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二つの夜と一つの朝


 ルガジーンは今目の前にいる男と出会うまで、決して同性の他人へ愛情を抱いたことはなかった。そして今でも、彼以外の男に同じ感情を持つことはできそうにない。
 毛足の長い絨毯に埋もれる彼のくるぶしや、顔の前に本を支える節立った指や、開いた本の表紙に殆ど隠された頭部から流れるまっすぐな髪に、こうして眼を幾度も奪われることになろうとは、数ヶ月前までは考えもしないことだった。
 そんな視線を注ぐルガジーンを、ふとしたきっかけで彼が受け入れた現在も、その身に留まろうとする眼を叱りつけ、既に空になった盃を何度目か傾ける。
 己の浅ましさを知られたくはないが、彼の部屋でこうしているルガジーンの下心ですら、勘のいい彼はもう察しているに違いない。
「カラだろう」
 本で目隠しされているはずなのに、ガダラルはルガジーンの気配に気付いたのか、静かにそう告げて手元のピッチャーを持ち上げて見せた。
「あ、ああ。ありがとう」
 盃を差し出せば、本を置いて酒を注ぐ手元に、再び視線が留まった。
 ピッチャーを引き受けて返杯する。
 無言の頷きだけを返した彼は再び睫毛を伏せ、本の紙面へ戻った。
 そして紙面へ戻したはずの目が、次の瞬間、間近のルガジーンを見上げていた。
「何か言いたいことがありそうだな」
「いや」
「ヒマか。貴様も読みたい本でも持ってくればよかろう」
「暇などしていない」
「オレの方ばかり見て。言いたいことがあれば言え」
 端正な顔こそいつもの無表情だが、やはり無遠慮な視線が気に入らなかったのか、彼は酷く立腹しているようだった。
「ああ、怒らないでくれ。君を見ていたかっただけだ。本当だ。全く暇などと思っていない」
 必死に言い訳するルガジーンを無視して、彼は本のページに視線を戻した。
 長い睫毛の下の青い眼が一点に留まっている。
 本を読む速度が速い彼なのに、視線はいつまで待っても動かなかった。
「……ガダラル?」
「じろじろ見るな。気が散る」
 横目で咎められ、ルガジーンは苦笑しつつ暖炉の方へ視線を反らせた。
 先程までルガジーンに構ってくれていた黒い子猫は、今は暖炉に程近い絨毯に蹲り、夢の中にいる。
 ガダラルを見ていて怒られるのであれば、あとは部屋の中でも見物しているしかない。
 いつ訪れても、この部屋の壁の殆どが本棚で埋め尽くされていた。新旧取りそろえた背表紙は、持ち主にしか理解しえないだろう配置で几帳面に並んでいた。一つだけ、明らかに歯抜けになった一冊は、彼の手元にある深緑色の革表紙に違いない。
 家具も少ないルガジーンの部屋とは、広さも変わらぬはずなのに、何もかもが違って見えた。
 本棚のない壁は暖炉と、露台のある窓と廊下への扉、奥の寝室への扉くらいだろうか。
 奥の部屋への扉は少し開いたままになっていた。扉を開けられないスルトがいつでも通れるように、隙間が作ってあるのだろう。
 その僅かな間から弱いランプの灯りが一筋漏れ出ている。
 ちりり、と小さな鈴の音がした。
 眠っていたはずのスルトが突然立ち上がり、その首に着けた鈴が小さく鳴った。そしてルガジーンの視線の先、扉の隙間をすり抜けるように消えて行った。
 本に見入っていたガダラルはふと顔を上げ、スルトの消えた扉の方へ顔を向ける。
 無言で本を絨毯へ伏せて置き、クッションにもたれていた身体を起こした。
「どうした」
「多分トイレだ。すぐに始末しないと酷く匂う」
「私がやろうか」
「……天蛇将が猫の糞の始末か?」
 一瞬真顔になったガダラルは、ルガジーンの眼を見つめ、突然声をあげて笑い出した。
「来い」
 顎で促され、立ち上がったガダラルに随う。
 ルガジーンにはまだ未知の領域であった寝室の、両開きの扉の片方へ手を掛けたガダラルは、肩越しに視線だけを振り返らせ、男を室内へといざなった。


 寝室の殆どを占める寝台は、ルガジーンの寝室とほぼ同じ位置にあった。
 ごく一般的な唐草模様のベッドカバーが掛けられている。端の方がずり落ちたようになっているのは、スルトが引っ張ったのだろうか。
 想像していたよりも書物の類が少なく、だがベッドサイドの小さな卓や、衣類の入った低いタンスの上にまで、数冊ずつの本が乗せられ、そのどれもにたくさんの付箋がされていた。
 居間以上に生活の匂いのする室内をしばらく見入っている間に、部屋の主人は更に奥のバスルームへ入って行った。
 ルガジーンはガダラルの背を追った。
 バスルームに入って右の死角に便座、正面に洗面台、左に仕切りのないシャワー室と足のついたバスタブが設えてある。ルガジーンの部屋も全く同じ配置だ。
 アトルガン皇国周辺の地域では、個人の家に風呂は作らず、設備の充実した共同浴場を利用する習慣がある。簡単なものとはいえ、こうして宿舎の部屋ひとつひとつに風呂が備えてあるのは、将軍職用の宿舎だからだ。
 子猫の為のトイレ箱はその洗面台の下、僅かにトイレ寄りに置いてあった。
 四角い木箱の中に荒い目の砂を厚く敷き詰め、彼女が用を足すと、汚れた砂と一緒に始末するという寸法だ。
 今、丁度用を済ませ、小さな前足で丁寧に砂をかけていたスルトは、トイレ箱から降り、タイルの床にしゃがみこんで、砂と汚物を専用のスコップで掬う主人を見上げていた。
 箱の隣に置いた金属製のゴミ箱へ砂を捨て、しっかりと蓋を閉めた。
「こうしておかないと、小用はともかく糞の匂いが充満する。慣れても臭いものは臭い」
 愚痴のように漏らしながらも、ガダラルは近くに座り込む子猫の頭をごく優しく撫でている。子猫もまるで『世話してくれてありがとう』とでも言うように、小さな甘えた鳴き声で答えた。
「心が通っているな」
「何がだ」
「君と、スルトは」
「どうだか」
 苦笑したような声で漏らし、立ち上がったガダラルは、洗面台の鏡の前に置いていた金属製の香炉の蓋を開けた。
 一緒に置いていたマッチを擦り、固形の香に火をつけ、炉の中へ放り込む。恐らく糞の匂いを中和する為だろう。蓋を閉めるころには、白く細い煙が立ち上がり、品のいい香りが漂った。
「人間よりは少しばかりわかりやすいが、猫が言葉を喋る訳でもなし」
「君にとって、人間は分かりにくいか?」
「分からない者の方が多い。特に知りたいと思うほど、興味もそそられぬ」
 ガダラルの何気ない言葉は、ルガジーンの胸の奥へつねる程の痛みを与えた。
 個人的には友人で、公には部下だったガダラルへ決死の告白をし、その望みを叶えるべく、彼がルガジーンへ身を任せたのはたった二日前の夜のことだ。
 だがガダラルはルガジーンの想いに応えた訳ではない。
 彼にとって、あの夜は契約のようなものだった。あの時ガダラルが告げたように、これまでと変わらぬ日常を送るために、彼が支払った代償だった。
 彼は自分が嫌だと思ったことは拒絶できる性格であるから、本当にルガジーンを嫌っていたのなら同衾することは決してなかっただろう。
 同時に、ガダラルがルガジーンを受け入れた理由は、ルガジーンへの愛ではなかったと断言できる。
 それに気付いていたルガジーンは、初めて目にするガダラルの表情や仕草に胸を高鳴らせながら、一抹の虚しさも感じていた。
 愛情がなくても抱きしめることが出来るならば、二度目はあるのだろうか。そして身体を重ねることで、僅かなりともルガジーンへも愛情を抱いてくれる可能性はあるのだろうか。
「私は、どちらの部類なのかな」
 苦笑しつつ、ごく自然に手が伸びた。
 見上げるガダラルの髪を後頭部から撫で下ろし、表情のない薄い口元を見つめた。
「貴様はわかりやすいが、分からない部分もあるな」
「……例えばどのようなことが?」
「朴念仁と思っていたら、妙に接吻がうまいこととか」
 言いかけた唇を摘むように塞いだ。少し乾いてかさついた唇を優しく舐めて濡らし、僅かに距離をあけると、ガダラルの方からも求めるように吸い上げられた。
 拒まれていないことを確認してから、ルガジーンは無遠慮に舌を差し込み、反射的に喉の奥へと引いていった彼の舌を探る。
「む」
 再び何かを言いかけた口をとどめ、ゆっくり時間をかけて解放した。
「白状する。夕方、君が部屋に入れてくれると言った時から、機会を窺っていた」
「いやらしい男だな」
 口さがない言葉を吐く口元に浮かんだ意地の悪い笑みに救われて、ルガジーンは苦笑した。
「否定はせん。そういった意味なのかと、少し期待した」
「ならば手っ取り早く居間で襲えば良かったものを」
 間近で鼻先を触れ合わせたまま、ガダラルは声を立てて笑った。
「今日は寝室で」
「場所に……何か意味があるのか」
「ある。ここは君の気配がする、君の場所だ」
 他意なく告げた言葉に、何故かガダラルは無表情のまま、瞳だけを揺らめかせた。
 足下でスルトが小さく啼いた。だが甘える子猫の鳴き声に、抱き留めた腕を解くことはもうできなかった。
 当初から性交渉に対しては奔放ですらあるガダラルが、それでもこうして動揺を垣間見せる理由は何なのか、ルガジーンは今、それが知りたい。


 ベッドカバーの端を片手で掴み、無遠慮に強く引く。子猫の悪戯とは異なり、ルガジーンの力でカバーは絨毯の上へ引きずり落とされた。
 毛布に覆われた寝台の中央へ、ガダラルを押し倒した。
 濃い色合いの掛け具の上にガダラルの髪が散る。ベッドサイドに乗ったランプの灯りに染まった髪は常より赤く見え、いつも翳りのある頬も露わだ。
 ただまっすぐにルガジーンを見上げている彼の顔を見つめ、寝台へ広がったこしのある髪を撫でながら、ルガジーンは初めて彼を抱いた夜を再び反芻していた。
 どこか余裕もなく、ただ溢れる激情に流されるように夢中で抱いた。
 せめて彼に痛い思いをさせたくはなかったが、恐る恐る触れる指先から、彼がどれだけ快楽を得ていたのか、満足できたのか察する余裕は殆どなかった。
 どれほど気持ちが通い合う関係になったとしても、ルガジーンとガダラルでは子を成せる訳もない。この行為は何も産まない。共有できるものは、ただその一瞬の感情と感触だからこそ、独りよがりの快楽を得たいとはルガジーンには思えなかった。
 こめかみや額から毛布に散る髪を撫で、再び唇を重ねる。
 誠心誠意の想いを込めて、唯一彼が素直に気持ちがいいと言っていた接吻を繰り返す。
 どちらからともなく唾液が溢れ、応えるガダラルの頬を伝った。顎を支える指先でそれをぬぐい取りながら、更に口腔深くを舌先で探り、歯列の裏まで余さず触れた。
 口の中がこれほど感じやすい場所なのかと驚くほど、彼の舌の動きや熱が顕著に伝わる。
 駆り立てられるように、手さぐりで彼のチュニックの前を解き、ズボンのボタンを外して下着ごと剥ぎ取った。
 膝にもたつくズボンを蹴りのけて、あっという間にチュニックが腕にひっかかっているだけの半裸にされたガダラルは、唇が離れた瞬間呟くように感想を漏らした。
「えらく、手際がいい」
「すまん」
「謝るな」
 苦笑しながら伸びた指先が、ルガジーンの柔らかな素材のシャツのボタンを外す。
 彼の剛胆な性格とは対照的な、繊細な動きをする指先は、何をしていてもどこか優雅な印象があった。それが食堂での食事中であっても、戦闘の最中に魔法の印を結んでいても、執務室で書類をめくっていても同じだ。
 一番下のボタンまで外されたシャツを、ルガジーンはガダラルに覆い被さる姿勢のまま脱ぎ捨てた。
 指先が、露わになった身体のあちこちに残る傷跡に触れる。まるで古傷が痛むのを慰めるような手つきだ。ルガジーンも返礼するように、見下ろした身に残る傷跡を指先で辿った。
 殆どの傷がルガジーンと同じく、身体の上部にあるが、股間の明るい茶の茂みの際まで、薄い傷跡が残っていた。何度目にしても、とても黒魔道士の身体とは思えない多様な傷とその数に、思わず眉間が寄った。
 そのまま少し形を変え始めたものも撫で下ろす。
 身体よりも数度高い温度で、赤子の肌にも似た滑らかな感触だ。
 ガダラルは手の動きを止め、ルガジーンの触れる場所をじっと見下ろしていた。
 濃い色の瞳がランプの灯りを弾いて揺れる。常日頃のガダラルからは一切想像できない、どこか脆く、受動的な欲望が見え隠れする眼だった。
「君が満足するまで、ここを」
 乾いた感触の陰茎を片手に包み、最初はゆっくりと上下にその手を動かす。
 ガダラルが小さく息を飲み、微かに顎を上げて呼吸を整えた。
 ルガジーンはその様子を上目遣いに観察しながら、白く、広い胸に赤く浮かぶ乳首に口づけ、そこに吸い付いた。
「そんなところ」
 ルガジーンを止めるようにガダラルの指が束ねた後ろ髪を引いた。
「感じないか?」
「女じゃあるまいし。乳房もないのに、楽しいのか」
 確かに筋肉以外は掴むほどの肉の盛り上がりもなく、真っ平らな乳輪に豆粒のような小さな乳首がついているだけだ。
「だが、かわいらしい」
 乳首の周囲に沿って舌を動かし、赤い輪の外周をなぞる。
「馬鹿か。貴様は、ホントに変わってるな」
 苦笑された反撃に、吸い上げた場所へ強めに歯を立てた。
「痛っ」
 再び優しく舐め、足の間に伸ばした手の動きも早める。
 さらさらと気持ちのよい手触りの場所へ、自分自身の良い場所を思い起こしながら真剣に愛撫を施した。
 時折襲い来る波を逃がそうというのか、ガダラルの細い顎が持ち上がり、白い喉が無防備に晒されて上下に動いた。吐息が乱れ、小指の触れている繁みが、ほんのり浮いた汗に湿り気を帯びてくる。
 目と、指先から受ける彼の変化だけで、ルガジーンの下衣の中も熱く固く滾り、喉が干上がるような感触を覚えていた。食い入るように夢中で、流されていくガダラルの表情を見つめ、追い上げる速度で容赦なく手と指を動かした。
「そんなに、すると……出る」
 はじめてガダラルはルガジーンの手首を掴み、その動きを阻んだ。
「いつでも」
 短くいなして更に手を動かしていると、噛みしめられていた唇の間から、呻くような、唸るような声が漏れた。
「貴様も、脱げ。オレだけを、好きなように嬲るな」
 一方的に触れられることを嫌うのか、迎えそうになっていた絶頂をやり過ごし、ガダラルはルガジーンの着けたままだったズボンを引っ張った。
 ルガジーンは窮屈になったズボンと下着を片手でずらし、寝台の下へ蹴り退けた。
 すっかり高ぶり、跳ね出てきた己に耳を垂れて恥じ入りながら、互いに熱く火照りだした身体を重ね、抱きすくめた。
「ガチガチだ。触ってもいないのに」
「面目ない」
「貴様は、本当にオレ相手で立つんだな」
 ガダラルが声を立てて笑う。
 何故かこの笑い声に、ルガジーンは幾度救われた気になったか分からない。
 身体の間に伸びてきた彼の手が、手探りでそこを掴んで来た。暖かな指先は躊躇なく根元を掴み、先端まで撫で上げる。
「エルヴァーンとはいえ、デカすぎる。オレを殺す気か」
 しばらく上下に愛撫されると痙攣して、彼の手の中で小動物のように跳ねた。同じようにやり返せば、彼の陰茎もまた熱を帯びて、ルガジーンの手の中で動く。
 ルガジーンは、足と頭が互い違いになるように身体を入れ替えて横たえ、ガダラルの片足を肩の上へ担ぎ上げた。
 茎を手で撫でつつ、目の前にある陰嚢に優しく噛みついた。柔らかく、張りのある双珠を口の中で弄んでいると、ルガジーンの股間が暖かな感触に包まれた。
 見下ろした先でガダラルはルガジーンと同じように身体を横たえ、目の前で主張するルガジーンを手で支え、その先端を口に含んでいた。
 己のそれが、淡々と魔法を唱える知性と理性の象徴である、彼の唇に包まれている。
 視覚的に脳天を殴られるような衝撃を受けつつも、伸ばした片手で小さな頭を撫でて、行為を止めさせた。
「苦しいだろう。無理にしてくれずとも構わない」
 苦笑して髪を梳き下ろすルガジーンを、ガダラルは身体の間から見返し、ちらと唇の間から出した舌先でルガジーンの先端を舐めた。すぼめた唇で小さな窪みを吸い上げ、そのままくびれまで飲み込むように覆う。同時にルガジーンの肩に乗せた片足をうごめかせ、行為の続きを促された。
 つべこべ言わずに続きをしろ、ということだろうか。
 絡み合う身体の隙間から、己のものが再び彼の唇に包まれる様を盗み見ながら、ルガジーンは目の前の繁みに手を這わせ、熱いガダラルのそれを深く口内に含んだ。
 強く吸い上げながら、唇に根元が触れるまで飲み込み、半ばまで引き出す。明瞭な形の亀頭を唇で捲り上げ、喉の奥限界まで一気に吸い、根元を唇で締め付ける。
 最初はゆっくりと、それから徐々に速度を上げて出し入れを繰り返す。
「あ」
 ルガジーンを包む暖かな唇が離れ、代わりにそこから掠れた悲鳴が上がった。
「やめろ。出る」
 肩に乗る太股が震えて、ルガジーンを止めるように首を挟むが、無視してそのままより強く吸い上げた。
「はな、せ」
 拒絶が本気の色を帯びるより早く、背筋が反り、全身を大きく数度揺らして、口内にある彼の先端から暖かな体液が溢れ出た。舌先を塩辛く流れ、喉を通る感触はいがらっぽいが、思ったほど嫌悪感も沸かず喉仏を上下させて飲み込んだ。
「飲むな。ばか」
 荒い息の下、身体の間から火照った顔を覗かせるガダラルを見つめながら、銜えたままの少し柔らかくなった陰茎を、今度は優しく吸い上げた。
 尻と腿を震わせて、唇を噛んだ彼の悔しそうな表情から目が離せなくなる。
 かつて覚えがないほどに惚れ、だからこそこうして閨を共にしている人ではあるが、新たな表情を見るだけで何故これほど愛おしさが募るのか。
 言葉では伝えられない己の感じる喜びを、どうすれば伝えられるのだろうかと、苦しくもある。
 彼のこんな表情見た男女が自分以外にもいたのだろうと思うだけで、見も知らぬ彼らへ殺意さえ芽生える。
 自分は幸せなのか、不幸せなのかも判断できなくなるような、強く多様な感情に翻弄され、ルガジーンは混乱気味のまま、ただ彼を手に入れたい本能に突き動かされていた。
 横たえた身体を起こし、脱力気味なガダラルの身体をうつぶせに返した。
 無意識に枕へと伏せた彼の引き締まった腰を強い力で持ち上げ、膝を立たせた。
 抗議らしき声はくぐもって聞き取れず、ルガジーンは足を開かせて、露わにした尻の狭間へ容赦なく舌を差し込んだ。
 周囲の薄い産毛を整えるように舐め、緊張して固く閉じようとする蕾を強引に押し込むと、唾液に濡れた舌はすんなり埋没した。両手の指先で両側の尻を掴み、軽く持ち上げるようにするだけで、舌が根元まで吸い込まれる。
 幾度か抜き差しして唾液を送り、周囲もくすぐるように撫でる。
「やめろ……!」
 力の抜けたくぐもった声が、枕に埋もれるガダラルの頭の方から漏れた。
「傷つけぬようにする」
「そうじゃ、なくて」
 枕につっぷした顔が横を向き、視線が肩越しに投げられる。
「そんなとこ、舐めるな。そこに……油がある」
 どこを示しているのか分からず視線を彷徨わせると、ベッドサイドのランプの近くに、身体や傷に塗る油の青い薬瓶があった。
 ガダラルを逃がさないように腰を掴んだまま、腕を伸ばして取り上げる。蓋を開け、掌に出した油は先日の軟膏よりずっとさらさらしていた。香りも殆どない。
 蓋の開いたままベッドサイドへ戻し、手の温度で少し暖まった油を尻の間に塗り込む。中指が勢いで狭間に埋もれ、そのまま奥を探った。
「ルガジーン!」
「なんだ」
 指を包む場所にそのまま舌先も一緒に潜り込ませると、ガダラルが低く唸った。
 シーツに投げ出された両手が、きつくそこを掴んでいるのが目に入ったが、恐らく痛みからではない。容赦せず指の出し入れを繰り返し、油の滑りを借りてもう一本指を潜り込ませた。
 二本の指で狭い場所を広げ、僅かに開いた指の間を舌でくすぐる。ガダラル自身は断じて知ることはない、血の色をした内臓を味わった。
 声を抑えようと枕につっぷしたガダラルから、またくぐもった声が上がった。
 根元まで潜り込ませた指先を、軽く曲げて奥を擦る。
 どこまでも吸い込まれそうな柔らかな壁の向こうに、指先に固く触れる場所があった。そこに触れた瞬間声は立て続けに漏れて、反応を楽しむように、幾度もその場所を撫で続けた。
 もう一方の手で探ったガダラルの股間は、顕著に痙攣を繰り返し、堅さを取り戻しつつあった。
「ここか?」
 指は動かしたまま、ルガジーンは身体を伸ばしてガダラルの背に覆い被さった。
 小さな汗を背に浮かべ、時折全身を震わせる様がつぶさに見てとれる。
「……痛い。感じ、すぎて、苦しい」
「しかし、立っている」
 ガダラルは大きく息をついて頭を上げ、投げ出していた両手を引き寄せ、肘をついて少しだけ上肢を起こした。
 ルガジーンは一旦指を抜き去り、薬瓶をもう一度取り上げ、今度は油を己の陰茎に塗りつける。指に残った油はガダラルの狭間に擦りつけ、そのまま両手でそこを開かせるように掴んだ。
 十分に解した場所とはいえ、指一本ほどの穴にしか見えないそこに宛った己は、凶器以外の何物にも見えなかった。
 細身だが、ヒューム族の中で決して小柄ではないガダラルと、種族の違いをここまで感じたことは、正直ない。両手で掴み取れてしまいそうな細い腰の中心に、赤黒く、猛り狂った己が沈んでいく様は、背徳と暴力の本能を暴き出される。
 周囲の皮膚ごと沈み込むように、固い場所を過ぎると、痛々しいほど伸びた赤みのある縁が、まといつくように己を包み込む様に釘付けになった。
 声も出せず、痛みを逃がすために食いしばった歯の隙間から浅く息を吐くガダラルの横顔を盗み見ながら、静かに、少しずつ半ばほどまで侵入を果たした。
「ガダラル。痛みは」
 しばらく考え込むように硬直し、茶色の頭が静かに横に振られた。
「動いても?」
 再び少し時間を置いてから、後頭部が頷く。
 ルガジーンは宥めるように背を撫で、油で滑る尻を掴み直して、ゆっくりと動き出した。
 まだ痛いほど締め付ける入口を、少しでも慣らすように、ぎりぎりまで抜き、無理なく押し込む動作を繰り返す内、体温で油がなじんできたのか、より深くまで吸い込まれるようになった。
「すごいな」
 既に達する手前まで大きくなった己のものが、根元までガダラルの体内へ埋まっていく様は奇術めいて見えた。見下ろす掴んだ腰のくびれあたりまで、剣か棍で刺し貫いているような光景だ。
 一番奥へと進み、引き出す瞬間、もっとも柔らかな臓器がぴったりとまといつき、彼の体内でこねるように動いている感触を、限りなく直接的に感じることができた。
「君を、殺してしまいそうだ」
 乱れる息の合間に呟きながら、止めることも出来ない腰を、いつしか叩く勢いで打ち付ける。
 肩越しに振り返ったガダラルは、戦闘の最中のような険しい視線をルガジーンへ向けた。
 だが食い入るように見つめ返すルガジーンの目に一瞬怯み、忙しい喘ぎに追われ、次第に抗議の気配を失った。揺さぶられるまま髪を散らし、時折意識を奮い立たせるように頭が振られた。
「すまぬ。一度……」
 抜き去る余裕もなく、ルガジーンの背筋に震えが走り、決壊した滾りがガダラルの中へ注がれた。
 幾度か全身を震わせ、熱い内部へ思いを吐き出した達成感に、唇がわなないた。
 暖かく感じる己の体液が、ガダラルとの僅かな隙間を満たしている。まるで身体ごと彼の体内に包まれているような錯覚があった。
「続けていいか」
 未だ乱れたままの呼吸と一緒に問い、訝しげに振り返ったガダラルを見下ろした。
 一度放っても殆ど力を失わなかったものを、再びゆっくり押し込んだルガジーンへ、青い、潤んだ目が呆れたように見開かれた。
「マジで、オレを、殺す気か」
 疲れ切ったガダラルの口元から漏れたつぶやきを、拒絶とは受け取らなかった。
 すっかり馴染んだ内部は濡れそぼり、動きに抵抗はない。
 ガダラルも揺さぶられるたびに喘ぎは漏らすが、そこから苦しそうな色は消えている。時折自ら腰を揺らめかせ、更なる刺激を求めるようにもどかしくルガジーンを包んだ。
 出したばかりの精液が泡立ち、白く濁って隙間から溢れ出る。陽に焼けていない内股を伝い落ち、シーツに染みを作った。
 ほんの少し余裕の生まれたルガジーンは、先程指先で見つけ出した場所を再び探った。
 己の先端やくびれでそこを擦るように幾度か試みると、小さく漏れていた喘ぎが掠れ、両腕の間にガダラルの顔が埋められた。
 片手で弄ぶ彼の股間は顕著に力を増しているのに、積極的でさえあったガダラルの動きが止まったことは訝しい。ルガジーンは身体を折って、腕の間に隠された顔を覗き込んだ。
 ガダラルの半ば開かれた目はうつろにシーツの布目を見つめ、開け放したままの唇から絶え間なく唾液が溢れ、糸を引いていた。固いあの場所に先端を押しつけるたびに、開いたままの喉の奥から惚けたような声が漏れている。
「気持ち、いいか?」
 喘ぎとも肯定ともつかない切ない声が、ああと零れた。
 己の快楽を彼と共有していると信じて、手の動きを早め、腰を押し込む動きも強くする。
 蜜を掻き混ぜるような粘着質な音と、肌を叩く音、軋む寝台の音が騒がしい。
 蛇のように激しくうねる背骨を舌で宥める。
「ガダラル」
「だ、めだ。もう」
 手の中の彼は限界を訴えるように跳ね、ルガジーンへと捧げ、突き出された小さな尻が顕著に震えて、銜えこむ口が痛いほど幾度もきつく締まった。
 伏せていたガダラルの顎が高く上がり、すすり泣き、許しを乞うような声が、ルガジーンの名を呼んだ。
 動かしていた掌に、熱く、体液が放たれたのを感じて、ルガジーンもまたぴったりと繋がったガダラルの中へ、今度こそ己の全てを解放していた。


 枕に片方の肘をつき、もう一方の手で懐に顔を突っ込むように眠るガダラルへ毛布を引き上げる。
 ほつれ、乱れた髪が汗で頬へ張り付いていたが、その汗も既に乾きつつあった。
 毛布の上から背、腰へかけての曲線を辿ってみるものの、無防備な寝顔をルガジーンへ向けているガダラルは起きる気配すら感じさせない。
 ベッドサイドのランプの近くに置かれた時計は、まだ夜半ほどを指し、普段であればこれから寝台へ上がろうという時間だ。恐らくガダラルもまた、さほど早寝するタイプではないだろうに、疲れ切って眠る姿には哀れみすら誘われた。
 何気なく移動させた視線の先に、ルガジーンが床の上へ引きずり下ろしたベッドカバーが丸まっている。盛り上がったそこには、スルトが丸くなって眠っていた。
 彼女の用足しのすぐ後、隣の寝室で始まった人間二人の嬌態に、子猫は呆れて眠ってしまったように見えた。ただの猫に、人間のこの行為を理解できるはずはなかろうが、ルガジーンは思わず苦笑せざるをえない。
 見つめる気配に気付いたスルトは、ベッドカバーの上に丸まったまま、こちらに視線だけを動かした。
 子猫らしい大きな眼は薄暗い中で瞳孔が丸く開き、きらきらと輝いてみえた。
「君には刺激が強すぎただろうか」
 自分に向けて声を掛けられた事が分かるのか、彼女は首をかしげてルガジーンを見返した。
 一度目の夜のことを、彼女は知らない。
 そして今夜、ガダラルと過ごす二度目の夜は、ルガジーンにとって奇跡の一つだった。
 最初の夜、彼の頬に手を伸ばした後、すべての選択権はガダラルにゆだねられていたと言っていい。どのような理由にしろ、ガダラルがルガジーンを望まねば、この二度目の夜はあり得なかったのだ。
 自惚れたい。
 僅かながらでも、ガダラルが己へ情や執着なりを抱いてくれたのだと信じたい。
 彼の中を己で満たす度、それが募ってくれると思いたい。
 思考に沈み込むルガジーンを、しばらくじっと見つめていたスルトは、鈴を鳴らして突然立ち上がった。小さな足音が絨毯の上を移動したと思った次の瞬間、ルガジーンの目の前のシーツへ飛び上がっていた。
 肘をついた手に頭を預けていたルガジーンへ伸び上がり、その鼻先で顔や腕の辺りの匂いをかいだ。それからルガジーンに寄り添い眠る主人を見下ろし、目元や耳、髪に鼻先を押しつけ、小さな舌で舐め始めた。
 長い睫毛の影が落ちる頬には、薄く涙の痕が残っていた。
 そこをざりざりと舐められては、さすがのガダラルも目を開けずにはおれなかったようだ。
「スルト。よせ」
 手探りで軽く子猫を追い払おうとしたガダラルは、薄目を開けた瞬間、ルガジーンの視線と出会って硬直した。
 一瞬何を言おうかと詰まったらしい彼は、薄く笑みを浮かべて見下ろしていたルガジーンを、いつもの鋭い目つきで睨み付けた。
「貴様か?」
「いや。今のは私じゃない。スルトだ」
 現にスルトはガダラルの頭のすぐ横に座っている。
「いつもこの、やすりみたいな舌で顔やら耳やらを舐めて起こされる」
「そうか。じゃあ今度は私もそうやって君を起こそうか」
 冗談めいた答えを返したルガジーンへ、ガダラルは真剣な顔になった。 
 そして次の瞬間、持ち上がったガダラルの両手が自分の両耳を防御していた。
「そんなことをしたら燃やすぞ」
「君は、耳が苦手なのか」
「何の話だ」
「いいことを聞いた」
 とぼけようとしたガダラルの片方の手首を掴み、無理矢理離させた耳殻へ唇を寄せた。
 いつも髪とターバンに隠れた、エルヴァーンとは異なる丸く薄い耳は、白い貝のようだ。繊細な形の奥に、耳道へと続く小さな闇を抱え持っている。
「朝まで、君とここに居たい」
 囁き声を暗闇へ吹き込んだ瞬間、ガダラルは顕著に全身を硬直させた。
 視線が泳いでいる。
 これほど動揺する彼を見るのは初めてだった。
「……好きにしろ」
 応えた声が微かに震えていることに気付いた。
 ルガジーンは新たな彼の発見に、笑みを浮かべていた。
「君は」
 髪をかき上げて頭を固定し、耳たぶを愛撫するだけで全身を一層こわばらせる。
 舌を差し込み、耳飾りのための穴を探るように弄ぶ間、ガダラルは珍しく押し黙り、抵抗さえしなかった。
「かわいい人だ」
 耳を解放して見下ろした頬は一瞬で上気し、心なしか息が上がっている。
「……前に言ったことを撤回する。貴様は真面目な顔をして、変態すぎる」
 咎めるように上がったガダラルの膝が、変化し始めたルガジーンの股間を軽く小突いた。
「ではご期待に沿って、次はもっといやらしく君を責めようか」
「期待してねえ!」
 言葉尻を奪うように唇を塞ぐ。
 しばらく唇の間からくぐもった抗議が漏れていた。
 のし掛かる身体の下で暴れる四肢が次第に力を失い、ルガジーンを罵る声は掠れた喘ぎに変わった。


 シーツの上に大人しく座り、主らを見つめていた子猫は、思い出したように一声啼き、軽い足取りで寝台を降りて、扉の隙間から居間の方へと出て行った。
 扉で一瞬立ち止まり、寝台の上に蠢く毛布の山を見上げたスルトの心を代弁するならまさしく、もう勝手にしろ、というところだろうか。
 疲れて朝寝する二人を起こすまでには、彼女もまだもう一眠りする時間がありそうだった。
 騒がしい寝室の扉に背を向けたスルトは、暖炉前の暖かな場所を占有し、黒い小さな身体を丸めた。


2008.02.27 (了)
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