
「行くぞ」
 セフィロスが切り出して、洞穴の出口に向かった。
 その背後にクラウドが、更にその後ろをのしのしと地響きを立てながら真竜が歩いてくる。その重々しい足取りは、もう子竜の時の跳ねるような印象はなかった。
 毎日のように降る雪のせいで、外は常に白い。
 特に今日は天気がよく、珍しく晴れた青空を覗かせて、雪の反射がまぶしかった。
 段差を飛び、雪の地面に着地した二人の後を、真竜は見事な翼を広げて羽ばたき、僅かな雪花を舞い上げて静かに降り立った。
『乗っていくか?』
 真竜は鼻先で自分の背を示してみせた。
 初めての提案である。
「飛んでいくってこと?」
『掴まっていられるなら。距離も短いし送っていこう』
 竜の背は背骨の部分が張り出して、長いところでは四十センチくらいの固いトゲ状の突起が背に沿って並んでいる。トゲの部分は薄い表皮に覆われており、谷間は人間が跨げるくらいの隙間がある。
 バランスさえ崩さなければ、トゲに掴まって身体を支えていることは出来そうだった。
 しかも地上を行くには雪深い山道だが、上空から一直線に向えばアイシクルロッジはすぐそこである。
 真竜が差し出した前足を足場にして、クラウドはその背によじ登った。首の根元あたりのトゲの隙間を跨いでいる。
『どうだ? 居心地は』
「悪くないよ。でも重くないか?」
『母は軽い』
 セフィロスは言外に含まれる皮肉を受け取って、真竜を見つめた。
「オレは重いぞ」
『知っている。父も早く乗れ』
 提案よりもその呼び名に少なからず驚いて、セフィロスは目を見開いた。
「……父か」
『便宜上だ』
 真竜はそう言ってもう一度前足を差し出し、ニヤリと笑ったように見えた。
 複雑な気持ちで、クラウドに倣って小山のような背に登り、青年の座る一つ後ろのくぼみに跨る。幅の広い背骨は思ったよりも安定感があり、確かに居心地は悪くなかった。
 だが、目の前に座るクラウドのうなじが震えているように見え、セフィロスは眉を顰めた。白いそこが寒々しく、外套のフードを上げてやろうと手を伸ばした時、青年はいきなり吹き出した。
「セフィロスが……お父さん!?」
 突然弾けた大きな笑い声に驚いて、真竜も首をねじってこちらを見た。
 伸ばした手を止めたセフィロスの前で、クラウドは身体を折って腹を抱えて、全身を痙攣させている。
「ちょっと……凄いよ、それ。あはは……」
「オレに言うな」
 気味が悪いのはセフィロス自身である。憮然とした顔で青年にフードを被せ、自分の襟を直して飛行に備えた。
 目を細めて、笑いつづける青年を見ている真竜も心地悪そうな顔だった。
『母は、何がおかしくて笑ってるんだ?』
「オレに聞くな。早く飛べ」
 忌々しげに吐き出して、ブーツの踵で竜の横腹を蹴る。
 真竜は首を前に戻し、翼を広げた。
 二度ほど羽ばたいただけで、ぐんと身体が地上から離れる浮遊感があり、少し身を起こした巨大な身体は、二人の男を乗せたまま危なげなく滞空した。
 不思議な感覚に笑いを治めたクラウドが、うわ、と小さく呟いた。
 次第に高くなる視界に、短期間ながら我が家だった洞穴が通り過ぎ、樹氷になった杉の頂上を足元に見る。雪を被った森を見渡せるこの風景は、ヘリや小型飛行機のそれと変わらない。
『アイシクルロッジはどちらだ?』
 大きな羽ばたきの合間に、真竜が問う。
「南西だ。太陽に向え」
 冬の午の太陽は少し低く、だが眩しい光を降り撒いている。
 樹氷の森へ進み出れば、冷たい風と暖かな光が同時に頬を撫でた。
 体験したことのない感覚に、夢中で前を見つめる青年のフードが風に剥がされそうになるのを押さえてやり、そのまま彼の身体を抱え込んで、前のトゲに掴まった。
 翼が羽ばたく度に上下に振られるが、左右の揺れは少なく、危険な感じはない。気流の悪い時分の小型機の方が、揺れは激しいくらいだ。
「セフィロス」
 視線を前に据えたまま、セフィロスの肩に後頭部を当てるクラウドが呟いた。
 風の音に消されてしまいそうな声で。
「オレ、生きてて、よかった」
 雪に反射する光が目を焼いた。

 冬の日は短いが、この様子なら沈む前に街まで辿り着けそうだった。
 街に着けば数ヶ月ぶりの文化的な食事と、柔らかい寝台にもありつけるだろう。そうやって、生命の喜びを感じることは、さほど難しいことではない。
 日常のすぐそこかしこに、数多く散らばっている。


黒き巨獣の幻影(了)
2005.10.17
アイコ<http://www.natriumlamp.com/B1F/>
注釈:普通ロシア料理のボルシチは赤いカブで色づけしますが、ここではキャベツにしています。
ほにゃさまから、ラストシーンをなんと水彩画でいただきました!
PICTに掲載中ですv
【FF7 TOP】
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