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彼(か)の背に問う



 「ガダラル様、お久しゅうございます」
 皇宮の中程、将軍たちの執務室が密集する通路を歩いていて、名で呼び止められたのは久しぶりだった。
 この皇都アルザビに滞在して以来、ガダラルは一時耳にもしたくないほど嫌っていた『炎蛇将』の役職名で呼ばれる事が多かった。それは自分の名前ではなく、ましてや望んで得た称号でもないと、いちいち説明して回るのも面倒な話だ。
 振り返った通路を少し戻った、壁際に彫り込まれた睡蓮のモチーフの前に、臙脂色の鍔広帽を胸にあて、頭を垂れる黒髪の娘が音もなく顔を上げた。
「貴様は」
「覚えておいででしょうか。東の戦地にて以前お会い申し上げました、ナジュリスでございます」
 肩の上でまっすぐに切りそろえた黒髪が揺れるたび、そこだけ清浄な空気が流れているような気がする。ぱっちりと大きな瞳に、彫りの深い明瞭な輪郭と目鼻立ちで、健康そうな唇の色は薄化粧のためだけでなく艶めいて、美しさにおいても際だっていた。
 ナジュリスとは東部戦線にいたころ、彼女の部隊が派兵されてきたことで出会った。共に戦地に立ったことこそ数度だったが、彼女の一家が得意としているという弓の腕は、父親をしのぐほど長けた娘であった。
「無論覚えている。健勝で何よりだ。早くに皇都へ戻ってきていたようだが、会えずにいたな。今までどこに配属されていたんだ?」
 ナジュリスは微かに首を傾げるようにして苦笑する。
「マムーク方面の防衛ラインで警備の任に就いて、長くアルザビを離れておりました」
「配属替えか」
「……いえ」
 言いよどみ、一瞬で暗くなる表情をガダラルは計りかねた。
 彼女はガダラルよりも歳はひとつか二つ上である。軍籍に就いたのはガダラルの方が遙かに早く、その地位も歴然だったが、ナジュリスも若くして父親と共に戦場に出ていた。弓の腕を買われて、作戦の要となることも多かったはずだ。
 何か、そのことで失敗したのか。問題に巻き込まれたか。
「事情は知らぬが、再びまみえて嬉しいことだ」
「ありがとうございます。私も嬉しゅうこざいます。しかも、ガダラル様は炎蛇将の御役目に就かれたのですね。心よりお喜び申し上げます」
 ガダラルが思わず苦笑し、肩をすくめたのを、ナジュリスは不思議そうに見やった。
「余計なことを申しましたか?」
「いや」
「ガダラル様は将に相応しい方です。ルガジーン閣下のご信頼も厚い。貴方様の御気持ちに反していたとしても、兵にとっては、頼もしい将の存在は心強いものです」
 彼女はガダラルの反応から、すぐに炎蛇将の地位を気に入っていないことに気付いたようだ。憚らず言うなら油断のならない、聡い女兵士である。
 ガダラルは口端を片方だけ上げ、ナジュリスの真剣な目を見つめながら訊いた。
「ルガジーンに会ったか?」
「いいえ。しかしかの御方のお噂は、アルザビに居らずとも幾らでも耳にします」
「気を付けろよ。あれに掛かると、否応なく説得されて、いつの間にか囲い込まれて逃げ場がなくなる」
 立ち去るガダラルを、ナジュリスは敬礼して見送った。
 まるでガダラルが予言したかのように、その数日後、ルガジーンの命により風蛇将が誕生するなど、彼女自身も考えもしないことだっただろう。



 その日、夜もまだ早いうちに、ガダラルの部屋の扉がいつものように叩かれた。
 応じて扉の封を解除すると、扉の隙間を人の気配だけが滑り込み、扉の内側で姿消しの薬品を払ったルガジーンは、居間に座り込むガダラルの元へ一直線にやってきた。
 既に夜着の上にチュニックを羽織っただけの姿で、一度湯に当てた長い髪が少し湿り気を帯びている。そのような格好で往来を歩けば、すぐに疑われそうなものだが、幸か不幸か、ガダラルと彼の私室の扉は、ほんの数歩の距離で目と鼻の先である。
「早いな」
 呟いたガダラルへ応じる言葉もないまま、囁く音量で名を呼ばれたのをきっかけに、床から掬い上げるように抱き寄せられた。
 そのまま長椅子の上に押し倒され、挨拶もなしかと文句を言う暇もなく、まくりあげられたクロークの裾から掌が忍び寄り、ガダラルは藻掻いた。
「貴様、本を踏むな」
 椅子の上はそもそも半分くらいが本の山に占領されていた。それを押しのけ、寝台代わりにしようというのか、ガダラルを押さえ込もうとする手は、酷く急いている。
「待て」
 制止も聞かず足首が捕らえられて、開いた足の間に身体を押しつけられた。
 互いに急いて身体を繋げることは過去にもあった。
 ルガジーンの姿もいつもと変化はない。エルヴァーンらしい浅黒い頬は平常のまま、濃い、形のよい眉が顰められることもなく、だが間近で見下ろすルガジーンの目は、魔が差した犯罪者のように余裕がなかった。
 ガダラルは初めて見るその目の光に息を飲み、振り上げた掌で頬を打った。
 途端に動きを止め、張られた頬に手をやったルガジーンを無言で見上げる。胸を押しのけるガダラルの腕も拒まず、大きな身体をのろりと引いて譲る。
「貴様と寝るのは構わんが、犯される謂われはない」
 椅子の上に起きあがるガダラルの足元に、ルガジーンは床に直接膝をついて、何もない絨毯を見下ろした。
 何かが、普段の彼とは明らかに違う。
 考え事か、不安事か、いずれにしても、心を塞ぐような何かがルガジーンをここへ追いやったようだ。
 ガダラルは溜息をついて立ち上がり、暖炉の前に置いたポットから温い茶を注いだ。スパイスを合わせた茶の香りが周囲に広がる。注ぎ分けたカップの一つをそのままの姿勢で動かないルガジーンの手に持たせた。
「こっちへ座れ」
 暖炉の火の前を示せば、ルガジーンは大人しく従い、絨毯の上に胡座で座り込んだ。
 微かにうなだれた大きな男は、渡されたカップに口をつける様子もなく、ただ暖炉の前を見つめている。毒気が抜けたように穏やかな目に戻っているようだったが、今度はガダラルが彼をいじめているような気になってきた。
 ガダラルは自分のカップの中身を半分ほど空けてから、俯く男のすぐ傍に移動した。
「子供のような顔をするな。別に怒っている訳じゃない」
 幾度となくルガジーンはこの部屋を訪れ、ガダラルも彼の部屋に入る機会が増えた。それでも、こんなルガジーンを見るのは初めてのことだ。
 攻め気な彼の言動にはいくらでも反論反撃できるのに、これほど弱々しい顔をされてしまうと、不思議と攻撃できなくなる。
 しおれた大きな耳へ、無意識に指を伸ばしていた。
 尖った先を摘み、そのまま根元へ指を這わせ、撫でる。
 人間に対する感情というよりは、ペットへの情動に近いだろうか。そのまま髪に指を差し入れて、頭を撫で下ろした。
 視線を上げたルガジーンは驚いたような表情になり、髪を梳き下ろすガダラルの手を、音もなく捕まえた。明らかに一回り大きな手にぎゅっと握りしめられ、そのまま手の甲に口づけられた。
「どうした?」
「今日は」
 言葉を切ったまま再び黙り込む。
 そういえば今日、ルガジーンは非番だったはずだ。蛇将や他の将軍職は順番に休みが得られる中で、きちんとシフト通りに休むことの少ないルガジーンも、昼間はどこかに出掛けていたようである。
「母の命日だった」
 ガダラルは目を見開いてルガジーンを覗き込んだ。
「墓参りに行った」
 以前もルガジーンが母親の話をしているときに、随分と感傷的になるものだと感じたガダラルだったが、まさか母親が恋しくなったとでも言うつもりだろうか。
 ガダラルは大人しく話の続きを聞くことにして、黙って頷き返した。
「前に君の母君の話を聞いた時に、話しただろうか。私の母は私が十代半ばの頃、病で死んだのだが」
 ルガジーンは手を握ったままガダラルを見つめていた。
 個人的な時間を供に過ごして、時にはこうして家族の話をする機会を得ても、ルガジーンは天蛇将として、上司としての印象を残したままだった。二人きりで過ごす夜の会話も、執務室で話すことと何ら変わりない。
 だがこれが、本当にルガジーン個人の姿だとするなら、余りに頼りなく、この脆さに恐ろしさすら感じた。
「貴様の母御であれば、美女だろうな」
 ガダラルは焦燥を隠すように口を開いた。
「どうだろうか。だが、父は今も母を愛しているようだ。再婚を勧められても断り続けて、未だに男寡の独り身だ」
 手を握るルガジーンの力が強まり、ガダラルは思わず不審な表情になった。
「毎年、母の命日は悲しい気持ちになった。君は子供っぽいと笑うだろうがね。だが今年は、初めて……父の気持ちが分かった」
 ガダラルの指先にルガジーンの唇が触れた。
 口づけるというよりは、まるでしがみつくような強さで腕が引かれる。勢い余ってルガジーンの胸に倒れ込み、そのまま太い腕がガダラルをきつく抱き締めた。
「君に鎧を着けてほしくないと、初めて思った。君から死を遠ざけたい。何故君に炎蛇将の地位など与えたのか、自分がわからない」
「人を、勝手に殺すな」
 強い口調で反論するも、抱き寄せられる腕を振り払うには、ルガジーンの力は必死すぎた。
 これまでになかった強引さに、ガダラルも内心うろたえている。どう声を掛け、どう宥めるべきか迷っている。
「ルガジーン」
「すまん」
 何に対して謝ったのか、問う前にガダラルの視界が反転した。
 強い力で両腕をとられ、絨毯の上に押しつけて拘束される。反射的に逃れようと力が籠もるが、ガダラルの抵抗を難なく封じる握力に愕然とする。
 破く勢いでたくしあげられたクロークの布地が悲鳴を上げ、ズボンのボタンはどこかへ弾け飛んだ。
 これまでなら、即魔法を唱えて少々痛い目に遭わせ、二度とこんな抱き方をする男とは寝ない。それがガダラルの中でのルールだ。
 だが夢中でガダラルに縋り付き、貪るように肌に唇を這わせるルガジーンの激情が伝わってきたのか、酷く悲しく、同時に苦しくなった。
 この気持ちが何なのか、ガダラルが迷う内にすっかり衣服をはだけられ、剥き出しの腿が絨毯に擦れる。持ち上げられた尻の間、窪みに舌が這う感触に、無意識に震えが走った。
「ルガジ……」
 声を途切れさせたのは、まくり上げたクロークの裾を唇の間に押し込まれたからだ。
 性急に濡らした狭間を長い指が突き、広げられる。
 恐らく早く繋がりたいのだろうと、予測はつく。慌ただしく前立てを解き、引き出されたルガジーンの陰茎は半ばまで立ち上がっていた。
 この状態では挿入しにくい上に痛い目を見そうだと、ガダラルは抗議しようとするが、言葉は唸り声のようにくぐもった。押し込まれた布の端を舌を使ってなんとか吐き出し、口を開いた瞬間、身体の中心を走る切り裂くような重い痛みに息を詰めた。
「───熱いな」
 ルガジーンの声に我に返るまで、数秒の間、ガダラルは気を失っていた。
 気付いた瞬間、倒れたカップから絨毯へこぼれる茶のスパイスが鼻をつく。
 痛みは薄れ、ルガジーンとの行為に慣れつつある身体は、自然と開いて男を受け入れていたが、精神的な衝撃の方が大きいことにガダラルは気付いた。
 思えばこれまで両手の指では足らないほど抱き合ってきたルガジーンは、ガダラルが呆れるほど丁寧な抱き方しかしてこなかった。
 ガダラルが根を上げるまで愛撫で解し、慎重に繋がって、ゆりかごであやされるように行き来し、最後は夢中になってこちらがしがみついている。
 それが、今はまるで鉄の杭を刺されたような異物感しかない。
 覗き込まれた顔を背け、こめかみを伝う汗が目元を流れ落ちていくのを待つ。浅く息を吐いて、出来るだけ痛みを感じないように努めることが、これほど虚しいと感じたのも初めてだった。
「ガダラル」
 いつもと違うその音声に、ガダラルは思わず見上げてしまった目を見開いた。
 覆い被さるルガジーンの顎から、ガダラルの頬に滴が落ちた。
「な、何を泣いている! 泣きたいのはこっちだ」
 慌てて顔を拭い、鼻をすすったルガジーンの様子に、ガダラルの方が混乱した。
 突っ込まれたものが痛い。強引なやり方も嫌いだ。
 それ以上に、何故彼が泣きながら自分を抱いているのか、全く分からない。
 いつの間にか自由になっている両手で、無体な男を殴ることもできるが、ガダラルは拳を握り締めはしなかった。
 まるで強姦のような性急さで中途半端に身体を繋ぎ、今も脈打つ度微かな痛みを感じているのに、ルガジーンが腿を掴む指は弱々しく震え、片手でまだ目元を拭っている。
「馬鹿か貴様は」
 伸ばした両腕をルガジーンの首の後ろに回した。
 引き寄せ、まだ涙の名残のある目元に口づけ、目頭から目尻へと舌を這わせた。
「オレは、死んでない。オレの中は熱いんだろうが」
 ルガジーンはしばらく硬直し、それから静かに頷いた。
「だが、貴様の無駄にでかいソレを乱暴に突っ込むと、オレは本気で死ぬ。毎度言ってる気がするが、殺す気か?」
 間近に額をつきあわせ、視線を絡める。
 感情的になった自分を恥じてか、微かに頬を赤くしたルガジーンが、酷く可愛らしく見えて来た。先程まで怒りすら感じていたはずなのに奇妙なものだ。
 ルガジーンは平静に戻って首を振って問いを否定し、少々躊躇ってから口を開いた。
「君を愛したい」
 思えば最初の告白以来、ルガジーンがその言葉を口にした機会は殆どない。
 ガダラルが返答しないことを分かっているからか。それともガダラルが迷惑すると思っているからか。事実、今ここで愛の言葉を囁かれても、ガダラルにはどうすることもできなかった。
「答えてくれなくてもいい」
 ガダラルの思考を先回りするような言葉を呟く声は、それでもどこか寂しげだ。
「私を憎からず思ってくれているなら」
「ああ」
「私より長生きしてくれ」
 苦笑のような笑みを浮かべたルガジーンに髪を撫でられ、ガダラルは唇の端を吊り上げて笑い返した。
「約束はできんな。貴様もできないだろう」
「……そうだな」
「貴様の気が済むなら、出来ることはしてやるが、出来ないことを言うな」
 そう口にしながら、何故ルガジーンに対してこんな気持ちになるのか、ガダラルは困惑していた。
 ただの友人より少しばかり距離が近くなり、偶然求められたことで、身体の関係を持ったにすぎない相手のはずだった。自分が優位な関係に甘んじるつもりもなく、肉体だけの関係であれば己を見失う危険もない。戦いに明け暮れた前線で、ガダラルはそうして自分を守っていた。
 それがここ皇都アルザビに戻ろうが、戦いの中に身を置くことに変わりはない。
 だが一年ほどの間、こうして傍にあり続けた男へ、ガダラルは確かに何かをしてやりたいと思い始めている。
 間近で見つめ合う明るい琥珀の目には、先程のような狂気の曇りはなかった。
 こうして半裸の身体を重ねていながら、所詮互いに兵隊の性は捨てきれず、ルガジーンは常に役職と道義に縛られた男だ。
 ふとガダラルの腹の底に沸いた怒りのようなものは、何に対しての感情で、誰へ向けられるべきものなのだろうか。
「動け」
 少々不機嫌な声になり、それを誤魔化すためにルガジーンの首を再び抱き寄せた。
「良くなかったら、部屋から蹴り出してやる」
 恨み言のように口にしてからガダラルは気付いた。
 怒りの先は、まるで最初の頃のように慎重な手つきで身体を撫でまわし、それから思考も苦悩も剥ぎ取るような接吻でガダラルを翻弄する、この男以外にはありえなかった。


 少し湿っぽいシーツに頬を埋め、息を整える男の溜息を首の後ろに聞く。
 すぐにも洗い流したい汗と残滓に眉をしかめ、宥めるように背を撫で続ける手の感触を受け止めているうちに、自然と瞼が重くなっていた。
 汗が乾いていく涼しさも、背後のルガジーンの温度も、いつしか不快でなくなっている。単なる慣れなのか、それともガダラル自身がそこに『何か』を見ているのか。そういえば、いつ寝室へ移動し、寝台へ運ばれたのかも覚えていなかった。
 恐れるものも、惜しむものも持たなかったガダラルにも、この心地よさは捨て難い。
「綺麗な背中だ」
 ルガジーンの唇が肩胛骨辺りに触れて呟く。
 ガダラルは思わず吹き出した。
「なんだそれは」
「前側は傷だらけなのに、背には殆ど傷がない」
 両手が肩胛骨の山を辿り、そのまま背骨の両側を撫で下ろされる。
 細く、微かに残る傷や、火傷の痕はあるが、生死を彷徨うような傷を受けた記憶はなかった。
「背中に残るような刀傷があれば、致命傷だ」
「そうだな」
 ルガジーンのように剣を主に戦う者なら分かることだ。事実ルガジーンの背にも、前面より深い傷跡は残っていない。
 その身体を見たくなってガダラルは寝台の上で寝返りをうった。
 肩肘をついた手を枕に、こちらを見下ろす目と出会う。いつもは束ねた長髪が解け、逞しい肩から白いシーツになだらかな曲線を描いてこぼれ落ちている。
 その肩も腕も、厚みのある胸の上も、ガダラル以上に傷痕だらけだった。
 無意識に上げた片手で傷痕をなぞる。右の乳首の上から臍の横まで走る、かさついた感触の古い傷口を撫でていると、ルガジーンは声を立てて笑った。
「くすぐったい」
「ナイトなんぞ因果な職だな。身体に傷を作るためにあるようなものだ」
「君こそ、魔道士でありながら、その傷の多さはなんだ。無鉄砲さはアルザビに来ても変わらぬか」
「放っておけ。今更、戦い方を変えるつもりなど、ない」
「それを言うなら、私の傷痕は己の使命を果たした証だ」
 恐れず敵に立ち向かうルガジーンの心を、潔いと思う一方、己に死ぬなと言う身勝手さに腹が立った。
「貴様は死にたいのか」
「そういう訳じゃない」
 苦笑する顔を睨み付け、防御しにくい場所へ手を動かす。
 驚いた声を上げて、それでも笑い続けるルガジーンの、今は常の大きさに戻っているものを根元から片手で撫で上げた。
「戦っていれば、ここも失うかもしれん」
「それは困る」
「以前隊に、失った者がいた。すぐに退役したが、あれでは妻も娶れぬ」
「不憫な話だが、明日は我が身かもしれんな」
「せいぜい死守しろ」
 腰の辺りに掛けていた毛布をはね除け、本気で愛撫を施すと、苦笑しながらもルガジーンは反応している。
「ガダラル」
 困ったような声で呼びかけ、微かに寄った眉がぴくりと震えた。
 先程までガダラルの中にあり、そこで滾りを全てを吐き出しているはずのものが、ますます力を取り戻す。
「呆れた精力だ」
 低く笑いながらガダラルは手を動かし続け、少し息を乱したルガジーンの表情に沸き上がった唾液を飲み込んだ。
 いつも先に声を上げるのはガダラルの方だ。溜息のように漏れる低いルガジーンの喘ぎを、こうして平静に聞く機会はあまりない。
 精悍な目元が欲情に濡れる様子を眺めていると、厚めの唇が微かに笑みを浮かべて見せた。
 彼もまた、触れることで高ぶっていくガダラルの様子を見ているのだろう。その目の奥に映る、自分の顔を見つける。
 シーツに頭をもたせたまま、熱心に片手で扱き続けていると、ふと目を伏せ気味にしたルガジーンがガダラルの頭を引き寄せた。
 額に熱い吐息が掛かった。
 手の中もすっかり熱くなり、片手では掴みきれないほどに育っていた。
「責任を、とってくれるのか?」
 こめかみに唇が触れ、囁く音量の声が耳元近くに吹き込まれる。思わず背筋が震え、ガダラルは唇を開いて息を吸った。
「ここで貴様を放置したら、また泣くんだろ」
 漏れた笑いがどちらのものだったか、覆い被さろうとする身体を押しのけ、逆に仰向けにさせたルガジーンの上にのしかかった。
 腿を跨ぐようにして、固い腹に手をつき、身体を起こすガダラルを、ルガジーンは乱れた息のまま見上げている。
「ガダラル」
「黙ってろ」
 自ら両手で開いた場所に、天を向いて立ち上がる先端を押し当てる。
 少し前まで同じものを受け入れていたとは思えないほど、抵抗を感じていると、ルガジーンの手が自身とガダラルの腰を助けた。自分のものでない指先が周囲に触れるだけで、方法を思い出したように受け入れていく場所が少々恨めしい。
 細めた目でこちらをじっと見据えているルガジーンを、額に落ちかかる髪の隙間から見返した。
「ガダラル」
 その顔を見つめながら根元まで飲み込み、唇を開いて息を吐き、そのまま唇を笑みに歪めて見せた。
「こんなもんが、いつも全部、入ってるのか」
 素直に感心したことを言葉にしながら、奥から残滓が流れ落ちる感触に、悪寒のように身体を震わせた。
 支障のない内部の滑りに安堵し、ガダラルはゆっくり動き出した。
 男の形がはっきりと分かる。姿勢のせいか、常より串刺しにされているように感じ、時折入口が滲みるように痛むが、自分の好きなように動けるのは悪くない。
 シーツに膝をつき、片手で腿を掴んで自分の上肢を支える。もう一方の手を、ルガジーンの腹の上に横たわった己へ伸ばすと、その手を引き受けられた。互いの指を絡めながら、奥から刺激されて立ち上がったものを擦る。
 いつものように抱かれている感覚より、抱いているような錯覚を起こさせ、ガダラルは腰を激しく前後に揺らし、自分の動きに喘いだ。
「ガダラル」
 呼びかけられたと同時に、ルガジーンの長い腕が上がり、ガダラルの反らせた胸を這った。
 以前は何も感じなかった乳首やその周囲にも、最近は微かながら心地よさを覚えるようになった。
 押しつぶすように強く擦られ、同じ動きでもう一方の手で前を嬲られ、ガダラルは流れ出る唾液も飲み込めず、顎を濡らす。一旦動きを止め、上げた手の甲で口元を拭い、髪を掻き上げたその瞬間、ルガジーンは堪えきれなかったのか、突然腰を突き上げた。
 驚きと衝撃に上げた悲鳴の語尾が震えた。
「気持ちいいか?」
 目を閉じたまま頷く。
「もっと、動くか?」
「もっと」
 薄目を開けて、睨み付けるように視線だけを上げると、ルガジーンは両手でガダラルの腰を捕らえた。
 それまで極力動かなかったルガジーンは、たがが外れたように積極的になった。激しく前後に揺さぶられるたび、ガダラルの腰や腿を掴む指が、痛いほど食い込む。ガダラルを乗せた強靱な腰が天へ押し上げられ、身体の中心が収縮する。
 ガダラルは動きを任せたまま、自分の下で蠢く腹や胸に見入っていた。
 命を奪いかねないような、幾重にも重なった深い傷痕が、動く度に蛇のように形を変える。汗がその上を粒になって移動し、何かの瞬間に流れ落ちる。
 唯一傷のない首筋は緊張して太い筋肉を浮き出させ、その上では欲望に燃える目が食い入るようにガダラルを見つめていた。
 巨大な剣を握る大きな手の上に指を絡め、突き上げる動きに合わせて、自らも動く。脳を溶かすような強烈な快感に、思わず目を閉じ、憚らず大きく喘いだ。
 思えばルガジーンと幾度も杯を重ね、こうして夜を過ごし、肌さえ合わせて、胸や腹の傷の位置や数を覚えても、この男の背中を見た記憶が酷く薄いことにガダラルは気付いた。
「背」
 朦朧とした頭で思いついたまま漏らした言葉を、ルガジーンは聞き取れなかったらしい。
「お前の、背に」
 不思議そうに見上げる視線で問う男は、伸ばした手をガダラルの背に這わせ、そのまま引き寄せた肩を押さえ込むようにして、更に奥へと侵入した。
 そうじゃないと反論する余裕のないまま、ただ震える顎を胸に当て、男の名前を呼ぶ。
 しがみつく強さでルガジーンの背へ回した掌が、その広さと熱さと、傷痕を確かめる。まるで暗闇の中で、手探りで感じるように。
 終わりを引き延ばす術もなく、いつの間にかせり上がったものを声もなく吐き出し、喉元まで入り込んで来るルガジーンを逃がさぬように戒めながら、達する瞬間の男の顔を見ることだけは忘れなかった。




 石畳の数を数えていた。
 手前五つ目の石には、何時のものか血痕らしき黒い染みが残っている。東部の戦地では、血の痕はすぐに土に染みこみ消えていったが、幾度となく終わりの見えない戦場に身を置くのは、所詮、己の宿命か。
 外門がトカゲたちの攻撃で軋んでいる音が、配置から幾分遠いガダラルの耳にも届いた。
 背負った武器を振り下ろし、微かな怯えも残さぬように、兵士たちを鼓舞する。
「死が怖いか。恐れる者は今の内に白門の向こうへ逃げるがいい」
 控える兵士を眺め渡し、その顔をひとつひとつ追う。
 傭兵の姿がめっきり多くなったが、共に居並ぶ皇国兵と、その真剣さは差があるものではない。戦闘が始まればガダラルも皇国兵と区別したりはしない。一部の経験の少ない皇国兵よりも、少数で固まる傭兵の機動力の方が高いこともあった。
 傭兵達の配置は基本的に皇国軍が振り分けるが、強制力のない軍の意見に従う者も、一所に拘って戦う者も多くない中で、炎蛇将隊の周辺は比較的人員が安定している。
 きちんと編成された隊があるかと思える一方、娘達ばかりのパーティや、夫婦のような二人組も多かった。それぞれが、各々の守るべきもの、理由を持って戦いに参じている証拠である。
「友と肉親の死を恐れるならば、貴様らの力、全てを敵へ向けろ。躯はオレが拾ってやる」
 剣や槍を振り上げ、応える兵士たちの声に門の破られる音と、蛮族たちの足音がかぶった。
 なだれ込んできた蛮族の最初の勢いを止めるのは、ザザーグ率いる重量級の土蛇将隊だ。
 小隊長たちの合図で、勢いの削がれた蛮族の隊へ突撃する炎蛇将隊に、次々殲滅されていく敵兵を、一歩退いた場所からガダラルは魔法で焼き尽くす。
 焼け焦げてよろめいた蛮族たちの一団がそれでも余力を振り絞って、ガダラルと周囲を囲む皇国兵や傭兵達へ突撃してくる。
 一瞬ひるんだ味方の横から、瀕死の蛮族兵たちへ大量の弓矢が降り注いだ。倒れ伏す敵兵の姿に、味方から雄叫びが上がった。
「風蛇将隊、加勢いたします!」
 ガダラルの横に並び立つのは、数日前風蛇将に任命されたばかりのナジュリスだった。ガダラルと揃いの鎧を着けた細身の女兵士は、鍔広の帽子だけが以前と変わらない姿で、ただその瞳の輝きに、先日のような迷いや戸惑いはまったく感じられなかった。
「風蛇将、貴様初陣だな」
「ええ!」
 細腕で扱えるのが不思議に思える大弓へ新たな矢をつがえながら、ナジュリスは明るい声で答えた。
「嬉しそうだな。張り切りすぎて、命を落とすなよ」
 ガダラルは思わず上がった高い笑い声を発しながら、両手鎌を振る。
 大きな笑い声に驚いたらしい炎蛇将隊の兵士たちが、将軍に何かあったのかと注視している。
「ガダラル様がそんなことおっしゃるとは。先程のお言葉、いたく感激いたしましたのに!」
 放たれた矢が一回り大きな身体のマムージャに突き立った。ガダラルは向かってくるその敵へ氷の精霊魔法を唱え始めた。横やりを入れた傭兵の剣や拳が、ナジュリスへ突撃するマムージャの足を止める。
 その瞬間、着弾したブリザガが氷の雨を降らせた。
「では貴様も命を捨てるか。ここで!」
「皇国の民と聖皇様、そして私を救ってくださったルガジーン様のために」
 ガダラルは、乱入してきた雑魚の足を斬りつけた両手鎌の血糊を払い、笑みを消し、表情を厳しくする。
 ナジュリスのように、素直にそんな言葉が口にできることを、少しうらやましく思った。
 己の身よりも、ガダラルの命を惜しんで涙を流すあの男へ、自分は何ができるだろうか。
 今は姿が見えないルガジーンは、恐らく襲い掛かる敵を一手に受けて、このアルザビのどこかで戦っている。傭兵たちのように何にも縛られず、己の意志で戦う場所を選び、守りたい者を守ることは、ガダラルたち将軍には許されていない。
 勝手気ままにルガジーンの元へ馳せ参じることは出来ない。
「奴の護衛にでも志願するつもりか」
「いいえ。ですが、心は常に」
 聖皇から賜ったという大弓を高く掲げ、すぐに次の矢をつがえるナジュリスは、晴れやかな表情だった。
 鎌を下ろし、ナジュリスの矢が描く鋭い線を目で追う。
 あの男の傍に行きたいと、ガダラルは今初めて思った。
 死ぬなと言うあの男の姿を、この戦いが終わって再び見舞えるとも限らない。心だけでなく、気持ちだけでなく、さまざまな者の生命と使命を背負った後ろ姿を見て、あの男の命を確かめたい。
「ああ」
 溜息のように漏れ出た声に、ガダラルは首を振り、失い欠けた闘気を取り戻そうと、握った拳を見つめる。沸き上がる魔力を熱量として感じ、唱え始めた火炎の魔法を前方へ放つ。
 燃え上がり、たちまち石畳に墜落したプークの燃え滓とゆらめく熱気の向こうに、長身の総大将の姿を探した。
 無意識にずっと避けていたものを、探し出せないその背に見たガダラルの両手は、大量の敵軍を目の前にするよりも強大な恐怖と驚きに、激しく震えていた。



 撤退の鼓笛を鳴らしたマムージャ蛮族軍が次々と退き、ある者は走り去って、ある者はデジョンを唱えて自軍の拠点へと帰って行った。
 皇国軍と傭兵だけが残されたアルザビの街は、外門だけでなく、郭の境にある扉や跳ね橋、通路、壁面に至るまで悉く破壊され、辛うじて形を残しているものも無傷とは行かない状態になっている。
 負傷者たちの救助は、誰に頼まれるでもなく皇国兵と傭兵達が自主的に協力しあい、戦いの終わった街は一時、野戦病院のような様相だった。
 一方、壊れた街の修復を計画し、一刻も早く次の侵攻に対処する計画を立てるのは、将軍であるガダラルたちの仕事でもあった。副官に伴われ、振り分けられた各地区を見回り、補給や人員の手配をする蛇将たちの姿は、市街戦の後は珍しくない風景になっている。
 髭面の副官シャヤダルがガダラルと共に、競売地区の破壊された場所を見回り、上司の指示を聞き逃さぬよう、必死でメモを取る。そんな誰もが一度は目にする姿を今日、見ることはできなかった。
 驚いた表情で注視している幾人かの兵士たちは、いつしか互いに顔を見合わせた。摩滅隊の頃からガダラルを知る馴染みの兵士は、返り血や砂埃で汚れた姿のまま、将軍の様子を見守っていた。
「ガダラル様、大丈夫ですか?」
 ガダラルは座り込んだ競売二階の塀の手すりから全く腰を上げようとせず、俯いた顔は一階の広場にある水場へ向けていた。
 見たところ、外傷があるわけではなさそうだ。浅い傷は周囲の白魔道士たちにたちまち塞がれ、痕も残っていない。
「どこかお怪我を? 魔道士を呼びましょうか?」
「いらぬ」
 項垂れた顔はそのまま、力無く答える炎蛇将など誰もが見たことがない。
「きっとお疲れなのでしょう。よろしければ、残りの見回りは私が代理で参りましょうか?」
「シャヤダル」
 微かに目を上げたガダラルに、忠実な副官は何事かと従った。
 見上げるその目は見たこともないほど力無く、揺れていた。
「ルガジーンは……」
「天蛇将様がどうか?」
 普段、中央の広場を担当している天蛇将隊は、そもそもガダラル隊の位置からは離れている。その様子は報告を受けなければ分かりにくい。
 この度の戦いでは、ガダラル以外の蛇将が負傷したなどの報告は受けていなかった。
 その時、不審な顔で取り囲んでいた炎蛇将隊の兵士たちが、何かに気付いたように道を開けた。彼らの背後から鎧の擦れる金属音を鳴らし、現れた長身は、紛れもなく天蛇将その人であった。
 話題に上った人物の登場に、シャヤダルをはじめ、周囲の兵士が一斉に敬礼で姿勢を正した。
「どうした。炎蛇将に何かあったと聞いて参ったのだが」
 傭兵たちか、それとも皇国兵のいずれかが、様子のおかしい炎蛇将の話を伝えたのだろうか。
「いえ、お怪我という訳ではございません」
 駆けつけたというのが相応しい速度で現れた天蛇将は、鈍く光る銀色の鎧の下には、朱色の外套と下衣を着けている。一瞬それが血に染まっているように錯覚して、シャヤダルは高鳴る動悸を押し殺した。
 ルガジーンが特徴的な形の兜を脱いで脇へ抱えると、端正な造りの容貌が露わになり、兜の中にまとめていた後ろ髪が肩へ垂れた。座ったままのガダラルの様子を覗き込むように、彼の足元に膝をついて、その大きな身体を屈めた。
「ガダラル?」
 上司部下の関係であると同時に、この二人は他の蛇将たちとは異なる友人同士であることは有名だった。
 だが一年近く仕え続けたシャヤダルが、未だ見たことがないほど力無く上げたガダラルの視線には、兵士らだけでなくルガジーンもまた、驚きを隠せなかったようだ。
「戦えぬ」
 ガダラルが薄い唇の隙間から呟く音量で漏らした言葉に、誰もが耳を疑った。羅刹の異名を持つガダラルの気迫が、今は鋭い角も牙も折られたように弱々しい。
「オレは、もう、戦えぬ」
 俯く頬と表情を、長い横の髪とターバンの布が隠していた。
 間近で覗き込むルガジーン以外からは、見ることの叶わないその白い頬が、シャヤダルの目には、あり得ないものに濡れているような気がしてならなかった。

2008.04.30 (了)
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